All Chapters of 入籍しないなら…兄嫁になります!~冷徹社長に溺愛される日々~: Chapter 711 - Chapter 720

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第711話

修司がその広く逞しい体躯でそこに立つだけで、空間がいくぶん窮屈に感じられた。梨乃は驚きの表情をすっと隠し、口を開く。「星野さん、お気遣いありがとうございます」歩み寄り、修司の手から花を受け取ると、裕也の顔が頭をよぎり、思わずこう付け加える。「次はもうお気遣いなく。実は絵里、スミレは好きじゃないんです」「ほう?」修司は視線を絵里の顔に移し、花を梨乃に渡しつつ尋ねる。「じゃあ、何が好きなんだ?」梨乃はあっさりと答える。「藤原裕也さんが好きなんです」修司の口角は上がったままで、その瞳には面白がるような、すべてを見透かしたような色が浮かぶ。「……」絵里は言葉を失う。場の空気が、妙に気まずくなる。だが梨乃は全く意に介する様子もなく、花を抱えたまま肩をすくめる。「絵里を助けてくれたそうですね。そのことには、きちんとお礼を言わなきゃいけません。でも、藤原社長の性格からして、私が出しゃばるまでもないでしょうね。彼が絵里の代わりに、しっかりと感謝するはずですから」何を言うにも裕也を引き合いに出す。明らかにわざとだ。「水原さんを助けたのは、ただのついでだ。気にするな」修司も負けじと言い返す。「それに、感謝されるにしても、本人から直接礼を言われるべきだろう」梨乃は皮肉っぽく口元を歪める。「星野さんは、本当に目的がはっきりしてますね」修司は気怠げに彼女の視線を受け止める。「褒めてくれてどうも」「……」梨乃は毒気を抜かれる。「梨乃、私、星野さんと少し話すわ」絵里が小声で口を挟む。その声はまだ弱々しく、力がない。梨乃は彼女に頷く。「花を活けてくるね。あまり無理しないでよ」その言葉には、長話をしないようにという気遣いが込められていた。修司と郁江の関係を考えるだけでも、梨乃は彼に対して微塵も好感を抱けない。梨乃は花を抱え、ついでに花瓶を手に取って病室を出て行き、二人のために空間を空ける。ドアのところまで来ると、彼女は足を止め、ボディガードに言いつける。「気をつけて、絵里をしっかり守ってね」病室の外に控えていた二人のボディガードは、厳粛な面持ちで深く頷く。「承知いたしました」梨乃は病室のドアを深く見つめ、言い知れぬ不安を覚える。裕也が怒らなければ
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第712話

絵里の胸がざわつき、その意味を悟る。誰かが俊介を唆し、自分の命を狙わせたのだと。そして、その黒幕は推測するまでもなく洋二だ。絵里は胸の痛みと怒りを覚えながらも、蒼白な顔で修司をじっと見つめ返す。「星野さん、もっとはっきり言ってくれないか?誰が小針に指示したのか、証拠はあるの?」「なんだ、俺を信じないのか?」修司は気を悪くした様子もなく、スマホを軽く振ってみせる。「真相を知りたいなら、データを送ってやる。早く新しいスマホに替えることだな」ちょうどその時、裕也と隆が病室の前に到着する。ドアの外から足音が近づいてくるのを聞きつけ、修司はすべてを察したように伏し目がちになる。そして不意に身を乗り出し、絵里の顔のすぐそばまで近づくと、声を潜めて囁く。「人を疑う心は持っておくべきだ。たとえ、お前を愛している人間であってもな」病室の入り口に背を向け、彼女に覆いかぶさるような修司のその姿勢は、まるで親密な行為に及んでいるかのようだった。裕也と隆が病室のドアを押し開けて入ってくる。二人の位置から見ると、修司の体勢は極めて際どいものだった。まるで、絵里にキスをしているかのように。二人は思わず立ち尽くす。「お前……」裕也が冷たい声を絞り出し、大股で歩み寄るなり修司の肩を掴み、乱暴に突き飛ばす。血走った目で修司を睨みつける。「ここで何をしてる?」絵里は呆然としていた。修司の言葉は、見事に彼女の心に不安の種を植え付けていた。裕也の険しい表情を見て、彼女は弁解しようと口を開きかける。「水原さんと少し内緒話をしていただけさ。嫉妬したのか?」修司が絵里を遮って口を開く。その唇には面白がるような笑みが深く刻まれ、言葉の端々に皮肉が滲んでいる。「藤原さんも少しは反省すべきじゃないか?なぜ水原さんが何度も怪我をする羽目になるのか。そして、彼女が傷つき、一番お前を必要としている時に、お前はどこで何をしていたんだ?」その声は決して大きくはないが、病室にいる全員の耳にしっかりと届く。隆が怒りを露わにし、足早に修司の前に進み出る。「おい、いくらなんでも喧嘩を売りすぎだろ。なんだ、お姉さんの果たせなかった悲願でも引き継いで、二人の仲を裂こうって魂胆か?星野家の連中が揃いも揃ってろくでもない真似ば
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第713話

