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異世界半分自惚れしっかり のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

27 チャプター

#4

翌日、レアルゼはミコトに連れられて王城へ向かった。「レア! よく来てくれたな……って、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」謁見の礼を言う間もなく、クロック王子は青くなりながら両手を掴んできた。触れてるとさらに緊張する。でも怪しまれないよう、笑顔をつくって誤魔化した。「大丈夫です、元気ですよ。ミコトさんにたくさん食べさせてもらってますし」「本当に? それなら良いが……」どうしても不安が拭いきれない様子のクロックに、ミコトが声を掛ける。「王子。レアは悩み事があるようです。それを教えてくれればいいのですが、私のことも警戒してるようで、ほとほと困ってるんですよ」「何。レア、ミコトは良い奴だぞ。私のことが信じられなくても、ミコトのことは信用してやってくれ」う……っ。さすが光の王子。俺のなけなしの良心をオーバーキルしてくる。クロックもミコトも、心の底では信頼している。しかし目的が目的なだけに、全てを打ち明けることができない。「申し訳ありません。でも全部俺が至らないせいで、お二人のせいじゃありません」拳を強く握り締める。彼らは何も悪くない。だがそれを伝える術がない。「本当に……ななな悩み事なんて何もないので、ご安心ください」「噛みまくってるな。なにか深い事情がありそうだが」クロックはため息をつき、自分の頭につけていた金の髪飾りを外した。こちらに近付いたかと思うと、俺の右耳の辺りに触れ、髪飾りを留めた。「私は無理に聞き出すつもりはない。だからもう一度だけ言う。困ったことがあれば、意地を張らずにミコトに助けを求めろ」「え……?」息が当たりそうなほどの至近距離。クロックは声を潜め、レアルゼにしか聞こえないように耳打ちしてきた。不思議に思いながらミコトの方を見ると、彼も訝しげにこちらを見つめ、腕を組んでいた。気まずくてこめかみを押さえると、硬いなにかが指が当たる。「あ。王子、これ」自分の椅子に座ろうとするクロックに問いかける。すると彼は振り返り、にこっと笑った。「やる。魔除けにもなる髪飾りだ。思ったとおり、翡翠の玉はお前の髪によく映える」「ま、待ってください。受け取れませんよ」多分、いや確実に、俺みたいな人間が王子から宝飾品を頂くのはまずいだろう。必死に返そうとしたのだが、むしろ押し返されてしまった。「良いから受け取れ。私の好意を拒絶するの
last update最終更新日 : 2026-01-10
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#5

驚きのあまり、大きな声を上げてしまった。急いでお詫びし、しかし前に傾きながら尋ねる。「この王国にずっと居たんじゃないんですか? だって国王様の下でも働いていたんでしょう?」「違うぞ。ミコトはある時突然現れて、父を暗殺しようとした輩を取り押さえたんだ。その腕を買われて父の護衛になった……今はお前の保護者か」クロックはハハハ、と明るく笑った。けど、そんな謎だらけの人を傍においているなんて危ないと思った。俺が言えたことじゃないけど。聞けばこの国でミコトの経歴を知っている者は一人もいないらしい。警備体制ガバガバにも程がある。クロック達のことを思えば、今すぐでもミコトの経歴を調べた方が良いと助言すべきだ。でもミコトを信じたい気持ちが勝って、結局口を閉ざした。不思議だな……。ミコトさんは俺に根掘り葉掘り質問してくるけど、そういえば自分のことはあまり話さない。まさか王子や周りの人達に対してもそうだったとは。やはり彼には大きな秘密がありそうだ。果てない思考の波に攫われていると、クロックは突然手を叩いた。「……そうだ! 話は変わるが、実は隣国から珍しい菓子をもらってな。美味かったからお前も食べるといい」「あ、待ってください王子、お気遣いなく……!」制止したものの、彼は上機嫌でコネクティングルームに入ってしまった。追いかけても良かったのだが、勝手に動くのもまずい気がして、その場に留まる。うぅ、なにかと畏れ多い人だから距離感が難しい。前で祈るように手を組んだ後、徐に顔を上げる。ふと、目の前のテーブルに置かれたティーカップが目に入った。クロックがいない今なら、彼のカップに惚れ薬を入れられる。……そんな考えが頭をよぎった。胸の内ポケットから小瓶を取り出す。身体検査の時も何とか隠し通し、こっそり持ち続けていた最後の媚薬。蓋を開け、彼のカップの上まで持っていく。クロックは恩人だ。そう思うのに、何故か腕は意志と反対に動いた。何でだ、やめろ。まるで操り人形にでもなったみたいだ。瓶が傾く。警鐘が頭の中で鳴り響く。これで帰れる、という高揚は訪れなかった。それより「絶対やめろ」という自分の声が頭の中で暴れていた。体と思考が乖離する。駄目だと思うのに手は止まらない。力が入り過ぎて震えていた。「くそ……っ!」仕方ない。王子が戻る前に、何としてもカップを
last update最終更新日 : 2026-01-11
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三階

