《義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる》全部章節:第 231 章 - 第 240 章

438 章節

第231話

志津は泰然自若(たいぜんじじゃく)としていた。数々の修羅場を潜り抜けてきた彼女には、崩れかけた局面を立て直す術が備わっている。律一人にすべてを背負わせるには、あまりに荷が重い。老体に鞭打ってでも支えようとするのは、拝島グループが半生を捧げて築き上げた、彼女の魂そのものだからだ。「おばあちゃん、僕を信じて任せてくれるなら、必ず事態を収束させます。これまで以上に盤石な組織に変えてみせます」律は静かに、だが熱を込めて語った。「伯父さんのことも、無下にはしません。利益の一部を譲ってもいいと思っています。……何だかんだ言っても、今おばあちゃんの側にいる血の繋がった息子さんは、あの方だけですから」それは律なりの、最大限の譲歩だった。地位や富への執着などない。ただ、志津にだけは顔向けのできない真似をしたくなかったのだ。志津は驚きに目を見開いた後、深く、重い溜息を漏らした。「律、お前がそこまで考えてくれていたなんてね……いいかい、お前はどこまでも私の孫だよ。余計な重圧を感じる必要はないし、ましてや外の噂話なんて気にするんじゃないよ」志津は律の目を見据え、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。「大きな仕事を成し遂げる人間は、瑣末(さまつ)なことに惑わされないものさ。だから何も恐れずに進みなさい。最後は私がお前の後ろに立ってやる」志津の言葉には、かつて鉄の女と呼ばれた頃の覇気が宿っていた。「これでも、私が会社に顔を出せば連中は震え上がるんだよ。お前が手を焼くようなら、この婆さんが直々に引導を渡してやるからね」「ありがとう、おばあちゃん」律の心にかかっていた重たい雲が、ふっと晴れていった。志津のその言葉さえあれば、もう何の迷いもなく腕を振るうことができる。彼が会社で実権を握り、正人たちを牽制してきたのは、決して金銭への執着からではない。身勝手な振る舞いを続ける彼らの目を覚まさせるためだった。長年、正人一家は拝島家の一員としての義務を何一つ果たそうとしなかった。それどころか、かつて会社を私物化し、内部から食い潰しかけたことすらある。もし志津が律にトップの座を託していなければ、グループはとうの昔に崩壊していただろう。昔の律は、それでも「家族だから」と情をかけ、完全に彼らの道を絶つような真似は避けていた。だが、度重なる勝手な振る舞いに、今ではすっかり
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第232話

それは、さまざまな修羅場を乗り越えてきた祖母からの、何よりも温かく力強いエールだった。「お義母様、私を許してくださって……ありがとうございます。あの頃はただ、この子を諦めるなんて考えられませんでした。私にとって、律は命そのものでしたから。若さゆえの浅はかさで、この秘密は一生墓場まで持っていく。そう決めていたのですが……」朱美は深く頭を下げた。今さら真実が露呈したことで、律の立場を危うくしてしまった。堂々と渡り合えたはずの親戚連中に対し、息子に引け目を感じさせてしまったことが、彼女は何より申し訳なかった。「過ぎたことを悔やんでも始まらないよ。誰だって間違いの一つや二つ、犯すものさ。そもそも、家族って何だい?」志津は穏やかに、だが断固とした口調で言った。「血が繋がっていれば家族なのかい?腹を痛めて産んだ息子たちが、私をどう扱ってきたか。みんな知っているはずだよ。私はね、真心をくれる人こそを本当の家族だと思っているんだ」老いてなお、志津の洞察力は鋭かった。誰が自分のために動いているのか、誰が拝島の未来を想っているのか。それを履き違えるような人ではない。三人が心を通わせていると、廊下から鋭い足音が近づき、早苗の声が響き渡った。「誰の許可で入ってきたの!ここはもう、あなたたちが居座っていい場所じゃないのよ。さっさと出ていきなさい!」早苗は傲慢な笑みを浮かべ、敵意を剥き出しにして部屋へ踏み込んできた。「いい加減にしなさい!」志津の一喝が部屋に響いた。「部外者はどっちだい。お前たちの下劣な下心など、すべてお見通しだよ。この会社を、お前たちのような連中に渡すつもりはさらさらない!」志津の毅然とした態度に、早苗の顔が屈辱で歪んだ。「お義母様、冷静になってください。今のあなたには、私たち夫婦と孫の隆行しか身寄りはいないんですよ?それなのに、この赤の他人にすべてを譲るおつもりですか?拝島の資産が、長年このペテン師に食い物にされてきた。それが分かっていて、まだ続けるのが正しいとお思いなの?」早苗は臆面もなくまくしたてた。「こんな男、拝島を名乗る資格なんてありませんわ!そりゃあ、私たちはこれまで大した役には立たなかったかもしれません。でも、家を裏切るような真似だけは一度だってしたことがない!この親子が仕組んだペテンは許せて、どうして身内の失敗は
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第233話

