Todos os capítulos de 繁花散りて、君への愛も消え果てた: Capítulo 11 - Capítulo 20

21 Capítulos

第11話

梶本家の本邸。克樹が足を踏み入れるなり、ソファに陣取っていた来幸と彼女の両親から、射るような視線が飛んできた。「克樹さん!あのあばずれに息子を殺させておいて、今度は大っぴらに彼女を捜し回るなんて……私たちへの当てつけのつもり?」克樹は氷のような視線で彼らを一瞥し、淡々と口を開いた。「お宅の息子がなぶりものにしてきた女は百を下らない。そのうち、死んだのは何人だ?あなたたちが裏で揉み消さなければ、輝良の罪は死刑が十回あっても足りなかったはずだが。今まで生きていられただけで儲け物だろう。それに、輝良は異常性癖持ちのギャンブル狂だ。先月、マラカニアで二十億も溶かして、あなたたちが不動産を二軒売って穴埋めしたばかりじゃないか。息子の死を本当に悲しんでいるのか、それともこの機に乗じて俺から金を毟り取ろうとしているのか。どっちだ?言葉には気をつけた方がいい。さもないと……」彼はソファに深く沈み込み、疲労の色を滲ませながらも、眼光だけは鋭さを増していた。時乃の件で精神を削がれている今、彼らの相手をする気力など残っていない。「ええ、確かにあの子にも非はあったわ。でも……何があろうと私の息子なのよ」来幸の母・岡山琴子(おかやま ことこ)はしゃくり上げながら訴えた。「私には、あの子しかいなかった。たった一人の息子の命が奪われたっていうのに……あなたは来幸の婚約者でしょう?どうしてそんなに冷たいことが言えるの?」来幸の父・岡山祐次郎(おかやま ゆうじろう)も妻の袖を引き、言葉を継いだ。「これからは家族になるんだ。こんな大事が起きたんだ、我々も……」克樹はこめかみを揉み、煙草に火をつけた。深く紫煙を吸い込む。「城北区の屋敷を二軒、岡山家の名義にしてやる。岡山実業の資金繰りには丁度いいだろう。それと、そっちが抱えているプロジェクトのトラブル、あれも俺が解決してやる。……これで十分か?」岡山夫婦は顔を見合わせ、声を揃えた。「悪く思わないでくれ。私たちも気が動転していて……」その時、来幸が堪えきれずに口を挟んだ。ヒステリックな詰問だ。「克樹!それだけじゃ足りないわ。時乃の死体が見つかったら、岡山家に引き渡して!私たちの好きにさせてよ!」克樹は煙を吐き出し、冷笑した。「引き渡して、どうするつもりだ?」
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第12話

電話を切ると、克樹は崩れ落ちるように椅子へ沈み込み、眉間を強く押さえた。あのDNA鑑定結果報告書が、偽造されたものだったとは……!あの時、来幸の戯言を鵜呑みにしなければ、時乃を追い詰めることも、彼女の兄を死に追いやることもなかったはずだ。そう思うと、胸が塞がるような息苦しさを覚えた。手近にあった強い酒をグラスに注ぎ、一気に煽る。脳裏に、来幸が帰国した時の光景が蘇った。歓迎会の席で、彼女は衆目の前で涙ながらに語った。父に死を以て脅され海外へ嫁いだこと、三年の結婚生活が地獄だったこと、そして心にはずっと想い人がいたこと。そう言って、来幸は甘えるような熱っぽい視線を彼に向けた。だが克樹はグラスを傾けるばかり。チラリと彼女を一瞥しただけで、言葉を返そうとはしなかった。彼女の口から語られる前夫は、浮気とDVを繰り返す破産寸前のクズ男で、彼女を心身ともに傷つけたというが……そこまで思い出し、克樹は秘書に電話をかけた。「来幸の前夫と、彼女の海外での生活をすべて洗え」親父が来幸にご執心で、来幸も梶本家に嫁ぎたがっているのなら、盛大な引き出物を贈ってやろうじゃないか。結婚式前夜、来幸は様々な口実で克樹に会おうとしたが、全て門前払いされた。この期間、彼女は毎晩のように悪夢にうなされていた。時乃に殺される夢、克樹に捨てられる夢。時には、克樹と結婚するのが自分ではなく、時乃である夢さえ見た。重苦しい不安に包まれた来幸は、克樹の自分への想いを試さずにはいられなかった。挙式の前夜、ついに我慢できなくなった彼女は、梶本家の別荘を訪れた。入念にメイクとヘアセットを施し、淹れたてのハチミツレモンを持って書斎に入る。薄暗い部屋に充満する紫煙に、彼女は思わず鼻を覆った。「克樹、どうしてこんなに吸っているの?吸いすぎは体に毒よ。ほら、ハチミツレモンを作ってきたの。飲んでみて」来幸はハチミツレモンを机に置いた。克樹は疲れたように目を閉じ、薄い唇を開く。「……どうして来た」「だって会いたかったんですもの。式の準備、大変だったでしょう?」来幸は猫なで声を出し、媚びを含んだ表情で瞬きをして見せた。匙でハチミツレモンをすくい、克樹の唇に近づける。彼は顔を背け、重い声で言った。「いらん」来幸の表情が
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第13話