ミコトの宝石のような瞳に、自分の顔が映っている。後ろめたさに押され引いてしまったが、手を掴まれ、胸元に抱き寄せられてしまった。「君はこの世界の人間じゃないんだろう?」再び核心的な台詞を投げかけられる。だがそれは同時に、彼の正体も暗示するもの。狼狽えながらも言葉を紡いだ。「あ……貴方も」ミコトの背中に手を回す。縋りつくように。取り込まれるように。今ここにある熱を確かめるように、恐る恐る指に力を込めた。「異世界のひと。……なんですか?」「あぁ」マジか。冗談だったらどうしよう。恐る恐る表情を窺うと、彼はにこやかに笑った。「この見た目じゃ分からないかもしれないけど、日本人だよ」「本当……」ミコトは、この世界って日本語だから判断できないか、と付け足した。正直言葉を失い、呆然とした。驚愕したからということもあるが、間違いなく歓喜によるものだ。「レア?」「う……っ」気付けばまた、大粒の涙を零していた。「あらら。びっくりしちゃったかな。ごめんね」嬉しさのあまり泣いてしまった。この孤独と恐怖を共感できる存在が、一番近くにいたなんて。彼の前ではもう何度も泣いてるけど、その度に優しく頭を撫でられる。「俺と君は、ほとんど同じ場所からここに飛ばされてる。現実に帰った時も傍にいるはずだから、安心して」「何で分かるんですか?」「君の保護者だから」ミコトは含み笑いしたが、これはおどけてるだけだろう。案の定、彼は澄まし顔で腕を組んだ。「なんてのは冗談で……君、本当に挙動不審だったからね。ある時突然現れたというのもそうだし、惚れ薬なんてカオスな代物を生み出してることも異様だし。とにかくこの世界にそぐわない、異端な存在だったから」彼の言葉で合点がいく。早くから見抜かれていたことはショックだったけど、そのおかげで助けてもらっていたわけだし……複雑だけど、喜ぶべきか。「この世界の人は、いただきますとかご馳走様とか言わないよ。そもそも食事をしない」「え!? 人間じゃないですよ、それ!」「人間だよ。一応」何だそれは。全然理解できないぞ。「でも、王子はお茶会のときお菓子を食べてましたけど」引き攣った顔で見返すと、彼はにこにこしながら説明した。「彼は例外。まあそんなこんなで、君は特別なんだと気付けたんだ」ミコトは良かった良かったと屈んでみせる。
last update最終更新日 : 2026-01-12
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#1