「これは私が決めたことだ。何が起きようと、お前たちを頼りにはせん。私は律を信じている。部外者は黙っておいで!」志津の毅然とした態度に、正人は苦虫を噛み潰したような顔をする。志津はそんな息子を、失望の滲む目で見つめた。「正人……あんたたち兄弟を育てるために、私は必死に生きてきた。だが、今の体たらくは何だい……情けない。母親として、自分の教育が間違っていたのだと、つくづく自分を呪いたくなるよ」志津の震える声が室内に響く。「一人は海外で家庭を築き、親の顔を見にくることすらない。もう一人はそばにいながら、母親を敬うどころか金、金……あんたの目には、金しか映っていないのかい?金がすべてだとしても、これまで一度だって不自由させたことはないはずだ。それなのに、なぜこうも強欲なんだ……」志津は、高ぶる感情を押し殺すように静かに諭した。これまで何度も言い聞かせてきたことだ。だが、彼らがその真意を汲み取ったことは、ただの一度もなかった。これ以上、欲に目が眩んで道理を弁えないと言うのなら、この屋敷から出ていってもらうまでだ。志津の心から、迷いは消えていた。「母さん、あんまりじゃないか!俺が親の心配をしていないなんて……元を辿れば、母さんが昔から律ばかりを贔屓してきたせいだろう。あの子にばかり手をかけて、俺たちのことをどう思っていたんだ!」正人は声を荒らげ、なおも食い下がる。「それでも、あんたはたった一人の母親だ。心の底から恨んだことなんて一度もない!俺だって家族を想っていないわけじゃないんだ」「たまにしか顔を見せないのは……期待しても裏切られるのが怖かったからなんだよ!」早苗と声を合わせるように、正人は次々と身勝手な言い訳を並べ立てる。だが、そんな言葉はもう志津の心には響かなかった。聞き飽きた戯言に、ただ疲労が募るだけだった。「もういい……決めたことは、誰がなんと言おうと変えないよ」志津は拒絶の意志を鮮明にした。「体調が優れないんだ。みんな帰っておくれ。……いいかい、この家にはいつだって律の居場所がある。どうしても律を受け入れられないと言うなら、私とも縁を切りなさい。それぞれ、勝手に生きていけばいい」言い終えると、志津は静かに瞼を閉じた。もう、実の息子の顔すら見たくなかった。母親として、自分はどこで間違えたのだろうか。豊
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第234話

