All Chapters of ディリアン公爵様、奥様が離婚を望んでいます!: Chapter 171 - Chapter 180

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第171話

ディリアンに会いに行った翌日、セレーネは一日中、ディリアンをどうやってからかってやろうかと思案していた。彼女は外に出たかった。新鮮な空気を吸いたかった。何か新しい刺激を求めていた――その渇望はあまりにも強く、彼女自身を苛立たせるほどだった。以前のセレーネなら、部屋に何日閉じこもっていても平気だった。しかし妊娠してからというもの、彼女の体と感情は変化してしまったのだ。じっとしていると、落ち着かず退屈で仕方がなかった。バスルームから出た直後、セレーネの視線はソファの横のテーブルに置かれた小さな箱に釘付けになった。デイジーとモナが片付け忘れた箱だ。セレーネは近づき、少しだけ蓋を開けて中を見た……そして、彼女の口元に、いたずらっぽい笑みが浮かんだ。「まあ……」セレーネはニヤリと笑った。まさに今、彼女が必要としていたものだ。彼女はドアへ向かい、尋ねた。「外にいるのは誰?」「私です、リーガンです、奥様」その低い声が答えた。セレーネは小さく頷いた。時折交代はあるものの、常に彼が見張りに立っているのだ。「ディリアンが部屋に戻ったかどうか、確認してきてくださらない?」セレーネは尋ねた。「確認してまいります、奥様」セレーネは待った。時間が経つのが遅く感じられ、理由もなく心臓が高鳴る――あるいは、その理由はあまりにも明確だったのかもしれない。ようやくリーガンが戻ってきた。「閣下はすでにご自室にお戻りになられております」セレーネは頷き、ドアを開けた。リーガンは彼女を直視しないように努めた。公爵夫人のプライベートな時間に彼女の近くにいる時の、護衛としての鉄則だ。「お供いたしましょうか?」リーガンが尋ねた。「いいえ、わたくし一人で行くわ」セレーネはそう言いながら歩き出した。彼女はディリアンの部屋の前で立ち止まった。警備兵はいない――公爵の部屋の前には決して配置されないのだ。セレーネはドアをノックした。ガチャッ。ドアが開いた。ディリアンがそこに立っていた……上半身裸で、ゆったりとした寝ズボンだけを穿いて。髪は乱れ、シャワー後の熱気を帯びた肌が露わになっていた。セレーネは生唾を飲み込んだ。「何の用だ?」ディリアンは低く、少し掠れた声で尋ねた。「一つお伺いしたいことがありまして」セ
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第172話

つい先ほどまでここで大見得を切っていたヴィヴィエンヌは、優雅に立ち上がり、サラに向かって微笑みかけた。サラは、ヴィヴィエンヌが歩き去るのをただ見つめることしかできなかった。私の金はどこにあるのか、と聞きたかった。しかし、ヴィヴィエンヌのメイドが近づいてきて、エレガントな黒い箱をテーブルの上に置いた。その箱の重みが、彼女の疑問に即座に答えていた。サラが小さく頷くと、メイドは一言も発することなく立ち去った。サラの体は粟立った。彼女はよく分かっていた。この箱を開けた瞬間から、もう後戻りはできないのだと。一方、ヴィヴィエンヌがカフェの外に出ると、朝の陽光が彼女の金髪に反射した。しかし、道端の木陰に立つ人影を見た瞬間、彼女の足は止まった。ラファエルだった。「私をつけてきたの?」ヴィヴィエンヌは尋ねた。その声は明らかに不機嫌だった。「俺はただ……お前に何かあったらと心配で」ラファエルは低く答えた。ヴィヴィエンヌは、その言葉にうんざりしたかのように長いため息をついた。「私の望み通りに動く気がないなら、大人しく帰った方がよくてよ」ラファエルは優しく諭そうとした。「ヴィヴィエンヌ、お前はすでに、とても残酷なことをしてしまった。こんな風になるべきじゃない」「聖人ぶるのはやめてちょうだい」ヴィヴィエンヌは鋭く遮った。「あなたの戯言なんて聞きたくないわ」彼女は歩き出そうとしたが、突然手首を掴まれた。ラファエルの声はさらに低くなった。「ヴィヴィエンヌ、ディリアンからの警告が、本当に怖くないのか?」ヴィヴィエンヌは苛立たしげに彼の手を振り払った。「あいつは今、ただ道に迷っているだけよ。正しい道に戻れば、必ず私を探しに来るわ」ラファエルは一瞬目を閉じた。無力感と懸念が入り混じっていた。「ヴィヴィ……まだ分からないのか?」彼の声はほとんど懇願に近かった。「どうでもいいわ」ヴィヴィエンヌは冷たく返した。「私の計画に乗らないなら、消えなさい。二度と私についてこないで」彼女は背を向け、早足で歩き出した。その裾が風に翻った。ラファエルは絶望に満ちた表情で、彼女の背中を見つめた。彼は分かっていた……今回、ヴィヴィエンヌは完全に一線を越えてしまったことを。すべては、ディリアンの関
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第173話

