義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる의 모든 챕터: 챕터 211 - 챕터 220

438 챕터

第211話

「志津様の付き添いに戻らなくて大丈夫なの?」紫音は心配そうに尋ねた。志津を一人病院に残しておくことが、どうしても心苦しかったのだ。「母さんが病院にいてね。『紫音さんのそばにいてあげなさい』と言って聞かないんだ。祖母の容体も落ち着いて、検査数値も正常に戻った。だから、もう心配いらないよ」律は常に周囲に目を光らせており、容体に変化があれば即座に報告が入る手はずを整えている。だからこそ、病院を離れていても冷静でいられるのだ。「それならよかった……」紫音は胸をなでおろした。朱美がついているのなら、これ以上の安心はない。「仕事の方は片付いたのかい?」律が静かに問いかけた。「ええ、すべて解決したわ。安心して。状況も落ち着いてきたし、今動いている二つのプロジェクトが終わったら、新しい特許の開発にも着手するつもり。私のスタジオを、もっと大きくしていきたいの」紫音の言葉には、確かな活力が宿っていた。これまでの苦難を経て、仕事に対する自信は揺るぎないものに変わっている。どんな困難があろうと、最後までやり遂げる――その決意が、彼女を突き動かしていた。「応援しているよ」と、律は穏やかに言った。だが、帰宅した時から、彼の全身には深い疲労感が漂っていた。いつもの彼とは違う。会社のトラブルは、そう簡単に片付くものではないのだと、紫音には痛いほどわかった。「会社の方はどうなの?まだ揉めているんじゃ……」たまらず、紫音は尋ねた。「心配いらないよ。株価が下落し続けていて波乱含みだが、手は打ってある。大したことじゃない、すぐに落ち着くさ」彼女に余計な重荷を背負わせたくなくて、律はすべてを一人で抱え込もうとしていた。実際のところ、会社の状況は極めて深刻だった。進行中のプロジェクトはいくつも白紙に戻り、取引先からの信用も失墜しかけている。あの婚約式でのスキャンダルが、トップとしての彼の資質にまで疑問符を突きつけていたのだ。「私、すごく心配で……でも、何も助けになれないのがもどかしいわ」強がる彼の姿に、紫音は胸を痛めた。今回の騒動は、決して自分と無関係ではないのだから。「君は自分のことだけを大切にしてくれ。毎日無理をしてほしくないんだ。仕事の合間には、ちゃんと休む時間を作ること」律の言葉には、紫音を気遣う優しさが滲んでいた。根が気丈な彼女は、何事
더 보기

第212話

家政婦の松田は、ここ数日ずっと志津の身を案じていた。松田が拝島家で働き始めたのは、ずいぶん昔のことだ。身寄りのなかった彼女を雇い入れ、長年家族のように温かく接し続けてくれたのが他ならぬ志津だった。あふれるほどの恩と愛情をくれた志津様のために、今の自分にできる精一杯のことをしたかったのだ。「松田さん、お気遣いありがとう。明日出かける前に声をかけるわね。作ってもらえると助かるわ。ただ、お医者様からは薄味にするように言われているから、油っこいものは避けてもらえるかしら」「はいはい、承知いたしました。どうぞご安心くださいませ、紫音様。明日は私が腕を振るいますからね」少しでも志津様の役に立てることが嬉しいのか、松田の声は弾んでいた。夜。紫音がベッドに入ろうとしている時間になっても、律はまだ書斎で仕事に追われていた。ここ数日、彼は会社の立て直しに忙殺されており、他のことに気を回す余裕など全くない様子だった。ベッドに横になった途端、スマートフォンの着信音が鳴った。画面を見ると、なんと浩一からだった。「浩一さん?今日はみんなで食事に行ってたんじゃなかった?どうしたの、こんな時間に」時計を見ると、すでにすっかり遅い時間だ。まさか、まだ解散していないのだろうか。「君の可愛いアシスタントさんが、すっかり酔い潰れちゃってね。家の場所がわからないから、住所を教えてくれないか。俺がちゃんと送り届けるよ」電話の向こうで浩一は苦笑交じりに言った。紫音の大切な部下である以上、他の誰かに任せるわけにはいかない。万が一、彼女に何かあれば紫音に顔向けできないし、何より紫音から託された相手だ。最後まで自分が責任を持って面倒を見るつもりだった。「ちょっと、浩一さん、どういうこと?」紫音は思わず、受話器越しに声を荒らげた。「若い女の子を連れ出しておいて、そんなに飲ませるなんて。蘭に何かあったらどうするつもりなの?」「おいおい、俺のせいにしないでくれ。彼女が自分から飲んだんだよ。今日はすごく楽しそうだったし、君という『上司』がいなくて羽を伸ばしすぎたんじゃないか?」電話越しの浩一は、困ったように、けれどどこか焦った様子で言った。「とにかく、このまま放っておくわけにもいかない。場所を送るから、君が来るか、住所を教えてくれ」「……わかったわ。今すぐ向
더 보기

