ディリアン公爵様、奥様が離婚を望んでいます! のすべてのチャプター: チャプター 361 - チャプター 370

545 チャプター

第361話

その場にいた誰一人として、即座に言葉を返すことはできなかった。その宣告の意味は、遅効性の猛毒が血管を巡るかのように、時間をかけて一人一人の意識へと染み渡っていった。ディリアンは奥歯をギリリと噛み締め、顎を強張らせた。セレーネは首筋に氷を押し当てられたかのような戦慄を覚えていた。もしも悪魔と禁忌の契約を結んだ古代の魔女モルウェンナが、真に死の深淵の縁に立たされているのだとすれば――この突如たる召集は、哀れな救助要請などでは断じてない。遥かに凶悪で、破滅的な厄災の幕開けに他ならなかった。セレーネはそれ以上の詮索に時間を浪費しなかった。セレーネは身を翻してオデットへと向き直った。声の端に滲む微かな震えを完全に隠すことはできなかったが、その声音は母親として毅然としていた。「お義母様、子供たちを連れて奥の部屋へ入ってください」セレーネはラミアがあらかじめ結界を施しておいた奥の避難部屋を指差した。「今すぐです」オデットはその切迫した声色から、事態の尋常ならざる危険を一瞬で悟った。オデットは一切の問いを挟まなかった。オデットは即座にダグニーとディヴリオを己の胸元へと強く抱き寄せた。ビョルンが素早く立ち上がり、先にその部屋へと足を踏み入れ、デイジーとモナへ合図を送って避難を促した。「参りましょう」ビョルンは低く、だが確固たる声音で促した。ダグニーは去り際にディリアンへと視線を巡らせ、その姿を瞳で追い求めた。ディヴリオは蒼白な顔のまま、オデットの腕を小さな手で強く掴み、必死に沈黙を保っていた。デイジーとモナが付き添って部屋の中へと入り、重い木製の扉が静かに閉ざされた――ほんの僅かな物音すら、外の闇に潜む何者かを呼び寄せてしまうのを恐れるかのように。扉が閉ざされた瞬間、小屋の中はいっそう狭苦しく感じられた。ディリアンは深く息を吸い込み、ラミアを見据えた。「それは……お前がモルウェンナの召集に応じるという意味なのか?」ディリアンは問うた。ラミアは首をゆっくりと横に振った。その顔は年月を経てひび割れた岩石のように冷たく、頑なだった。「古代の魔女の呼び出しに応じることなど、破滅以外の結末をもたらさないわ」ラミアは告げた。「だからこそ私はあの風車を焼き払ったのよ。魔導書を閉ざし、必要とあらばこの手で抹消せね
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第362話

セレーネは小さく頷いた。ディリアンは多くを語らず、ラミアをしばし見据えた後、了解を示すように短く顎を引いただけだった。ラミアと魔女たちが外へ出ると、小屋の重い扉が鈍い音を立てて閉ざされた。以前にも増して濃密な沈黙が、再び室内を支配する。セレーネはようやくディリアンの隣に腰を下ろした。暖炉の火はすでに熾火となり、その赤く鈍い灯火が板壁に長い影を震わせている。窓辺のベンチでは、シグとエリックがすでに力尽きて眠りに落ちていた。木の壁に頭を預け、規則正しい寝息を立てるその疲弊した顔には、戦乱と呪詛から一時だけ解き放たれた束の間の安らぎが浮かんでいた。「寝ろ」ディリアンが低く促した。セレーネは彼を見ることなく首を横に振った。「心が波立っているのに、眠れるはずがないわ」ディリアンは反論しなかった。ただ静かに身を寄せ、逞しい腕を伸ばしてセレーネを引き寄せた。彼の腕がセレーネの肩を抱き込み、その頭がディリアンの胸元へと自然に預けられる。ドクン、ドクンと規則正しく刻まれる重厚で確かな鼓動が、セレーネの胸の苦しさを僅かに和らげてくれた。不安が完全に消え去ったわけではないにせよ。二人はしばらくの間、無言のまま暗がりの中で寄り添っていた。「ディリアン」セレーネが小さく囁いた。「怖くはないの?」「何がだ?」ディリアンは短く返した。「モルウェンナがよ」ディリアンは喉の奥で、微かに吹き出すように笑った。「恐れてなどいない」その声音には、虚勢の欠片も混ざっていなかった。「もし……あなたが奴の前に屈することになったら?」セレーネは再び問うた。その声は微かに震えていた。「あり得んな」ディリアンは迷いなく即答した。セレーネは生唾を飲み込んだ。「もし……万が一、そうなってしまったら?」ディリアンはしばし沈黙し、それから声音を一段と低く、真剣なものへと変えた。「仮に俺が奴に屈したように見えたとしても、そこには必ず理由がある。俺が本気でモルウェンナに平伏したわけではないということだ」セレーネは顔を上げ、ディリアンの横顔を見つめた。熾火の残光が、ディリアンの輪郭をいっそう冷徹に浮かび上がらせていた。瞳は暗く、だが研ぎ澄まされていた。ディリアンもまた見下ろし、深く揺るぎない眼差しでセレーネを見据え返した。
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第363話

