綾のシャンパングラスを握る指先には、 わずかな白さが滲んでいた。 今夜は彼女の婚約パーティー。 だが、婚約者の昌浩はすでに三十分も姿を消している。 周囲の名士たちの祝辞は、潮のように押し寄せては耳障りに響く。 そのとき── 本来なら"未来の花嫁“である彼女をしっかりと捉えているはずのスポットライトが、ふいに揺らぎ階段の奥へと落ちた。 綾は、目を細める。 光があまりにも強く、目の奥がじんと痛む。 スポットライトの下、逆光の中に立つひとつの影。 息を奪うほど鮮烈な、深紅のトレーン付きロングドレス。 生地一面に散りばめられた細かなクリスタルが、歩みに合わせて揺れ動き、まるで銀河のような眩い光を放っている。 大胆な深いVネックは豊かな曲線を隠そうともせず、きつく絞られたウエストラインは、豪奢でありながら危うさを秘めた一振りの短剣のようだった。 ……美奈! 五年前、アメリカへ渡り、次第に連絡も途絶えていった異母妹。 どうしてここに? まだ海外にいるはずではなかったの? 疑問が氷の錐のように胸の奥へ突き刺さった、その刹那── もうひとつの見慣れた影が、静かに美奈の傍らに現れた。 ──昌浩! どこから現れたのか分からない。 だが彼はあまりにも自然な仕草で腕を差し出し、美奈の手がそっと自分の肘に掛かるのを受け止めた。 わずかに顔を傾け、彼女の言葉に耳を寄せるその横顔。 その専心と柔らかさは── 綾がこの十年間、一度も向けられたことのないものだった。 綾はその場に凍りつく。 数歩先では、客たちが笑いながらグラスを掲げ、社交辞令を交わしている。 彼女も機械のように口角を上げて応じる。 だが、すべての感覚は、あの二つの刺すような背中に縫い止められていた。 ──どうして、彼女がここにいるの? アメリカにいるはずじゃなかったの? ──どうして、私の婚約者が……彼女の隣にいるの? 「お姉ちゃん、サプライズだったかしら?」 美奈は親しげに昌浩の腕に絡みついたまま、まったく離す気配を見せない。それどころか、わざと彼の肩に頭を寄せ、にこやかに綾を見つめた。 綾は、喉の奥がひりつくのを感じながら問いかける。 「美奈……いつ帰ってきたの?」 「昨夜着いた
Dernière mise à jour : 2026-03-17 Read More