第213話

「私も一緒に行こう。こんな時間に、君を一人で行かせるわけにはいかない」律は迷うことなく立ち上がった。愛する女性を、夜の街へ一人で向かわせるなど、彼には到底考えられないことだった。「いいの。自分のことは大丈夫。それに蘭を家まで送るにしても、男性が一緒だと何かと不都合があるかもしれないし……律はまだ仕事が山積みでしょう?会社の方を優先して」紫音は先々のことまで考え、含みを持たせてそう言った。彼女の冷静な判断に、律も納得せざるをえなかった。「わかった。家の者に車を出させる。何かあったらすぐに連絡するんだよ。一人で抱え込まないように」「わかってる。浩一さんもいるし、心配しないで」手短に言葉を交わし、紫音は家を出た。指定された場所へ着くと、テーブルに突っ伏した蘭の無惨な姿が目に飛び込んできた。隣では浩一が、どう扱ったものかと持て余した様子で、おろおろと立ち尽くしている。「ちょっと浩一さん、こんなところで寝かせたままにしておくなんて、どういうつもり?」紫音はたまらず駆け寄り、不満をぶつけた。こんな場所で放置するのではなく、せめて静かな場所へ移してやるべきだったのだ。「いや、彼女がどうしても動きたくないって聞かなくて……本当に参ったよ。ちょうどいい、二人で彼女を支えて、家まで送り届けよう」だが、紫音は思案に暮れた。時計の針はすでに深夜を回っている。蘭はたしかルームシェアをしていたはずだが、詳しい住所までは把握していない。こんな泥酔した状態で送り届けて、同居人に不審がられたり、彼女の立場が悪くなったりしないだろうか。不安が頭をよぎった。「やっぱり、このまま帰すのはやめましょう。近くのホテルを取るわ。浩一さん、あなたも隣の部屋を取って。一人じゃ心もとないから、看病を手伝ってちょうだい」紫音はそう告げると、手際よく方針を決めた。浩一も「わかった」と頷き、二人がかりで蘭を抱え上げる。幸い、浩一が仕事でよく使う馴染みのホテルがすぐ近くにあり、迷うことなくそこへ運び込むことができた。「蘭、しっかりして。どうしてこんなに飲んじゃったの?誰かと一緒でも、自分の身は自分で守らなきゃ。二度とこんな無茶はしないで」ベッドに横たわり、真っ赤な顔をして唸っている蘭を見て、紫音は困り果てたように溜息をついた。「紫音さん……?お家のことで大変なの
더 보기

