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All Chapters of The Last Smile: Chapter 51 - Chapter 60

63 Chapters

STORY 51

いいですね、雰囲気はそのままに、少しだけ地の文を足して大人っぽいトーンに整えてみますね。内容は変えず、余韻と心理描写を少し厚くしました。「ふっ……熱っ!」思わず顔をしかめると、舌先にじんとした痛みが走った。「バカ、いきなり食うからだ」呆れたような声が、すぐ隣から落ちてくる。「うぅ……」情けない声が漏れて、自分でも子どもみたいだと思う。「ほら、水」陸翔兄さまが、すっとグラスを差し出す。その仕草は昔と変わらず、自然で、ためらいがなかった。買ってきてから時間は経っている。とっくに冷めているはずなのに――。わざとらしい言い訳だと、きっと陸翔兄さまも気づいているだろう。それでも、何も言わない。問いただすことも、からかうこともなく、ただ静かに隣にいる。その意味を、私はまだうまく掴めずにいた。「沙織……」低く呼ばれて、胸がわずかに震える。「ん?」半ばやけくそで料理を口に運んでいた私は、手を止め、口元を押さえたまま彼を見る。視線がぶつかった瞬間、なぜか逃げ場を失ったような気持ちになった。「ゆっくり食べろよ」苦笑する陸翔兄さまに、小さく頷いてみせる。叱られているわけでもないのに、胸の奥がじんわりと温かくなった。芳也と結婚して、ひとりで耐えて、仕事を始めて――強くなったつもりでいた。泣かないことも、弱音を吐かないことも、もうできると思っていた。それなのに。彼の前では、小さいころの自分に戻ってしまう――。どうしてなのか、その理由を、まだ言葉にできないまま。閑話 芳也再度、プレゼンをということで、コードシステムの会議室に俺はいた。「いやぁ、素晴らしいプレゼンだったよ。さすがはサクシード・ソリューションズさんだ」コードシステムの社長、小林が満面の笑みを浮かべながら、俺たちを称賛する。美咲の誘いに簡単に乗るバカかと思ったが、俺の仕事が優秀であることは間違いない。この間の沙織の件もあるし、また何か起こったらどうしようかと気を揉んでいたが、幸い俺に歯向かうようなことはなかったようだ。これで、この仕事さえ取れれば、母さんも喜ぶだろう。しかし、美咲とは、これで縁を切ったほうがいいかもしれない。やっぱり、沙織のように俺の役に立つ女じゃないと……。「しかし、この内容はあまりにも……」途中から競合として参加してきた担当者たちが、慌て
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STORY 52

閑話 美咲私は一階のロビーで芳也を待っていた。だが、先にエレベーターの扉が開き、降りてきたのは小林だった。彼の軽薄な笑顔を見て、虫唾が走る。最近は私への扱いも雑になってきたし、そろそろ切り時かもしれない。とはいえ、芳也経由でもらったバッグや贈り物は悪くない。あと少しだけ利用するのも手かしら。そんなことを考えていると、小林が不自然なくらいペコペコと頭を下げているのが目に入った。(……誰?)彼の前を歩く男は、一目でただ者ではないと分かった。整った顔立ちに、モデルのように均整の取れた身体。そして何より、あのオーラ——圧倒的な自信と洗練された雰囲気をまとっている。眼鏡の奥の瞳は冷静に周囲を見渡しながらも、何かを試すような色を帯びていた。明らかに「上」の人間の余裕。小林の態度からしても、相当の地位を持つ男なのは間違いない。小林がちらりと私を見る。目が合うと、私はすぐに立ち上がり、満面の笑みを浮かべて彼に歩み寄った。「小林社長、お疲れ様です」小林は一瞬、戸惑ったように視線を彷徨わせる。私はその間に、さりげなく男に視線を移した。「ご紹介いただけませんか?」「え、あ、ええと……」小林が慌てながら男の方を向くが、その男はにこやかな笑みを浮かべ、穏やかな口調で名乗った。「秋元です」柔らかい微笑み。それでいてどこか探るような視線。(ふふ、男なんてちょろいものよ)私にかかればどの男も落とせる。芳也だって、最初はすぐに私に夢中になったのに、いまさら沙織を気にしたりして、本当に気に入らない。また、あの忌々しい地味な沙織の顔が脳裏をよぎり、つい表情がゆがみそうになるのを耐える。「小林社長とお仕事を?」「え、あ。その……」なぜか小林は少し言葉を濁す。その曖昧な態度に、私は心の中で呆れる。ほんとうに煮え切らない男。すると、代わりに秋元がすんなりと答えた。「ええ、少しお仕事を一緒にさせてもらうことになったので、今日は挨拶に伺ったんですよ」なんてことない言葉なのに、妙に落ち着いた口調が耳に残る。「せっかく知り合ったのも、何かの縁です。これから食事に行くんですが、ご一緒にいかがですか?」秋元の誘いに、私は心の中でガッツポーズをする。(やっぱりちょろいわね)それにしても、小林の態度が妙に気になるけれど……まあ、どうでもいいわ。「よろしいんですか? ぜ
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STORY 53