『御代。授業が終わったら職員室に新譜を取りに来るよう伝えただろう』『あっ!』『ははっ。まだ全然、部長になった自覚はなさそうだな』見飽きた校舎。夕焼け色に染まる床。放課後、二階の廊下で長身の青年と相対した。約束を忘れていた自分が完全に悪いので、へこみながら頭を下げる。『すみませんでした、中都先生……』彼は部員全員の新譜を手渡し、苦笑した。『御代らしい、と言えば御代らしい。それぐらいの方が皆やりやすいさ』『それって良いことなんでしょうか?』『話しかけやすい先輩、ってのは良いことだな!』中都藍人先生。俺の担任。悪戯っぽくはにかみ、俺の肩を軽く叩いた。『明日も一番に朝練に来るだろ? 職員室で待ってるから、音楽室の鍵取りに来な』『……はい』一年の時からお世話になってる、俺が所属する吹奏楽部の副顧問。学校一人気の先生。俺は彼の最大の秘密を知っている。彼は俺と一緒で……男が好き。それを知ったのは、告白したのと同じタイミングだった。『御代、それは…………本気で言ってるのか?』俺の誕生日。……だから告白した、というわけではない。でも色々な“好き”が爆発したのは確かだ。部活を終えたあと、階段前の廊下で勇気を振り絞った。恋愛対象として「好き」。もう一度言うと、彼は驚きながらも微笑んだ。『そうか。……ありがとな。俺も、男が好きだ。でも……』告白の返事は予想通りで、大して動じなかった。取り乱したのは、むしろその後。階段の手前で、大切な楽器が、指からすり抜けそうになった。あ。────まずい。淡い記憶は、一瞬でどす黒い闇に飲み込まれた。今見上げている天井も、墨汁をひっくり返したように黒く、うねっている。「ふ……う、……は……っ!」動悸が止まらない。肩で息をし、手を頭より上に放り出すと、柔らかいタオルが頬に触れた。「大丈夫かい? またうなされていたよ」「あ…………」傍にあったランタンが、温かい光を灯した。それを壁に掛け、椅子に腰掛けていたミコトが額や首元をタオルでぬぐってくれた。これで何度目だろう。またソファで寝落ちしてしまったみたいだ。時計の針はちょうど十八時を指している。夕方なんかに寝てしまったから、あんな夢を見たのかもしれない。まだ瞼の裏にオレンジ色の情景がこびり付いている。まだ頭がぼーっとしてる。寝起きは特に、今い
last update最終更新日 : 2026-01-13
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#2

クロックが招待してくれるから、王城は依然として訪れた。「レア。お前が作っていた妙薬についてだが」「はいっ!」着座するなり、クロックは膨大な書類の中から一枚の紙を引き抜いた。ミコトは同じ長椅子に座り、彼の言葉を待つ。「施設を制圧してからまるで手がかりがなくてな。本当に存在したのか、調査団から逆に疑われてる」「はい……!?」一向に進展しないと思っていたが、それどころじゃない。後退だ。この世界で与えられた使命を丸ごと消されたかのよう。にわかに信じられず、口元を手で隠した。「でも俺はほぼ毎日作って商人に卸していました」「だとすると、買った奴らが全て消費したのかもしれないな」いやいや、そんな楽観的に捉えていいことか?ミコトの方に目配せすると、彼は軽く肩を竦めた。「王子。現状、怪しげな薬の被害は確認できてないんですよね?」「あぁ」「では捜査は一旦打ち切りですね」ミコトはさっと立ち上がると、レアルゼに向かって微笑んだ。「……とのことだ。良かったね、レア。当面は無罪放免だ」「そんな。施設の研究員達は逮捕されたのに」「君は特例なんだ。ですよね、王子?」ミコトは腰に手を当て、半分だけクロックに振り返った。いつもと少し違うミコトの様子に違和感を抱きつつ、二人を見守る。クロックは静かにミコトを見つめていたが、やがて諦めたように頷いた。「あぁ、そうだ。ご苦労だったな、ミコト」「ありがとうございます」「でもこれで終わりじゃないからな。早くレアを連れて行ってやれ」「まぁ、それはおいおい……ですかね」……??何の話をしてるのかさっぱり分からない。しかし気軽に訊ける雰囲気でもなく、口を噤んだ。完全置いてけぼりで悲しくなっていたレアルゼの頭を、ミコトが優しく撫でる。「それじゃミッションクリアということで。帰ろうか、レア」「え。わわ、……王子、失礼します!」腕を引かれ、部屋の外へ連れ出される。クロックは最後まで笑顔で手を振っていたが、訳が分からない。足早に歩くミコトの手を何とか振り解き、レアはその場に留まった。「ミコトさん、歩くの早いです。一体どうしたんですか?」何も言ってくれない彼が怖くて、足を後ろに引き摺る。「何か怒ってます……?」「まさか! むしろとっ…………ても喜んでるんだ。早く帰って、君と寛ぎたいだけ」とは言うけど、落
last update最終更新日 : 2026-01-14
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#3

