All Chapters of 愛の行方〜天才外科医の華麗なる転身〜: Chapter 21 - Chapter 30

59 Chapters

21話

 夕方の病院待合室。ひとり取り残されたミアは、イライラしていた。自販機が並ぶ粗末なカフェスペースに行って炭酸ジュースを買うと、一気に飲み干す。げっぷが出てもお構いなしだ。ここには誰もいないのだから。「はぁ、ムカつくムカつく……!」 ぎりりと親指の爪を噛む。ミアの悪癖だ。「なんなの、あの男。ホモなんじゃないの」 先程の涼とのやり取りを思い返し、舌打ちする。ミアが色目を使えば、大抵の男が落ちていく。その時は断っても、下心が見え隠れし、2,3回声をかければ思い通りになる。だが涼はどうだ? 上目遣いをしても、胸を押し付けても、鼻の下を伸ばすどころか、冷たく突っ放した。今まで様々な男を落としてきたミアにとっては、考えられない出来事だった。「あの男もだけど、あの女、どうして神宮寺に……?」 1番気になるのは、やはり明里のことだった。成也と明里が結婚した後、ミアは粗探しのために明里の身辺調査をした。出てきたのは意地汚い養父だけで、それ以外やましいものや、特筆すべき過去は出ていない。「まったく、どんな取り入れ方したんだか。地味な女のくせに、金持ちに取り入る才能だけはあるみたいね」 明里のことを思い出すだけでイライラする。あんな地味な女には、成也も神宮寺涼も似合わない。せいぜい冴えない紐とくっついて、苦労すればいい。「どこまでも目障りな女……。今に見てなさい、私の気分を害した罪は重いんだから」 ぎり、ぎりり――。 1歩間違えれば深爪するところまで噛みちぎる。「どんな手を使ってでも、地べたに這いつくばらせてやる」 悪魔のような笑みを浮かべ、低い声でくつくつ笑う。 ミアは昔から、自分の思い通りにならないと気がすまなかった。学生時代、仲のいい子と別のクラスになれば暴れ、誕生日プレゼントで欲しくないものを贈られれば、押し返して返品させ、別のものを買わせた。 座りたい席に座れないだけでも癇癪を起こすものだから、誰もがミアを腫れ物扱いした。当の本人は、それを特別扱いと勘違いし続けているが。 ミアにとって、成也はお気に入りだった。顔も家柄も申し分ない。何より小さい頃から自分に懐いている。成也やいずれ、自分と結婚するものだと思っていた。それなのに、明里なんてぽっと出の地味女に取られてしまった。 戸籍ばかりは、ミアひとりでどうにもならない。だから成也の両親に明里の
last updateLast Updated : 2025-12-28
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22話

 親子が再会を果たしたのは、2日後のこと。病院の駐車場に涼の車が停まっており、小雪は一足先に乗っていた。明里は退院手続きを済ませ、後から合流する。「ママ!」「小雪! よかった、元気そうで」 後部座席で抱き合う親子を、運転席の涼と助手席の花蓮が、微笑ましく眺めている。「ママ、会いたかった」「ママも会いたかったよ」 顔を見ようと体を離すと、小雪のリュックに見慣れない雪だるまのマスコットが増えていることに気づく。「小雪。これどうしたの?」「え? あぁ、これね。方向音痴のお姉さんに、トイレの場所を教えたらもらったの」 可愛いでしょと自慢する小雪に、頭を抱える。子供というのはいつもそうだ。知らない人からなにかをもらってはいけないと口酸っぱく言っても、相手が優しそうだったからと言って、受け取ってしまう。「もう、知らない人からものをもらっちゃいけないって、いつも言ってるでしょ」「だってー、いいことしたお礼だったんだもん」「まぁまぁ。せっかく会えたんやし、今日は大目に見たってや。それに、変な食べ物でもないんやし」「そうね。次からはダメだからね」 涼になだめられた明里は、ため息をつくと小雪の頭を撫でた。彼の言う通り、せっかく再会したというのに、小言を言いたくない。「はーい」「ほな、行こか。お祝いにどこかで美味いモン食べよ。小雪、何が食べたい?」「お子様ランチ!」「よっしゃ、ファミレス行こか」 涼は車を走らせ、ファミレスに向かう。「そういや、俺も会うたな、方向音痴のお姉さん。同じ人かもしれへん」「おじさんも会ったの?」「ふたりが入院した日にな」「どんな人だったの?」「綺麗なお姉さんだったよ」 明里の問いに、小雪が元気よく答え、車内は和やかな雰囲気になる。「確かに、綺麗やったな。ちょっとツリ目で、化粧が濃かったけど」 涼の言い方には、どこか棘があった。(ツリ目に厚化粧……。まさかね……) ツリ目に厚化粧の女性など、掃いて捨てるほどいる。それでもミアなのではないかと、不安になる。「ママ、どうしたの?」「お嬢様、もしかしてまだ、体調が優れませんか?」「え? あぁ、違う。なんでもない。大丈夫」 我に返り、ごまかす明里を、涼はバックミラー越しに見ていた。「ほら、ついたで。美味しいモン、ぎょうさん食べよな」 ファミレスに着くと
last updateLast Updated : 2025-12-28
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23話