私はにこやかに応じ、小林も上機嫌で盃を持ち上げる。「乾杯!」グラスが軽く触れ合い、涼やかな音を立てる。酒を口に含むと、ひんやりとした感触が喉を滑り落ち、ふわりと上品な香りが鼻を抜けた。「いやぁ、こういう場所でゆっくり飲むのは久しぶりですよ」小林が早速酒を煽りながら、気楽に話し始める。「いいですねぇ、そういう余裕がある方は」秋元はにこにこと相槌を打つ。その笑顔が妙に気が抜けて見えて、私は軽く笑った。(簡単そうな男?)「秋元さんはどちらの方んですか?」彼のことは最低限聞いておくべきだと、私は問いかける。「私ですか? 一応神田グループ本社にいます」本社勤務だから、小林もこうしてゴマをすっているのか……。平社員だとしても出世する可能性もあるし、つないでおいて損はない。そう思い彼の空いたグラスに日本酒をお酌する。「美咲さんは、こういうお店はよく来られるんですか?」「いいえ、こんな素敵なお店にはなかなか」笑顔で答えると、秋元は少し驚いた様子を見せた。「あなたほどの人なら、よく来るかと思っていました」その言葉にわかっているじゃないと思いつつ、謙遜して見せる。小林はすっかり上機嫌で、話が止まらない。「いやぁ、でもね、仕事ってのは結局、うまく立ち回れるかどうかですよ」「なるほど、立ち回り……ですか」秋元が何気なく言葉を返す。「ええ、やっぱり、人脈とか、そういうのが大事なんですよ」(あー、また調子に乗ってペラペラ喋ってる)私は酒を口にしながら、軽く聞き流していた。正直、小林の話なんてどうでもいい。ただ、今夜のターゲットは秋元。「秋元さんはどう思われますか?」さりげなく話を振ると、秋元は少し考えるような素振りを見せた。「そうですねぇ……」彼は盃を傾けながら、微かに笑う。「僕はまだまだ未熟者なので、皆さんのお話を聞いて勉強させてもらってるところですよ」(あら、謙虚なのね)笑顔で答えると、秋元は少し驚いた様子を見せた。「あなたほどの人なら、よく来るかと思っていました」その言葉にわかっているじゃないと思いつつ、謙遜して見せる。小林はすっかり上機嫌で、話が止まらない。「いやぁ、でもね、仕事ってのは結局、うまく立ち回れるかどうかですよ」「なるほど、立ち回り……ですか」秋元が何気なく言葉を返す。「ええ、やっぱり、人脈とか
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STORY 54

