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All Chapters of 玉封師: Chapter 21 - Chapter 30

47 Chapters

10.彩音が消えた日④

 彼らが入口として用いた通路は、その祭壇が設けられた壁面の、右隅の一角にある。正規の扉から入ると祭壇の死角になってほぼ分からない位置。 そこには、建物が古くなったためにちょうど子供一人が通り抜けられるぐらいの隙間が出来ていた。壁板が緩んで、簡単に取り外せるようになっているのだ。 堂内を、ぐるりと取り巻くように張り巡らされた注連縄には、人が三人連結したような形状の紙が沢山取り付けられている。これは魔の侵入を防ぐために用いられるヒナゴ幣と呼ばれるものなのだが、子供の目には不気味な人形にしか映らない。 気丈な性格の彩音だが、さすがに薄暗い堂内で、こんなものに囲まれていることを実感すると、一人にされるのが怖くなったらしい。「おにぃちゃん、まって!」 半ば悲鳴に近い声でそう叫ぶと、一目散に兄の背中を追った。「きゃっ!」 途端、近くにあった玉を踏んづけて転んでしまう。「彩音!?」 驚いたのは帝太郎だ。 彩音の悲鳴と同時に、一瞬にして堂内全ての灯火が消し飛び、辺り一面闇に包まれたのだから! 視界を奪われた闇の中、四方を取り巻く注連縄が激しい音を立てて千切れ飛ぶ気配が伝わってくる。と、間も無く辺り一面に生臭い臭気が漂い始めた。「彩音!」 叫ぶ声も、異様な空気に押し包まれてくぐもってしまう。「……おにぃちゃっ……!」 どこかで彩音が呼ぶ声が聞こえるが、その声はとても遠く、一体どこから発せられているものなのか、皆目見当もつかない。 その間にも周囲の空気は刻一刻と生臭さを増していく。 身体にまとわりつくようなねっとりと生暖かいその臭気に、意識が遠のきそうになった時、帝太郎は自分の周りを見えない何かが覆い始めるのを感じた。(……玉……?) 巾着の中から溢れてくるその〝気〟は、まるで帝太郎を守るかのように彼の周囲に見えない壁を作っていく。 帝太郎には分かる。 その結界が、微量な力しか有しておらず、自分の周りをカバーするので精一杯だということが。「彩音……っ!」 自分の周囲には防護壁が出来た
last updateLast Updated : 2026-05-18
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11.玉に刻まれた想い①

「帝……」 虚ろな目をして語る主人の肩に、玉郎が思わず手を載せる。「ねぇ玉郎、彩音は本当に居たよね?」「……」 問い掛けられた言葉に、玉郎は視線を逸らさずにはおられなかった。「僕ね、あれから一週間以上眠り続けてしまったんだ」 床に転がった玉を無表情に見詰めながら、帝太郎が言葉を紡ぐ。「でね、目を覚ました時、『彩音は!?』って訊いたら父さんたち、何て言ったと思う?」「……」「『彩音? 誰のことだ? 寝惚けて夢でも見てたんだろう』だって。馬鹿にしてるよね。確かに彩音は居たのに」 周囲の言葉が信じられなくて、帝太郎は身体がすっかり回復してからしばらくの間、家中をひっくり返して妹の存在を示すものはないかと探し回った。 近所の親戚連中にも、片っ端から訊いて歩いた。 でも、家からは彼女の写真一枚出てこず、近所からも誰一人として彩音のことを聞き出すことは出来なかった。 今思えば無理もない。 帝太郎の住んでいる部落は全世帯が二条院家の息のかかった家なのだから。 一週間以上も寝込んでいればその間に口裏を合わせるぐらい造作ないことだったのだろう。 もちろん、堂内だって調べようと頑張った。しかし、帝太郎がよく出入りしていたはずのあの入口は、壁板がしっかりと補修されていて中に入ることは出来なかったのだ。「でもね、確かに彩音はいたんだ。だって……みんなにも隠しきれないことが一つだけあったんだから」 帝太郎の声に力がこもった。うつむいていて見えないが、もしかしたら彼は泣いているのかも知れない。「あの日、彩音が作った秘密基地のオブジェ。雨で大分壊れていたけど、あれだけは消されずに残っていたんだから……」 それを見た時、帝太郎は確信したのだ。彩音は確かに存在していたのだと。 恐らく総ては次期二条院家の長となりうる自分を守るためになされたことなのだろう。家長である隆親の言うことは絶対なのだ。いくら悲しくても、母は彼の言葉に従う他なかったはずだ。「僕はそんなにまでして庇って欲しくなかった……」 それから六年。 帝太郎が十二になった年、次男たる佐太郎が生まれた。 弟の誕生は帝太郎にとっても嬉しい出来事ではあったのだが、自分が下手に関わって彩音の時みたいなことが起こるのは絶対に嫌だった。
last updateLast Updated : 2026-05-20
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11.玉に刻まれた想い②

