All Chapters of 愛の行方〜天才外科医の華麗なる転身〜: Chapter 11 - Chapter 20

24 Chapters

11話

 6年後――。 明里は小雪を連れて帰国した。日本で医学サミットがあり、それに参加するために。 小雪の首がすわり始め、出産のダメージが癒えると、明里は涼の助けを借りて論文で発表したり、海外で様々なことを学んだりして、今では医学界のエリートとして有名人だ。 今回のサミットも、明里の教えを請いたいという医師が数人集まっている。 ホテルのロビーに着くと、明里はカバンから小雪の小銭入れを出し、ぬいぐるみと一緒に手渡した。「ママはお仕事で、色んな人とお話してくるから、ここでいい子に待っててね。喉が渇いたら、あそこの自販機でジュース買ってね」「うん、分かった」「ジュース買う時は、どれ使うんだっけ?」 小雪の小さな手のひらに、小銭を数枚乗せる。100円玉が2枚、50円玉が3枚、10円玉が4枚、5円玉、1円玉がそれぞれ2枚ある。「んーとねー、これとこれとこれ使えるんだよね。200円あれば、買えるよね」 小雪は100円、50円、10円を指さした後に、2枚の100円玉を手に取り、明里に見せた。「そうそう。えらいえらい。もうちょっとしたら、おじさんが来るから、それまでひとりでいい子にしててね」「はーい」 明里はキャラメルをひと粒だし、小雪に手渡してからサミットへ向かう。「んへへ、きゃあめる」 明里を見送った小雪は、キャラメルを頬張る。まだ6歳で、舌足らずだが、それが可愛らしい。「うーさん、くーさん、おままごとしましょうね」 明里から受け取ったうさぎとくまのぬいぐるみをソファに座らせ、おままごとを始める。通りかかる客人やスタッフが微笑ましく見守る。 同日同時刻、奇しくも月ノ宮成也も同じホテルに来ていた。彼は取引先と会食をする予定があったのだ。「ママ、ただいま。おかえりなさい、パパ。ママ、お腹すいた。今日のごはんは?」 可愛らしい声が耳に入り、成也は足を止める。そちらを見ると、小さな女の子がうさぎとくまのぬいぐるみでおままごとをしていた。「あの子は……」 その子を見た瞬間、何故かデジャヴが起こった。小さな子供がいる知り合いなどいない。なのに、見覚えがある。口元が誰かに似ている。 似ているのは口元だけではない。目元が自分に似ているような気がしてならない。「成也?」 ミアに名前を呼ばれ、我に返る。(何考えてるんだ、俺は)「ぼーっとしてどうした
last updateLast Updated : 2025-12-28
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12話

「ありがとうございます、神宮寺先生。おかげで視野が広がりましたよ」「こちらこそ、貴重なお時間をありがとうございます。また機会があれば、お話しましょう」 挨拶を済ませると、明里はロビーへ急いだ。いくら兄が後から合流して見てくれるとはいえ、まだ6歳の小雪をひとりで待たせておくのは気が引ける。 ロビーに行くと、小雪は絵本を読みながら待っている。今日は絵本を持ってきていないし、見たことのない絵本だ。きっと涼が買い与えたのだろう。「もう、兄さんは小雪に甘いんだから……」 苦笑してから母の顔に戻り、小雪の隣に座る。「お待たせ、小雪」「ママ! お仕事お疲れ様」「ありがとう。おじさんは?」「おじさんは電話しに、お外行ったよ」 小雪が出入り口を指差す。その先には、スマホで誰かと話をしている涼がいる。どこか楽しげな様子から、仕事がうまくいっていることがうかがえる。「その子、どことなくお前に似てると思ったけど、やっぱりそうか。てことは、俺の子か?」 聞き覚えのある声に振り返り、目を見開く。成也が物憂げな顔でふたりを見下ろしている。「成也さん……!? どうしてここに……」「仕事でちょっとな。それより、答えろ。その子の父親は……」「違うから。小雪、行こう」 ピシャリと言い放つと、小雪の腕を引いてその場を立ち去ろうとする。が、成也がそれを許さない。明里の腕を掴み、まっすぐ見つめてくる。「答えてくれよ。それに、話がしたいんだ」「離してよ。あなたと話すことなんか、なにもない」「そんな冷たいこと言うなよ。夫婦だっただろ」 夫婦という言葉が、明里の逆鱗に触れる。夫婦として過ごそうとしなかった男の口から、そんな言葉は聞きたくなかった。「何をおかしなことを……」「おじさん、ママをいじめないで!」 小雪は小さな手で拳を作り、成也の足を叩く。6歳の少女の拳など、ほとんどダメージにならない。だが、成也は苦しそうに顔をしかめ、明里の腕を離した。「はぁ、ごめん……。また、あとで」 成也はゆっくりした足取りで、神宮寺親子から離れていく。その背中はどこか寂しそうで、以前明里を苦しめていた男と同一人物とは思えなかった。(やだ、私。未練でもあるっていうの? あんな酷い人に)「またなんてないから」 自分の中にある成也への気持ちを断ち切るように冷たく言い放つと、小雪に笑
last updateLast Updated : 2025-12-28
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13話