――閑話 芳也「今日はありがとうございました。とても有意義な時間でした」俺は小さく会釈をして、二人に視線を向ける。本当に有意義だったよ。心の中でそう小さく笑う。「秋元さんはどうされるの?」美咲が頬を染め、暗にこれからの展開を期待するような視線を送ってくる。その様子に、胸の奥で嫌悪感がじわりと広がるのを感じながら、表情をゆがめないように気をつける。「まだ社に戻って仕事があるんです」わざと申し訳なさそうな口調で言うと、美咲の瞳がわずかに残念そうに揺れた。だが、すぐにふわりと微笑み、俺にそっと近づいてくる。甘ったるい香水の匂いが鼻をくすぐる。そして、俺の手に何かをそっと押し込む。「お待ちしてますね」ささやくような声とともに、美咲の指先が一瞬、俺の手を撫でるように触れる。見なくても分かる。小さな紙片には、名前と番号が書かれているのだろう。俺は手の中のそれを握りしめないようにだけ気をつけながら、表情を崩さず笑みを貼り付けたままにする。「それでは、お気をつけて」そう言って見送ると、小林と美咲はタクシーに乗り込み、街の灯りの中に消えていった。これから沙織の元夫、佐橋が合流するのか、それとも二人でどこかホテルに消えるのか――そんなことは、どうでもいい。佐橋が佐橋なら、あの女もあの女だ。(まったく、救いようがないな)胸の奥に込み上げる虫唾が走りそうな嫌悪感を、深く息をつくことで押し込める。――その直後。ゆるやかに黒塗りの高級車が俺の前に滑り込んでくる。無駄のない動きで運転手が降り、後部座席の扉を開けた。俺は何も言わずに乗り込み、ドアが閉まると同時にネクタイを緩め、眼鏡を外す。(……連絡先、か)シートに深くもたれ、ゆっくりと髪を指で崩しながら、車窓の向こうに流れる夜景を見つめた。(まったく、救いようがないな)胸の奥に渦巻く嫌悪感を、静かに押し込める。やがて車はレジデンスのエントランスの前で停まる。運転手が再び扉を開き、俺はゆっくりと降りた。玄関をくぐり、上着を脱ぎながら書斎へ向かう。沙織はもう眠っているだろうか。今日は食事をきちんと取っただろうか。ようやく俺に彼女が頼ってくれた。もちろん、何も言われなくても沙織の敵はすべて排除したいと思っている。しかし、相手は沙織の愛した男。そのことが俺に少しだけ躊躇をさせていたこと
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STORY 55

実家の重厚な扉を開けると、幼い頃から見慣れた広いエントランスが目に入る。大理石の床に反射する柔らかな照明、整然と並べられた美術品、そしてふわりと漂う上品な香りがした。先日戻って以来だが、今日はいろいろ話したくて実家に戻っていた。「沙織、おかえり」ダイニングルームの奥、長いテーブルの向こうで、父がワイングラスを片手に微笑んでいた。テーブルにはすでに母が用意した豪華な料理が並び、まるで「おかえりなさい」と迎えられているような気持ちになる。「久しぶりに食事でもどうだ?」「ありがとう」父と向かい合って座ると、すぐにワインが注がれた。クリスタルのグラスの中で深いルビー色の液体が揺れる。久しぶりに飲む実家のワインは、どこか懐かしく、胸の奥が少し温かくなる。ワインを一口飲み干したタイミングで、父がゆっくりと口を開いた。「それで、どうだ?」「……何が?」実家の重厚な扉を開けると、幼い頃から見慣れた広いエントランスが目に入る。大理石の床に反射する柔らかな照明、整然と並べられた美術品、そしてふわりと漂う上品な香りがした。先日戻って以来だが、今日はいろいろ話したくて実家に戻っていた。「沙織、おかえり」ダイニングルームの奥、長いテーブルの向こうで、父がワイングラスを片手に微笑んでいた。テーブルにはすでに母が用意した豪華な料理が並び、まるで「おかえりなさい」と迎えられているような気持ちになる。「久しぶりに食事でもどうだ?」「ありがとう」父と向かい合って座ると、すぐにワインが注がれた。クリスタルのグラスの中で深いルビー色の液体が揺れる。久しぶりに飲む実家のワインは、どこか懐かしく、胸の奥が少し温かくなる。ワインを一口飲み干したタイミングで、父がゆっくりと口を開いた。「それで、どうだ?」「……何が?」「それなのに、あいつが——お前の気持ちが一番大切だとかなんとか、わかったことを言うから、私だって手を下さなかっただけだ」「え?」その意味が分からず問いかけると、父はワイングラスを置き、私をまっすぐに見据えた。「一度でも、お前が愛した男のことだから、お前の気持ちを優先したい。沙織がきちんと気持ちにケリをつけるまで待ちたいと——」陸翔兄さま……。やろうと思えば、父も陸翔兄さまも、芳也などすぐにこの業界から消し去ることは簡単なはずだ。それをしなかったの
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STORY 56

