紫音は一瞬言葉を切り、鋭い視線を向けた。「私の名義になっている自社株、それからその他の私財も……すべて内密に処分して。現金化して、全部このカードの口座に移しておくこと」蘭の瞳に、即座に鋭い光が宿る。彼女は背筋をピンと伸ばし、深く頷いた。余計な質問は一切しない。「承知いたしました。直ちに手配し、迅速に処理いたします」紫音は小さく頷くと、バッグから車のキーを取り出し、蘭に手渡した。その表情は凪のように静かだが、声音には有無を言わせぬ響きがある。「このキーはあなたに預けるわ。それと、帰りのハイヤーなら手配しておいたから。用事が済んだら、今日は早く休んで」紫音は一人で帰路につくつもりだった。静かな場所で一人になり、混乱した思考を整理したかったからだ。蘭はキーを受け取ると、心配そうに紫音を一瞥したが、彼女の意志を尊重してそのまま背を向けた。深く息を吐き出し、紫音は歩き出す。だが、数歩も進まないうちに事態は急変した。背後から強烈な力で腕を掴まれ、強引に物陰へと引きずり込まれたのだ。「――っ!?」恐怖が全身を走る。紫音は本能的に叫ぼうとした。「助けて……ッ!」だが、その悲鳴は最後まで言葉にならなかった。分厚い掌が乱暴に口元を塞ぎ、喉の奥へと声を押し戻したからだ。「騒ぐな。俺だ、清也だ」耳元で、焦りと苛立ちの混じった声が聞こえた。忌々しいほど聞き覚えのあるその声。紫音は目を細め、警戒と怒りを露わにする。相手が確かに清也であることを確認した瞬間――彼女は躊躇なくその掌に噛みついた。手加減などしない。肉を食いちぎらんばかりの勢いで。「ッ――痛ってぇな!」激痛に清也の眉間が寄る。彼はたまらず手を離し、噛まれた箇所を抑えながら、獣のような目で紫音を睨みつけた。「気でも狂ったか!?お前は狂犬か何かか、思い切り噛みやがって!」紫音は乱れた服を直しながら、氷のような視線で彼を見返した。そこには恐怖の欠片もない。「不破清也、一体何のつもり?いきなり引きずり込んで口を塞ぐなんて……私を殺す気?」声量は抑えられているが、その言葉には二の句を継がせないほどの冷気が漂っていた。「それから、はっきり言っておくけれど。私たちはもう終わったの。これ以上、私に付きまとわないで」紫音は凍てつくような眼差しで清也を突き飛ばすと、決然と背を向けた。
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