チリン……チリン……鈴の音が再び響き渡った。今度はより鮮明に、一定のリズムを刻んで。セレーネは首筋の粟立つ感覚を覚えた。大気には、全てが一変する前の長い深呼吸のような、息の詰まるような緊張感が張り詰めていた。ディリアンが無言のまま半歩歩み寄り、セレーネの傍らに立った。その確かな存在感が、セレーネに一つの現実を突きつける――今夜何が起きようとも、もはや逃げ場などないのだと。そして無数の鈴は、残された時間を冷酷に数え上げるかのように鳴り続けていた。「本当に……今夜来るの?」セレーネは囁くように問うた。その声は鈴の音色に呑み込まれそうだった。ラミアが振り向き、最も高い位置に吊るされた一つの鈴を指差した。その鈴には舌がなく、内側は空洞だった。にもかかわらず、その鈴は一際高い音を響かせ、別次元から打ち鳴らされているかのように激しく震えていた。「当然よ」ラミアは短く答えた。「このしるしに狂いはないわ」セレーネは生唾を飲み込んだ。背筋を這い上がるような冷たい戦慄。ラミアは二人に中へ入るよう合図を送った。「あなたたちは小屋の中にいなさい。覚悟を決めるのよ」だが足を踏み出す前に、セレーネは鋭く振り返った。「もし今夜、三日月が昇るのなら……あの儀式も執り行われるの?」ラミアは躊躇うことなく頷いた。「勿論よ」ラミアは、自身の背後に集いつつある魔女たちを一瞥した。誰の顔にも迷いはなく、ただ深刻な決意だけが浮かんでいた。「だからこそ、今は中へ」ディリアンが先に小屋へと足を踏み入れた。その肩は強張り、顎は固く引き締まっていた。セレーネは未だ敷居の前に立ち尽くし、ラミアの顔に張り付いた凪のような仮面を穿つかのように、その目を真っ直ぐに見据えた。「ラミア」セレーネはゆっくりと問いかけた。「あなたは……信じるに足る存在なの?」一瞬、ラミアは沈黙した。そして、甘言も虚飾も一切ない、ただ純然たる真実の眼差しでセレーネを見つめ返した。「信じなくとも構わないわ」ラミアは静かに答えた。「私は何も強要しない。これは強制ではないのよ、セレーネ。純粋な『信念』だわ」セレーネは小さく頷いた。それ以上何も言わず、身を翻して小屋の中へと入り、背後の木の扉を固く閉ざした。屋外で、ラミアは閉ざされた扉をしばし見つめ
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第364話