「間違いなく良い方向に進んでるし、焦っても仕方ないからね。しばらく好きなことをして、楽しく過ごそう!」屋敷に帰ってから、ミコトは笑顔でそう言い放った。「君が以前より心を開いてくれてすごく嬉しいんだ。もうめいっぱい甘やかしてあげたい」「甘っ……今までで充分ですよ」どんな時もお気楽……もといポジティブでいられるのは、本当に尊敬する。読んでいた本に栞を挟み、レアはふぅと息をついた。「この世界の娯楽って、お茶以外だと何なんでしょう」「そうだねぇ。夜のお楽しみとか?」「ちょっ」「ごめんごめん。外に出るのは心配だから私がついていくことになるけど、家の中にあるものは好きに使って。絵を描いたり、映画を観てもいいし」お礼を言ったものの、結局庭いじりをした。これは現実ではしたことがなくて、良い勉強になった。手を土で黒くしながら気に入った苗を植える。高校生の時には無縁だった。小学校の時に芋堀とか、ミニトマトやアサガオを育てたぐらい。花を育てるのは難しそうだからやろうとも思わなかったけど、やってみると案外楽しい。満足する頃には夕方になってしまい、慌ててシャワーを浴びた。夕食の準備をする為キッチンへ向かう。その時、懐かしい音が聞こえた。「これ……」儚げなメロディに誘われ、来た道を戻る。北川の一番奥の部屋へ向かうと、旋律はよりクリアになった。クラシックはあまり知らないけど、これは名曲だからわかる。愛の夢の第三番。部屋の中をそっと覗くと、一台のグランドピアノと、演奏してるミコトがいた。部屋の大窓から差し込む橙の夕陽が彼を染め、美しい空間を創り出している。彼の演奏も含め、ここにある全てが芸術に感じた。「どうしたの? レア」「っ!」しばらく見とれていたが、ミコトは手を止めてこちらに振り返った。いつからバレてたんだろう。彼の察知能力に慄きながらドアを押した。「すみません。用はないんですけど、綺麗だなって思って」「本当に? ありがとう。これだけは練習したんだよね」「あ。曲もなんですけど、弾いてるミコトさんが、すごく綺麗で」何も考えずに答えると、ミコトは一瞬固まった。けどすぐに、涙を浮かべながら笑った。「あはは。君はほんと、罪な子だよ」「え! すみません、気に障りましたか……?」「いや、全然」彼は目元を指で擦ると、こちらに手招きした。近くまで寄る
last update最終更新日 : 2026-01-15
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#4

雷に打たれたような……という表現があるけど、それとは少し違った。例えるならどこまでも続く穏やかな水面。その水底から、巨大な影が浮かび上がってきた。ゆっくりゆっくり……だけど確実になにか起きると胸を震わせる、大きな存在。「せ……」水面に顔を出す前から、“それ”の正体は分かっていた。極限まで膨張した、爆発寸前の自身の感情だ。「先生っ!? 本当に!?」「わ、今までで一番元気な声だな。俺が知ってる御代だ」椅子から立ち上がり、我ながらド定番の反応で後ずさる。だがびっくりするなと言う方が無理だ。自分以外に転生してた人がいたことも衝撃だったのに。────その人が、恋い焦がれていた担任の先生なんて。ミコトさんが、中都先生。「……マジか」取り繕うことも忘れ、完全に高校生の自分に戻った。すごく嬉しいのと、恥ずかしいのと。両極端な感情がごちゃ混ぜになり、パニックになった。俺、ミコトさんに先生が好きだってことをそれなりに話したよな……!額を押さえて黒歴史を辿っていると、ミコト……もとい中都先生は鍵盤蓋を閉じてこちらに向き直った。「再会の喜びを分かち合いたいところだけど。御代、お前意外と演技力あるじゃないか。前は嘘ひとつまともにつけなかったのに」「う……っ」先生は口元を隠し、くっくと肩を揺らして笑った。そういう仕草も、確かに俺が知ってる先生のままだ。「いやあ、自分でもここでバラすとは思わなかった。面白いな」「な、何にも面白くないんですけど! 先生、絶対もっと早くに俺のこと気付いてましたよね? 何で教えてくれなかったんですか!」「それはもちろん、頑張ってるお前が可愛かったから。この間も言っただろ?」先生は蓋の上に頬杖をつき、脚を組んだ。こうして見ても、やっぱり目の前にいるのは異世界の青年。自分が知ってる先生とは違う。でも先生なんだ。本当に……。拳を握り締める。言おうか言うまいか迷ったものの、心の堤防は限界を迎えた。「俺は先生に会いたいって…………毎晩思ってたのに」「御代……」声を震わせながら、ボロボロと涙も零す。非現実的で、急展開過ぎる状況に取り乱している。もちろん先生と再会できて嬉しいけど、それと堂々の不安も抱えていた。「……そうだよな。不安に決まってる。寂しい思いをさせてすまなかった」指で涙をすくいとられる。嗚咽しながら見上
last update最終更新日 : 2026-01-16
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#5