第214話

苦しそうな蘭の様子に、紫音の表情も自然と和らいだ。本来なら、蘭は真面目で明るく、分をわきまえた娘だ。それなのに、これほど自分を失うまで飲んでしまったのは……間違いなく、隣にいる浩一への想いゆえだろう。彼を前にして、抑えきれない感情を酒で紛らわせるしかなかったのかもしれない。切ない恋心が、彼女をここまで変えてしまった。その健気さが、紫音には痛いほど伝わってきた。紫音は蘭をベッドに横たえ、濡らしたタオルでそっとその顔を拭った。蘭のことは、単なる部下という以上に、妹のような存在だと思っている。だからこそ、恋に振り回され、ここまで自分を追い詰めてしまった彼女の姿を見るのは、ひどく胸が痛んだ。かたや親友、かたや大切な妹分。だが、男女の機微ばかりは、紫音であってもどうすることもできない。ただ見守ることしかできないもどかしさが、溜息となって漏れた。「紫音さん……もう、大丈夫ですから……こんな時間なのに、呼び出してごめんなさい……早く帰って、休んでください……」泥酔していてもなお、蘭は周りを気遣おうとする。そんな健気さが、余計に切なかった。傍らでは、浩一がベッドに横たわる蘭をじっと見つめていた。赤らんだ頬に、何事かをもごもごと呟く唇。普段の快活な彼女からは想像もつかない、無防備で愛らしい姿がそこにはあった。浩一はふと、自分でも無意識のうちに蘭を追いかけてしまっていることに気づく。ずっと、別の女性――紫音――を想い続けてきた。彼女の生活を壊すつもりも、家庭に割り込むつもりもない。それはとうの昔に決めたことだ。だが、今、目の前の女性に向けた眼差しは、これまでの執着とはどこか違う色を帯び始めていた。「……俺にできることがないなら、隣の部屋に行くよ。何かあったら呼んでくれ」浩一は逃げるように言葉を投げた。これ以上この部屋にいて、自分の心の揺らぎを直視するのが怖かったのだ。住む世界が違う。そう自分に言い聞かせる。彼女とは仕事だけの関係でいいし、これ以上踏み込むべきではない。そう強く自分を律した。「ええ、おやすみなさい」紫音が頷くと、浩一は足早に部屋を後にした。若い娘の部屋に男が長居するのも不自然だという、紫音なりの配慮でもあった。浩一が部屋を出ていくと、蘭の意識も少しはっきりしてきたようだ。目の間に上司が立っていることに気づき、
더 보기

第215話

紫音の言葉には、祈るような響きがあった。「自分の心を守って、自分が一番笑顔でいられるようにすること。それが何より大事なの。他人の振る舞いに、あなたの人生を左右されてはいけないわ」目の前の純情な後輩を見て、紫音は深い懸念を抱かずにはいられなかった。もし二人が恋人同士になれば、この子はきっと彼にすべてを捧げてしまうだろう。万が一、浩一が彼女の想いを裏切るようなことがあれば、紫音自身も一生自責の念に駆られるに違いない。だが、どうすることもできない。蘭はすでに引き返せないほど、浩一に強く惹かれている。どれだけ正論をぶつけても、今の彼女にはきっと届かないだろう――紫音は小さく息を吐いた。「わかっています、紫音さん。……今日は本当に、お手を煩わせてしまってすみません。もう大丈夫ですから、早く帰って休んでください。お家の方も、今はいろいろと大変な時期でしょう?」「ええ。でも約束して。これからはもう、自分を粗末にするような真似はしないって」「はい……」「今日はこのまま、ここでゆっくり休み分なさい。部屋も取ってあるし、明日の出社も遅くていいから。まずは体を大事にするのよ」紫音の細やかな気遣いに、蘭は目頭を熱くした。「ありがとうございます、紫音さん。……本当に、お優しいんですね」深く感謝する蘭の脳裏に、かつての光景が浮かぶ。紫音が以前の会社を去ったとき、迷わず付いていったのは蘭ただ一人だった。「最初は満足に給料も払えないかもしれない」と諭されても、「お金なんていいんです。私は紫音さんと働きたいんです」と食い下がったあの日。自分の目に狂いはなかったと、彼女は改めて確信していた。蘭が落ち着いたのを見届け、紫音は部屋を後にした。廊下に出ると、驚いたことに、そこにはまだ浩一の姿があった。「浩一さん?どうして、まだここに。休んでいればよかったのに」「いや、君たちに何かあったらと思ってね。心配でつい残ってしまったんだ。……もう帰るんだろ?送っていくよ」浩一は、いつだって細やかな気遣いを見せる男だ。だが、その対象は――部屋に残された蘭には、廊下から漏れ聞こえてくる二人の話し声がはっきり届いていた。強張った表情から、笑みが完全に消え去る。結局、塚山さんが見ているのは、いつだって紫音さんなんだわ……自分に向けられたあの優しさも、紫音に頼まれ
더 보기