ラミアは魔女たちに向かって語りかけていたが、その眼差しは一度として彼女たちを捉えてはいなかった。先ほどから、ラミアの視線は幾度となく――いや、あまりにも頻繁に、小屋の窓の方へと吸い寄せられていた。そこにはディリアンとセレーネの姿があった。薄曇りの窓ガラス越しに、ラミアは遠くから観察されていることなど露知らずに日常を過ごす彼らの姿を見つめていた。ディリアンは寛いだ様子で背を預け、腕をセレーネの肩に緩く回している。一方のセレーネは、他愛もないことで声を上げて笑い転げるディヴリオを軽く窘めていた。二人の間に座るダグニーは、小さな木片をいじるのに夢中になりながら、時折顔を上げては……信じられないほど無垢で、純粋な笑顔を見せていた。素朴で。温かで。そして、命の息吹に満ちていた。「……あのような強力な結びつきは、滅多に生まれるものではないわ」ラミアの声は淀みなく響き、魔女たちの会話に応えていたが、その意識は明らかに別の場所にあった。「そしてそれが生じた時、決して無意味な偶然では終わらないものよ」言葉とは裏腹に、ラミアの瞳は再び窓の向こうの光景に釘付けになっていた。セレーネが呆れたように、しかし深い愛おしさを込めてディリアンの腕を叩く。ディリアンは低く喉を鳴らして笑い、まるで外の世界で何が起きようと知ったことではないとでも言うように、冷徹でありながらも限りなく甘い眼差しを返す。そこには魔術も、過酷な儀式も、血塗られた予言も存在しなかった。ただ、絶望と呪いの狭間で、己の不器用なやり方で必死に生き抜こうとする、ささやかな家族の姿があるだけだった。ラミアは生唾を飲み込んだ。胸の奥底で何かが微かに脈打った。弱々しくも、確実に彼女の心を掻き乱す何か――永遠の時の彼方に葬り去ったはずの、古き残響。それは酷く見知らぬ感情であると同時に……戦慄を覚えるほどに、懐かしすぎる感情でもあった。「何を見ているの?」ラミアの微細な変化を鋭く察知したソルヴェイが、声を潜めて問うた。ラミアは即答しなかった。視線は未だ窓の向こうに据えられていた。ディリアンが片手でダグニーを高く抱き上げ、少女の甲高い笑い声を誘う。セレーネは呆れ返って首を振りながらも、その口元には隠しきれない微笑みが浮かんでいた。「見ているのよ……」ラミアはようやく囁くように答え
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第365話

その夜、三日月はついに最盛の刻を迎えた。銀の鎌のように、暗闇を切り裂かんばかりに低く天空に懸かっている。その光は満月のような温もりを持たず、隠された世界の裏側を暴き出すかのように、冷たく透き通っていた。普段は夜のざわめきに満ちている森も、今は完全に沈黙している。虫の音も、風のさざめきもなく、木の葉すらその場に凍りついたかのようだった。完璧すぎる静寂。小屋の中では、全てが意図された宿命のように整然としていた。ダグニーとディヴリオは寄り添い合い、深い眠りについている。その顔は無垢で安らかであり、彼らを愛する者たちに迫り来る危機など微塵も感じさせない。オデット、デイジー、モナもまた、張り詰めた日々の疲労から泥のように眠っていた。セレーネは寝室の入り口に長く立ち尽くし、胸を締め付けられながら子供たちを見つめていた。もし世界が公平ならば、こんな脅威の中で彼らが育つべきではないのに。「みんな、このまま眠らせておいて大丈夫なの?」セレーネはようやく口を開いた。声は微かに震え、少しでも声を張り上げれば己の恐怖を呼び覚ましてしまいそうだった。ラミアが振り返った。その魔女の顔は穏やかだったが、瞳の奥にはその平穏よりも遥かに重いものが宿っていた。「ええ、問題ないわ」ラミアは静かに答えた。「全てが終わった時に目覚めるか……あるいは、何も覚えていないまま朝を迎えるでしょうね」完全に安堵できる答えではなかったが、それがラミアにできる最も優しい誠実さなのだとセレーネには分かった。ディリアンは岩礁のように静かにセレーネの傍らに立っていた。しかし顎は硬く引き締まり、呼吸は普段よりも微かに深い。彼は子供たちを一瞥し、そして床へと視線を落とした。湧き上がろうとする何かを必死に押さえ込んでいるかのように。「ここまで来たんだ」ディリアンは短く呟いた。誰にともなく、己自身に言い聞かせるように。セレーネは彼を見た。「分かっているわ」ラミアが小さく頷いた。「なら、行くわよ」彼らは小屋の外へ出た。ビョルン、シグ、エリックの三人は内に残った。彼らは祭壇が見える窓辺に陣取り、全身を強張らせて警戒を怠らない。命令など不要だった。もし今夜が最悪の厄災に変わった時、後に残されたものを命に代えても守り抜くのが自分たちの役目だと理解し
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第366話