 ファミレスでの食事が終わると、デパートで買い物をしてから帰った。ただでさえ入院で体力が落ちているのに、はしゃぎまわったせいで、小雪は帰りの車で熟睡してしまった。涼は小雪を部屋に運んで寝かせると、明里の部屋を訪ねた。「小雪のこと、ありがとう」「ええって。明里も退院明けで、疲れとるやろ?」「うん、正直、デパートで買い物してる途中、ちょっとバテちゃった。兄さんが水を買ってきてくれなかったら、危なかったかも」「家族サービスもええけど、自分のこと大事にせなあかんよ。無理して倒れたら、小雪が悲しむんやから」「そうね……」 涼はうつむく明里の横顔をじっと見る。やはり、元気がないのは疲れだけが原因ではないのだろう。無理もない。娘を何者かに突き落とされたのだから。「なぁ、明里」「なに、兄さん」「俺としては、明里に今すぐにでもゆっくりしてもらいたいんやけど、どうしても話しておかなあかんことがあるんや」「なに?」「あの後、事件性もあるさかい、警察の対処もしとったんやけど。ま、明里のところにも来たから知っとるよな」「ええ。明らかに誰かに落とされたのに、監視カメラにちゃんと映ってなかったって……」「せや。レジャーシートで隠されとったって。せやから、計画的な犯行や思う。前の方なら、濡れないようにレジャーシート持ってても、怪しまれへんしな」「そうね……」「なぁ、犯人に心当たりがあるんと違う?」 涼の言葉に、明里は目を丸くする。心当たりは確かにあるが、そんなこと、誰にも言ったことない。独り言でさえ。「やっぱしな。言うてみ」「けど、確信はあっても、証拠がないの」「女やろ? ツリ目に厚化粧の」 ミアの特徴を言われ、ドキッとする。やはり、病院でふたりが見たのもミアなのではないかと不安が膨らんでいく。「車ん中でこの話した時、様子おかしかったもんな。更に詳しく言うと、露出度高くて、上目遣いをしたり、胸を押し付けたり、典型的なハニートラップするような女やったで」「怪我をしたふり……」 ぼそっと呟くような明里の言葉に、今度は涼が目を丸くする。「なんで知っとるん?」「榎本ミアの常套手段だから」 明里は意を決して、榎本ミアや、結婚生活について話し始めた。浮気をされたり、義家族から不当な扱いを受けていることは知っているようだが、詳しく話したことはなかった。 榎
last updateLast Updated : 2025-12-28
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24話