絵里の問いかけは単刀直入だが、その瞳に変わった様子は微塵もない。蒼白な顔には淡々とした表情が浮かび、今にも倒れそうなほど虚弱に見える。裕也は眉をひそめ、喉仏を何度か上下させると、漆黒の瞳の奥に忍耐の色を走らせる。「考えすぎるな。事件はまだ調査中で、今のところ誰の仕業かは判明していない」その声は掠れているが、深い愛情に満ちている。彼は彼女の手をきつく握りしめ、自身の頬に当てて、愛おしむようにそっと擦り寄せる。だが、絵里の瞳は微かに翳る。修司の言う通りだ。裕也は本当のことを言うつもりはない。「うん、じゃあ調査をお願い。わかったら教えてね」絵里はそれ以上問い詰めない。裕也の瞳に一瞬驚きが走り、彼女の感情を探るように絵里をじっと見つめる。修司が絵里に何を吹き込んだのかは定かではないが、奴が彼女に下心を抱いていることだけは確信できる。度重なる意図的な接触は、決して偶然ではない。特に先ほどの修司の態度、そして絵里のあの言葉……恐らく、修司は彼女に余計なことを吹き込んだに違いない。「ああ」裕也の眼差しは、何かを耐え忍ぶように暗く沈んでいる。絵里はさりげなく手を引き抜き、ひどく疲労した面持ちで呟く。「疲れたわ」その言葉には、どこか別の意味が込められているように聞こえた。裕也は胸を突かれ、身を屈めて彼女の額にそっと口づけをする。「わかった。ゆっくり休んで。ここでずっと傍にいるから」絵里はそれを聞き、か細く柔らかな声で小さく頷く。裕也を問い詰めるわけにはいかなかった。修司の言葉に対して、まだ半信半疑だからだ。待っている。裕也がまだ判明していないと言うのなら、彼を信じよう。ただ、嘘だけはつかないでほしい。裕也はベッドの傍らに座り、彼女が眠りにつくまで、その手をしっかりと握り続けている。一緒に来ていた隆は、病室の外で待機している。中の様子が気がかりだが、物音一つ聞こえてこない。どうやら大事には至っていないようだ。彼は密かに安堵の息を漏らす。ふと顔を上げると、ストックが活けられた花瓶を抱えて戻ってくる梨乃の姿が見える。「外で突っ立ってどうしたの?中に入らないの?」梨乃は隆の前まで来ると、不思議そうに尋ねる。隆は彼女の問いには答えず、逆に問い返す。「さ
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第714話