ディリアンの声は掠れ、絶望的な悔恨に満ちて枯れ果てていた。あまりにも遅すぎた。セレーネはそこに立っていた。すぐ傍らに。全てをその目で見ていた。全ての言葉を聞き届けていた。ディリアンに手を伸ばしたかった。聞こえていると、そう伝えたかった。自分がこの世を去った後、彼がここまで壊れてしまうことなど、夢にも思わなかったと。だが、伸ばした指先は虚空をすり抜けるだけだった。今の彼女は、己が死んだ後の出来事を強制的に見せつけられている、ただの囚われた意識体でしかない。もはや肉体は存在しないはずなのに、セレーネの瞳からは止めどなく涙が零れ落ちていた。そしてこの冷たい夜の只中で、セレーネはようやく理解した。飛び降りるという自らの決断は、自分自身の命を終わらせただけでなく、自分が気づきもしなかった形で彼女を深く愛していた男を、完全に破壊してしまったのだと。セレーネの目の前で、ディリアンは獣のように咆哮していた。彼女の知るディリアンではなかった。いつも冷徹に押し黙り、背を向け、彼女が孤独に涙を流すのを放置していたあの男ではない。今、目の前で地に伏している男は……無残に砕け散っていた。彼は地面に膝をつき、体を深く折り曲げ、肩を激しく震わせていた。その慟哭にはもはや声すら伴わず、悲痛のあまり胸が張り裂け、音を出すことすらできないようだった。両手で濡れた土を強く握りしめ、そして突如として、自らの額を地面へと激しく打ち付けた。一度。二度。三度。額から鮮血が滴り、涙と冷たい泥に混ざり合うまで。彼は叫ばなかった。呻き声すら上げなかった。頭部の痛みなど、胸を引き裂く激痛に比べれば無に等しいとでも言うように。セレーネは震える瞳で彼を見つめた。あれが……ディリアン?かつて彼女が名前を呼んでも振り返ることすら惜しんだ男が、今や正気を失った狂人のように自らを打ち据えている。己もまた後を追って死にたいと願いながら、死神にすら拒絶された者のように。周囲を見渡すと、セレーネは他の者たちの顔を認めた。イラルドは硬直して立ち尽くし、目を赤く腫らし、泣くまいと顎を固く引き締めていた。デイジーとモナは抱き合い、体を激しく震わせて嗚咽している。屋敷の召使い達は崩れ落ちて膝をつき、あるいは呆然と立ち尽くしていた。プレヤンや他の近衛騎士たちは俯き、中には顔を
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第367話

涙が、ひとしずく、またひとしずくと零れ落ち、セレーネの頬を濡らした。グラスを握るディリアンの手は、激しく痙攣するように震えていた。セレーネは彼のすぐ目の前に立っていた。そしてどういうわけか、死して後初めて、彼女は真に理解したのだ。言葉によるものでも、理屈によるものでもなかった。ディリアンの胸の奥底で渦巻く感情を、決して償うことのできない痛恨を、あまりにも遅すぎた喪失を、そして守るべき全てが消え失せて初めて崩壊を許された、その不器用すぎる愛を――彼女は確かに理解した。ディリアンは深く項垂れ、血を吐くような誓いを囁いた。「セレーネ……必ずお前を見つけ出す……たとえ、地獄の底まで堕ちようとも」セレーネは目を閉じた。その暗闇の中で、彼女は悟った。この降霊の儀式は、単に過去の悲劇を強制的に見せつけているだけではない。死すらも断ち切ることのできなかった因果の鎖に、今再び彼女を直面させているのだと。セレーネはもう一歩、ディリアンへと近づいた。ゆっくりと、躊躇いながらも、セレーネはその手を彼へ向けて伸ばした。もう一度彼に触れたかった。目の前にいる男が、儀式の生み出した単なる悔恨の幻影ではなく、確かにそこに存在しているのだと確かめたかった。だが、彼女の指先が彼の顔に触れる直前。再び、強烈な閃光が視界を白く染め上げた。目を焼くような光が意識を打ち据え、セレーネは顔を背けて目を閉じることを余儀なくされた。再び目を開いた時、世界は荒々しく切り替わっていた。そこはもはや、静寂と悲哀に満ちた芸術ギャラリーではなかった。真っ先に目に飛び込んできたのは、床に散乱した花瓶の破片だった。萎れた花びらが水と泥に塗れ、激しい感情の赴くままに踏み躙られ、無残に砕け散っている。そしてディリアンの真正面に、オデットが立っていた。彼女は腰に両手を当て、抑えきれない怒りに胸を激しく上下させていた。顔は怒りで朱に染まり、目は涙で濡れていたが、その声は鞭のように鋭く、部屋中に響き渡った。「一体いつまで、妻の亡骸をあんな氷室で腐らせておくつもりなんだい、このろくでなしが!!」その絶叫が大気を激しく打った。セレーネは肩を跳ねさせた。ディリアンはオデットの前に木石のように立ち尽くしていた。その表情は空虚で、目は落ち窪んでいる。何日も眠っていないの
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第368話