翌日、大聖堂にて。式場は柔らかな白紗と色鮮やかな生花で彩られ、ステンドグラス越しに降り注ぐ陽光が、神聖な光と影のコントラストを描いていた。正装した招待客たちは談笑しながら、克樹と来幸の登場を今か今かと待ちわびている。克樹はバルコニーに立ち、紫煙をくゆらせていた。その眼差しは、底なし沼のように深く淀んでいる。そこへ、純白のウェディングドレスを纏った来幸が歩み寄った。「克樹、もうすぐ式が始まるわ」彼は無言で煙草を揉み消し、じっと彼女を見つめた。来幸は小首をかしげ、不思議そうに瞬きをする。「克樹、どうしたの?そういえば、披露宴の席にお義父様の姿が見えないのだけど……電話してみたらどうかしら?」克樹は首を横に振った。「すぐに会えるさ」彼は来幸のドレス姿を品定めしながら、ふと考えた。もし時乃がこれを着ていたら、どんなに美しかっただろうか、と。彼女を思うだけで、心臓の奥底から無数の棘が突き出すような激痛が走る。式が始まり、来幸は父親の腕に寄り添い、しとやかにバージンロードを進んだ。「岡山家のお嬢さんもやるもんだな、バツイチで梶本家に嫁ぐとは!うちの娘にも試させてみればよかったよ」「ああ。岡山家は息子を一人亡くしたが、梶本家という後ろ盾を得たんだ。これで安泰だな」来幸は得意満面だった。これから先は、雲の上の存在である「梶本夫人」となれる。あらゆる犠牲は報われた。隣を歩く祐次郎もまた、顔を紅潮させ、来幸の手をポンポンと叩いて満足げだ。ウェディングマーチが響く中、来幸は胸を張り、克樹の前へと進み出た。次の瞬間、克樹が乾いた音を立てて手を叩いた。護衛たちに連れられ、一人の男が壇上に上げられた。なんと、克樹の実父・幸造ではないか!克樹は新郎の証であるブートニアを父親の胸に挿すと、その瞳に氷のような冷ややかさを宿した。「今日、この場の主役である新郎は俺ではない。俺の父、梶本幸造だ!」その言葉に、会場は騒然となった。「どういうことだ?婚約したのは克樹さんと来幸じゃなかったのか?」「まさか、先代の社長が来幸を見初めたとでも?克樹さんも気前がいいな」祐次郎は顔面蒼白になり、その場で凍りついた。来幸は父の手を振り払い、早足で詰め寄った。訳が分からないといった表情で尋ねた。
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第14話