「お義母様、このまま引き下がるわけにはいきませんわ!冗談じゃない、どうして他人なんかに家を任せなきゃいけないんです?年のせいで頭がどうかしてしまったんじゃありませんこと?」早苗は焦燥感から、言葉を荒らげた。もしここで会社を譲り受けられなければ、居座ってでも動かない覚悟だ。「おい、お前……母さんに向かってなんてことを言うんだ。少しは落ち着いて話し合おう」隣で見ていられなくなった正人が口を挟む。彼は時折、臆病なほど母親の体調を気にかけ、顔色を窺うことがあった。だが、早苗の毒気は止まらない。「落ち着いてなんていられるもんですか!私は間違ったことなんて言っていませんわ!なぜ家の財産を部外者に、それも裏切り者の親子に渡さなきゃいけないの?」彼女は勝ち誇ったように胸を張った。「私はね、すべてこの家のために行動しているんです。いつか皆、私に感謝する日が来ますわよ!」たとえ今、志津を説得できずとも、早苗には次の一手があった。すでに取締役会にも根回しは済んでいる。いくら志津が守ろうとしたところで、血の繋がりがないと分かった律に、株主たちが従うはずがない。拝島家という盾を失った男など、もはや恐れるに足りないのだ。早苗の瞳には、どす黒い野心が渦巻いていた。「いい加減にしなさい!」部屋を震わせるような一喝に、場の空気が凍りついた。「いつまで騒げば気が済むんだい。この年寄りを、本気で死なせる気かい?」志津は怒りに肩を震わせ、鋭い視線で二人を射抜いた。「いいかい、はっきり言っておくよ。私は新しい遺言書を作成して、全財産を律に譲る。冗談でも何でもない。これが私の最後の意思だ!」「お義母様、何を……本気で仰っているんですか?」早苗の声が裏返った。顔色は土色に変わり、絶望に打ちひしがれている。「一生かけて築いた財産を、赤の他人に渡すというのですか?そんなことをすれば、拝島家は世間の笑いものになりますわ!」だが、志津の決意は揺るがなかった。非難の声を冷たく突き放す。「私をここまで追い詰めたのは、お前たちだよ。おとなしく従っていれば、相応の扱いはしてやったはずだ。それを台無しにしたのは、他ならぬお前たちの強欲さだ!もうお前たちの好き勝手にはさせない。世間にどう思われようと、私の知ったことではないよ」志津はもう、これ以上言葉を重ね
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第235話

正人は半ば諦めたように、強引に早苗の腕を引いて部屋を後にした。当然、早苗はこの屈辱を飲み込めるはずもない。何代も続く拝島の家業を、あんな「赤の他人」に奪われるなど、不公平が過ぎる。「ちょっと、どうして私を連れ出したのよ!まだ話は終わっていないわ。本当に会社が奴らの手に渡ったら、私たちはどうなるの?路頭に迷えって言うの!?」廊下に出るなり、早苗は不満を爆発させた。「母さんがあんな状態なんだ、これ以上追い詰めてどうする。喚き散らして解決する問題じゃないだろう。少しは冷静になれ」正人はこの期に及んで、狡猾なまでの冷静さを見せていた。「一度家に戻って策を練るんだ。本気で母さんの病状が悪化して、あんな遺言を正式に遺されたら、それこそ手遅れになるぞ」その言葉に、早苗もようやく落ち着きを取り戻した。「……それで、次はどうするつもりなの?」「奴を会社から叩き出すには、まずは取締役会を味方に付けることだ」正人の目が冷酷に光る。「あいつはもう拝島の人間じゃない。本人もそれを認めたんだ。周りの役員たちがそんな男を認め続けるはずがないだろう」「たとえ母さんが奴を留めようとしても、無駄さ。取締役たちに相応の『利』を見せて抱き込めば、必ずこっちに寝返る。そうすれば、律なんて男は一瞬で居場所を失うのさ」正人はすでに、裏で周到に準備を進めていた。志津の性格は熟知している。一度言い出したら最後、テコでも動かないほど頑固な人だ。これ以上屋敷で騒ぎ立てても、志津の体を壊すだけで得策ではない。一応は実の母親だ。弱りきった姿を見れば、彼なりに良心が痛む瞬間もあった。正人の思惑を察したのか、早苗もようやく理解を示したが、不安は拭えない。「取締役会の連中は、海千山千の古株ばかりよ。あいつらが、そう簡単にあなたの言うことを聞くかしら?律の仕事ぶりは誰もが認めているし、あいつが上げてきた実績は無視できないわ」早苗は眉をひそめ、自信なさげに言葉を継いだ。「心配するな。策はすでに練ってある。お前は余計なことをせず、俺の指示に従っていればいいんだ」正人は不敵な笑みを浮かべ、力強く言い放った。その自信に満ちた態度に、早苗もこれ以上の追及はやめた。ひとまずは、夫の出方を見守ることにしたのだ。……一方、本邸の応接室。正人夫婦が騒々しく屋敷を去る
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第236話