「僕がこの家に再び顔を出すようになったのは佐太が十八になってからだよ。そのくらい大きくなっていれば、もう兄としての僕を必要とすることはないだろうし。……それに」 玉封師などと言うものになる気なんてさらさらなかった帝太郎だが、彩音をあんな目に遭わせたモノを捕えたいという思いだけは、一度だって棄てたことはなかった。 二十歳の誕生日に玉封じの鬼たる玉郎と出会ったことで、その思いは確信に変わり――。(何としても彩音を取り戻さねば) それを成就させるためには術者――玉封師――としては先達である父ともう一度話し合う必要があったのだ。「先日、美紀ちゃんが話してくれたモノが、もしも彩音を僕から奪ったのと同じ奴だとすれば……」 ここに足を運んでおくことは、後々何らかの助けとなるかも知れない。「帝太郎、お前が察する通り、ここにはあん時のまんま残ってるモンが一つだけある。そして、そいつはお前が目的を達するためにゃ必要不可欠なんだと思う」 いつもの彼からは想像もつかないほど真剣な表情で語る帝太郎の様子に、玉郎が重い口調で語り始める。「あれ、だ――」 そう言って玉郎が指し示した先にあったものは、幼い頃によく見た、あの祭壇だ。「祭……壇……?」 掠れたような帝太郎の声に、玉郎が無言でうなずく。 玉郎に促されるままに近付いてみた祭壇の上には、昔と変わらぬ様子で幾つかの玉が祭られていた。五色の四手からなる幣帛だって自分が記憶しているまんまだ。「これが……」 何か?と続けようとして、帝太郎はあることに気付いて息を呑んだ。 壇上に祭られている玉の数は全部で九つ。これは恐らく昔と変わっていないだろう。しかし、その九の玉に囲まれるようにして安置されている玉は自分の記憶の中には、ない。 他のものに比べてどす黒く見えるその玉は、真ん中のところからパックリ割れてしまっていて――。「これ……が……」「二十六年前にお前の妹が封印を解いちまった〝封じの玉〟だ」 帝太郎の背後に立った玉郎が、主人を気遣いながらそう告げる。
last updateLast Updated : 2026-05-21
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11.玉に刻まれた想い③

 玉封じの鬼になるべくして、眼前の祭壇に祭られている間に「教育」されてしまったらしい、膨大な知識。 こんな思いをする位ならそれら全てを今すぐにでも捨ててしまえたら――。何度もそんなことを思っては悩んだ。 しかし、得てしまった以上、知識なんてものはそう簡単に捨てられるものではないのだ。 ならば、帝太郎を護るために最大限活かそう。 いつの頃からか、玉郎はそう考えるようになっていた。「俺もお前と巡り会うまではこの祭壇の上に安置されていた」「玉郎も……?」「ああ。……あのな、帝太郎。堂内に安置されてる玉全てが俺みたいに主人に仕える鬼を封じ込めてるわけじゃねえんだ。簡単に言っちまえば玉封じの鬼として活動可能なものは祭壇上に祭られてる奴らだけだ」「……あの九つ?」「そう。床の上にある玉が封じてる奴は、実んトコまだ浄化されてねえ。言うなれば不安定な均衡の中で、抱えてる負の念を少しずつ玉が浄化してる真っ最中の鬼たちなんだ。だから少しの衝撃で簡単に封印が解けちまう。鬼の念が全て玉に浄化されるとな、その証として玉ん中に文字が浮かぶ」 玉郎が言えるのはここまで。それ以上は帝太郎自身が考えることだ。そこまで一気に話し終えると、玉郎は黙って帝太郎を見つめた。「……一つだけ聞いてもいい?」 真っ直ぐに玉郎の瞳を見据えながら。 先刻まではこちらに顔を見せないようにうつむいていた帝太郎。 今、自分に向けられたその面には、さっきまでの弱気な迷いは感じられない。その表情に、玉郎は少しだけ心が軽くなった。 いつものようにニヤリと微笑ってうなずく玉郎に、帝太郎が言葉を続ける。「玉に浮かぶ文字は……その鬼が抱いていた念の集大成?」「ああ」 帝太郎は自分の主人なのだ。己の、弱いと思える一面を曝け出すことになっても構うまい。 玉郎の玉に浮かんでいる和歌の歌意を判ずれば、自分が抱いていた念が誰かを恋い慕うものだったことは容易に推察出来る。〝かぎりなき雲ゐのよそにわかるとも人を心におくらさむやは〟 玉郎には故あって別れてしまった大切な女性が
last updateLast Updated : 2026-05-22
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12.目先の情は命取り①