祐次郎は、娘の発狂する醜態に顔を歪めた。これ以上の恥を晒させまいと大股で歩み寄り、その手首を乱暴に掴み上げる。「海外で恥知らずな真似を繰り返していたとは……この、岡山家の面汚しめ!」「お父さん!今そんなことを言ってる場合!?」来幸は顔面蒼白になり、混乱した眼差しを周囲へ彷徨わせる。「おじさん。その娘を俺の親父に嫁がせるか、それとも連れて帰るか?連れて帰るなら、以前の援助の約束は全て白紙撤回する。よく考えて選べ」その言葉を聞いた瞬間、祐次郎の顔色が変わった。約束が白紙?「お父さん、まさか同意しないわよね?」来幸は父の腕にしがみつき、悲鳴のような声を上げた。「あんな年寄りと結婚だなんて、あり得ないでしょ!?」祐次郎はほんの数秒計算しただけで、冷酷な結論を出した。「来幸、お前の醜聞はもう世間に広まってしまった。幸造さんに嫁がなければ、他に誰が貰ってくれると言うんだ?」ガクン、と膝から力が抜ける。来幸はその場にへたり込み、絶望の叫びを上げた。「嫌あぁッ!」祐次郎は娘を一瞥もしなかった。媚びへつらうような卑しい笑みを浮かべ、克樹に向き直る。「克樹くん、それで……幸造さんとの入籍はいつ頃がよろしいかな?」克樹は鼻で笑った。「さあな。親父がいつ目を覚ますかによる」来幸は涙で化粧をドロドロに崩し、掠れた声で縋り付いた。「克樹、本当に反省してるわ……あなたは私を好きなはずでしょう?だって、私と寝たじゃない……」克樹の足元に這い寄り、靴にすがりついて哀願する。克樹は目を細め、氷の刃のような声で告げた。「ただの火遊びだ。俺の心にいるのは、時乃ただ一人だ」来幸の顔から完全に血の気が引いた。震える声で、呪詛を吐き出す。「克樹……地獄へ落ちろッ!」喧騒が去り、静寂が戻る。克樹は部下に来幸を本邸へ連行し、厳重に監視するよう命じると、すぐに秘書に電話をかけた。「岡山家を徹底的に潰せ」先ほどのやり取りは、祐次郎に自ら娘を差し出させ、来幸の心をへし折るための茶番に過ぎない。目的は達した。岡山家を生かしておく理由など、もう何もない。電話の向こうで、秘書が口篭った。「社長、お耳に入れておくべきことが……」「何だ、言え」克樹は眉をひそめ、苛立ちを隠さずに促した。
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第15話

一方、梶本家の本邸。来幸は、庭の片隅にある古びた土蔵に閉じ込められていた。扉の外には、監視の護衛たちが張り付いている。今日かいた恥辱を思うと、克樹への憎悪が沸点に達した。拳を握りしめ、爪が掌に食い込む痛みさえ心地よい。あんな年寄の幸造なんかに、誰が嫁ぐものか!克樹とは幼馴染で、家同士の付き合いもあった。幼い頃、誰に対しても冷淡だった克樹が、唯一彼女にだけは心を許していたのだ。かつては、彼に嫁ぐことを夢見ていた。だが、父は言った。「梶本家の闇は深すぎる」当時、克樹は後継者の最有力候補ではなく、むしろ暗殺の標的になりやすい立場だった。実際、彼が襲撃され、血まみれで入院する姿を何度も目の当たりにした。来幸は怖気づいたのだ。父の勧めに従い、海外へ逃げるように嫁ぐことを選んだ。前夫はITビジネスで財を成した成金で、資産は数千億を超えていた。だが、年齢差がありすぎた。彼女は二十歳、夫は四十歳。夜の営みにおいて、彼はあまりに無力だった。新婚初夜のベッドで、来幸は夢想した。もし相手が克樹だったら……あの端正な顔立ち、鍛え上げられた体躯、雄の匂い……その時初めて気づいた。自分は思ったほど金に執着していなかったのかもしれない、と。満たされない心を麻痺させるため、彼女は毎晩のようにクラブに入り浸った。イケメンたちと遊び歩き、お気に入りのホストを競り落とすために湯水のように金を使う。前夫にバレてもお構いなしだ。どうせ二人は利益で結びついているだけの関係。彼に何ができるというの?数年後。克樹が骨肉の争いを勝ち抜き、当主の座を継承したことを知った。友人が送ってきた写真を見て、その自信に満ちた姿に再び胸がときめいた。だが、写真の中の克樹は、横に立つ女性護衛を振り返っていた。その口元に浮かぶ微かな笑みが、来幸の心をざわつかせた。彼女は前夫のDVと不倫をでっち上げるためにあらゆる手段を講じ、ようやく離婚を勝ち取って帰国した。全ては、克樹と結ばれるためだ。当初、克樹の時乃への感情など大したことはなく、一時的な気まぐれに過ぎないと思っていた。所詮、梶本家が飼っている殺し屋だ。来幸の目には、ペットの犬以下の存在にしか映らなかった。だが予想外だったのは、克樹が過剰なほどあの女を気に
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第16話