ラグナルは絶望したように目を閉じ、完全に諦めたような表情を見せた。「なんてことだ……皇帝陛下は本当に――」一方、未だに呆然としていたセレーネは、突然目の前のケーキに意識を戻した。彼女は小さく一口分を切り分けると、ほとんど何も考えずに、それを真っ直ぐディリアンの口元へと差し出した。ディリアンは反射的にそのケーキを見つめ、そして、期待に満ちた目で自分を見つめるセレーネの顔を見た。ジェイレスとラグナルを含め、誰もが知っている事実がある。ディリアンは甘いものが大嫌いだということだ。そして今、彼は自分の妻から「食べないと怒りますわよ」という無言の圧力を受けている。ディリアンは本能的に拒絶しようとした。彼の舌がすでに抗議を始めていた。しかし、もしここで断れば、セレーネは絶対に腹を立てるだろう。それに今は公の場で、皆が彼らに注目している。ディリアンは、これ以上ないほどの無表情を作り、口を開けてそのケーキを食べた。ジェイレスは危うくコーヒーを吹き出しそうになった。ラグナルに至っては、完全に言葉を失っていた。「……彼が、食べました?」ラグナルは信じられないというように呟いた。ジェイレスはゆっくりと頷いた。「ええ。食べましたね」セレーネは満足げに小さく微笑むと、自分のケーキを食べ続けた。彼女は全く気づいていなかった。隣にいる二人の帝国の重鎮が、たった今、歴史的瞬間を目撃したことに。ディリアン・レヴェンティスが、文句一つ言わずに甘いケーキを食べたのだ。それもすべて、彼の妻のために。ディリアンは息を止めた。その甘ったるい味に舌が激しく拒絶反応を示していたが、彼は何とか飲み込み、表情を崩さないように必死に耐えた。向かいに座るラグナルとジェイレスは明らかに笑いをこらえており、顔を赤くしている。ジェイレスは下唇をこすり、真面目な顔を作ろうと努めた。「それで、閣下はラグナル公爵の結婚相手として、どなたが最もふさわしいとお考えですか?」ラグナルは薄く微笑んだが、その視線は素早くセレーネの方へと向けられた。まるで彼女の反応を窺っているかのように。ディリアンは少し背もたれに寄りかかり、冷ややかな目を向けた。「ベラ皇女です」ジェイレスは軽くむせた。「ベラ皇女ですか?本気でおっしゃっているのですか?」ラグナルは短く笑
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第174話