 サミットから数日後の夜。小雪を寝かしつけ、ホットドリンクでも飲もうかとぼんやり考える明里の部屋に、花蓮が訪ねてきた。「お嬢様、旦那様がお呼びです」「兄さんが? 夜に呼び出すだなんて、珍しい」 涼は子育て中の明里を気遣って、夜に呼び出すのを控えている。日中は仕事と育児に追われているのだから、夜くらいはゆっくりしてほしいというのが、涼の願いだから。 そんな涼が呼び出すだなんて、よっぽどの緊急事態なのだろう。緊張で気持ちが引き締まる。「旦那様は書斎にいます。お茶はもう用意してありますからね」「そう、ありがとう」 花蓮は一礼して部屋に戻る。明里は上着を着ると、兄が待つ書斎へと足を運ぶ。 花蓮が言った通りお茶が用意されており、華やかな香りが書斎に広がっている。テーブルにはふたり分の紅茶と、それぞれ2枚ずつ、クッキーがある。「夜中に呼び出してすまんなぁ。とりあえずそこ座り。紅茶はカフェインレスやし、クッキーも低糖質やから、食べても問題あらへんよ」 涼はぎこちない笑みを浮かべながら、次から次へと勧めてくる。涼がこういう態度を取るのは、話さなくてはいけないけど、話したくないことがある時だ。「兄さん、気遣いはいいから、率直に言って。私なら、大丈夫」「なはは、明里にはかなわへんなぁ」 こめかみを指先でかき、苦笑すると、息を吐いて真顔に戻る。「明里の元夫、月ノ宮成也の会社が、関西に進出する。それにあたり、うちと業務提携を結ぶことになってなぁ……。それで、その……」「分かってる。成也さんがうちに出入りするようになるんでしょ。兄さんの仕事なんだから、私は気にしない」「ほんまに?」「えぇ。それにほら。私も兄さんも、日中に働くじゃない? それなら、私が顔合わせすることも、少ないでしょ?」 涼を気遣って明るく言ってみたが、涼の顔は先程よりも険しいものになる。明里の胸がざわついた。「まぁ、労働時間は日中やけど、会食とかは夜になってまうことが多いからなぁ……。外食するにしても、家族ぐるみで、なんてこともあるんよ……」「大丈夫、気にしない。私は今が1番幸せなんだから。可愛い娘がいて、妹みたいな使用人がいて、頼りがいがある兄さんがいる。あの人のことなんて、もうなんともないの」「明里……」 涼は明里をじっと見つめる。凛とした顔に、覚悟が宿っていることに気づくと
last updateLast Updated : 2025-12-28
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14話