警察署。克樹の顔色は蝋のように白く、指先は小刻みに震えていた。意を決して、ベッドの上の白い布をめくり上げる。そこに横たわる時乃は、静かに目を閉じていた。顔は海水に浸かって白くふやけ、浮腫んで変わり果てている。だが、一目で分かった。これは時乃だと。白く細い手首には、ロープで縛られた痕が痛々しく残っていた。あの日、自分が一晩中、海辺の崖に吊るさせた痕だ……手首に彫られた「KATSUKI」という文字のタトゥーが、まるで彼を嘲笑っているかのように目に焼き付く。克樹の目尻が赤く染まり、震える指先がそっと彼女の手首を撫でた。かつて、時乃に自分の名前を彫らせたものだ。こうすれば、彼女は自分のものだと証明できると思った。誰にも奪わせないために。ポタリ。一滴の涙がこぼれ、時乃の手の甲で弾けた。視線を落とすと、彼女の腹部に空いた弾痕が目に入る。一体、時乃に何をしたんだ?克樹は糸が切れたようにその場に崩れ落ち、獣のような嗚咽を漏らした。どれほど彼女のそばに座り込んでいただろう。一日、二日、いや三日か……お悔やみを言いに来た人々は皆、狂気を孕んだ彼の様子に怯えて逃げ出した。克樹はただ、冷たくなった時乃の手をきつく握りしめ、片時も放そうとしなかった。まるで、彼女がまだ生きているかのように。「時乃……俺が悪かった。本当に、悪かったよ……戻ってきてくれ、頼む……」虚ろな部屋に、彼の懇願する声だけが空しく木霊する。二人はどうしてこんな所まで来てしまったんだろう?自分の心には、時乃しかいなかったのに。あの時、きっぱりと政略結婚を拒絶し、時乃を匿い、親父をねじ伏せていればよかったんだ。自分が間違っていた!喉の奥から鉄錆のような味がこみ上げ、ゴフッ、と血を吐き出した。「社長!」外で見守っていた部下が、異変に気づいて飛び込んでくる。視界が暗転し、克樹は深い闇の底へと沈んでいった。「……克樹様!」目を開けると、そこには時乃の姿があった。ただ、以前とは違っていた。甘く微笑み、普段なら決して着ようとしなかった華やかなドレスを身に纏っている。「克樹、明日は私たちの結婚式よ?一日中デートに付き合ってくれるって約束したじゃない。まだ寝てるの?本当にお寝坊さんなんだから!」
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第17話

克樹は目を血走らせ、手にしたノートを握り潰さんばかりに力を込めていた。口の中で「時乃」の名を何度も、何度も反芻する。そこに綴られた文字の一つひとつが、まるで身を切り刻む刃となって心臓を抉り、魂を引き裂いていく。脳裏に浮かぶのは、時乃の強がりな横顔。息ができなくなるほどの激痛が襲う。彼女はいつだって、危険があれば迷わず自分の前に立ちふさがった。どれほど傷つき、血を流しても、弱音ひとつ吐かなかった。来幸に虐げられ、嘲笑されても、一言の弁解もしなかった。時乃は自分を愛していた。本当に、自分を愛してくれていた。それなのに……この手で彼女を奈落の底へと突き落とした……克樹は冷たい床に跪き、獣のような咆哮を上げた。胸が張り裂けるような慟哭が地下室に響く。やがて一陣の風が吹き抜け、やっと我に返らせた。顔を上げた時、その瞳は氷河のように凍てついていた。来幸。お前には、相応の代償を払ってもらう。克樹はノートを宝物のように懐へしまい込むと、大股でさらに奥の地下牢へと向かった。地下牢の扉に近づくと、中から来幸の甲高い罵声が漏れ聞こえてきた。「あいつが死んだのは自業自得よ!私の知ったことじゃないわ!」彼女の声は鋭く、猛毒を含んでいた。「殺したのは克樹でしょう!?ええ、二人の仲を裂こうとしたわよ。でも、それを信じて実行したのは克樹じゃない?絢斗を兄さんに引き渡してなぶり者にさせたのも、わざと見殺しにしたのも……全部克樹自分で選んだことよ!それに、時乃だって……」克樹は眉間に皺を寄せ、ドアの隙間から中の様子をうかがった。来幸は椅子に縛り付けられ、全身に鞭の跡が走り、その形相は悪鬼のように歪んでいた。肩から血を流しながら、唇を噛み切らんばかりに叫んでいる。「……あいつは、一度だって克樹を裏切ってなんかいなかったのよ!」克樹は息を呑んだ。信じられないという色が瞳をよぎる。「あの時、病院で自分の血を分け与えて克樹を救ったのは時乃よ!血を抜きすぎて気絶したあいつを、私が部下に命じて谷川家の門前に捨てさせ、写真を撮らせただけ!アハハハハ!傑作でしょう?克樹は確かめもしなかった。問答無用で彼女を罰したのよ!ねえ、これって私のせいかしら?彼が本当に時乃を愛していたなら、どうしてそこまで
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第18話