「誰が彼を罠にはめたりできるの!?」セレーネは信じられないというように目を丸くし、たった今聞いた言葉を疑うようにスヴェンを見た。スヴェンは顔を伏せた。明らかに恐れていた。そしてセレーネにも、彼が言葉を濁す理由が推測できた。「解毒剤を飲ませなさい」セレーネはすぐさま命じ、リーガンがディリアンをベッドに横たえるのを手伝った。ディリアンの体は燃えるように熱く、うわ言のように彼女の名前を呼び続けていた。「すでに飲ませております」スヴェンが焦燥に満ちた声で答える。「ですが……効果がありません。この薬は通常のものとは違うのです。単なる強い媚薬であれば、閣下は軽い反応を示すか、最悪でも腹を下す程度で済むはずです。しかしこれは……閣下の抵抗力さえも完全に打ち砕くほど強力なものなのです」セレーネは勢いよく振り返り、鋭い視線を向けた。「どういう意味なの、スヴェン?」スヴェンは息を吸い込んだ。「これはただの媚薬ではありません、奥様。その成分は……閣下がこのような反応を示されるのを、私はこれまで一度も見たことがありません」ディリアンは身をよじり、盲目的にセレーネへ手を伸ばした。その呼吸は熱を帯びていた。彼の瞳は暗く沈み、明らかに彼を苦しめている何かを必死に押さえ込んでいた。セレーネはゆっくりとドアを閉め……鍵をかけた。彼女はよく分かっていた。この状況で本当に効果のある「解毒剤」はたった一つしかないことを。そしてそれは……今の自分が、ましてや妊娠中の体で行うべきではない危険な行為を意味していた。おまけに、今のディリアンには理性が残っていない。セレーネは、この状況を利用するような真似をしてはいけないと強く自覚していた。しかし、もしこのまま放置すれば?ディリアンは自身の体のコントロールを完全に失ってしまうかもしれない。彼女は苛立たしげに自分の髪を掴んだ。「どうすればいいの……」ついにセレーネはディリアンの膝の上にまたがり、制御不能に身をよじる彼の体を押さえ込もうとした。彼女の体が触れた瞬間、ディリアンの両手は無意識に彼女の両太ももを鷲掴みにした。その力は凄まじく、セレーネは思わず息をのんだ。「ディリアン」セレーネは小声で呼びかけ、彼の顔を両手で包み込んだ。「あなた、さっきまでヴィヴィエンヌと一緒にいました
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第175話

ヴィヴィエンヌはまだそのVIPルームにいた——今の彼女と同じように、ひどく荒らされた部屋の真ん中に。彼女は床に座り込み、ソファに背を預けて、声を限りに泣き叫んでいた。彼女の目は真っ赤に腫れ上がっていた。彼女の心は……まるでズタズタに引き裂かれたようだった。これまで、ディリアンは常に彼女に優しかった。彼が結婚した後でさえ、ヴィヴィエンヌは自分が彼の特別であり、選ばれた存在であり、甘やかされ、最も大切にされていると信じて疑わなかった。少なくとも、彼女はそう確信していたのだ。しかし今夜、彼に突き飛ばされ、汚物を見るような目で見下され、吐き気がすると言われた時……彼女の信じていたすべてが崩れ去った。ヴィヴィエンヌは絶望的な悲鳴を上げ、椅子の近くにあった別のボトルを掴んだ。震える手で蓋を開け、そのまま一気に煽った。アルコールが口の端からこぼれ落ちたが、彼女は気にしなかった。彼女は今、何かが必要だった。彼女を落ち着かせてくれるもの、あるいは少なくとも、この身を切るような痛みを麻痺させてくれるものが。「どうして……?」彼女は掠れた声で囁いた。「私に資格がないって、どういう意味よ?私を愛してるってずっと言ってくれてたじゃない!いつも私を特別扱いしてくれてたじゃない!」ヴィヴィエンヌは自分の胸を叩いた。まるで、その痛みを別の場所へ移せるかのように。「私が何をしたって言うの……一体何が起きたの……?」声は次第に小さくなっていった。その問いが頭の中をぐるぐると回り続け、答えは見つからないまま、彼女の精神をさらに破壊していった。ヴィヴィエンヌは再びボトルを煽り、最後の一滴まで飲み干した。視界がぼやけ始め、床が回り、体が鉛のように重くなった。彼女は空のボトルを抱きしめた。もう二度と自分を見てくれない男の身代わりであるかのように。数分後、ヴィヴィエンヌの体はついに崩れ落ち、冷たい床の上で意識を失った。再び部屋に入ってきたラファエルは、ドアの入り口に立ち尽くし、同情と失望が入り混じった目で彼女を見下ろすことしかできなかった。ヴィヴィエンヌがここまでやるとは思わなかった。彼女が頑固なのは知っていた。彼女が死ぬほどディリアンを愛していることも知っていた。しかし……ここまでとは?最も強力な媚薬を使ってまで、その結果
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第176話