 書斎でのやりとりから数日後。この日明里はいつもより早く帰宅することになった。担当している患者は安定しているし、ここ2ヶ月はほとんど休みがなかったから、少しでも休んでほしいという上司の気遣いだ。 家が近くなると、小雪の笑い声が聞こえる。花蓮と遊んでいるのだろうと微笑ましい気持ちになり、自然と足がはやくなる。「ただいま」 門を開けて愕然とする。小雪と遊んでいたのは花蓮でも涼でもなく、成也だったのだ。「ママ、おかえりなさい。この人からもらったの」 小雪は嬉しそうに手のひらサイズのマスコットをふたつ見せてくれた。犬と猫のマスコットで、どちらの首輪にも小さな鈴がついている。「ありがとう言った?」「うん、言ったよ」「そう、いい子ね。ママ、このお兄さんとお話があるから、おじさんのところに行ってて」「おじさん、いないよ」「え?」 驚いて目を見開くと、成也が近づいてくる。「俺から説明しよう。なにかトラブルがあって、神宮寺さんは現場に行ったよ。使用人は買い物中だって言うから、俺が小雪の面倒を見ることにしたんだ」「そう、ありがとう。でも、他人の子を気安く呼び捨てにしないでちょうだい」 明里は小雪を背中に隠し、成也を睨みつける。父親とはいえ、クズ男。こんなのと小雪を、できるだけ同じ空間におきたくない。「小雪、お部屋で宿題してなさい」「はーい」 小雪は無邪気に返事をすると、成也の元へ駆け寄り、改めてマスコットのお礼を言ってから家の中に戻る。「礼儀正しい子に育ったな」「あなたには関係ない。リビング行きましょう。ここは冷えるわ」 明里は家に入ると、成也をリビングに案内し、キッチンへ行く。(なんで成也さんがうちに? いや、うちに来る可能性は充分にあったじゃない。落ち着きなさい、私。あんな人、意識する価値なんてないの) お茶を淹れながら自分に言い聞かせる。成也が家にいたことよりも、成也を見て動揺している自分に驚き、嫌気が差す。 自分はどこまでも甘い人間だ。だから月ノ宮家に虐げられた挙げ句浮気され、養父にも金づるにされていたのではないか。少しは冷徹になりなさい。 大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせると、お茶を持っていく。「ありがとう」 お礼の言葉だけで、心が揺らぐ。結婚生活でお礼なんて、ほとんど言われなかった。今更あの頃欲しがった言葉をくれても遅
last updateLast Updated : 2025-12-28
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15話

「なんでもいいけど、おもちゃで小雪を釣るような真似はしないでちょうだい」「違う。お前たちがいるだなんて、知らなかったんだ。ただ、神宮寺家には小さい子がいるって聞いたから、ご機嫌取りのためにおもちゃを持ってきたってだけで……」「相手の子供にまで取り入ろうって? ご立派ね」「なぁ、やっぱりあの子、小雪は俺の子じゃないのか? 目元なんて俺にそっくりだ」「違うって言ったじゃない。仕事で疲れてるの。兄さんには私から言っておくから、もう帰って」「兄さん、だと?」 成也は目を丸くする。驚愕の顔は徐々に破顔していき、明里を混乱させた。「なんで嬉しそうなの?」「俺はてっきり、お前があの男と再婚したのかと……。そうか、兄妹なのか……」 安堵した顔は、お次に疑惑の顔に変わる。忙しい顔だと、明里は眺めるだけ。「どういうことだ? 何故神宮寺涼が、お前の兄なんだ? お前の旧姓は確か……」 成也は眉間にシワを寄せる思い出そうとしているのだろう。「篠崎」「そうだ、篠崎だ。神宮寺じゃない。なのに何故、お前は神宮寺にいる?」「あなたには関係ない。それと、お前呼ばわりはやめてくれませんか? もう他人なので」「お前呼ばわりしたのは悪かった。けど、そんなに冷たく当たらないでくれ。俺達夫婦だったじゃないか」「いい加減にして!」 明里が声を荒げると、成也は固まる。驚いているのは彼だけではない。明里自身も、自分がこんな大声を出せたことに驚く。「私達を夫婦じゃなくしたのは、あなたでしょ!? あなたが私の願いを叶えたことあった!? 同居は嫌って言った時も、榎本ミアが家に来るの嫌って言った時も、あなたは聞き入れてくれなかった。自分がなんて言ったか覚えてる? 『嫁なら従え』って言ったの。それだけじゃない。私が義両親やミアに嫌がらせをされても、あなたは黙って見てるか、一緒になって私を責めて苦しめただけ! そんな人が、夫婦を語らないで!」 今まで押さえてきた感情が、言葉が、次から次へと溢れかえる。軽い目眩がして座り込むと、成也が手を伸ばしてくる。明里はその手を反射的に叩き落とした。「気安く触らないで」「本当に、ごめん。君を苦しめてしまったこと、後悔してる。だから、償わせてほしいんだ」「今日はもう帰って。兄さんだって、いつ帰ってくるか分からないし、子守役はもういらない」「けど……
last updateLast Updated : 2025-12-28
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16話