翼澤市。食卓を埋め尽くす豪華な料理と滋養品の数々を前に、時乃の箸は止まったままだった。加納蒼介(かのう そうすけ)に救われ、加納家に連れ帰られてから一ヶ月。彼は専門医に体を検査させただけでなく、栄養学の専門家までつけて徹底的な体調管理をしてくれた。おかげで傷の回復は順調で、体にも少しずつ健康的な丸みが戻りつつあった。「加納さん、もう食べられません」蒼介は箸で山芋を掴み、彼女の茶碗に入れた。「まだ痩せすぎだ。もう少し食べて」時乃はふと、数年前のことを思い出した。目の前にいるこの清廉で優雅な男が、まだ少年だった頃のことだ。当時、彼はまだ十代そこそこで、重傷を負って雪の中に倒れ、今にも命の灯火が消えそうだった。任務からの撤収中、時乃は彼を見つけて足を止めた。訓練キャンプの鉄則では、克樹以外の命は、たとえ自分の命であっても無価値だと教え込まれていた。だが、いつも冷徹な彼女が、自分でも制御できずに彼を救った。その瞬間、彼の姿に兄の面影が重なったからだった。その時の気まぐれな善行が巡り巡って、蒼介が海辺で彼女を救うことになった。目覚めた時、蒼介が最初に言った言葉はこうだった。「すまない、君のお兄さんを……救えなかった」絢斗の骨壷を時乃の手に渡した。「俺にできたのは、これだけだった」あの日、時乃は兄の骨壷を抱きしめ、声が枯れるまで泣き叫んだ。長年押し殺してきた感情が、ようやく出口を見つけたようだった。その後、蒼介が加納家の当主を継ぎ、かつてのような綱渡りの日々から解放されたことを知った。彼の熱心な誘いを受け、時乃は加納家に身を寄せることになった。「スープも飲んで。回復にいいから」蒼介の気遣わしげな声が、時乃を回想から引き戻した。この一ヶ月、彼の献身的な世話は、彼女にこれまで感じたことのない温もりを与えてくれた。夜中に悪夢にうなされても、彼がそばにいれば安心して眠ることができた。スープを口にし、何か言おうとした時、蒼介が一つの書類封筒をテーブルに置いた。「時乃。君に伝えておくべきことがある。実は、君は翼澤市の広瀬家が長年探し続けていた令嬢なんだ。君の父親は、片時も君とお兄さんを探すのを諦めてはいなかった」時乃はスプーンを置き、その封筒を長い間見つめた。声が震える。
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第19話