律の静かで穏やかな声に、志津は力なく頷いた。「まともに相手をしていたら、とうの昔にこの屋敷を出入り禁止にしているさ。……それでも、あの子が私の産んだ息子であることに変わりはない。そこだけは、どうしようもない事実だからね」皺の刻まれた顔に、深い疲労が影を落とす。「昔はね、苦労しながらも二人の息子を必死に育て上げたものだよ。身を寄せ合うようにして生きてきた。決して裕福ではなかったけれど、家族が一緒にいられて、あれはあれで幸せだった」遠い日を懐かしむように、志津はぽつりぽつりと零した。「拝島家が大きくなるにつれて、どうしてあの子たちはあんな風に変わってしまったんだろうね。私の育て方のどこが間違っていたのか……息子がふたりともあんなになるなんて、自分でも分からなくなるよ」そう語る志津の顔には、深い慚愧の念が滲んでいた。長男である正人を手元に残しておけば、少しは老後の支えになってくれるだろうと思っていたのだ。ところが蓋を開けてみれば、毎日のように血圧を上げるような厄介事を持ち込んでくるばかり。こんなことなら、いっそ息子などいない方がマシだったかもしれない。――そんな悲痛な思いが、志津の胸を締め付けていた。「おばあちゃん、お金があれば全てが上手くいくというわけではありません。ですが、どうかこれ以上お心を痛めないでください。なるようにしかならないこともありますから」律の声は静かだったが、その響きには確かな決意が込められていた。ただ、流れに身を任せるしかない。志津自身、もはやあの二人の息子を完全に見限っていた。「お義母様」傍らにいた朱美が、ふと口を開いた。「あの方たちのために腹を立てるなど、ご自身の体を痛めつけるだけです。家族で話し合っても解決できないというのなら、私から律に会社を退くよう言い聞かせても構わないのですよ」朱美は少し言葉を切り、真剣な眼差しで志津を見つめた。「ただ、気がかりなのは正人さんのこと……もしあの人が経営を握ったとして、上手くいくのでしょうか?拝島グループは、お義母様が一生をかけて築き上げた血と汗の結晶。それだけが心配なのです」取り繕った慰めではない。朱美の嘘偽りのない本心だった。そもそも律に拝島の血が流れていない以上、強引に経営トップの座に居座らせるつもりなど毛頭ない。長年、実の母のように慕ってきた志津の想いを第一
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第237話

去り際、志津が強く念を押した。一度引き受けたことは、どんなに苦しくても独力で完遂しようとする。そんな律の危ういまでの責任感を、志津は誰よりも案じていた。「心配いりませんよ、おばあちゃん。僕には最強のバックがついていますから。本当に困ったら、真っ先に泣きつくことにします。おばあちゃんの一声で解決しない問題なんて、この世にはありませんからね。無理に自分を追い込むような真似はしませんよ」律は穏やかに微笑んで見せた。だが、それは志津を安心させるための、優しい嘘でもあった。本心では、これ以上の心労を志津に強いるつもりはない。この歳になってもなお、会社の泥沼に引き摺り込まれている祖母の姿を見るのは、律にとっては何よりも心苦しく、申し訳ないことだった。「よろしい。行ってらっしゃい」志津の信頼に満ちた頷きを背に受け、律は静かに屋敷を後にした。本邸を後にした律は、真っ直ぐに本社ビルへと向かった。社内の人間は皆、息を潜めて待ち構えているはずだ。拝島家の内紛劇など、すでに全社員の知るところとなっているだろう。彼らの関心事はただ一つ。今日、トップとしてこの会社に現れるのは誰か。これまで通り律か、一発逆転を狙う伯父の正人か――律がエントランスに足を踏み入れると、一斉に驚愕の視線が突き刺さった。あからさまな動揺が空気を伝わってくる。どうやら、彼が再び会社に姿を現すとは誰も思っていなかったらしい。「社長!先ほどから役員の方々がずっとお探しです。お電話が繋がらず、すでにお待ちかねかと」秘書が駆け寄り、恭しく報告してくる。だが、その声色や態度の端々には、以前とは明らかな違いがあった。どこか遠巻きに様子を窺うような、不自然なよそよそしさが透けて見えたのだ。律は内心で冷たく自嘲した。自分の立場とは、一体何なのだろうか。たしかに拝島の血は引いていないかもしれない。だが、これまでグループを牽引し、あらゆるプロジェクトを陣頭指揮して利益をもたらしてきたのは自分だ。血の繋がりがないと分かった途端、これまでの実績すら全て白紙にされるというのか。――どうやら、ここはそういう場所らしい。思えば、拝島グループのトップという玉座は、常に数多の野心家たちの標的だった。志津の強力な後ろ盾がなければ、とっくに引きずり下ろされていただろう。たとえ正人がいなくとも、隙あらばそ
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第238話