 涼が帰ってきたのは夕方。あと10分で食事の時間となる頃。彼は帰宅するとスーツを脱いで楽な格好になるために、自室に行く。 着替え終わり、書類を再確認しようとしたところで、誰かがドアをノックする。「兄さん、今いい?」「明里か。ええで」 許可を出すとドアは遠慮がちに開かれる。明里はうつむき加減で部屋に入るなり、深々と頭を下げた。「兄さん、ごめんなさい。私、私……」「なんやなんや。いきなり謝られても分からんて。何があったん? ゆっくりでええから、話してみ」「実は……」 明里は帰ってきてから何があったのか、すべて話した。涼はただ、時折相槌を打ってすべてを聞いた。「私、感情的になって、成也さんを、月ノ宮社長を、追い返しちゃって……」「なんや、そんなことかいな」「え?」「明里が気にすることやない。それにな、色々溜め込んどるほうが、体にも心にも毒や。ある意味よかったんとちゃう?」 明里は困惑した。てっきり、怒られるなり失望されるなりするのかと思っていた。否。この男がそういったことをしないのは分かっていた。ただ、そうしてもらったほうが、明里の気持ちが楽になる。それだけのこと。「でも私、仕事の邪魔を……」「なぁ、明里。出会い頭にいきなり叩いてくる奴と、叩かれた奴、どっちが悪いと思う?」「へ?」 予想外の質問に、素っ頓狂な声が出る。「どっちが悪いと思う?」「そりゃ、いきなり叩いてくる方だと思うけど……」「そういうことや。月ノ宮社長は、出会い頭にいきなり明里を叩いたようなモンや。明里が気に病む必要なんか、これっぽっちもあらへん。せやから、落ち込まんで。な?」「兄さん……」 兄の優しさに、胸と目頭が熱くある。彼の優しさには、6年経ってもまだ慣れない。それだけ月ノ宮家で受けた傷が大きいのだろう。「やっぱし、家に来ぉへんように、手配しよか」「大丈夫。もう、大丈夫だから」「無理してへん?」「してないよ。私も、いい加減前に進まないと。離婚してから6年も経つのよ? それに、今の私には、兄さん、花蓮ちゃん、そして小雪がいる。私はもう、ひとりじゃない」「明里……」 明里の成長に、涼の目尻が下がる。出会ってた頃の今にも死にそうな彼女の面影は、どこにもない。「分かった、明里がそこまで言うなら、その気持ち、尊重するわ。けどな、無理はしてほしないんよ。
last updateLast Updated : 2025-12-28
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17話

 明里はチケットを持った手を背中に回すと、小雪の部屋に入った。「小雪、明日ママとお出かけしない?」「お出かけ!? どこどこ!? どこ行くの!?」 お出かけと言うだけで目を輝かせる小雪が、愛おしくてたまらない。今すぐ抱きしめたくなる。「どこだと思うー?」「んーとね、んーとね、動物園! 水族館! 遊園地!」 行きたい場所を並べるのが可愛くて、思わず吹き出す。「さっきの中に、答えがあるよ」「えー、なんだろう?」 腕を組み、頭をかしげる小雪。子供特有のわざとらしいまでの動きは、見てるだけでも癒やされる。「正解はー……。じゃーん! 水族館でしたー」 後ろ手にまわしていたチケットを見せると、小雪は明里に抱きついた。「水族館! イルカさん見たーい! 見せてー」「いいけど、破らないようにね」 チケットを手渡すと、小雪は2枚のチケットを真剣に見比べる。チケットはそれぞれ違うイラストが描かれており、片方がイルカで、片方はあざらしだ。「どっちもかわいー! ママこっちね」 小雪はあざらしのチケットを明里に渡す。「うん、分かった。失くしたら大変だから、ママが持ってるね」「うん!」「そろそろごはんだから、食堂行くよ。ママはチケットしまってくるから、先に行ってて」「はーい」 明里は小雪の部屋を後にすると、自室に戻ってチケットをしまう。「ふふ……」 自然と笑みがこぼれる。小雪のはしゃぐ姿に癒やされたというものあるが、数年ぶりに行く水族館に年甲斐もなくワクワクしている。 思えば、結婚してからも、神宮寺になってからも、そういった施設に行く機会はなかった。月ノ宮家では言わずもがな。 神宮寺になってからは仕事に打ち込み、小雪にもさみしい思いをさせていた。小雪と遊びに行ったのは、彼女がまだ4歳の頃、アメリカの動物園に行って以来だ。「思い出、たくさん作りたいな」 気が早いと思いながらもスマホを充電すると、食堂に行った。 すでに食事が並んでおり、小雪は涼と花蓮を相手に、明日水族館に行くのだと自慢していた。ふたりはにこにこしながら、何度も相槌を打っている。「こーら、小雪。スプーン振り回しながらおしゃべりしないの」「はーい。おじさん、花蓮ちゃん、お土産買ってくるからね」「うんうん、楽しみにしてんで」「いっぱい楽しんでね」 ふたりはだらしないほどにニ
last updateLast Updated : 2025-12-28
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18話