「離婚して。財産分与も、慰謝料もいらない」 明里が失望しきった冷たい目で成也を見下ろし、記入済みの離婚届を差し出してくる。受け取ろうとすると離婚届が出火し、火が広がり、視界にあるものを焼いていく。リアリティはなく、写真を焼かれているような感覚だ。「離婚して。離婚して。離婚。りこ、離婚離婚離婚」 明里の声が壊れた機械のように離婚という単語を繰り返す。徐々にノイズがまじり、じわじわと頭痛が広がっていく。「離婚しちゃいなよ」 ノイズが止まるのと同時に聞こえてきたのは、ミアの声。「……っ!」 成也は飛び起きると、大きく息を吐く。炎天下を長時間歩いた後のように喉が渇き、パジャマは汗で湿って気持ち悪い。「またか……」 舌打ちをすると、サイドテーブルの水差しを手に取り、グラスに注ぐことなく一気に飲み干した。 明里と離婚してから、何もかもが自由で楽しかった。ミアといても何も言われないし、彼女とも結婚できた。明里の陰気臭い顔を見なくて済むし、ミアは明里と違って両親とうまくやってくれてる。 結婚して半年も経つと、ミアは不動産の知識もないくせに、仕事に口出しするようになった。どの仕事も、信頼関係を築くことが大事だ。不動産業界も例外ではない。だから成也は仕事で嘘をついたことはない。 材料が値上がりしたら、値上がりした分だけ値上げし、相手が納得するまで丁寧に説明をしていた。だが、ミアは「値上げに便乗してもっと高くすればいいのに」とか、「値上げして、もっと安いところから仕入れたらいいのに」とか、自分の利益しか考えないようなことを口にする。 前に「知識がないんだから口出しをするな」と言ったら、不動産鑑定士や管理業務主任者など、不動産関連の資格を取ってきて口出しするようになってきた。タチの悪いことに「夫のために資格を取った良い妻」という印象を両親や会社の重役達に植え付け、味方にしてきたから、社長である成也でも、無下に突っぱねることもできない。 その頃からだ。離婚した後悔を植え付けるような悪夢を見るようになったのは。「明里、お前はまだ、俺のこと怒ってるのか?」 古いスマホをつけ、ウエディングドレス姿の明里に話しかける。写真は何も返してくれない。処分しに行くのが面倒で、なんとなく手元に置いておいたスマホのデータが心の支えになる日がくるなんて、思ってもみなかった。「当
last updateLast Updated : 2025-12-30
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25話

 後部座席に揺られながら、明里は緊張していた。今日は成也達と会食をすることになっている。明里にはよく分からないが、業務提携をする相手と、家族ぐるみで食事をするのも仕事のひとつらしい。成也とミアと会うのは嫌だが、涼の仕事を応援したい気持ちのほうが強いため、一緒に行くことにした。「明里、顔色悪いで? 無理しなくても……」「大丈夫。兄さんの仕事、応援したいし」「気持ちはありがたいけど……」「大丈夫だから」 バックミラー越しに微笑むと、涼は諦めたようにため息をつき、微笑み返した。「明里がそこまで言うんなら、今日はもうなんにも言わへん。けど、なんかあったら、すぐに言うてな」「うん、分かってる」 レストランに着くと、明里、涼、小雪は成也達が待つ個室へ。何かあった時のために来ていた花蓮は、隣室へ行く。 個室に入ると月ノ宮夫妻は並んで座っており、前菜が既に届いている。ミアは明里と目が合うと、ニヤリと笑った。「待たせてしまってすいません」「いえ、僕達がはやく来ただけですから」 涼が謝罪をすると、成也は穏やかに微笑み、席に促した。「あ、この前のお姉ちゃん!」「久しぶり。元気になったようでよかったわ」 小雪がミアに手を振り、ミアが手を振り返しながら笑う。明里は胸のざわめきを落ち着かせようと、胸を軽くさする。「この前のって、入院した時の?」「そうだよ。これくれた人」 小雪は雪だるまのマスコットを見せながら言う。「そう、だったの……」「この前はありがとうございました。神宮寺社長とは知らず、とんだご無礼を」 ミアは明里を無視するように、体を涼に向けて一礼した。「いえ、気にしてません」「なにがあったんだ?」 成也が疑惑の目をミアに向けるが、ミアは「別に」と笑うだけ。「何があったかは知りませんが、妻がご迷惑をおかけしたようで」「本当に、大したことではないので、お気になさらず」 涼が軽く流すと、成也は一瞬顔をしかめる。探りを入れて失敗した成也を見て、明里は複雑な気持ちになる。何故ミアが病院にいたのか、成也も知らないのだ。もしかしたら、病院にいたことさえ知らないかもしれない。(あれ?) 成也を見て、彼の顔色が良くないことに気づいた。いくら酷い離婚をした相手でも、具合が悪そうな人がいたら、医者として放って置くことなどできない。「月ノ宮さん、顔
last updateLast Updated : 2026-01-02
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26話