梶本家の別荘。来幸は三日間、闘犬場に放置されていた。全身は赤に染まり、少しでも動けば肉が裂けるような激痛が走る。彼女は涙も枯れ果て、ただ低く呻いて許しを乞うことしかできなかった。「克樹……本当にごめんなさい……許して……」克樹は冷ややかに彼女を見下ろした。「いいだろう。こいつを訓練キャンプへ放り込め。どれだけ持ちこたえられるか見ものだな」「嫌!嫌よぉッ!」来幸は絶叫した。梶本家の訓練キャンプがどれほど地獄のような場所か、彼女は熟知している。そこに行くくらいなら、まだ闘犬場の方がマシだ。「怖いか?」克樹は能面のような無表情で告げた。「時乃はわずか七歳で入所し、幾多の死線を潜り抜けて俺の前に立ったんだ。……彼女を殺したのは、お前だ」来幸は恐怖に震え、涙と血で汚れた顔を地面に擦り付けて懇願した。「私が悪かったわ!ねえ克樹、本当に反省しているの……!」克樹は目を閉じ、部下に彼女を引きずるよう命じた。「言ったはずだ。時乃が味わった苦しみは、すべてお前も味わうんだとな!」……あの日以来、克樹は完全に抜け殻のようになった。特注の氷棺を用意し、時乃と思しき遺体を保存させ、毎日その前で泥酔した。時折、いっそ死んで楽になりたいとさえ思った。そうすれば、来世で彼女に会って許しを請えるかもしれないと。彼が三度目の自殺未遂、手首を切って病院に搬送された時だ。秘書が血相を変えて病室に飛び込んできた。「社長!ひ、広瀬さんを見かけたとの情報が!」克樹は虚ろな目で、天井を見上げたまま言った。「嘘をつくな……無駄だ」秘書は一枚の新聞を彼の目の前に突きつけた。「本当です!これをご覧ください!」克樹は眉をひそめ、億劫そうに目を開けた。だが、新聞の写真を見た瞬間、弾かれたように上半身を起こした。「時乃……?」写真の中で、時乃は中年男性と並んで立ち、太陽のように明るく微笑んでいた。一目で確信した。これは、間違いなく時乃だ!「すぐにあの遺体を再鑑定に出せ!別人かどうか確認しろ!」次の瞬間、克樹は腕の点滴を引き抜き、運転手に電話をかけた。「車を出せ!今すぐ翼澤市へ向かうぞ!」……翼澤市、広瀬家。東都市から翼澤市へ向かう道中、克樹の心は狂喜に満ちていた。まさか、時乃
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第20話

克樹は身じろぎもせず、打ち下ろされる木刀の雨をその身で受け止めた。一度たりとも、無様な悲鳴は上げなかった。控えていた護衛たちが主を守ろうと動いたが、彼は手で制した。「全員そこにいろ。動くな!」彼は痛いほど理解していた。京志郎の許しを得なければ、永遠に時乃には会えないと。絢斗を死に追いやったのも、時乃を撃ったのも自分だ。殴られることなど、物の数ではない。火の中だろうと水の中だろうと、喜んで飛び込んでやる。十数回殴打し、京志郎は息を切らせて木刀を止めた。「さっさと失せろ!お前のような畜生に、広瀬家の敷居を跨ぐ資格はない!」克樹の表情は微動だにしなかった。彼はドサッと膝をつき、泥に塗れて土下座した。「全て私の過ちです!時乃に会わせていただけるなら、どんな罰でも受けます!」京志郎は彼をじっと見下ろし、やがて木刀を投げ捨てて冷笑した。「自分で言ったんだな。俺が課す『十の試練』を乗り越えられたら、時乃に会わせてやらんこともない」克樹は迷いなく、力強く答えた。「やります」第一の試練、刃の上を歩く。第二の試練、灼熱の炭火の上に一時間立ち続ける。第三の試練、九十九発の鞭を受ける……すべての試練を終えた頃には、克樹は満身創痍となり、地面に這いつくばって虫の息だった。彼は懇願するような眼差しを向け、掠れた声で絞り出した。「広瀬さん……これで……時乃に会わせて、いただけますか?」「寝言を言うな」京志郎は鼻で笑い、足元の彼に見向きもしなかった。「兄をなぶり殺しにしたお前を、あの子が許すとでも思ったか?」ズドンッ!轟音と共に、重厚な扉が無慈悲に閉ざされた。克樹が抱いた一縷の希望は、完全に打ち砕かれた。空から冷たい雨が降り始めた。彼は泥の中に横たわり、指一本動かせない。意識が遠のく中、不意に、軽やかな足音が近づいてくるのが聞こえた。「……どうしてここにいるの?」時乃の声だ。克樹は力を振り絞って体を起こし、見上げた。夢にまで見たあの顔が、ついに目の前にあった。時乃は純白のドレスを纏い、耳元にはパールのイヤリングが揺れていた。かつての冷徹な護衛姿とはまるで違う、可憐で美しい姿。克樹の目頭が熱くなった。よろめきながら立ち上がった。「時乃……お前を迎えに来たんだ。どうして…
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