私は久しぶりに神田グループ本社ビルを見上げていた。このビルには、グループ本体だけでなく、すべての関連会社が入っている。大阪、名古屋、福岡、そして海外にも多くの支社を持つ神田グループの中心となるこの本社ビル。エントランスに足を踏み入れると、三階分もの高さの吹き抜けが広がっていた。その広々とした空間には、開放的なワークスペースや、洗練されたデザインの受付カウンターがあり、スタイリッシュなカフェやコンビニ、社員向けの飲食店まで並んでいる。さらにはクリニックも完備されていて、このビルの中だけで生活のほとんどが成り立ってしまうほどだ。――もし、大学を卒業してから、あのまま普通に働いていたら、結婚をしていなかったら。思わず、そんな「もしも」に思いを馳せてしまう。今さら考えても仕方がないけれど、あのときの選択のいくつかを違えていたら、人生はどうなっていたのだろうか。少しだけ、時間を無駄にしてしまったような気がして、私は小さくため息をついた。「沙織!」名前を呼ばれて振り返ると、そこには懐かしい顔があった。「芹那!」笑顔を浮かべて手を振ってくれる彼女の姿に、思わず表情が緩む。高めのヒールをコツコツと鳴らしながら歩いてくる芹那は、細身のパンツスーツを完璧に着こなし、見る人すべてを惹きつけるような華やかさを纏っていた。「今日からよろしくね」軽くウインクをして言うその言葉に、私は「こちらこそ」と微笑み返す。「ねえ、今日は久しぶりに飲みに行こうよ。あのクズの話、聞かせてよ」クズ――当然、それは芳也のことだ。中高と同じだった芹那は、私が芳也と結婚した頃からずっと気にかけてくれていた。たびたび相談に乗ってくれた彼女にとっても、芳也のことはあまり好意的に映っていなかったようで、遠慮なくそう呼ぶ。「昔は気弱で、沙織がいなければ何もできなかったくせに、バカな女に捕まるなんて。後で後悔しても遅いんだから」そんな風に苛立ちを隠さず言いながら、芹那はエントランスからエレベーターホールへ向かう。その背筋はまっすぐで、言葉とは裏腹に、どこか頼もしさすら感じた。「もう、いいの。関係ないし」私は苦笑しながらそう言うと、芹那は少し声を落とし、真剣な表情に変わった。「それはそうと――元旦那の会社、さっそくまずいことになってるわよ」「え?」今までの軽口とは打って変わった彼女の声に、
آخر تحديث : 2026-01-21 اقرأ المزيد