「彼は私に借りなんてないし、私だって彼に借りはないわ」絵里はドアを開け放ち、きっぱりとした足取りで出て行った。章は、この二人、揃いも揃ってひねくれているなと思った。彼はその後を追って部屋を出る。絵里は梨乃と共に、廊下の突き当たりにあるエレベーターホールへと真っ直ぐに向かっている。章はそれ以上追いかけることはせず、きびすを返して廊下の反対側へと歩き出す。歩きながら、隆に電話をかける。「お前も、命の恩人がどうのって話を絵里に伝えるのはやめとけ。裕也が言った通り、知ったところでどうにもならない」感情のこもらない淡々とした口調で言う。隆はデスクの前に座ったまま、解せないというように眉をひそめる。「どういうことだ?絵里は裕也に対して、これっぽっちも感情がないってのか?あの時助けたのが裕也だって知っても無駄?」「最近起きたことも忘れたのか?裕也があいつをかばって刺されたことも、自分の母親を刑務所に送ったことも、あいつは知ってるくせに、裕也に対して一線を引いたままだろ」「でも、それとこれとは話が別だろ……」隆は反論しようとしたが、次の言葉が続かなかった。以前、絵里と和也のことにそれほど関心がなく、絵里に対する印象もごく普通のものだった。ただのわがままな令嬢が、恋に盲目になり、和也を追いかけ回しているだけだと思っていた。だが少し前になって、ようやく不自然な点に気づいた。絵里はかつての命の恩人を人違いし、感謝の念と恋心を取り違えたからこそ、和也と付き合うようになったのではないかと疑い始めたのだ。「他人の心配をする暇があるなら、自分の心配でもしたらどうだ。今年、会社の売り上げはいいのか?また実家で役立たず呼ばわりされないようにな」章は決して意地悪な人間ではないが、相手の急所を的確に突く術を心得ていた。医者という職業柄、そういうスキルが自然と身についたのかもしれない。隆はバツが悪そうにぼやく。「わかったよ、白けるな」通話を切り、スマホを机の上に放り投げた。コンコンとドアをノックして、霞が入ってくる。愛らしい顔をびくびくと伏せながら、デスクの前まで歩み寄る。「社長」霞の声は小さく、微かに震えている。隆は、彼女が絵里の脚本執筆を通じて知り合った友人であることを知っていた。ここ最近の
Read more