桜木南(さくらぎ みなみ)は、特区の官舍で誰もが知る「棘のある薔薇」だった。財閥令嬢の出身で、海外留学経験があり流暢な外国語を話し、さらにダンスカンパニーのトップスター。彼女を追う男性は数え切れないほどだった。しかし彼女は、親同士の命の恩義から、スラム街出身で無骨な警備隊長・北村剛(きたむら ごう)と結婚することになった。人々は皆、「美しい花が泥沼に捨てられたようなものだ」と噂した。だが南だけは知っていた。自分が剛に惹かれたのは、最初は顔だったかもしれないが、最後はその誠実な人柄に忠誠を誓ったからだと。初めての出会い、剛は彼女を下品な冗談のネタにする部下たちを一喝した。二度目の出会い、南は普段笑わない彼が裏庭でこっそり野良猫の親子を世話しているのを見た。三度目の出会い、剛は命懸けで暴漢から彼女を救い、片腕が骨折した。その時から、南は自分が彼に堕ちたことを悟った。必死のアプローチの末、彼女はようやく念願叶って剛と結婚した。愛のある結婚だと思っていた。しかし結婚して七年、彼女はようやく気づいた。剛は一台の機械のようだった。夜の営みさえも毎月決まった時間、決まった場所、決まった体位で。妊娠しても、彼の計画にないからという理由で流産させられた。剛はミスを許さない精密機器のように、すべての物事を規定通りに進めなければ気が済まない男だった。彼女は、剛が取り乱す姿など想像すらできなかった。あの日、行為の最中に彼が一本の電話を取るまでは。山が崩れても顔色一つ変えないはずの男が、初めて慌てふためく表情を見せたのだ。南の上にのしかかっていた重みが不意に消え、反応する間もなく、剛はベッドから降りていた。彼女は慌てて彼の腕を掴み、拒絶を許さない強い口調で言った。「せっかくの日なのに、終わらせてから行ってよ。お義母さんも昨日電話してきて、早く孫の顔が見たいって言ってたじゃない」剛は彼女の手を乱暴に振り払い、椅子にかけてあった制服を掴んで身に纏った。「緊急招集だ。わがままを言うな」南は裸足のまま彼を追いかけ、鍛え上げられた腰に後ろから抱きつき、背中に頬を押し付けた。「一回だけ、たった二十分でいいの。北村隊長はそれくらいの時間も作れないの?」剛は彼女の指を一本ずつ引き剥がし、その眼差しは刃のように鋭か
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