All Chapters of ピントを合わせても、あの日は戻らない: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

この言葉を聞くと、祐介はすぐに踵を返し、香織がいる療養院へと急いだ。しかし、部屋に入るなり彼が目にしたのは、空っぽのベッドと、とっくにきれいに畳まれていた布団だった。梨花の言葉を思い出し、彼は慌てて近くにいた看護師を捕まえた。「すみません、12号室の患者さんはどこですか?50代くらいの女性の方なんですけど」その言葉に看護師は一瞬動きを止め、いぶかしげな表情で祐介を見つめた。「あの方とはどのようなご関係でしょうか?」「婿です。医療費はずっと俺が払っていました」「婿?部屋を間違えてるんじゃないですか。あの方の婿さんは先週、人をよこして生命維持装置を止めさせましたよ。その後、あの方は亡くなられたと聞いてますけど」そう言うと看護師は去ってしまい、祐介だけが呆然とその場に立ち尽くしていた。そうか……じゃあ、あの日、夏美が抱きしめていたのは、彼女の母親の骨壺だったのか。それに気づくと、彼は後悔の念に駆られて、壁に拳を叩きつけた。いや、待てよ。自分がいつ、生命維持装置を止めるよう人を遣わした?次から次へと疑問が湧き上がり、祐介は秘書の中島浩平(なかじま こうへい)に連絡をした。「夏美のお母さんの生命維持装置が、いつ止められたか調べてくれ。大至急だ!」そして、疑問を抱えたまま、祐介は家に戻った。ドアを開けるなり、テーブルの周りで忙しそうにしている梨花の姿が目に入った。祐介が入ってくるのを見ると、梨花は急いで駆け寄り、彼の胸にぴたりと体を寄せた。「祐介さん、どこに行ってたの?ここ数日、何も食べてないでしょ。あなたのために、使用人に栄養がある食事を特別に作ってもらったのよ」祐介は目の前の女を無言で見つめ、彼女を押し退けた。しかし、次の瞬間、梨花は再び体を寄せてきた。香水の匂いが鼻をつき、祐介はふと、めまいを感じた。唇が重なった瞬間、彼は手足から力が抜けるのを感じた。突然、スマホの着信音が鳴り響き、二人のムードは断ち切られた。祐介が電話に出ると、向こうから浩平の声が聞こえてきた。「社長、分かりました……梨花さんが病院に行き、奥様のお母さんの生命維持装置を外すよう指示したようです」それを聞いた途端に、祐介は立ち上がり、梨花を床に突き飛ばした。「調べろ!もっと調べ続けろ!彼女が他に何をした
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第12話

それを聞いて、電話を切ると、祐介の視線は深く沈み、胸の奥で燃え盛る炎が今にも噴き出しそうになって、その瞳に映ったのだった。彼が指を鳴らすと、すぐにボディーガードが駆け込んできた。「熱湯をこの女にぶっかけろ。それで果たして痛みを感じるのか、見ものだな」祐介はそう言いながら、不気味な笑みを浮かべ、梨花のあごを掴んだ。「なにしろ、夏美が味わった苦しみを、お前には何千倍にもして返してやらないとな」一方で、それを聞いた目の前の梨花は必死に首を横に振りながら、涙で視界が滲んでいた。彼女は泣きながら懇願した。「祐介さん、ごめん!私が悪かったの!お願いだから、やめて……こんなことしないで!」梨花の泣き声を聞きながら、祐介は防犯カメラの映像を次々と再生した。こうして過去の記憶が、津波のように押し寄せてきた。彼は、こらえることができず口を開いた。「沸騰した熱湯だ。容赦なく、こいつの体にぶちまけろ」「きゃあああ!」熱湯を浴びせられ、梨花の体は一瞬で赤く腫れ上がった。次々と水ぶくれができ、彼女は激痛のあまり意識を失った。その様子を横目に、祐介はモニターに映る夏美を見つめていた。彼の心は、まるで無数のアリに食い荒らされるように、耐えがたく痛んだ。そうか……あの日、夏美が「私のこと愛してる?」と聞いたのは、自分たちの結婚が偽りだと知ってしまったからだったんだ。