「成也さん、聞こえる?」「あ、あぁ……」 意識があることを確認するが、安堵するのはまだはやい。「成也さん、体勢変えますね。1、2、3!」 成也を横向きにし、カバンを枕にして呼吸しやすい体勢にする。「お嬢様!」「花蓮ちゃん、救急車呼んで」「ほな、俺は店員に声かけてくるわ。あんたはなんもせんと、そこに座っとき」 駆けつけた花蓮に指示を出すと、花蓮は救急車を、涼は店員を呼びに行った。ミアはふてくされた顔で、成也から離れた席に座っていた。 明里はその間、成也に症状について質問した。 救急車が来ると、救急隊員が担架を持って個室に来た。明里は彼らに医師免許証を見せて成也の症状を伝えると、一緒に救急車に乗る。 ミアも救急車に乗ろうとしたが、救急隊員に呼び止められる。「すいませんが、これ以上は乗車できません」「なんで!? 私はあの人の妻なのに。あの女降ろしてよ!」「ご主人の症状からして、外科医の神宮寺先生に同乗してもらったほうが、生存率はあがりますので」 救急隊員は早口でそう言うと、ミアを置いて出発した。「成也さん、大丈夫だから。私が必ず、あなたを救ってみせる」「明里……」 弱々しい声で名前を呼ばれ、はっとする。いくら緊急だったとはいえ、何故彼を下の名前で呼んでしまったのだろう。 病院に着くと、早急に検査をした。痛み止めを打っても問題ないと分かると痛み止めを投与し、更に検査をする。結果、月ノ宮成也は、末期の胃がんだった。「まさか、こんなことになるなんて……」 レントゲンを見て、愕然とする。様々な感情が渦巻いて、自分でもわけが分からない。 軽蔑していた成也を心配する気持ちがあったことへの驚きを、どう処理していいのか、自分でも分からない。何故自分が成也の病気に絶望しなくてはならないのか、理解に苦しむ。「あの、先生。どうされましたか?」「え?」「何故、泣いてらっしゃるのですか?」 レントゲン技師の遠慮がちな問いで、自分が泣いていたことに初めて気づいた。明里は急いで涙を拭い、笑ってみせる。「きっと目にゴミが入ってたのね。検査に夢中で気づかなかったわ」「はぁ、そうですか」 技師は訝しげな顔をしながらも、仕事に戻っていく。「切り替えないとね」 自分の頬を軽く叩くと、明里はレントゲンを封筒に入れて、成也が待つ病室へ足を運んだ。 成也
last updateLast Updated : 2026-01-02
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27話

 ショックのあまり、明里はへたり込む。小雪が攫われたことを告げる花蓮の声と、小雪の笑顔が脳内でリフレインする。「いけません、月ノ宮様!」 花蓮の声で我に返り、振り返ると、花蓮がベッドから起き上がろうとする成也を阻止していた。「行かせてくれ。うちの妻の不祥事だ。俺が尻拭いをする」 成也の声は弱々しく、顔色も運ばれた時よりはマシとはいえ、まだ悪い。そんな成也を外出させるわけにはいかないと、医師としての思考が動く。「大人しくしてて。花蓮ちゃん、どういうこと? なにがあったの?」「おふたりが救急車で病院に向かった後、私は店員さんにお礼や謝罪をして、旦那様が、月ノ宮様の秘書に電話をするために、車内に戻ったんです。先に用事を終わらせた私が、小雪ちゃんがいる部屋に行ったら、いなくて……」「ミアが攫ったって、誰から聞いた?」 成也は震える声で花蓮に聞く。身内が元妻の子供を、それも、自分の子でもある可能性がある子供を攫ったのだ。成也は成也で、気が気じゃない。「トイレに行ってもいなかったので、別の店員さんに聞いたんです。そしたら、小さな女の子は、派手な女性と店を出たって……。ごめんなさい、私、何かあった時のために来たのに、こんなことになって……」 花蓮は座り込み、顔を覆って泣きじゃくる。明里も釣られて泣きそうになったが、ここで感情的になってはいけないと自分に言い聞かせ、花蓮を見つめる。「花蓮ちゃん、それは本当にそのふたりなの? 特徴が一緒なだけで、別人ってことは?」「そうだ、確かにその可能性も」 ふたりの希望を打ち砕くように、花蓮はゆっくり首を横に振った。「旦那様と一緒に事情を説明して、防犯カメラの映像を見せてもらいました。間違いなく、月ノ宮夫人と小雪ちゃんでした……」「そんな……」 ドンッ! 大きな物音に驚いてそちらを見ると、成也がテーブルを拳で叩いていた。俯いていて髪で目元は見えないが、歯を食いしばっているのは分かった。「ふざけんなよ! 子供誘拐するとかどこまでイカれてんだ、あの女!」(成也さん、どうしてそこまで怒るの……?) 明里は困惑していた。あんなに自己中で、何よりもミアを優先していた成也が、ここまで怒るなんて思ってもみなかった。だが、彼が怒りを爆発したおかげで、少し冷静になれた。成也がキレる。
last updateLast Updated : 2026-01-04
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28話