夜になると、泣き腫らした目が少しマシになっていた。顔を洗い、咳払いしてからドアをノックする。「中都先生? 入ります」「ああ」すっかりリラックスしている先生が、香りのいい紅茶を淹れていた。二人分のカップを用意し、入れたての方を差し出してくれる。彼はもうミコトさんじゃない。それは俺も同じ。レアルゼという青年も今は眠りについた。この世界では大人でいよう……とずっと無理していたが、今はただのヤンチャな男子高校生である。御代《みしろ》は紅茶をひと息に干し、中都に尋ねた。「先生、今日の夜ご飯どうします?」「うーん。芋がたくさんあるから、フライドポテトでも作ろうか?」「ほんと!?」ジャンクフードに飢えていた御代は、子どものように目を輝かせた。そんな彼を見て、中都も相好を崩す。「そろそろ現実の食べ物が恋しいよな。ピクルスがあるからハンバーガーも作るよ。もどきだけど」「やったー! ありがとうございます!」御代はバンザイして喜んだ。しかしそのせいで、それまで我慢していた欲が溢れ出す。「そういえばカレーも食べたいなあ。カツ丼とか焼きそばとか、味の濃いものも……」「思い出すと駄目だよなぁ。とりあえずポテト作るから、ちょっと待ってなさい」「はーい!」先生はキッチンへ向かうと、細く切った芋を揚げていった。塩こしょうで味付ければもう立派なフライドポテトである。「うま……っ。沁みる……」「はは、良かった。いっぱい食べな」ハンバーガーも非の打ち所がなく、二個も作ってくれたのにすぐたいらげてしまった。引かれやしないか不安になって見ると、中都先生は嬉しそうにこちらを見ていた。「少し元気出た?」「もちろん! ご馳走様でした!」しっかり手を合わせ、食器を片付ける。「今までの人生で一番美味しかった……」というか、今まで大好きな先生の手料理をずっと食べてたんだよな。そう思ったら顔が熱くなった。「そこまで喜んでもらえて嬉しいよ。この世界じゃ誰に作っても意味ないからな」「それ前も言ってましたけど、何でこの世界の人は食べないんですか? お店で食べ物は売ってるし、レストランだってあるじゃないですか」「……食べ物を必要としないんだよ。みんな口には運んで咀嚼してるけど、そういうのは全部この世界をマトモに見せるための演出だ」「演出?」「そ。俺とお前の為の空間っ
last update最終更新日 : 2026-01-17
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屋上