閑話 美咲きらびやかな神田グループの所有するパーティー会場。豪華なシャンデリアが天井から輝き、ドレスアップした人々が優雅にグラスを傾けている。私も芳也にねだって買ってもらったドレスに身を包み、この洗練された空間に溶け込んでいた。そして、今夜同行しているのは——芳也と、その母親。小林は神田グループの一員として出席するため、私たちとは別行動だが、きっとうまく立ち回るだろう。秋元もこちらに引き込んでいるはずだし、問題はない。「本当に、美咲ちゃんのおかげね。こんな素敵なパーティーに来れるなんて」芳也の母が満足そうに微笑みながら言う。私はそんな彼女に優雅に微笑み返した。彼女は沙織のことを嫌っていた。沙織が芳也の婚約者だった頃から、孤児のような身の上の彼女を決して認めようとはしなかった。(まあ、私からすれば、芳也のために尽くしてくれた分、少しは感謝してもいいのかもしれないけど)そんなことを考えながら、ふと視線を上げた瞬間——思わず動きを止めた。——沙織!?目の前に広がる景色の中で、周囲の男性たちがなにやらそわそわと落ち着かない様子を見せている。その視線の先にいたのは——まぎれもなく、沙織だった。(なぜ……?)確かに彼女はコードシステムで働いている。だから、ここにいてもおかしくはない。だが、このパーティーは上層部や選ばれた人間だけが招待される特別な場。それに、彼女はすでに担当から外したはず……!なのに、沙織は何の違和感もなく、にこやかに隣の女部長と談笑していた。優雅な微笑みを浮かべ、まるでこの場が当然のように振る舞っている。私がじっと彼女を見つめていることに、最初に気づいたのは芳也の母だった。「ねえ、芳也! どうしてあの女がこんなところにいるのよ!!」彼女は突然、怒りをあらわにしながら、芳也に詰め寄る。「は?」芳也は、母親の剣幕に一瞬きょとんとしながら、指さされた方向を見た。「沙織……?」最後の言葉が疑問形になったのは、私にも理解できた。今夜の沙織は、まるで別人のようだった。彼女が纏っているのは、今年の新作のハイブランドのドレス。気品あふれるその装いは、どこから見ても洗練され、特別に仕立てられたものに違いなかった。そして——彼女の姿に、この場の誰もが視線を奪われていた。その瞬間、沙織の視線がこちらに向いた。ほん
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STORY 57

「何の騒ぎですか?」低く落ち着いた声が響く。その声に、私はすぐに反応し、秋元さんのもとへと歩み寄った。「この女性が、このパーティーに紛れ込んで場を乱しているんです」そう伝えると同時に、ちらりと沙織の方を見る。彼女は何も言わずにこちらを見返していた。社員かもしれないが、本社の人間が彼女のことを知るわけがない。きっと場違いな存在として、すぐに追い出せるはず。何より、この男も私に気があるのはこの間から明らかだ。ならば、きっとすぐに沙織を排除してくれる。「この人は?」芳也の母親が私を見て、秋元さんに問いかける。「神田グループの方よ」私がそう説明すると、彼女の態度は瞬時に変わった。「先日はうちの息子がお世話になったようですね」さっきまで沙織に向けていた敵意とは打って変わり、愛想のいい笑顔を作りながら、秋元さんに挨拶をする。「ええ、こちらこそ大変お世話になりました」相変わらず穏やかな口調の秋元さん。私は彼にそっと耳打ちする。「あの女性、元夫に未練があるみたいで、泣いてすがりに来たんです。こんな場所まで」困ったものだという表情を浮かべ、彼の反応を伺う。だが、その瞬間、一瞬だけ空気が変わった気がした。(……え?)気のせいだろうか。彼の表情は変わらないのに、今までとは違う何かを感じた。その時、壇上にスポットライトが当たり、神田グループの社長が姿を現した。会場が静まり返る。パーティーの主催者である彼が、何を話すのか——その言葉を待つように、皆が壇上へと視線を向けた。Side 沙織今日、このパーティーが行われる少し前、私は神田家御用達のドレスサロンにいた。そこは銀座の高級ブランドが集まるエリアの一角にあるVIPルーム。重厚な扉を開けると、洗練された空間が広がっている。ふわりと漂う上品な香り、厳選されたシャンデリアの灯りが柔らかく絹のドレスを照らし、壁際には美しく仕立てられた最新のハイブランドのドレスが並んでいる。昔はよくここでドレスを選んだことを懐かしく思い出す。久しぶりに着るドレス。少しだけ緊張しながら、私はいくつものドレスを手に取り、眺めていた。「沙織」不意に聞こえた静かな声に、私は驚いて振り返る。「陸翔兄さま……?」そこに立っていたのは、変わらぬ落ち着いた表情の彼だった。「社長から、今日選びに行っているから、帰りに迎え
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STORY 58