どうりで……どうりでその後、自分を見る彼女の瞳には、いつも隠しきれない切なさが滲んでいたんだ。あの時、彼女はどれほど心を痛めていたことだろう。祐介は目を真っ赤にし、うなだれた。目の前の骨壺を抱きしめ、彼は全身が深い闇に包まれているようだった。夏美、全部、俺のせいだ。俺は今までなんてことを……俺が君を殺したんだ。俺が間違っていた。ごめん、俺が本当に間違っていたんだ。祐介は震える手で目の前の骨壺に触れた。その整った瞳には、決して消えることのない深い悲しみが満ちていた。安心してくれ、夏美。必ず、君の仇を討つから。気絶している梨花を一瞥すると、祐介は骨壺をそっと置き、厳しい声で命じた。「水をぶっかけて起こせ」すると、バシャッという音と共に、冷たい水が頭から浴びせられて、梨花は驚きに目を大きく見開き、思わず命乞いをした。「祐介さん、私
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第13話

祐介は蛇口を最大にひねった。でも、頭の中では梨花の言葉が繰り返し響いていた。自分はクズだ。自分は、汚れたクズなんだ。祐介は必死で自分の体をこすった。なんとかして汚れを落とそうとして、肌が赤くなってヒリヒリしても、彼は手を止めなかった。その時、外からスマホの震える音が聞こえ、祐介は体を拭いて電話に出た。電話の向こうからは、警察の声がした。「もしもし、藤原さんですか?検死の結果が出ましたが、どうやらご遺体は二宮さんではないようです」その言葉を聞いて、期待と不安が入り混じって祐介の胸は激しく高鳴った。「どういうことですか?検死?彼女はもう火葬したはずですよ!」その矢継ぎ早の質問に、警察は一つ一つ答えた。「ご遺体は警察署の解剖室にあります。藤原さん、通常こういうケースでは検死を行うんですよ。ご存じなかったですか?」話を聞きながら、祐介はあの日、目を覚ました時の梨花の怯えたような目を思い出し、すべてを察した。梨花は、彼がいつまでも夏美のことで塞ぎ込まないように、嘘をついたのだ。空の骨壷をテーブルに置いた。「じゃあ、あの遺体は?」「我々の鑑定では、ご遺体は二宮さんではありませんでした。それから、二宮さんの銀行口座を調べたところ、数日前に、偽装死を請け負う会社への送金記録が見つかりまして……ですので、二宮さんは自ら死を偽装したのではないかと……」警察の言葉は、まるで一筋の光のように、祐介の頭上に垂れ込めていた暗雲を吹き飛ばしてくれた。電話を切るやいなや、彼は手元の骨壷を勢いよく開けた。中は、やはり空っぽだった。夏美、自分の愛する夏美……外で雷が鳴り響く中、祐介は泣きながら、いつしか笑っていた。笑い声はどんどん大きくなり、彼はそのまま探偵に電話をかけた。「夏美の行方を調べてくれ、すぐにだ!地の果てにいたとしても、必ず見つけ出せ!」そうか、自分の愛する夏美は、生きていたんだ。自分の愛する夏美は、まだこの世界にいたんだ。「生きてさえいてくれれば……生きてさえいてくれればそれでいい……夏美、俺の愛する夏美……」祐介はそう低くつぶやいた。生きてさえいれば、必ず見つけ出せる。必ずだ。そして、電話を切ると、彼は急いで服を着て家を飛び出した。車を飛ばし、二人がよく行ったカフェへ向かった。
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第14話

一方、夏美は海外へ向かう飛行機に乗ると、すぐに弁護士の親友、若葉に連絡を入れた。飛行機を降りるとすぐ、若葉は夏美を病院へと連れて行った。「夏美、ここで安心して療養して。ここは世界でもトップクラスの療養施設なの。体が良くなったら、これから先のことはまた一緒に考えよう」以前、薬を盛られたことに加え、何度も繰り返された不妊治療のせいで、夏美の体はボロボロになっていた。その上、その後に起きたいろいろな出来事も重なって、彼女の体にはガタがきていたのだった。それからしばらくの間、夏美は療養施設で過ごすことになった。毎日、決まった時間に薬を飲んで注射を打ち、三度の食事も、医師の言いつけ通りとることになっていた。