「成也さん、落ち着いて」「これが落ち着いてられるか! お前こそ、なんでそんなに冷静なんだ?」 明里を見上げる成也の目には、怒りと疑惑の色が滲む。「見た目ほど冷静じゃないよ。焦ってるし、困惑してるし、すっごく悲しい。もちろん、怒ってもいる。けど、成也さんが怒ってくれたから、ちょっとだけ、冷静になれたの。成也さんも、落ち着いて。体に障るし、焦ってても解決しない」「月ノ宮様から夫人に電話をしてみてはいかがでしょう?」「そうだな」 花蓮の提案にうなずくと、成也はミアに電話を掛けた。ミアがワンコールで出ると、成也はスピーカーにした。「ミア、お前どこにいる? なんで小雪ちゃんを攫った?」「場所は言わない。ねぇ、どうせあの女と一緒なんでしょ? かわってよ」 成也は確認するように明里を見上げる。明里がうなずくと、スマホを手渡した。「もしもし、ミアさん。そこに小雪はいるの?」「いるけど、なに?」「どうしてそんなことするの? 小雪は私達の過去とは無関係じゃない」「無関係? よく言うわ。どうせこの子、成也の子でしょ? そんなの、この世からいなくなればいいのよ」 ゾッとするほど冷たい声と言葉に、言葉を失う。震えが止まらない。「なんで……」「あんたがしゃしゃり出てきたのが悪いんじゃない。成也をたぶらかして、本当に気持ち悪い。自分で離婚届持ってきたの、忘れた?」「忘れてないし、たぶらかしたりしてない。お願い、小雪を返して」「どうだか。あんたなんか信用できない」「どうしてそこまで私に嫌がらせするの?」 明里の問いに帰ってきたのは、笑い声。軽蔑するような、バカにするような、どこまでも冷たい笑い声。「あんたが私から成也を奪ったからでしょ。成也は私のものだったの。なのに、後から出てきて、私から成也を奪った。私のほうがずっと前から成也を見てて、色々知ってるのに。ちょっと頭がいいからって、ブスのくせに調子に乗ったあんたが悪いの」 すべての憎悪と共に吐き出されるミアの言葉に、目眩がする。言いがかりもいいところだ。「なんてくだらない……」 思わず本音が零れ、しまったと慌てる。今のミアにさっきの言葉は、火に油を注ぐようなものだ。自分で小雪をさらに危険にしてしまったことに、罪悪感が込み上げてくる。「くだらない? 私からしたら、あんたの学歴のほうがくだらないけどね
last updateLast Updated : 2026-01-04
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29話