セレーネは激しい眩暈を覚えた。単なる眩暈ではない。彼女の全世界が回転し、折り畳まれ、反転し、まるで空間と時間が完全に足場を失ってしまったかのようだった。無数の声が重なり合い、光が砕け散る。何が起きているのかを理解する間もなく――セレーネはハッと意識を取り戻した。彼女は今、ディリアンのすぐ傍にいた。あまりにも近すぎる距離に。ディリアンは身嗜みを整え、頭の先から靴の爪先に至るまで漆黒の喪服に身を包んでいた。その顔は仮面のように強張っている。涙の痕跡も、怒りの色もなく、ただ危うげな、作り物めいた静けさだけがそこにあった。「閣下」背後から、スヴェンの強張った声が聞こえた。「奥様のご遺体は、すでに腐敗が進んでおります。これ以上、このままにしておくわけには……」ディリアンは足を止めた。短く息を吐き、極めてゆっくりとスヴェンを振り返る。その眼差しは冷酷で、空虚で、周囲の空気を凍りつかせるほどだった。「もう一言でも口にしてみろ」ディリアンは囁くように、だが絶対の殺意を込めて告げた。「斬り捨てるぞ」スヴェンは凍りつき、もはや言葉を返すことすらできなかった。ディリアンは身を翻し、大股で歩き出した。速く。毅然と。一切の躊躇なく。彼は城の回廊を抜け、セレーネの棺が安置されている広間をも通り過ぎたが、振り返ることも、歩みを緩めることもしなかった。セレーネはそれを見ていた。そしてその時、彼女は背筋が粟立つような事実に気づいた。自らの意識体が……ディリアンにぴったりと縫い付けられていることに。ディリアンがどこへ向かおうと、セレーネは強制的に引き摺られていく。立ち止まろうとしても不可能だ。離れようとしても無駄だった。彼女の存在はディリアンに繋ぎ止められていた。まるで、光を憎みながらも付き従うことを呪われた影のように。ディリアンは一人で馬車に乗り込み、セレーネもその隣に座っていた。至近距離で彼の横顔を見つめる。顎はこわばり、その瞳は夜の街並みを虚ろに見据えていた。焦点はない。目的も見えない。ただ動く虚無だけがそこにあった。長い道のりを経て、彼らは古い教会へと辿り着いた。ディリアンが馬車を降りると、そこには大勢の神官たちが待ち受けていた。彼らは、決して迎え入れたくないものを出迎えるかのように整列していた。老
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第369話