こうして、少しずつ夏美は体力を取り戻し、気持ちもだんだんと明るくなっていった。2週間後、夏美は無事に退院できたものの、2週間に一度は経過観察のために通院しなければならなかった。退院の日、若葉が車で彼女を迎えに来てくれた。「これから、どうするつもり?」夏美は車に乗り、窓の外の景色をぼんやりと眺めていた。少し間を置いて、「カフェを開きたいな」と言った。夏美がそう言うと、スマホから入金を知らせる通知音が鳴った。「え、何これ?こっちに来てからずっとお世話になりっぱなしなのに、その上お金までもらうなんて……申し訳ないし、どうしていいかわからないよ」彼女の言葉を聞いて、傍らにいた若葉は優しく夏美の手を叩いた。「何言ってるの。私たちは親友でしょ?親友っていうのは、良い時も悪い時も支え合うものよ。それに、このお金はあげるわけじゃなくて貸すだけなんだから。ちゃんと返してよね」彼女の言葉を聞いて、夏美はこくりと頷いた。それから2日も経たないうちに、夏美は良い物件を見つけることができた。内装もほとんど手を加える必要はなさそうだった。そして、カフェのオープン当日、店はたくさんの客で賑わった。その後、店の売上はオープン初日ほどではなかったが、それでもなんとか順調にやっていけそうだった。さらに、それから3日後、ギターケースを抱えた青年が店に入ってきた。「こんにちは、アイスコーヒーを一杯」青年は黒いヘッドホンをつけ、バッグを斜めがけにしていた。茶色いハンチング帽の下からのぞく黒髪と、すっと通った鼻筋が印象的だ
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第15話

それはある雨の日だった。夏美はいつものように、カフェのドアを開けようとした。すると、ドアを開けたとたん、背後から祐介の声が聞こえた。「夏美」その瞬間、夏美はまるで彫刻のように、その場に固まってしまった。いつか祐介に見つかるとは思っていた。でも、まさかこんなに早く見つかるとは思ってもみなかった。「夏美」祐介の声は、ひどく疲れているようだった。夏美がゆっくりと振り返ると、彼がそこにいた。1ヶ月以上も会わないうちに、祐介はすっかり痩せていた。着ているスーツもなんだかぶかぶかに見えたのだった。「夏美、元気にしていたのか?」そう言って、祐介はよろけながら駆け寄ってきて、彼女を強く抱きしめた。「夏美……俺の愛する夏美……」肩に落ちてきた彼の涙は、熱かった。そして祐介は、心配でたまらないという目で夏美を見つめた。「ちゃんとご飯は食べてるか?胃はまだ痛むのか?誰かにいじめられたりしてないか?お金は足りてるのか?」だが、次々と投げかけてくる質問に、夏美の心はまったく動かなかった。彼女はただ目の前の男の様子を、冷たく見つめているだけだった。「夏美、俺は……」祐介は夏美を見て、どうすればいいのか分からないといった顔をした。彼女からこんなにも冷たい眼差しを向けられたのは、初めてだった。それはまるでナイフのように、彼の心を突き刺した。何かを言おうとしても、喉が詰まったみたいで言葉が出てこない。ただ口を開閉するだけで、一言も話せなかった。だから、祐介はただ、夏美の手を必死に握りしめることしかできなかった。彼は怖かったのだ。次の瞬間、少しでも目を離したら、彼女がまた自分の前からいなくなってしまうんじゃないかと。そして、長い沈黙の後、二人はカフェの入り口にあるベンチに腰を下ろした。祐介が、ゆっくりと口を開いた。「夏美、すまなかった……俺は……」祐介が説明しようとした、その矢先だった。夏美は彼の言葉を遮るように、潔く言ったのだ。「いいの。もう終わったことだから」そう言う彼女の瞳には何の感情も浮かんでいない。まるで他人事のように、二人の過去を口にした。でも、心の中では様々な感情が渦巻いていた。本当のところ、彼女は祐介とは、もうこれ以上関わりたくないと、はっきりとそう伝えたかった。でも
