その後、いろいろして一息ついて時計を見たタイミングで、陸翔兄さまから「20時に予約をした」との連絡が十分前にあったことに気づいた。スマホの通知履歴を確認しながら、私は思わず「しまった」と小さく声を漏らす。忙しさにかまけて、返信すらできていなかったことに、急に胸がざわついた。一日中パソコンの前に、部屋着のままで座っていた私は、慌てて準備を始めた。椅子から立ち上がると、思った以上に身体が硬くなっていて首を回した。指定されたレストランは、私が昔から好きだったイタリアンレストランで、ドレスコードがあるお店だ。白いテーブルクロスと、ほんのり香るオリーブオイルの香り、そして照明の落とされた落ち着いた空間――大学時代、何度か友人と訪れたことがある、静かで上品な雰囲気の店。まさかこんな形でまた行くことになるとは思わなかった。クローゼットを開けると、多くの洋服の中に、こうした場面も見越したようでドレスも数着あった。素材も縫製も上質なものばかりで、どれも一目で良いものだとわかる。まるで、先の展開をすべて読んでいたかのように――その配慮に、胸が少しだけ熱くなる。その中でも、シックなベージュのドレスを選び、着替える。肌なじみの良い淡い色合いが、私の表情を少しだけ柔らかく見せてくれた。露出は少ないのに、ほどよい光沢と落ち感のある素材が、自然と姿勢を正してくれる。大人の女性らしさを静かに演出してくれる一着だった。久しぶりのドレスアップとメイクだったが、意外にも上手に仕上がった気がする。ファンデーションが肌に均一になじみ、チークをのせた頬にほんのり血色が戻る。鏡に映る自分を何度も確認しながら、少しだけ口角を上げてみる。「大丈夫」と心の中で呟いたが、その数秒後、何が大丈夫なのかと思う。あんなことがあったのに、こんな風に自分のみなりを気にした自分に少し自己嫌悪になる。最低限、陸翔兄さまに恥をかかせないためだ。離婚の話をしに行くんだから。小さく息を吐くと、私はバッグを手に取り、深呼吸をしてホテルの部屋を後にした。エレベーターでゆっくりとレストランのあるフロアへ降りていく間も、少しずつ鼓動が速くなるのを感じる。久しぶりに、ちゃんとした場所で食事をする。そんな当たり前のことが、こんなに緊張するなんて――。結婚生活の中で、芳也と食事にいくことなどほとんど
آخر تحديث : 2026-01-10 اقرأ المزيد