宗一郎が病室へ戻ってきたのは、日が暮れてからだった。いつもきちんと整えられている白髪が、わずかに乱れている。上着の肩には、乾ききっていない雨の跡まで残っていた。会社へ戻り、取引先や関係者への対応を済ませ、その足で病院へ来たのだろう。「お祖父様」沙耶が起き上がろうとすると、宗一郎は手で制した。「そのままでいなさい」ベッド脇の椅子へ腰を下ろし、まず沙耶の顔を見る。「身体はどうだ」「少し痛みますが、出血は止まっています」「医者からも聞いた。今は、自分と子供のことを第一に考えろ」そう言われても、会社のことを頭から追い出すことはできなかった。「部品は、どうなりましたか」宗一郎の眉間に深い皺が寄った。「黒崎側は、安全性の確認が終わるまで供給を再開しない方針だ」「問題になっている資料は?」「こちらでも洗い直している。今のところ、黒崎が指摘しているような不備は確認できていない」沙耶は唇を結んだ。「怜司さんとは話せましたか」「まだだ」宗一郎の声に苛立ちが滲む。「社長室へ何度も連絡した。だが、担当役員が対応すると繰り返すばかりで、怜司君本人にはつながらん」沙耶は眉を寄せた。「お祖父様から直接話したいということは、伝わっているのでしょうか」「それすら確かめようがない」大橋の電話にも、怜司から折り返しはなかった。美玲が伝えなかったのか。怜司自身が、電話のことを知ったうえで応じなかったのか。会社からの連絡まで本人へ届いていないのなら、なおさら何が起きているのか分からない。けれど、部品供給の停止そのものは、黒崎本社の承認を経た正式な措置だ。怜司がどんな報告を受け、何を根拠に認めたのか。沙耶が知りたいのは、そこだった。「大学病院で予定していた評価試験は?」「予定どおりの開始は難しい。事情
Dernière mise à jour : 2026-08-14 Read More