陸翔兄さまは組んでいた足をゆっくり戻し、すっと立ち上がると、近くに控えていたスタッフに静かに何かを指示する。少しして、スタッフが黒いビロードの箱を手にして戻ってきた。「よく似合ってる。あとはアクセサリーがあればいいだろう」穏やかな口調でそう言いながら、陸翔兄さまが視線を向けると、スタッフが箱の蓋を開いた。そこに収められていたのは、繊細なカットが施されたダイヤモンドがちりばめられた、まばゆいばかりのネックレスだった。(こんなもの、私がつけていいの……?)戸惑いがよぎる間に、陸翔兄さまは迷うことなくネックレスを手に取り、私の前へと歩み寄ってきた。そのまま、くるりと肩に手を添え、私の体を鏡の方へと向かせる。「動かないで」低く落ち着いた声に、背筋が自然と伸びる。陸翔兄さまは私の首元へそっと手を伸ばし、丁寧にネックレスをつけてくれる。ひんやりとした宝石が肌に触れ、少しひやりとする。その感覚とは対照的に、陸翔兄さまの指先は温かかった。——心臓の音が、うるさい。鏡越しに陸翔兄さまと視線が交わる。端正な顔立ちの彼が、静かに金具を留める仕草をしているのが、なんだかひどく落ち着かなくて、視線を逸らしたくなる。私は結婚もして、一度は妻としての生活を経験したというのに、こんなことで息が詰まりそうになるなんて。(何をこんなに緊張してるの、私……)ほんの少し、金具を留めるために触れた彼の指先に、意識が集中する。たったそれだけのことなのに、なぜか肌が敏感になったような気がして、鼓動がどんどん速くなっていく。それが、どうしようもなく恥ずかしくて、私はそっと唇を噛んだ。そんな陸翔兄さまが選んでくれたドレスを纏い、私は今日、この会場に来た。父が張り切っただけあり、パーティーの規模は想像以上に大きい。決算報告と達成パーティーという場に、一プロジェクトの発表を入れ込むなど通常ならあり得ない。それに、招待されたのは政界の重鎮や各業界の名だたる社長、役員たち。会場の雰囲気も華やかで、格式の高さを感じさせるものだった。そんな錚々たる顔ぶれの中で挨拶をする予定はまだなかったため、私はVIPが集まるエリアには向かわず、なるべく顔見知りがいない社員たちが集まる場所で芹那と一緒にいた。そんな時だった。会場のざわめきをかき消すように、ひときわ大きな聞き覚えのある声が耳
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STORY 59