必要最低限の説明に留めたが、役員たちの反応は冷ややかだった。向けられる視線には、隠しきれない侮蔑と、何とも言えない複雑な色が混ざり合っている。その揃いも揃った不穏な沈黙は、まるで彼らが事前に裏で口裏を合わせ、何かを待ち構えているかのようだった。「拝島社長……いえ、もはやそうお呼びすべきではないのかもしれませんな」沈黙を破ったのは、古参の一人だった。「我々は、今後の事業方針そのものを疑っているわけではありません。ですが、あなたが『拝島の血』を引いていないとなれば話は別だ。この先も、これまでと同じように身を粉にして会社を支えてくれると、どうやって我々に信じろと言うのですか?」「恨みがあるわけではない。だが、婚約騒動からこっち、君の身辺はあまりに騒がしすぎた」別の役員が、追撃するように言葉を重ねる。「個人の不始末で被った会社の損失は、もはや無視できる額じゃない。我々だけでなく、取引先からも厳しい声が上がっているんだ」「律さん。ここはあくまで拝島家が築いた同族企業だ。身内でなくなった人間が、我が物顔で社長の椅子に座り続ける。そんな道理が通用するとお思いですか?社長の座については、今一度ゼロから見直すべきだ」次々と浴びせられる糾弾。阿吽の呼吸で言葉を繋いでいく彼らの様子を見て、律は確信した。――これは、単なる役員の不満ではない。彼らは、入念に準備していたのだ。示し合わせたように『血縁』という急所を突いてくる。一役員にすぎない連中がここまで強硬な態度に出る理由は、一つしか考えられない。伯父――正人が裏で手綱を引いているのだ。確かな確証はない。だが、この執拗なまでの組織だった攻撃は、あの男が描いたシナリオそのものだった。律の目は、目の前のハイエナたちを冷徹に見据えていた。「私が今日ここに立っているのは、他でもない会長の絶対的な信任によるものです。その強固な後ろ盾がなければ、私はこの席にはいません」律は悠然と脚を組み替え、冷ややかな視線で役員たちを射抜いた。「私の出路にまつわる騒動は、あくまで拝島家内部の私事(わたくしごと)に過ぎない。部外者である諸君らには一切関係のない話だ。今後の事業計画もすでに抜かりなく手配してあります。それでも異議があるというなら、いつでも私の社長室へ来なさい」一切の反論を許さない響きがあった。「また、私個人の事情で会
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第239話