第216話

紫音は淡々と答えながら、机に向かう彼の背中を見つめた。「それより、どうしてまだ起きているの?仕事が立て込んでいるのはわかるけれど、これじゃ体が持たないわ」紫音の目には、明らかな心配の色が浮かんでいた。律はいつも「健康第一だ」と紫音に説くくせに、自分自身のこととなると、驚くほど無頓着になる。「例のプロジェクトの納期が厳しくてね。先日の騒動以来、先方の不信感も強まっている。今、私たちが誠意を見せないわけにはいかないんだ」「……でも」「君は先に休んで。私のことは気にしなくていいから」律は紫音に歩み寄り、優しくその肩を叩いた。自分の苦労を分かち合うよりも、愛する女性に一秒でも長く眠ってほしい――その不器用な優しさが、今は少しだけ切なかった。書斎をそっと辞した紫音は、そのままキッチンへ足を向けた。夜の冷気に当てられたせいか、急に小腹が空いていることに気づいたのだ。律もまだ起きているし、何か作っていこうかな。そう思い立つと、なんだか無性に温かい気持ちになった。二人で夜食を囲む――そんな当たり前のような時間が、今の彼女には何よりの幸せに感じられた。ほどなくして、紫音は湯気を立てる二つのどんぶりを手に書斎へ戻った。「律、ずっと根を詰めていて疲れたでしょう?少し手を止めて、これを食べて」差し出された夜食に、律は驚いたように顔を上げた。「……君が作ってくれたのかい?」信じられないといった様子で、律が紫音を見つめる。「そうよ。松田さんほど上手くはないけれど、麺料理なら自信があるんだから。ほら、冷めないうちに食べて」自信たっぷりに胸を張る彼女を見て、律の口元に自然と笑みがこぼれた。実際、律の疲労は限界に近かった。山積みの懸案事項を前に張り詰めていた心が、どんぶりから上がる温かな湯気に少しずつ解きほぐされていく。「いただくよ」律が一口すすると、優しい出汁の味が口いっぱいに広がった。「……驚いたな。本当に美味しい」疲れの濃かった彼の横顔が、ふっと柔らかくなる。深夜まで仕事に追われる過酷な日々。けれど、一日の終わりに彼女が茹でてくれた麺を啜る。そんなささやかな平穏を、彼はかつて望むことすらできなかった。今、この瞬間にある充足感に、律は心から満たされていた。「じゃあ、これからもあなたが忙しい夜には、私が夜食を作るわね。今は簡単なも
더 보기

第217話

「もうこんな時間だ。遅くまで付き合わせて悪かったね。君は先に休んでいて」器が空になると、律は名残惜しそうに言った。明日の会議に向けて、今日中にどうしてもこの契約書を仕上げなければならないのだ。もしそれがなければ、律は迷わずすべての仕事を放り出して、彼女と共にベッドへ向かっていただろう。紫音も、彼が今どれほど重要な局面に立たされているかは痛いほどわかっていた。これ以上長居をしては、彼の仕事を長引かせるだけだ。「わかったわ。あまり無理しないでね」少しでも早く彼が眠りにつけるようにと祈りながら、紫音はそっと書斎を後にした。気がつけば、朝を迎えていた。紫音が目を覚ますと、すでに律は出社した後だった。幸い、スタジオのプロジェクトは順調に進んでおり、紫音が直接手を下すべき急ぎの仕事もない。彼女は支度を整え、病院へ向かうことにした。律の母である朱美が、もう数日付きっきりで看病してくれている。少しでも休ませてあげたかったのだ。それに、律自身も今は会社にかかりきりで、病院へ来る余裕はないだろう。せめて自分が顔を出さなければ、志津様も不安に思うに違いない。病室へ入ると、ちょうど朱美が志津の食事を手伝っているところだった。「志津様、朱美さん。おはようございます」紫音は手土産の果物を掲げて声をかけた。「紫音さん。仕事が忙しいのだから無理しなくていいと言ったのに。私一人じゃ心配かしら?」朱美が優しく微笑む。若い二人が激務に追われていることを知っているからこそ、これ以上の気労はさせたくなかったのだ。「とんでもない。スタジオの方は落ち着いていますから。それより朱美さん、数日ずっとお一人で看病されていてお疲れでしょう。今日は私が残ります。一度お家に戻って、ゆっくりお休みになってください。お着替えも必要でしょうし」紫音もまた、気遣うように言葉を返した。「私は平気よ。普段はお友達とお茶をするか、買い物に行くくらいしか用事がないもの。あなたたちには大事な仕事があるのだから、ここは私に任せて頂戴」朱美は上品に笑って首を振る。すると、ベッドに横になっていた志津がたまらず口を挟んだ。「そもそも、あんたたち二人とも付き添いなんていらないんだよ。うちの家政婦たちだっているし、ここは病院なんだから。大勢で寄ってたかって世話を焼かれたら、かえって息が
더 보기