セレーネのヒステリックな悲鳴が、レストランの空気を一瞬にして凍りつかせた。怒りに任せて、セレーネはサイラーの腕を乱暴に引っ張った。サイラーは抵抗することすらできず、ただよろめきながら姉の後についていくしかなかった。ディリアンはヴィヴィエンヌを鋭く睨みつけた。ラグナルもまた、値踏みするような視線を彼女に向けた。ヴィヴィエンヌはなんとか平然とした笑みを作ろうとした。「彼女、ただの作り話をしているだけですわ」ラグナルは小さく首を横に振った。「公爵夫人があれほど取り乱すようなことが、ただの作り話であるはずがありません。モロー嬢……あなたは本当に、そこまで残酷な人間なのですか?」ヴィヴィエンヌの返答を待つことなく、ラグナルは立ち上がり、そのまま歩き去ってしまった。後にはディリアンとヴィヴィエンヌの二人だけが残された。「ディリアン、私、そんな人間じゃないわ」ヴィヴィエンヌは少し慌てて弁解した。「どうやら、お前について俺の知らないことがまだまだたくさんあるようだな」ディリアンは無表情でそう言い捨てると、背を向けて歩き出した。「スヴェン、後始末をしておけ」スヴェンは頷いた。このような最高級レストランの貸し切り予約を当日キャンセルすれば、莫大な違約金が発生する。さらに、先ほどの騒動を目の当たりにした客たちからの刺すような視線が、痛いほど突き刺さっていた。ヴィヴィエンヌはその場に凍りついた。生まれて初めて、世界が崩れ落ちてくるような絶望感に襲われた。レストランから遠く離れた別の通りで、セレーネはようやく立ち止まった。荒い息を吐きながら。サイラーの腕を掴んだままの手は、自分でも制御できないほど激しく震えていた。一言も発することなく、セレーネは弟の体を必死に確認し始めた。彼の顔、頬、顎、そして手、肩、頭まで。その動きは異様なほど慌ただしく、パニックに陥っていた。まるで少しでも遅れれば、見落としていた傷を見つけてしまうと恐れているかのようだった。「姉さん……僕は大丈夫だよ。彼女には何もされていないから」サイラーは優しくなだめるように言った。セレーネは彼を一瞬見つめた後、突然サイラーを強く抱きしめた。もし少しでも腕を緩めれば、サイラーが目の前から消えてしまうとでもいうように。「もう二度と、彼女に会わないで…
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第177話

セレーネは一瞬、その場に釘付けになった。心臓が狂ったように高鳴っていた。驚いたからではない……その筆跡の主が誰であるか、はっきりと分かったからだ。そしてその人物は、決してここにいてはならない人間だった。セレーネは顔を上げ、視線を上へ向けた。フラリーズ邸は何層にも連なる壮大な建築であり、巨大なクリスタルのシャンデリアの光を反射するガラスのバルコニーがいくつも設けられていた。キラキラと輝くクリスタルの光は、この空間全体をまるで童話の宮殿のように見せていた。彼女の視線は再び下へと戻り、ラグナル公爵や他の男性貴族たちの話に耳を傾けているサイラーを捉えた。次に彼女はディリアンの姿を探した。彼はホールの反対側の少し離れた場所で、いつものように淡々と、しかし威厳を持って誰かと話していた。先ほどまで一緒にいたオデットは、エステラや他の貴族夫人たちと談笑していた。父であるモロー伯爵もホールの隅で、伯爵夫人と何やら話し込んでいるのが見えた。しかし、ただ一人、セレーネの神経を一瞬で張り詰めさせる人物の姿だけが、どこにも見当たらなかった。ヴィヴィエンヌだ。セレーネは長く息を吐き出し、上層階へと続く螺旋状の大階段へ向かって歩き出した。紙には具体的な階数は書かれていなかったので、彼女はひたすら上へと登り続けた……最上階にたどり着くまで。そして、彼女はそこにいた。ヴィヴィエンヌは、フラリーズ邸の最も美しい景色が見えると語り継がれている、巨大なガラス窓の前に立っていた。ここから見下ろす海は、星屑を散らした暗いインクの紙のように見えた。細かな雪が、夜の空気を舞うようにゆっくりと降り注いでいる。それは、セレーネがかつてディリアンと一緒に見たいと強く願っていた景色だった。しかし今、彼女の目の前にいるのはヴィヴィエンヌだった。しかも……彼女はセレーネと全く同じ色のドレスを着ていた。明らかに意図的だった。ヴィヴィエンヌが振り返り、優しく微笑んだ……だが、その笑顔がセレーネにとって良い前触れだったことなど一度もない。そして彼女は再び海へと視線を戻し、まるで何かを待っているかのようだった。セレーネは彼女から少し離れたところまで歩み寄り、足を止めた。ガラス越しに伝わる冷気が肌を刺すようだったが、彼女たち二人の間に流れる空気は、それよりも遥かに冷たかった。ヴィヴィ
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第178話