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第16話

だがこうして日が過ぎるごとに、夏美の様子はどんどん悪くなっていった。ある日の仕事終わり、空はボックス席に座りながら、ゆっくりと口を開いた。「少し、話さないか?」夏美は無意識に立ち上がってその場を離れようとしたが、空に腕を引かれ、再び席に座らされた。「逃げるのか?何か問題があったとき、どうして解決しようとせずに、まず逃げようとするんだ?」その言葉を聞いて、夏美は再び腰を下ろし、静かに話し始めた。「解決なんてできないから。私たちのことはとっくに終わっているの。でも、あの出来事が私に残した傷は、ずっと癒えずにいるのよね」「そうだな、一度受けた傷はそう簡単に癒えないものだ」空はそう言うと、テーブルの上のコーヒーを一口飲んだ。「3年前、俺の彼女は死んだんだ」夏美の驚いたような目を見つめると、彼は苦笑した。「信じられないだろ?俺も信じられなかった。でも、それが現実なんだ。彼女はもういない。俺たちは幼馴染で、もうすぐ結婚するはずだった。でも、交通事故で……彼女は死んだんだ」そう言うと、空はカウンターからグラスを取り、尋ねた。「飲むか?」夏美が頷くのを見て、空は二つのグラスに酒を注ぎ、テーブルに置いた。アルコールが喉を滑り落ちていく。彼は自分の過去を語り始めた。「ここ何年も、俺が家に帰らずにブラブラしてたのは、あの場所に戻るとどこもかしこも思い出だらけだからなんだ。君のことを逃げてるって言ったけど、実は俺自身も逃げていた。でも、逃げることは恥ずかしいことじゃない。ただ、これだけは分かってほしい。一時的には逃げられても、一生逃げ続けることはできないんだ」そう言って彼はグラスを持ち上げ、一気に飲み干した。「人はいつまでも過去に縛られて、立ち止まってちゃいけない。そう思わないか?」言い終えて、空が顔を向けると、夏美はとっくに椅子の上で気を失っていた。彼は無意識に、夏美の頭を自分の肩にもたれさせた。そして、窓一枚を隔てて、店の外に立つ祐介と視線が合った。視線が交錯した瞬間、祐介の瞳は、敵意に満ちていた。あの二人の間に複雑な感情のもつれがあることは分かっていた。だから、本当は関わりたくなかったんだ。そう空は思ったけど、いつからか自分でも気づかないうちに、なんとなく取っていた行動が、自分の心
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第17話

そこで、空を見つけた瞬間、祐介の拳が飛んできた。空も負けじと、祐介の顔に力いっぱい拳を叩き込んだ。どっちも一歩も譲らず、お互いにありったけの力で殴り合っていた。「いい度胸だな!上田家もろとも道連れにしてやる!」祐介がそう言って指を鳴らすと、数人のボディーガードが現れ、空を廃墟ビルの中に連れ去った。こうして、彼は口には布を詰められ、手足も柱に縛り付けられてしまったのだ。だが空はそれでも、目の前の祐介を殺さんばかりの勢いで睨みつけた。これほど横柄な男を相手に夏美が今までどれだけひどい目に遭わされてきたのか、想像するだけでも空は心が痛んだ。「上田、ずいぶんいい度胸じゃないか。俺の女に手を出すとはな!」その言葉を聞くと、空は目の前の男に向かって唾を吐きかけた。「彼女はお前の女じゃない!」祐介は冷たく笑うと、手を下ろし、くるりと背を向けた。「じゃあ、お前の女だとでも言うのか?教えてやるよ。俺と夏美は幼馴染だ。長年の絆があるんだ。お前なんか、彼女にとってどうでもいい存在だ」その言葉を聞いて、空は思わずあざ笑った。「そうか?だったら、なんで彼女はお前の元からいなくなったんだ?」「お前は……」祐介は目の前の男を見つめ、一瞬、返す言葉を失った。再び指を鳴らすと、ボディーガードたちが前に進み出た。彼らに殴る蹴るの暴行を受け、空の顔は見るも無残に腫れ上がった。彼の鼻血がぽたぽたと床に落ちる中、祐介は、再び歩み寄った。「言っておくぞ。これは最初の警告だ。それでも言うことを聞かず、夏美に近づくなら、次がどうなるか、保証はしない。