 御霊屋から出て家の玄関をくぐると同時に、味噌の香りに包まれる。「兄さん、嫌いな物あったっけ?」 聞きたいことは山程あろうに、あえてあちらでのことを尋ねない佐太郎に、帝太郎は内心感謝する。「ないよ♪」 犬のように鼻をひくつかせながら微笑む帝太郎に、玉郎がすかさず毒づく。「嘘つけ! お前、椎茸とピーマンは分からねぇように細工しないと食わねぇだろ」「そうだっけ?」 しれっと言ってのける帝太郎に、玉郎が力ない溜め息を落とす。その様を見て、佐太郎が吹き出した。「大丈夫。メニューは味噌汁とアジの開きだから。あとサラダもあるけどピーマン入ってないし」 そこで思い出したように玉郎を見やる。「玉封じ……じゃなくて……玉ちゃんさん?……も俺たちと同じもので平気?」「た……玉ちゃんさん……?」 一瞬我が耳を疑ってしまった玉郎である。 佐太郎が自分のことを気遣って鬼呼ばわりしないでくれたのは分かる。分かるのだが、そりゃないだろう、と思ってしまう。しっかりしているように見えても、矢張り帝太郎と佐太郎は血を分けた兄弟だ。 そう思うと、横で声を押し殺して笑っている帝太郎さえも何となく恨めしい。「あのな、俺の名前、玉郎っつーんだけど」 軽く帝太郎を睨み付けながら告げる。「いいじゃん。玉ちゃんさんでも♪ 何か響きが新鮮で僕は好きだよ♪」 帝太郎は明らかに調子に乗っている。堪え切れなくなったのか、大声で笑いながらそうまくし立てた。「冗談じゃねえ! 大体元はと言えばお前が……!」 お決まりの夫婦喧嘩の始まりだ。しかし、いつもなら止めてくれるはずの菜奈子が、ここにはいない。「あ、あの」 この状況に不慣れな佐太郎では二人を軽くあしらって「はい、お終い」なんて芸当は到底出来るはずもなく――。「またそうやって僕のせいにする!」「お前のせいだろ!」「違うったら! 玉ちゃんが佐太郎に自己紹介しなかったのが悪いんじゃん!」「何を~っ!?」 歯止めのない口論はどんどんエスカレートするばかり。「ちょ、ちょっと二人とも……あんまり騒いじゃ」 今にも取っ組み合いになりそうな彼らの様子に、奥の間を気にしながら佐太郎が止めに入ろうとした、丁度その時――。「何事だ?」 障子の向こうから静かではあるが、厳格で抗い難い声が響いた。途端、室内
last updateLast Updated : 2026-05-23
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12.目先の情は命取り②