梨乃は愛想よく微笑み返す。「ええ」そう言いながら、視線は章へと向けられるが、ほんの一瞬かすめただけだった。二人の視線が交わることはなく、章は穏やかな眼差しで彼女を見つめた後、静かに目を伏せる。梨乃はそれに全く気づかず、何事もなかったかのようにエレベーターの奥へと一歩下がる。花音と章が前後して乗り込んでくる。狭いエレベーターの中で、梨乃は瞬時に空気が薄くなったように感じる。花音が話題を探すように梨乃に尋ねる。「小林さん、足の怪我はもうよくなりましたか?」「順調に回復して、もうすっかり大丈夫です」梨乃は仕方なく相槌を打つ。花音と世間話をするほど親しい間柄だとは思っていない。しかし花音はそうは思っていないようで、手を変え品を変え話しかけてくる。「小林さんはモデルさんだから、足は特に大切ですよね。章、あなたの腕がいい証拠ね。小林さんがこんなに早く回復できたのも、あなたの医術のおかげだわ」「当然の務めを果たしたまでだ」章の口調は淡々としている。梨乃は片隅に立ち、二人は彼女の向かい側で斜めに身を向けている。顔を上げれば、すぐに章の知的な顔立ちが目に入る。梨乃は一瞥しただけで素早く視線を逸らし、無理に作り笑いを浮かべる。「今度、松渕先生に感謝状でも贈らないとね。しっかりお礼をしないと」花音は終始微笑みを絶やさず、その視線は探るように梨乃の全身を這い回っている。「小林さんが感謝状を贈るなんて、意外ですわ」梨乃は返事をせず、うんざりしたように黙り込んだ。こんな気まずい会話、していてもつまらない。十数階から下りるのが、これほど長く感じられるとは思いもしない。立っているのが苦痛になるほどの長さだ。幸い、エレベーターはついに一階へと到着する。ドアが開き、花音が先に降りる。章が足を踏み出そうとしたその時、眼鏡越しの目がふと横を向き、梨乃を流し見る。「感謝状には及びませんよ。小林さん、別の方法を考えてみてください」梨乃はハッと息を呑む。章はすでにエレベーターを降り、花音と肩を並べて外へ向かって歩き出している。梨乃は背後から遠ざかる二人の姿を見つめるが、その視線は章の背中に釘付けになったまま、いつまでも離れない。洗練された着こなしが、章の長身と足の長さをさらに際
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第715話

これ以上断れば、かえって何か隠しているように思われかねない。「それじゃあ、お言葉に甘えます」梨乃は後部座席のドアを開け、車内に乗り込む。彼女がシートに落ち着くのを見計らい、章はゆっくりと車を発進させる。道中、彼と花音はとても親しげに会話を交わしている。医学の専門的な話や、大学時代の思い出話などだ。梨乃はその場にひどく馴染めていないように感じる。そんな二人のやり取りを見ていると、梨乃は改めて思わずにはいられない。二人はまるで運命に導かれたような、よく似合う二人なのだと。「先に私を送って。章、その後に小林さんを送ってあげて」その時、花音の声が響き、梨乃は我に返る。「わかった」章の声は澄み切っていて、心のざわめきを払い落としてくれるかのように心地いい。声が良いとは、ここまで人の心を惹きつけるものなのかと、梨乃は思い知らされる。章は先の交差点でハンドルを右に切り、ほどなくしてマンションの敷地内に入って車を停める。「それじゃあ、私はここで。小林さん、またお会いしましょう」花音はシートベルトを外し、ドアを開ける。梨乃は彼女に微笑みかける。「さようなら、赤松先生」花音は優しい笑みを浮かべたまま車を降りると、車の横に立ち、身をかがめて車内の二人に手を振る。「じゃあ、お先に。章、小林さんをちゃんと家まで送り届けてね」花音の甘く優しい声は、聞いていてとても心地がいい。こんな女性、嫌いになる男なんているのだろうかと、梨乃は内心で感嘆する。「ああ。気をつけて上がれよ」「うん」花音は再び梨乃に微笑みかけ、まるで章と夫婦であるかのように、客人である自分を自然に気遣っている。そんな考えが頭をよぎったせいか、章に送ってもらう道中、梨乃はずっと押し黙っている。梨乃と章が住んでいるマンションは隣同士だ。どちらも都心の一等地で、道路を一本挟んだだけの距離にある。「絵里のことは、もう全部知っているんですか?」車を走らせてしばらくすると、不意に章が沈黙を破る。ルームミラー越しに、後部座席の梨乃をちらりと見る。梨乃はハッとする。彼から話しかけてくるとは思わず少し驚くが、よそよそしく事務的に答える。「ええ、大体は把握しています」彼女の意図的な冷たさは、章の予想外だった。
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第716話