ディリアン配下の騎士たちは、瞬く間に四方へ散り、影のように素早く動いた。ビョルンは数人の部下を率いて崖の側へと向かい、他の者たちは、悲鳴と濃い粉塵が立ち込める中、未だにゆっくりと崩れ落ちている建物の中へと強行突入していった。「一体何が起きたんだ!?」ルシアンは、混乱の中で大声を張り上げているディリアンの元へ駆け寄った。「妻が上にいるんだ!」ディリアンは振り返りもせずに吐き捨てた。激しい恐怖で呼吸が途切れ途切れになっていた。「俺もすぐに捜索隊を――」「必要ない!」ディリアンは激しく怒鳴りつけた。ルシアンは言葉を失った。ディリアンの口からこれほどまでの激怒を聞くのは初めてのことだったからだ。「お前の部下は、今夜何が起きたのかを突き止めることに使え。事故なのか、それとも襲撃なのか、今すぐ答えが欲しい」ディリアンの声は鋭く、絶対的な命令だった。反論の余地など微塵もなかった。皇太子に対してこれほどの命令を下せるのは、帝国広しといえどもディリアンだけだ。ルシアンは気分を害するどころか、即座に身を翻し、帝国軍の隊列の中へと姿を消した。ジェイレスが人混みから現れた。服には血と埃がこびりついていた。「私も公爵夫人の捜索を手伝おう!」「お前は他の奴らを助けてやれ!皇帝陛下はすでに安全な場所へ避難された!」ディリアンは振り返ることなく叫び、その目は崩壊した建物だけに釘付けになっていた。サイラーは青ざめた顔でディリアンを見た。「閣下……急がなければ。もし後部が完全に崩落してしまったら――」「分かっている」ディリアンは彼の言葉を遮った。その声は低く、極度に張り詰めていた。顎の筋が硬く浮かんでいる。サイラーは初めて、ディリアンのあのような表情を見た。それはもはや、常に冷静沈着な公爵ではなく、狂気の縁に立たされた一人の男の顔だった。「もし、たった一秒でも遅れていたら――」ディリアンは、その先を言葉にすることができなかった。一瞬のうちに、彼は半分崩れかけた勝手口へと向かって走り出していた。天井から巨大な石の破片が降り注ぎ続けていることなど、まるで気にも留めていなかった。「閣下!」サイラーは叫んだが、ただ突っ立っていることなどできなかった。ここに残れと言われていたが、彼はディリアンの後を追い、崖側へ出
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第179話