知ってるぞ。お前は小さい頃から、父親が浮気してるから、お前にとって上田家なんてどうでもいいと思っているようだな。だが、お前には死んだ彼女がいたな。その彼女の墓が……」「彼女に指一本でも触れてみろ!」その言葉に、祐介は笑みを浮かべた。「ほらな。お前にも大切なものがあるじゃないか」そう言うと、彼は背を向けて去っていった。次に目を覚ました時、空は病院のベッドの上にいた。あたりには、ツンとした消毒液の匂いが立ち込めていたのだった。その傍らの椅子には、夏美が座っていた。空が目を覚ますと、彼女は水の入ったコップを差し出した。「どう?まだ痛む?今朝、病院から電
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第18話

その瞬間、祐介の心臓が、ちくりと針で刺されたように痛んだ。「なんで俺が謝らなきゃいけないんだ?」夏美は何も言わず、スマホを彼の前に押し出した。画面には、空の痛々しい傷跡がはっきりと写っていた。「こいつのためか?」「ええ」その言葉を聞いて、祐介は力なく笑った。「本気か?夏美、俺たちの長い付き合いは、彼と過ごした時間に敵わないというのか?」そう言う彼のかすれた声には、隠しきれない疲れがにじみ出ていた。しかし、目の前の夏美はそのことに気づかず、あざけるように言った。「長い付き合い?結局、戸籍にすら入れてもらえなかった関係じゃないか?」その言葉に、祐介は思わずうつむき、夏美の目を見ることができなかった。「すまない、夏美、俺は……」その様子を見て、夏美は鼻で笑った。「私たちにやり直す余地なんてあると思っているの?もう全部知っているのよ。あなたは私をすごく大事にしてくれたけど、私の体に長い針が刺さるのを、それでもただ黙って見ていたじゃない。私があなたのお母さんを見返したくて子どもを欲しがった時も、あなたはどうしていた?無茶をしようとする私を止めるどころか、逆に妊娠できないように私のミルクに薬を盛ったじゃない……」そこまで言うと、夏美はだんだん感情的になり、涙がこぼれ落ちた。でも、彼女はそれをすぐに拭うと、話を続けた。「両親が亡くなった時、あなたはずっと私を愛してくれるって、そう信じていた。でも違った。あなたたちはみんな同じ。あなたも、あなたの両親も、人殺しよ」その言葉に、目の前の祐介は顔を上げた。その目は罪悪感に満ちていて、彼は慌てて弁解した。「すまない、夏美。あの時、俺の両親が君の両親を陥れたこと、俺は知らなかったんだ。それに……おばさんの件は俺じゃない。梨花なんだ、あいつが……」「もうどうでもいいわ、祐介。あなたが真実を知りながら私に隠して、嘘をついて、結婚詐欺まで仕掛けたんだから。その瞬間から、私たちの関係はもう終わっているの。それに、私たちにも子どもがいたの。でも結局……」その言葉に、祐介は驚いて顔を上げた。その目には後悔の念が浮かんでいた。彼は手を伸ばしかけたが、また引っ込めた。そして彼は心臓がえぐられるように、ひどく痛んだ。「謝って。空さんに謝るのよ」夏美は、強い意志
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第19話

救急車と警察が駆けつけると、二人はすぐに病院へ運ばれた。次に目が覚めたとき、夏美はベッドの上にいた。医師の話では、大事には至っていないそうだ。ただ、長いあいだ縛られていたせいで手足が赤く腫れているから、薬を塗っておけば大丈夫だということだった。しかし、彼女は目を覚ましてから、祐介が半殺しにされる光景が、まるで映画のようにはっきりとずっと目の前に残っているのだった。彼女は勢いよく布団をめくり、ベッドから降りようとした。しかし、誰かに腕を掴まれた。それは病衣を着た空だった。「ショックを受けたんだから、先生がゆっくり休むようにって言ってたよ」だが、夏美は何も言わず、ただひたすら行こうとするばかりだった。その様子を見て、空は低い声で言った。