だが、梨乃は気にしない。車のドアを押し開け、さっさと降りる。何かを言う間もなく、章は車を発進させ、テールランプさえも瞬く間に視界から消え去る。「……」梨乃は呆気にとられる。自分は悪魔か何かなのだろうか!あんなにも逃げるように去っていくなんて……絵里が入院して数日が経つ。治夫に心配をかけまいと、裕也に頼んで急いで新しいスマホを買ってきてもらい、しばらく海外へ行くと治夫に電話で伝えている。交通事故の件は裕也が報道を揉み消したため、大々的なニュースにはなっていない。治夫は疑うことなく、体に気をつけるように、仕事で無理をしないようにと絵里に念を押す。また、丈裕と連絡が取れないとも口にする。絵里は丈裕のスマホが壊れたのだと、適当な口実を作って誤魔化す。じいちゃんをうまくやり過ごし、ようやく胸を撫で下ろす。何しろこの大事な時期だ。じいちゃんにはゆっくり療養してもらう必要があり、刺激を与えるわけにはいかない。午後になり、警察が通常の事情聴取にやって来る。事故の経緯を一通り聞き終えると、高木警部は今回の事件が悪質な殺人未遂として扱われていると告げる。現在、緊急捜査が進められているという。「すでに特定は済んでいます。あなたを狙ったのは、ある裏社会の組織の人間です。その組織は小針俊介と関わりがありますが、警察が現在把握している証拠だけでは不十分であり、さらなる捜査が必要です」「わかりました。何か進展があれば教えてください」絵里は礼を言う。事故が発生してから、すでに四、五日が経過している。体調は随分と回復したが、捜査に関しては一向に進展が見られない。高木警部は頷く。「ご安心を。必ずお伝えします。それでは、どうかゆっくり休んでください」「はい、お手数をおかけします」高木警部は部下を連れて病室を後にする。彼らが立ち去った直後、絵里のLINEに一つのデータが送られてくる。その資料には、洋二と俊介が裏で金銭的なやり取りをしていることが示されていた。しかも、彼女が事故に遭う前日のことだ。洋二から俊介へ、五億円が送金されている。一緒に送られてきた他の資料もすべて、洋二が今回の事故に関与していることを指し示している。修司からのメッセージだ。【これらについて、彼はお前に何も話し
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第717話

「今のところ、奴が関与しているという証拠は出ていない」裕也は穏やかに顔を上げ、その暗い瞳の奥に慎重な探りの色を潜ませる。「どうして急にそんなことを?」絵里の胸に、鋭い痛みが走る。名状しがたい感情が込み上げてくる。失望というよりは、むしろ信じられないという思いの方が強い。「何の手がかりもないの?」「車で襲撃してきた実行犯たちはすでに見つけ出した。すぐに結果は出るさ。絵里、しばらくゆっくり休むことだけを考えてくれ。残りのことは俺が処理するから」絵里は胸の奥が熱くなるのを感じる。それ以上は何も言わず、口元に笑みを浮かべて頷く。「うん、あなたを信じるわ」裕也の目を真っ直ぐに見つめ返す。その眼差しは、この上なく揺るぎない。彼を信じるべきだ。そう思う。二人が共に歩む上で、何よりも大切なのは信頼なのだから。他人の無責任な言葉に惑わされて、自分の命すら投げ出してくれた男を疑うわけにはいかない。裕也は彼女の頬を優しく撫でる。その深い瞳に、柔らかな笑みが浮かぶ。「その言葉だけで十分だ」愛おしそうに身をかがめ、絵里の鼻先に軽くキスを落とす。「冷めないうちに食べなさい。温かいうちが美味しいから。すっかり良くなったら、一緒に美味しいものでも食べに行こう」「ええ」絵里の唇に、ふわりと笑みが咲く。裕也がスプーンを口元へ運んでくれる。彼女もそれに合わせて、一口、また一口と食べ進める。あっという間に、食事は平らげられる。彼は昼休みの時間を利用して来ており、二時過ぎには帰らなければならない。病室を出る前、身を屈めて絵里の額に愛おしげな口づけをする。「疲れたら眠るといい。夜になったら、また顔を出すよ」「うん、お仕事頑張ってね」裕也が病室を出ると、廊下で待機していた健が後へ続き、共に階下へと向かう。車に乗り込むと、裕也は腕時計に視線を落とす。「手はずはどうなっている?」「すべて順調です」健が状況を報告する。「洋二様が会社に顔を出さなくなってから、ここ二日ほどは数名の役員とゴルフに行かれているだけで、表立った動きは見られません」「引き続き監視しろ」裕也の視線は、腕時計に釘付けになっている。これは絵里からの贈り物であり、毎日欠かさず身に着けている。しばらくそれを見つめていた裕也の
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第718話