第218話

病床の志津が、ぽつりと呟いた。かつて陣頭指揮を執っていた彼女の心は、今も会社の行く末を案じていた。「志津様、大丈夫ですよ。律は確かに忙しいようですが、『もう山は越えた』と昨夜も話していました。彼が全力を尽くしているんですから、信じてあげてください」紫音は志津の手をそっと握り、励ますように言葉を続けた。「今は何より、志津様が体を治すことが先決です。志津様が元気になってくださらないことには、律も安心して仕事に打ち込めませんから」志津が何を一番に案じているか。紫音には痛いほど解っていた。会社の不利益は、志津にとって自分自身の痛みも同然なのだ。紫音はただ優しく、その不安を溶かすように微笑みかけた。「そうね。あの子に任せたんだから、信じなきゃいけないわね。実際、あの子は私よりも優秀なところがある。どんな窮地でも動じず、淡々と問題を片付けてしまうもの。……あの子なら大丈夫、そうわかってはいるんだけどね」志津はどこか誇らしげに、けれど隠しきれない不安を滲ませながら目を細めた。トップの座を譲ったとはいえ、この年になっても会社の行く末が気になって仕方ない。それが彼女の生きてきた証なのだ。「ええ、志津様。律を信じましょう」そう言いながらも、紫音の胸は疼くように痛んだ。昨夜、眠る間も惜しんで机に向かっていた律の姿が目に焼き付いている。ここ数日、彼は目に見えて痩せてしまった。……もし私があんな騒動に巻き込まれなければ、律もこんな思いをせずに済んだのに。悔やんでも過去は変えられない。自分が律の重荷になっているという自責の念が、澱のように心に溜まっていく。今の自分にできるのは、ただ彼の無事を祈り、支え続けることだけだった。……月日は流れ、ようやく志津が退院する日を迎えた。ここ数日、志津の体調は驚くほど順調に回復し、容体も安定している。医師からも太鼓判を押され、晴れて退院の運びとなったのだ。拝島家にはお抱えの医師もいる。自宅に戻ったとしても、専門のスタッフによる手厚いケアが待っているため、何ら心配はなかった。志津自身、病院での窮屈な生活にはすっかり参っていたようだ。一日も早い帰宅を、今か今かと待ちわびていたに違いない。退院当日。律のオフィスには、相変わらず山積みの案件が彼を待ち構えていた。しかし、律はそのすべてを強引に後回しにし、祖母の
더 보기