顔を苦しそうに歪め、ゆっくりとテーブルに手をつく。彼は前に乗り出すと、俺の頬を撫でた。「大事だからこそ、一線は守らないと。……そう思ってたんだけど……」彼はオーバーなため息をつき、また腰を下ろした。「まさか異世界で出逢った青年が、その大事な生徒だなんて。お前のことを捜してた手前、猛省したよ」「そ、それ。いくら会った時に媚薬を飲んでたとはいえ、初対面の男のアソコを触るなんて!」「悪い悪い。だってあの時のお前、自慰のやり方も知らないぐらいピュアに見えてさ。もう老婆心だよ。迷い犬を誘導したような感覚だ」「ちょっ。適当に誤魔化そうとしてるでしょ」「はははっ!」彼は可笑しそうに笑っているが、あれは本当に良くないと思う。あの時、先生が手を出したのは見ず知らずの青年、レアルゼだ。俺じゃない。今まで俺以外の男(自分だけど)にベタベタしてたんだと思うと、かなり複雑な心境だ。「先生は、顔が良ければああいうことができちゃうんですか?」「人聞き悪いな。もしかして妬いてる? 俺がお前じゃなくて、レアを甘やかしていたから」「やっ妬いてません!」「ほんと嘘が下手だな」露骨に動揺している御代の隣に移動し、中都は微笑んだ。「俺は一応先生だから。困ってる子がいたら条件反射で世話を焼きたくなるんだ」もちろん分かっている。ただ頭では理解しても、心は別だ。納得するかどうかは、俺の手から離れたところにあった。「レアは、先生の好みの青年だったんですね」「そうだなー。まぁ、やましいことがありますって顔してビクビク怯えていたのは可愛かったかな。この世界にいる限りは、守ってあげなきゃと思ってたよ」「ぐ……」「でも、お前も特別なんだよ。現実だろうと、異世界だろうと。ここに来てからお前を忘れた日はない」重たい声音で紡がれる言葉。しかしすぐに笑って、彼は手を叩いた。「俺はレアの中身がお前と分かってから、毎日が楽しくてしょうがなかった。あれだけ俺を好いてくれたお前と、二人だけで過ごせることが……今でも夢を見てるみたいなんだ」「先生……」不意打ちだ。そんな嬉しいことを、淡々と言わないでほしい。また舞い上がってしまう。熱くなった顔を隠す為に、水を一気飲みした。「せ、先生は……正確には、いつから俺だと気付いてたんですか」「俺の家に連れ帰って、二日目ぐらいかな?」「はっ
last update最終更新日 : 2026-01-18
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#1

小鳥のさえずりが聞こえる。半年前から何一つ変わらない、夢を象った世界。ありとあらゆる常識をひっくり返し、現実《いま》を攫った。自分は、償う機会を与えられたのだ。「ふぅ……」中都藍人は起床と同時に深いため息をついた。この世界の神様は自分と御代の味方なのだ。だから今ここにいること、時間を与えられたこと全てに感謝しなければいけない。河に沈んだ自分達を哀れんだ神様が用意してくれた世界。御代はショックで忘れてしまってるようだが、自分は確かに、この世界で目覚めたときに聞こえていた。ここでちゃんと誤解を解け、と。その声に従い、時間をかけたものの忠実に御代と過ごした。正体も明かした。そこまでは予定通りだったのだが────今は新たな問題に直面している。「おはようございます、先生!」「おはよう、御代。機嫌良さそうだな」「そうですか?」寝室を出て、廊下の角を曲がった途端飛び込む影。顔を合わせてすぐ、御代はにこにこしながら手を差し出した。「朝ごはん作っておきましたよ。早く食べましょう♪」「おお、ありがとう」完っっ璧に素に戻ったな……!レアルゼの時なら考えられない、無邪気な笑顔。もちろ今も銀髪の美青年なのだが、到底同一人物とは思えない。しかしこれが御代鈴昌という生徒だ。友人やクラスメイトに対しては至って普通だが、中都を前にすると好き好きオーラ全開の態度に変貌する。しかも恐らく、本人はそれに気付いてない。色んな意味で大変な子なのだ。レアルゼとして生活していた時を思い返すと、改めて感心する。混乱して無気力状態だっただけの可能性もあるが、寝言の件がなければ中身が高校生と見抜けなかったかもしれない。( 見た目は関係ない )御代は大きめの眼鏡をかけていたが、目鼻立ちがくっきりして、端正な顔立ちだった。加えて絶対怒らず、優しかった為後輩から慕われていた。率先して前に出るタイプではないが周りをよく見ており、グループをまとめる力に秀でている。前年の三年生は引退する際、御代を次期部長候補に上げた者が多かった。実際部長になってからも彼に不満をもらす声は聞かなかった。実直で温厚、しかし改善できる部分がないか常に目を配っている。顧問としても担任としても素晴らしい生徒だった。そんな彼に星より重い好意をぶつけられて嬉しくないわけはない。スキンシップも大歓迎。
last update最終更新日 : 2026-01-19
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