「彼は大丈夫だ」その言葉を聞いた瞬間、夏美はベッドにへたり込んだ。二人はもう別れている。この先、やり直すチャンスもないだろう。それでも、自分のために祐介があんな目に遭うのを見て、罪悪感を覚えずにはいられなかった。「彼は、家族に引き取られて国内に帰ったよ。先生の話では、身体に大きな問題はないみたいだ。ただ、しばらく入院して様子を見る必要があるって。精神面は……カウンセリングが必要になるかもしれないって。事件の捜査結果も出た。梨花の仕業だ。警察の話だと、梨花は前に祐介に精神病院に入れられたけど、そこの医者を手懐けたらしい。そして、その医者を利用して、ある大物に取り入った後、彼女は金も家もいらない、ただ君たち二人が死ぬほどの苦しみを味わせてやりたいとその大物に頼み込んだそうだ。事件が明るみに出て警察が捜査に乗り込んで初めて、その大物には奥さんがいたことがわかった。今となってはその大物も逃げ出して、梨花は警察に身柄を確保されたようだ」夏美は、空がどこでそんな情報を手に入れたのか分からなかった。ただ、事件の真相を知ったその瞬間、彼女は胸が痛み、やるせない気持ちに襲われ、そしてすべてが虚しく思えた……そんなあらゆる感情が波のように一気に押し寄せてきたことで、彼女は捌け口を見いだせずに途方に暮れてしまい、ただ、黙って涙を流すしかなかった。2週間後、梨花の裁判が開かれた。夏美は空と一緒に裁判所へ向かった。そこで、夏美は車椅子に乗った祐介の姿を目にした。先の事件は祐介にとっ
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第20話

その知らせを聞いた時、祐介は車椅子に座り、母親の陽子と激しく言い争っていた。かつての夏美の両親の件にしろ、今の夏美との別れにしろ、陽子はまるで寄生虫のように、四六時中、彼の人生に干渉してきた。以前は、母親が女手一つで自分を育ててくれたことに、感謝していた。しかし今、次から次へと予期せぬ出来事が起こり、そのすべてに、彼女の仕業があったように思えてならないのだ。「じゃあ、あなたがそんな姿になったのは、すべて私のせいだと言いたいの?」陽子はソファに座り、涙に濡れた瞳で目の前の息子を見つめた。「ああ」祐介はテーブルの上のものを床に叩きつけた。彼は眉間に深くしわを寄せ、その瞳は怒りで真っ黒に染まっていた。陽子のことを、まるで汚物でも見るかのような目で睨みつける。「でもね、私が二宮家に手を下していなければ、今の私たちがあったと思う?」その言葉は鋭いナイフのように、祐介の心を深くえぐった。彼は何も言わず、ただ黙って陽子を見つめるだけだった。やがて、陽子は祐介の、感情のこもらない冷たい声を聞いた。「誰か。母を精神病院へ送れ。彼女は精神に異常をきたしている。厳重な監視が必要だ」その瞬間、陽子は床にへたり込んだ。部屋は静まり返り、彼女はこれまで息子を思う気持ちが木っ端みじんに砕かれたように感じた。一方、カフェに戻った夏美は、ある決心を固めていた。このカフェを売ろうと。「え?このカフェ、手放すつもりなのか?」隣で、空が驚きの声を上げた。「本気かよ、夏美。なんで売るんだ?せっかく繁盛してるのに」「理由なんてないわ。ただもうカフェを続ける気がしないの。小説を書きたい」夏美の落ち着き払った様子を見て、空は少し黙り込んだ。そして、目の前のコーヒーを一気に飲み干して言った。「なら、俺に譲ってくれよ。ちょうどカフェをやりたいと思ってたんだ」その日を境に、空がカフェのオーナーになり、夏美は小説を書き始めた。最初のうちは、何もかもが謎めいてきた。なにしろ、彼女はこれまで小説一冊すらまともに読んだことがなかったのだ。それでも、たくさんの本を読むうちに、少しずつ筆を進めることができるようになった。小説サイトと契約し、夏美は少しずつ更新を重ねていった。祐介との物語を書き上げることで、この恋にようやく別れを告
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