「躊躇した時点で負けだ。お前らがビビってるってんなら、これから俺がうまい汁を吸わせてやらなくても恨むなよ」俊介は傍らにいる豊満な女を抱き寄せている。視線を送るだけで、女は気を利かせて葉巻を手に取り、手慣れた様子で火をつけて両手で差し出す。俊介は満足げに笑い、彼女の腰の肉を軽くつねる。「昨夜、あれだけ可愛がってやった甲斐があったな」彼は葉巻を受け取ると、ゆっくりと一口吸い込み、紫煙を吐き出しながら眉をひそめて男たちを見回す。男たちは皆、柄物のシャツにスーツを合わせ、シャツの襟をスーツの襟の外に出している。その服装は異様なほど統一されている。その中の一人、頭に虎の刺青を入れた中年のスキンヘッドの男が、凶悪な面構えで口を開く。「俊介様の言う通りだ。水原なんざ恐るるに足らねぇ。他の名門も余計な真似はしねぇだろうし、この隙に一発デカいシノギをかっさらうのが一番だ」一方、若い坊主頭の男は、一重まぶたの鋭く用心深い目を光らせる。「藤原が水原のバックにつくとは思わねぇのか?いざって時に後悔しても遅ぇぞ」彼は掛橋修平(かけはし しゅうへい)。もみあげの辺りには、かつての抗争で負った刀傷が残っている。手の中でナイフを弄び、面長な顔には一切の感情が浮かんでいない。一目見ただけで、関わってはいけない人間だとわかる風貌だ。「修平、死ぬのが怖ぇなら手を引け!この腰抜けが!」スキンヘッドの男が机を叩き、彼を指差して怒鳴りつける。修平の口角が吊り上がる。突如として立ち上がると、目にも留まらぬ速さでスキンヘッドの男の頭を掴んで机に押さえつけ、ナイフの切っ先をそのこめかみに突きつける。「もう一度言ってみろ」修平はナイフを握りしめ、こめかみに狙いを定める。あと数ミリで肉に食い込むというところで、スキンヘッドの男は恐怖のあまり全身をガタガタと震わせ、額から冷や汗を吹き出す。その場にいた全員が息を呑む。スキンヘッドの男は即座に態度を翻す。「ま、待て待て待て!同じ道で生きてる仲じゃねぇか。そんなに熱くなるなよ」俊介が険しい顔つきになる。「修平、何の真似だ。俺の目の前で舐めた真似してんじゃねぇぞ!」修平は冷ややかな視線を彼に向ける。その時、俊介のスマホが鳴る。電話に出ると、向こうから慌てふためく声が聞こえてく
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第719話