「小雪……! どうして、こんなことに……」 座り込みそうになる明里を、花蓮が支えて椅子に座らせる。 重苦しい空気の中、ピコンという、あまりにも場違いで間の抜けた音が成也のスマホから鳴った。「ミアからだ」 成也の言葉でふたりは素早く顔を上げる。「明里に、自分の連絡先を教えておいてほしいって」「そうね、是非そうして」 明里はスマホを出し、成也からミアの連絡先をもらう。ミアにひと言、「明里です、連絡ください」とメッセージを送った。「俺の連絡先も登録してほしい。今はこのザマで、大したことはできないかもしれないが……」「分かった」 成也と連絡先を交換していると、ミアからメッセージが届いた。『明日、✕✕港の7番倉庫に11時にひとりで来て。警察に言ったり、誰かが同行してたり、盗聴、盗撮できるものがあったら、即座に小娘を殺すから』「なんで、こんなことができるの……?」 〝殺す〟の2文字が、明里の心拍数を一気に上昇させた。小雪が自分より先に死ぬなんて、考えたくもない。「ミアは、なんだって?」 明里が口を開こうとすると、こちらに向かってくる足音が耳につく。はやくしっかりしていて、苛立ちを感じさせる足音が。 間もなくドアが乱暴に開けられ、怒りで目つきを鋭くさせた涼が、大股でズカズカと入ってきた。明里や花蓮には目もくれず、成也の前で立ち止まる。「あんたの奥さん、ほんまにどうかしとるわ」 軽蔑を孕んだ冷たい声と共にテーブルに投げられたのは、ミアが入院している小雪に渡した雪だるまのマスコットだ。マスコットはカツンと固いものがぶつかる音を出しながら、テーブルに着地する。「これは……」「GPS機能付きの盗聴器や。なんで小雪にこないなモン渡したん?」「違う、俺は何も知らない」「あんたが裏で糸を引いてるんとちゃう? 仕事やから言わんかったけど、あんたらには、明里を傷つけた前科がある」「違う! 確かに昔、酷いことをした。反省してる。けど俺は何も知らないんだ!」「ほぉん、そうやってシラ切るつもりなんか」 明里は焦った。今の涼は冷静さを欠いている上に、成也を犯人と決めつけてしまっている。これでは解決するものもしなくなる。「落ち着いて、兄さん。成也さんは本当に何も知らないの」「なんで言い切れるん? 未練でもあるんか?」「違う。会食始める前の会話を思い出し
last updateLast Updated : 2026-01-05
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30話

 明里の提案に、涼は渋々うなずいた。「ほな、俺から話すわ」 涼は病院でミアとぶつかり、足をくじいたと言うミアのために医者を呼ぼうとするも断られたことや、方向音痴だから案内してほしいと言うミアを連れて出口に行ったこと。その際、やたら胸を押し付けられたり、お礼のカフェを断ったら、暗にホテルへ誘われたことなどを話した。「奥さんがなんで病院におったのか、知らへん?」「ミアが病院に……? そんなこと、聞いてない……」「やっぱり……」「ほな、今回の事件について、俺が知ってること話すわ。月ノ宮グループに支障が出る思うたから、あんたの秘書に電話しに、車内に戻ったんや。外はにぎやかやったし、店内での電話はマナー違反やからな。電話終わらせて店に戻ったら、花蓮ちゃんから、小雪が攫われたって聞いて、一緒に監視カメラを確認したあと、花蓮ちゃんを向かわせたっちゅーわけや。ほんで、あのマスコットは奥さんからもらったって言うとったこと思い出して調べたら、GPS付きの盗聴器やった」 涼が花蓮にアイコンタクトを送ると、今度は花蓮が話し始めた。「私は、さっき言った通りです。補足としては、旦那様に、お嬢様にこのことを伝えに行くように言われて、ダメ元で電話をしたけど、お嬢様はお忙しくてお出にならなかったってことくらいです」 思い返せば、ミアの連絡先を登録する際、不在着信を知らせるアイコンが上にあったような気がする。「私が話せることは、特に……。成也さんの検査と治療をしてた、としか」 明里が言い終えると、視線は成也に集まる。成也は居心地悪そうに咳払いをすると、口を開いた。「恥ずかしながら、ミアが病院に行ったことも、盗聴器入りマスコットを、小雪ちゃんに渡していたことも、知らなかった……」「私、ミアが手芸得意だなんて、知らなかった」「アイツ、フリマアプリでマスコット売ったりしてたんだよ。その雪だるまも、ミアが作ったんだろう。うまく言えないけど、アイツの作風だ」 成也はマスコットを手に取り、寂しそうに言う。マスコットは涼が入れた切れ込みがあって、そこから黒くて小さな機械が飛び出している。「そういえばこれ、盗聴器なんだろ? こうやって喋ってて大丈夫なのか?」「安心しぃ、電源は切っといた」 涼の言葉に、成也は安堵の息をつく。「取引相手に子供がいるって分かると、ミアはいつもマスコッ
last updateLast Updated : 2026-01-05
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