第219話

自分が病に倒れたからこそ、二人がこうして本邸へ戻ってきてくれたという皮肉な事情はある。けれど、それを差し引いても、志津は少しでも長く彼らと同じ時を過ごしたかった。帰りの車中、紫音は志津の隣に座り、その手を優しく握っていた。「紫音さん。あなたたち二人は、まだ婚約したばかりだけれど……傍から見ていても本当に仲が睦まじいし、順調そのものね」志津がふう、と静かに息をつく。「そろそろ、赤ちゃんのことも考えなさいな。見ての通り、私はもう先が長くない。死ぬまでにひ孫の顔を見ることだけが、私のたった一つのわがままなんだよ」これまでも何度か耳にした言葉ではあったが、今日はいつになく真剣で、諭すような口ぶりだった。「お義母様、今の若い方たちの考え方は、私たちの頃とは違いますから」たしなめるように声を上げたのは、律の母、朱美だった。「二人とも毎日仕事で手一杯なんです。今すぐ子供なんて、そんな余裕はないはずですよ。あまりプレッシャーをかけないであげてくださいな」朱美はどこまでも二人、ことに紫音の立場を思いやっていた。「授かればもちろん嬉しいことですけれど、決して無理強いはしたくありません。二人のペースに任せて見守ってあげましょう」朱美自身、この件で紫音を問い詰めたことなど一度もない。紫音が心の底でどう考えているかは分からなかったが、どのような結論であれ、彼女を追い詰めるようなことだけはしたくなかった。「今の若い人たちは自由でいたいんでしょうけど、子供が生まれたらみんなで面倒を見るから大丈夫よ。あなたたちがつきっきりになる必要なんてないわ。この私が、最高のお手伝いさんでも何でも雇ってあげるから!」志津が切実に願うのは、ただ一つ。新しい命の誕生を見届け、三人が幸せに暮らす姿を見ること。それさえ叶えば、もう思い残すことはなかった。「お義母様、そうはおっしゃいますけど。親になれば、自分の子を放っておけるはずがありませんわ」朱美は困ったように微笑み、根気強く志津をなだめる。「志津様、お気持ちはとても嬉しいです。私たちの幸せを願ってくださっているのですね。ただ、今はどうしても仕事が立て込んでおりまして……こればかりは授かりものですから、自然の流れに任せていただけませんか」紫音は言葉を選びながら、穏やかに返した。実のところ、律との関係にはどこか割り
더 보기

第220話

知り合ってから今日まで、愛する女性に何かを強いたことは一度もない。いつか紫音が心から自分を受け入れ、心の底から愛してくれる日が来るのを、静かに待つつもりだった。心を通わせ、自然に肌を合わせる。それこそが彼の理想であり、焦って無理強いをすれば、彼女の心の負担になると分かっていた。だが紫音の目に、その慎み深さは「自分への関心の薄さ」として映っていた。婚約者としての義務を淡々と果たしているだけで、自分を女として求めていないのではないか——律は限りなく優しい。文句の付けようがないほどだ。けれど、その愛情にはどこか温度差があり、時折ひどく余所余所しく感じられる。互いに多忙を極め、膝を突き合わせて真実を語り合う余裕すらない。志津を前にして、紫音はどう振る舞うべきか苦悩していた。今、二人の間に通じている唯一の「阿吽の呼吸」といえば、その実態が「互いを気遣う友人関係」と大差ないことを、家族にひた隠しにすることだけだった。屋敷に到着すると、出迎えた使用人たちの顔がパッと華やいだ。志津が日頃から慈悲深く接していることもあり、皆、心から彼女の帰還を待ちわびていたのだ。しかし、一行が玄関をくぐって間もなく、招かれざる客が姿を現した。伯父の正人一家だ。「母さん、水臭いじゃないですか。退院するなら教えてくれればいいのに。使用人から聞かなければ、知らずにいるところでしたよ」正人は開口一番、不満を並べ立てた。その忌々しげな視線は律と紫音に向けられ、言葉の端々に刺がある。「体調はどうなんです?すぐにでも駆けつけたかったんですが、こっちは例の騒動の後始末で手一杯でしてね。あの婚約式のせいで、一族がどれだけの泥を塗られたことか……」せっかくの祝宴に水を差すような物言いに、志津はこみ上げる頭痛を堪えた。本来なら相手にするのも億劫だが、ここで無視をすれば家の中が余計に殺伐とする。分かっていても、溜息が出るのは止められなかった。「私の体調がどうか、だと?お前が一番よく知っているはずだ。私は何より、余計な刺激に弱いんだよ」志津は毅然とした口調で言い放った。「見舞いに来たと言うのなら、その言葉には感謝しましょう。ならば今は心穏やかに席に着きなさい。家族で食事をするのだから」志津は鋭い眼光で正人を射抜いた。「身内に問題が起きたのなら、責め立てるのではなく、
더 보기
이전
1
...
2021222324
...
44
앱에서 읽으려면 QR 코드를 스캔하세요.
DMCA.com Protection Status