一瞬にして、室内の空気が張り詰める。裕也は数人の屈強なボディガードを引き連れて現れる。彼らは一様に隙のない身のこなしで、次々と拳銃を抜き、俊介たちに銃口を向ける。俊介は顔を真っ赤にして怒鳴りつける。「何血迷ってんだ!」「まだ俺の口から説明が必要か?」裕也は唇から紫煙を吐き出す。骨ばった長い指にタバコを挟み、視線だけで合図を送る。ボディガードたちが即座に俊介を取り押さえる。裕也は持っていたタバコを俊介の額に押し当て、ゆっくりと揉み消す。「彼女には手を出すなと警告したはずだ。それなのに、お前はわざわざ死に急ぐのが好きらしいな」「ぎゃああっ!」俊介が悲鳴を上げるが、誰一人として近づこうとはしない。その場にいる全員が恐怖に震え上がっている。G市の裏社会で、裕也の冷酷無比さを知らない者はいない。絶大な権力を持ち、その背後には底知れぬ組織の力が控えている。普段なら、どれほど残酷な制裁を下すにしても、彼自身が手を下すことは決してない。だが、今日は例外だ。俊介はギリギリと拳を握りしめ、目を血走らせて叫ぶ。「てめえ、汚い真似しやがって!」彼が長年、何事もなく平穏に仕切ってきたシノギの数々。それがたった一日の間に、大半の店や拠点を潰されたのだ。表向き経営している投資会社にまで警察の組織犯罪対策部が踏み込んできた。裕也の差し金であることは明白だった。周囲の人間は一歩も動けない。スキンヘッドの男は修平に押さえつけられたまま、俊介の惨状を目の当たりにして生きた心地がしない。「絵里は俺の女だ。あの交通事故がどうやって起きたのか、お前が一番よく分かっているはずだ」裕也は片手でスーツのボタンを外し、ゆっくりと歩み寄る。「この落とし前は、俺自身がきっちりつけさせてやる」ドゴッ――!裕也の拳が、俊介の顔面に容赦なく振り下ろされる。何度殴りつけたのか分からない。飛び散った鮮血が裕也の頬を汚す。俊介は虫の息で床に倒れ伏す。大の字になり、顔も頭も真っ赤に染まっている。むせ返るような血の匂いが室内に充満する。裕也は胸元からハンカチを取り出し、手の甲に付いた血を優雅な手つきで拭い取る。「水原と絵里に手を出したい奴がいるなら、いつでも相手になるぞ」そう言い放ち、陰惨な眼差しがその場にいる全員
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第720話

この前、洋二が会長代行の職を解任された時、和也は不審に思っていた。だがその時は、絵里が交通事故に遭ったことなど知る由もなく、深くは考えなかった。今夜、修平の部下から話を聞いて、初めてそれほどの大事件が起きていたことを知ったのだ。「父さん、答えてくれよ。一体どういうことなんだ?」和也は焦燥に駆られて声を荒らげる。洋二は苛立ちを隠せず、怒鳴りつける。「黙れ!お前のためにここまで手を回してやらなければ、こんな事態には陥っていなかったんだ!」和也は足元から崩れ落ちるような感覚に襲われる。まさか本当に、自分と関係があったなんて……このところ、彼は必死に絵里に歩み寄り、心を入れ替えて彼女の許しを請おうとしていた。それなのに、両親は幾度となく自分の努力を水の泡にし、あろうことか絵里の命まで奪おうとしていたとは。「どうしてだ?俺と絵里をくっつけたいからって、彼女を殺そうとするなんて間違ってる。父さん、俺が彼女を好きだっていうのを抜きにしても、彼女は今、裕也の妻なんだぞ。どうしてこんな真似を……」和也は理解に苦しみ、瞳に痛切な色を浮かべながら、発狂したように自分の髪を掻き毟る。これでは、どんな顔をして絵里に会えばいいのかわからない。洋二はそんな息子の不甲斐ない姿を見て激しい怒りを覚え、その胸ぐらを乱暴に掴み上げる。「裕也の奴は感情に流されて、藤原の株の20パーセントを絵里に惜しげもなくくれてやった。お前まで愚かな真似をするつもりか?これだけのことが起きて、まだ絵里と一緒になれるとでも思っているのか?あいつがどれだけ頭が空っぽでも、二度とお前を選ぶことなどあり得ない、それがわからんのか!裕也は今、俺を破滅させ、藤原家が心血を注いできたものを台無しにしようとしているんだ。まだそんなくだらない色恋沙汰にうつつを抜かすつもりなら、今すぐ藤原家から出て行け!」洋二は忌々しげに和也を突き飛ばし、苛立たしげにネクタイを荒々しく引き緩める。和也はソファに倒れ込み、魂が抜けたように呆然としている。聞いたばかりの事実が、どうしても信じられなかった。絵里のことを思うと胸が張り裂けそうだったが、同時に父の言うことにも一理あるとわかっていた。今は父が本社から追い出されただけだが、すぐに自分の番が回ってくるだろう。争
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