 翌日、天気は快晴。小雪はお気に入りのリュックを背負い、玄関先でぴょんぴょん跳ねている。小雪が飛び跳ねる度に、成也が渡したマスコットが揺れる。「ママ、はやくはやくー!」「慌てないで。水族館は逃げないから」「急がないとしまっちゃう!」「大丈夫だって。あわてんぼさんね」 小雪を助手席に座らせると、車を走らせる。途中、コンビニで休憩を挟みながら、1時間のドライブを経て、水族館に到着する。「わぁ!」 水族館の前には、海の生き物をデフォルメ化したイラストのパネルがいくつも設置してあって、撮影スポットになっている。1番人気はイルカだ。今もちょっとした列が出来ている。「ママ、写真撮ってー!」「ふふ、いいよ」 列に並んで写真を数枚撮ってから入場する。小雪の目は、出入り口のすぐ近くにあるお土産屋さんで止まる。「ママ、お土産」「荷物になって歩くの大変だから、あとで買おうね」「はーい」 小雪の手を引き、順路通りに歩いていく。アジやイワシなど、スーパーに並んでる魚もいれば、ホウボウという孔雀の羽のようなヒレを持つ面白い魚もいる。見慣れない魚達に、明里も小雪もはしゃいだ。「11時30分から、イルカショーが始まります。繰り返します。11時30分から、イルカショーが始まります」 アナウンスが入り、時計を確認する。ちょうど11時。幸い、イルカショーの会場はすぐ近く。今から行けば、いい席が取れるだろう。はやくついてしまうが、パンフレットを見ながら、お昼やお土産の話をしてれば、小雪も退屈はしないだろう。「行こっか」「うん! 1番前で見たい!」「ふふ、そうだね。1番前がいいね」 小雪の手を引き、イルカショーの会場へ向かう。花形なだけあって、イルカショー目当ての思われる客が多く、他の親子達と移動する形になった。 会場につくと、まだ30分近くあるというのに、それなりに人がいた。最前列は半数近く埋まっており、場所取りにハンカチやパンフレットが置かれた席もある。(最前列座れるかな……) 座席を見回していると、小雪は小さな体を活かして、前へ前へと進んでいく。他の家族連れや親子も、小さい子に先に行かせて場所取りをしている。きっとそれを真似したのだろう。「小雪、勝手に行かないで! 戻ってきて!」 声を張り上げるも、小雪は言うことを聞かずに前へ進んでいく。「もう、人
last updateLast Updated : 2025-12-28
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19話