その後の日々は、セレーネの亡骸と共に腐敗していく「時間の死骸」のように過ぎ去っていった。弔いの鐘は鳴らされなかった。埋葬の祈りも捧げられなかった。レヴェンティス城は静まり返っていたが、その空気は重く、冷たく、鼻を突くような甘ったるい腐臭に満ちていた。命を失った腐敗の匂いが、燃え尽きた蝋燭や萎れた花と混ざり合い、誰もが嘔吐を催すような異臭を放っていた。だが、ディリアンは微動だにしなかった。彼はセレーネの棺の前に座り込み、まるでその胸が再び上下するのを待っているかのように、彼女の遺体を見つめ続けていた。目は落ち窪み、顔は蒼白で、無精髭が伸び放題になっている。その手には常に、修道院から持ち帰ったあの足の指が、乾いた血で汚れた黒い布に包まれて握られていた。セレーネはその全てを見ていた。自身の棺の傍らに立ち、自分の肉体が変色し、もはや人間の肌とは思えないものへと朽ちていくのを見つめていた。そして同時に、死そのものよりもさらに恐ろしい、ディリアンという男が静かに崩壊していく様を目の当たりにしていた。ヴィヴィエンヌが再び姿を現した。今度は、許可もなく。大広間の扉が乱暴に開かれ、彼女の靴音が石の床に高く響き渡った。召使い達は凍りついた。護衛たちは戸惑いの視線を向けた。彼女が誰であるかは知っていたが、今のディリアンがどういう状態であるかも熟知していたからだ。ヴィヴィエンヌは歩み寄り、蒼白な顔に怒りの火を宿して言った。怒りと傷心に震える声だった。「ディリアン、もういい加減にして」ディリアンは振り返らなかった。ヴィヴィエンヌはセレーネの棺を不敬に指差して続けた。「こんな遺体と一緒に引きこもって、死骸のように腐らせたまま放置するなんて。それが愛の形だとでも言うの?」それが最初の過ちだった。ディリアンが立ち上がった。その動きは緩慢だったが、彼から発せられる威圧感に、数名の護衛が反射的に武器の柄を握りしめた。彼は振り返り、充血した虚ろな目でヴィヴィエンヌを見据えた。彼女を知る男の目ではない。かつて彼女に微笑みかけた男の目ではなかった。「誰が、入ることを許可した?」彼は静かに問うた。「許可なんて必要ないわ」ヴィヴィエンヌは声を荒らげた。「私はあなたの女よ、ディリアン!あなたはずっと私を愛して――」
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第370話

ディリアンはもはや、他の人間と同じ世界には生きていなかった。彼が生きる世界にあるのはただ一つの目的のみであり、それを阻む者には、誰であろうと破滅がもたらされた。日々が過ぎ去るごとに、ディリアンの崩壊は加速していった。頬はひどく痩せこけ、瞳は暗く落ち窪み、その歩みは一呼吸ごとの重みに耐えかねているかのように重苦しかった。レヴェンティス城はただの静寂にとどまらず、狂怒と待ちわびる執念が腐臭を放つ、巨大な喪に服す場と化していた。そして、その日が訪れた。城の正門が大きく開け放たれた。軍靴の響きと鎖が擦れ合う音が、大広間に木霊する。ディリアン配下の五人の将軍――ジェイ、エリック、ウルフ、ピーター、エドワードの五人が、まだ血と土埃に塗れた姿のまま帰還した。彼らの前方では、数名の魔女が乱暴に引き摺り込まれ、大理石の階段の前にひれ伏すように突き飛ばされた。そしてその階段の最上段には、ディリアン・レヴェンティスが立っていた。背筋を伸ばし、その影はどこまでも黒く長く伸びていた。眼下の者たちを見下ろすその眼差しは、人間が人間を見る時のそれではない。すでに死が確定した者たちの名簿を眺める、冷酷な死刑執行人の眼差しだった。セレーネは、その群がる影の中に立っていた。柱の陰に隠れる召使いや護衛たちの潜めた囁き声が聞こえてくる。「魔女殺し……」「一人残らず皆殺しにされている……」「あの方は狂ってしまった……」そして、セレーネは彼女を見つけた。ラミアを。無理やり跪かされている魔女たちの中で、ラミアは一際静かだった。頭を垂れ、髪は乱れていたが、その放つ気配は……他の者とは決定的に違っていた。古く、そして深い。まるで彼女の意識だけが、この部屋に存在していないかのように。「ラミア!」セレーネは恐慌状態に陥って叫んだ。誰の耳にも届かない。セレーネは駆け寄り、ラミアの真正面に立った。「ラミア、私を見て!私よ――セレーネよ!」ラミアの手に、顔に触れようとする。叫び、懇願する。しかし、ラミアは動かなかった。その瞳は空虚で、意識は誰の手も届かない――死者の魂すら干渉できない深い暗淵の底に鍵を掛けられているかのようだった。セレーネはよろめいて一歩後ずさった。絶望が胸を塗り潰していく。ディリアンの声が響き渡り、静寂を切り
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