セレーネの声は崩れ落ちた廃墟に響き渡り、微かに震えていたが、決して揺るがない決意に満ちていた。その声はモロー伯爵、サイラー、ディリアン、そして安全な降下ルートを探している騎士たちの耳にも届いた。しかし問題は……彼女たち三人の位置が、崩落によってできた巨大な大穴の中心部にあるということだった。どの方向から降りようとも、一歩でも足を踏み外せば、暗闇で底すら見えない深淵へと真っ逆さまに落ちてしまうのだ。ディリアンはすでに松明を持ってくるよう大声で命じていた。しかし、その光は一部を照らし出すだけで、大穴がどれほど深いかをさらに際立たせるだけだった。底は全く見えなかった。「セレーネ!!」モロー伯爵が絶叫した。「ヴィヴィが何を言おうと、絶対に聞く耳を持つな!頼むから、絶対に手を離さないでくれ!」サイラーは父親を見た。その顔には、滅多に見せることのない底知れぬ恐怖が浮かんでいた。彼は知っていた……父親が、世界中の誰よりも伯爵夫人を愛していることを。大穴の下では、セレーネが垂れ下がったカーテンを握りしめ、その手は限界を超えて激しく震え始めていた。指は血の気を失って真っ白になり、氷のように冷たく、ほとんど感覚がなくなっていた。伯爵夫人は彼女のすぐ下で、セレーネの片腕の力だけで辛うじてぶら下がっている状態だった。「聞こえましたか、わたくしは絶対に手を離しませんわ」セレーネは小声で、しかし確固たる意志を込めて繰り返した。伯爵夫人は嗚咽した。落ちる恐怖からではなく、その言葉に心を打たれたからだ。彼女は長年、セレーネをさんざん苦しめてきた……しかし今、その継娘が自分の命を必死に繋ぎ止めようとしているのだ。「セレーネ……私……私を許してちょうだい」伯爵夫人の声はひび割れ、深い後悔に満ちていた。上からは、ヴィヴィエンヌが憎悪に満ちた目で母親を見下ろしていた。彼女は母親が落ちることを望んでいた。自分のすべての秘密が、あの女と共に永遠に闇に葬られることを。しかし、セレーネはただ深くため息をついた。体はすでに引き裂かれるような激痛に悲鳴を上げていたが、彼女は決して掴んだ手を緩めなかった。「もう……泣くのはやめてください」セレーネは、震える声を必死に押し殺して言った。「すべて過去のことですわ。もし生きて帰れた
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第180話

セレーネは生唾を飲み込んだ。胸が締め付けられ、目頭が熱くなった。ディリアンが……まさに自分の目の前で手を差し伸べていた。ほんの数秒の間に、セレーネは胸の奥で何かが完全に崩れ落ち、同時に新たな何かが息を吹き返すのを感じた。信じることを恐れながらも、かすかな希望が確かに芽生えていた。セレーネは手を伸ばし、ディリアンの手を掴んだ。二人の手が触れ合った瞬間、ディリアンは力強く彼女を引き寄せ、セレーネは彼に強くしがみついた。彼女の両脚はディリアンの腰に絡みつき、何かにすがりつくように必死だった。まさにその瞬間、彼女たちを支えていた鉄筋とカーテンが耐えきれずに崩落し、轟音を立てて奈落の壁に激突した。セレーネは恐怖で激しく震えた。「大丈夫だ」ディリアンは優しく、しかし揺るぎない声で彼女の耳元に囁き、片腕で彼女の体をしっかりと支えた。「俺がお前を上へ連れて行く」セレーネは一言も発することができなかった。彼女はただディリアンをさらに強く抱きしめた。そのあまりの強さに、ディリアンは彼女がただ恐怖に怯えているだけではないことを即座に理解した。その体からは、崩れ落ちそうな痛みと絶望、息が詰まるような後悔が伝わってきた。伯爵夫人が自分の手の中から落ちていくのを目の当たりにした衝撃も、まだ鮮明に焼き付いているはずだった。彼らの上では、ヴィヴィエンヌが呆然と立ち尽くしていた。ディリアンが体に縛り付けたロープを使ってゆっくりと登ってくるのを、そしてセレーネが自分の命のすべてを彼に委ねるように強く抱きついているのを、彼女は目を丸くして見つめていた。ヴィヴィエンヌとセレーネの視線が、空中で一瞬だけ交差した。しかしセレーネはすぐに目を閉じた。ヴィヴィエンヌの顔を直視することに耐えられなかった。一方、ヴィヴィエンヌは顔面蒼白で立ち尽くし、涙がとめどなく溢れ落ち、体は震え、唇をワナワナと震わせるだけで、一言も言葉を発することができなかった。「お嬢様」ビョルンの低く厳しい声が響いた。ヴィヴィエンヌは我に返った。選択の余地はなく、彼女は差し出されたビョルンの手を掴み、安全な場所へと引き上げられた。ビョルンはまずヴィヴィエンヌを地上へと救い出した。ディリアンがようやく大穴の縁に到達した時、そこにいた全員が、誰の目にも明らかな事実を目撃した。ディリアン
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