居並ぶ顔ぶれを、鋭い眼差しで順番に見据える。「会社とは組織であり、個人の私物ではない。ここにいる全員、その大前提を勘違いしないことだ。私が今、この席に座り続けているのは、私にそれだけの能力があり、他でもない会長が私を認めたからに他ならない」しんと静まり返った会議室に、律の冷徹な声だけが響き渡る。「他にも意見がある者は?不満や反発があるなら、腹に抱え込まず今ここで明確に口にしたまえ」律が経営トップに就任して以来、拝島グループは確実な成長を遂げてきた。今年の利益率も、前年を大きく上回る見通しだ。その実績は、誰の目にも明らかだった。これほど巨大な組織を、志津が若き律に委ねたのには明確な理由がある。就任当初こそ「若すぎて経営など無理だ」と高を括っていた役員たちも、やがて思い知らされることになったのだ。この若者の底知れぬ才覚と、古い枠組みに囚われない圧倒的な先見の明を。律の言葉が途切れると、役員たちは一様にうつむき、誰一人として口を開こうとはしなかった。先ほどまでは強気な言葉を並べ立てていたが、それは裏で正人の扇動があったからに過ぎない。莫大な利益を叩き出す絶対的な経営者を前にして、本気で正面から牙を剥く度胸など、彼らには微塵もなかったのだ。律の放つプレッシャーは、それだけで圧倒的だった。ただそこに座り、彼らを見据えるだけで、全ての野心をねじ伏せてしまう。その揺るぎない絶対者の風格を前に、会議室は完全な沈黙によって支配されていた。律は、居並ぶ役員の一人ひとりを射抜くように見据えた。「――反論がないのであれば、私から言わせてもらう。損失分は私が必ず取り戻す。諸君らを失望させるような真似は決してしない」静まり返った室内で、律の声だけが冷徹に響く。「今ここで異を唱えないということは、今後、私の指揮に無条件で従うと誓ったものと見なす。もし裏で良からぬ野心を抱く者がいれば、その時は容赦なく、強制的にこの会社から叩き出す。肝に銘じておけ」単なる話し合いではない。これは、増長したハイエナどもを沈黙させるための最後通牒だった。ここ数日の彼らの動きは、全て把握している。血縁という弱みに付け込み、自分を追い落とそうと画策する連中の心は、すでにバラバラに乱れきっていた。彼らにとって、会長である志津の言葉は「絶対」だ。その鶴の一声がある以上、表面上は恭しく
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第240話

丸一日、詰め切った会議が終わった。律は山積する問題点を次々と暴き立て、それらに対して一片の容赦もしなかった。「血縁がない」という事実が発覚し、立場が揺らいでいる今だからこそ、彼はあえて以前よりも苛烈に振る舞った。引け目など微塵も感じさせず、冷徹なまでの王者の風格で役員共をねじ伏せたのだ。役員たちは腹の底で不満を滾らせながらも、己の失態を白日の下に晒され、ぐうの音も出ない。ただ苦虫を噛み潰したような顔で、屈辱に耐えるしかなかった。「……今日の会議はここまでだ。次までに改善が見られなければ、相応の処分を下す。担当者個人まで徹底的に責任を追及するから、そのつもりでいろ。各自、抜かりなく立て直せ」律は氷のような声で言い捨てると、振り返ることもなく会議室を後にした。ようやく全ての事務処理を終え、屋敷に戻る頃には、時計の針はすでに深夜零時を回っていた。会議室に居残った連中は、今頃不快感と疲労で虫の息だろう。律はそんな光景を冷ややかに思い浮かべながら、書斎へと足を向けた。そこには、自分と同じようにまだ机に向かっている紫音の姿があった。律はそっと歩み寄り、熱い白湯の入ったグラスをそっと置いた。「まだ起きていたのか。もうこんな時間だ、あまり無理をせず休んだらどうだい?」張り詰めていた軍神のような厳しさは消え、その声には紫音への深い慈しみと、穏やかな響きが宿っていた。紫音はふと時計に目をやり、すでに深夜零時を回っていることに驚いた。律が会社から戻らないことが気にかかり、無意識のうちに彼を待っていたのだ。「ちょうど特許のデータを整理し直していたの。集中していたら、つい時間を忘れてしまって」紫音は書類から顔を上げ、律を気遣うように見つめた。「それで……会社の方はどうだった?上手く片付いたかしら」律の立ち振る舞いは相変わらず優雅そのものだったが、その瞳の奥には、拭いきれない濃い疲労の色が滲んでいた。「ああ、概ねね。心配はいらないよ。……けれど、次からはこんな時間まで起きて待っていなくていい。先に休んでいてくれ」自分を待っていたであろう紫音に対し、律は申し訳なさと愛おしさが混ざり合ったような表情を見せた。「いいの。あなたはいつも、私を安心させようと良いことしか言わないもの」紫音は静かに首を振った。「これまでの損失に加え、今は血縁のこと
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