しかし——さすがに周囲の人々も、この騒ぎに気づき始め、会場の空気が微妙に変わってきたのを感じる。(そろそろ、まずいかもしれない)そう思ったその時だった。視界の端で、一人の男が静かに現れる。黒縁の眼鏡をかけ、やや長めの髪を無造作に下ろしているが、それでも隠しきれない圧倒的な存在感。——陸翔兄さま。彼が現れた瞬間、それまで騒がしかった場が、ピタリと静まり返る。その圧倒的なオーラをまとった彼を前に、先ほどまでの罵倒もどこか空回りしているように感じる。それでも、美咲さんはこれ見よがしに陸翔兄さまに言葉をかけ、必死に何かをアピールしている。だが、陸翔兄さまの目は、全く笑っていなかった。その目の奥に燃える静かな怒りが、今にも爆発してしまいそうなほど張り詰めているのがわかる。そう思ったその瞬間、壇上がライトに照らされ、父の姿が見えた。壇上では、父の挨拶が進み、続いて来賓たちの挨拶が続いていた。美咲さんや芳也は、すっかり私のことなど忘れたかのように楽しげに振る舞っていた。そんな二人の様子を横目に見ながら、私は静かにワイングラスを手に取る。——そして、ついにその瞬間が訪れた。「それでは、ここで一つ発表をいたします。我が神田グループであるコードシステムの新規プロジェクトについての発表に移ります」父の落ち着いた声が会場に響き渡る。その瞬間、芳也たちの態度が一変した。待ち構えていたかのように身を乗り出す芳也は、ワイングラスを持つ手をわずかに強張らせている。隣の美咲さんは期待に満ちた目で壇上を見つめ、どこか誇らしげな表情を浮かべていた。(よほど自信があるのね……)彼らの反応を観察しながら、私は静かにグラスを傾ける。しかし、次に父が発した言葉で、会場の空気は一変した。「その前に、一つお知らせがあります」穏やかながらも、どこか冷ややかさを含んだ父の声が響く。「先月末をもって、社長の小林は退任となっております」一瞬の静寂——。「え?」美咲さんの戸惑い混じりの声が、会場の静けさの中に妙に鮮明に響いた。「小林社長が……退任?」芳也も目を丸くし、美咲さんと顔を見合わせる。彼らだけでなく、周囲の関係者たちも次々とざわめき始めた。(まだ序章にすぎないのに、この反応……)私は静かにグラスを置き、父の次の言葉を待った。——そして、その一言が、
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STORY 60

「お前、沙織とグルだったのか? なんだ、ホストじゃなくスパイだったのか?」低俗な発想に、私は思わず口元を押さえ、クスっと笑ってしまった。(どこまでくだらない考え方ができるのか……)「笑うな」そんな私を、少したしなめるように陸翔兄さまが小さく呟く。その直後、壇上の父が静かに口を開いた。「秋元副社長、今回の件の説明を」父の厳かな声が会場に響き渡る。その言葉に、陸翔兄さまは静かに会釈し、堂々と壇上へと向かった。「改めまして、今回の全権を指揮しております、神田グループ副社長の秋元陸翔です」圧倒的な存在感を放ちながら、陸翔兄さまが話し始めると、先ほどまで傲慢に振る舞っていた芳也の体が強張り、なんとか立ってはいるものの、膝がわずかに震えているのが見て取れた。その隣で、美咲さんと芳也の母親もまた、明らかに怯えた様子で体を強張らせている。「今回の件で、サクシードソリューションの佐橋社長は、コードシステム前社長・小林に賄賂を渡し、仕事を得ようとしていたことが明らかになりました。そして、小林には会社の横領の容疑もかかっており、その件については、弊社としても厳粛に対応してまいります。申し訳ありません」陸翔兄さまが頭を下げると同時に、会場がどよめく。そのあと、陸翔兄さまは、淡々と、芳也の会社がどれだけずさんな経営をしていたのか、仕事に穴だらけであったこと、問題が山積みだったことを指摘していく。そして、それが小林社長と結託していたことも伝えた。「そんな、そんなことあるわけがない……! 俺の会社はずっと順調で、俺の力でここまでやってきたんだ!」必死な叫びが会場に響く。芳也の顔は赤く染まり、悔しさと怒りが入り混じったように、壇上の陸翔兄さまを睨みつけていた。しかし——「黙れ!」低く、鋭い怒声が空気を切り裂いた。その瞬間、会場が張り詰めた静寂に包まれる。「お前の会社があるのは、すべて彼女がいたからだろう」陸翔兄さまは、淡々とした口調でそう言い放つと、ゆっくりと私の方へと視線を向けた。その言葉の意味を理解できず、芳也は愕然とした表情のまま立ち尽くす。「は? 沙織が? どうしてこの女が関係するのよ!」先に声を荒げたのは、芳也の母親だった。半ば錯乱したように声を張り上げる彼女の顔には、怒りと混乱が滲んでいた。「この女といえば、主婦のくせにまとも
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