「あんたって本当に役立たずね」 義母が忌々しげにため息をつく。「その額のあざ、どうにかならんのか。気持ち悪い」 義父が汚物を見るような目で見てくる。「手間かけさせんなよ、鬱陶しい」 成也が、軽蔑した目で見下ろしてくる。「あんたにはなーんにも残らないのよ。なーんにも。惨めね」 ミアが勝ち誇ったように高笑いをする。 耳を塞いでも聞こえてくる笑い、嗤い、嘲笑い。(やめてやめてやめて!) 叫びたくても、声が出ない。逃げたくても、指1本さえ動かない。(誰か助けて!) 眩しい光が見えるのと同時に、体が軽くなる。「あぁっ!」 悲鳴を上げ、飛び起きる。先程の悪夢に吐き気がして、口元を手で覆う。「明里!」 名前を呼ばれて顔をあげると、涼が心配そうに顔を覗き込んでいる。「兄さん……?」「よかった、気がついて……」 涼は今にも泣きそうな声で言うと、明里を抱きしめた。知ったぬくもりとにおいに安堵し、水族館での出来事を思い出す。「そうだ、小雪は!?」「安心しぃ。小児病棟で休んどる。難しいかもしれへんけど、今は自分が回復することだけ考えてな」「そう、ね……」 小雪が落ちていく姿が、フラッシュバックする。あれはどう見ても、誰かにぶつかって偶然落ちたものではない。柵は小雪の身長よりも高かったのだから。「なぁ、何があったん?」「分からない……。小雪が、イルカの水槽に落ちて、助けようと飛び込んで、泳げないことに気づいて……。それから、それから……」「もうええ。今は休んどき」「そうね、そうさせてもらうわ……」「ほな、俺はもう1回小雪の顔見てから帰るわ。欲しいモンあったら、いつでも連絡しておいで」「それじゃあ、お願いしていい?」「お、なんや? お兄ちゃんになんでも言うてみぃ」 妹からのお願いという言葉に、涼は目を輝かせる。涼としてはもっと甘えてほしいのだが、明里は滅多に甘えてくれない。そんな妹からのお願いは、砂漠にあるオアシスのように貴重なものだった。「私の代わりに、小雪を思いっきり甘やかしてくれる?」「よっしゃ、任しとき! それなら得意や」「ありがとう。でも、お菓子は与えすぎないようにね」「ほな、甘いお菓子は明里にあげよかな。明日、とっておきのお菓子持ってきたるから、楽しみにしとって」 涼はウインクをすると、明里の病室を出た。 
last updateLast Updated : 2025-12-28
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20話

「ママは元気やから、安心しぃ。きっと、明日になったら会えんで」「うん……」「ほれ、チョコの花束や。ほしい子どーこや?」 元気がない小雪を見てられず、涼はチョコの花束を出して小雪に見せた。棒付きキャンディのように棒の先端にチョコがついており、色とりどりの包装紙にくるまり、花束のようになっているチョコレートだ。小雪は目を輝かせ、元気よく手を挙げる。「はーい!」「ええ子の小雪ちゃんに、もうひとつプレゼント」 涼はチョコの花束を渡すと、ポケットから飴玉をいくつか取り出し、小雪に手渡す。 元々スモーカーだったが、明里の妊娠を知ってすぐ、煙草を捨てた。それ以来、口さみしくなった時のために飴玉を持ち歩いている。小雪が産まれてからは、いつでも渡せるように可愛らしく色鮮やかな飴玉に変わっていった。「ありがとう、おじさん」「お礼なら、退院した後にデートしてや」「うん! 行こー」「はぁ、小雪はママに似て、ほんまかわええなぁ」 小雪の頭をわちゃわちゃ撫でて額におやすみのキスをすると、病室を後にした。 病院の長い廊下を歩きながら、考える。明里は明らかに嘘をついている。小雪が水槽に落ちたのは、事故ではないはずだ。ふたりが行った水族館には、涼も行ったことがある。あの頃と同じ柵と過程して、小雪がなにかの弾みで落ちることなどありえない。 1番の問題は明里だ。何か知ってて、涼に隠している。それがなにかは分からないが、今回の事件に関することだろう。(なんで隠すん? まだ俺のこと、信頼しきれへんのやろか?)「きゃっ」 考え事をしていると、誰かにぶつかってしまった。涼は慌てて倒れた女性を抱き起こす。「すんません、考え事しとって……」「いえ、私も前を見てませんでしたから。あの、お恥ずかしいんですけど……」 女性はもじもじして、上目遣いで涼を見つめる。考え事に戻りたい涼は、少し苛ついた。「私、方向音痴で……。ここ、どこですか?」 女性の言葉に、涼は吹き出す。イライラもどこかに行ってしまった。「なんや、おねーさん。迷子かいな」「はい。私、極度の方向音痴で……」「ここは小児病棟やで」「えー……。なんで私、小児病棟に来ちゃったんだろう……。帰りたかっただけなのに」「お見舞いの帰り?」「はい、そうです。もしよかったら、出入り口まで案内してくれませんか?」「ええ
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