「母さん……」 眼前の母は、今でも変わらず美しかった。 少し痩せたようにも思えるのだが、彼女の歳を思えばそれも致し方あるまい。 瑠璃の声に少しだけ緊張の糸が緩んだのか、帝太郎はにっこり微笑むと「ご無沙汰しています」 そう告げた。「本当に。でも元気そうで母さん安心したわ。さ、こんなところで立ち話もなんだし、あっちでご飯にしましょう? ――ね?」 最後の「ね?」は斜め後ろに立つ隆親に向けられたもの。 厳然な父も彼女にだけは弱いのか、黙ってうなずくと向きを変えて障子の向こうに引っ込む。「さ、後は私がやるからみんなはあっちへ」 隆親の後ろ姿を見遣りながら瑠璃が三人を土間から急き立てる。 促されるままに障子をくぐると、隆親は掘りごたつのある居間の、更に奥に当たる客間に座して待っていた。 床の間を背に、上座へ腰を下ろした隆親の前には、八尺四方の黒檀を材とした黒光りする座卓が重々しく置かれている。 佐太郎が「兄さんはそこへ」と小声で指し示した位置が、隆親の真正面に当たるところだったから、帝太郎は一瞬躊躇った。 しかし、玉郎がそそくさとその近くに座ってしまい、渋々従う羽目になる。(玉ちゃん、何でそこに座ったりしたの?) 自分の斜め後ろに黙然として座す玉郎に、小声で問い掛ける。(位置的にここが一番〝奴〟と離れてる) 応じる玉郎の視線は、隆親の胸元にある巾着に注がれていた。 あの玉の鬼と仲悪いの? そう尋ねようとした丁度その時、盆に料理を載せた瑠璃がやって来た。「あら、鬼さん。帝太郎の後ろなんかに座っていたんじゃ、ご飯食べ難いでしょう? こっちへいらっしゃいな」 ふぅわり微笑んでそう告げる。 どうやら瑠璃の笑顔には誰も勝てないらしい。 一瞬眉根を寄せて彼女のほうを見遣った玉郎であったが、茫洋とした笑みを返され、彼女の言に従ってしまう。 玉郎が座ったのは佐太郎の右横。帝太郎から見ると座卓の角を挟んで斜め左隣になる。それを見届けてから、瑠璃が佐太郎の正面に座す。
last updateLast Updated : 2026-05-24
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13.封じるということ①

 重苦しい雰囲気の昼食が終わると、帝太郎はそそくさと客間を後にした。 瑠璃がそれを止めようと腰を上げかけたのだが、隆親の視線によって制される。 瑠璃でさえそんな具合だったのだ。無論、息子である佐太郎に何とか出来るはずもなく。 無言で立ち去る帝太郎の後を、玉郎が慌てて追い掛ける。 客間を出た帝太郎が向かったのは、家の裏手にある山だった。そこは昔、帝太郎が彩音とともに色んなことをして遊んだ場所。「なぁ、帝太郎」「ん?」「俺、思うんだけどな、親父さんの言ってることも一理あると思うぜ?」「分かってる」 木々に阻まれ虫食いのように見える空を見上げながら――。自嘲気味に歪められた帝太郎の口許が、玉郎には何だか寂しげに見えた。「でもね、僕は玉ちゃんのことを単なる道具だなんて思いたくないんだ……」 告げられた言葉がとても嬉しい。 さっき隆親に向かって帝太郎がそう言ってくれた時も、玉郎は飛び上がるほど感激したのだ。でも、玉郎にとっては好もしいこの考えも、玉封師たる帝太郎にとっては邪魔な感情だというのもまた事実。 帝太郎がこの先玉封師としてやっていくつもりならば、その優しさが仇になってしまう時が来るかも知れないから。 隆親は息子にそれを伝えたかったのではあるまいか。「あんな、帝太郎。お前が俺のことをそんな風に思ってくれるってぇのは本当に有難い。だがな、これだけは覚えとけ。託児所の子供たちや、その他お前が大切だと思う人たちを守りたいと思うんなら……俺のことは深く考えるべきじゃねぇ。俺は玉封師に仕える鬼だ。何だかんだ言ったって生きてる人間と同等の存在にゃあなれねぇんだからな」「玉郎……?」 吐き捨てるように告げたセリフに、帝太郎がきょとんとした面持ちをする。「俺が今言ったこと、忘れんなよ!?」 帝太郎の顔をまともに見ることが出来なくなって、そそくさと向きを変えると、今来た道を戻って行く玉郎。「そんなこと出来るわけないよ。玉ちゃんだって僕にとっては大事な友達なのに……」 だから玉郎には聞こえなかったのだ。 帝太郎がぽつん……と呟いたその一言が――。「兄さん、本当にもう、帰っちゃうの? 一晩ぐらい泊まって行けばいいのに……」 山から下りて来ると、山道の入り口に佐太郎が立っていた。傍
last updateLast Updated : 2026-05-25
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13.封じるということ②

「ごめん、母さん……」 母の気持ちは分かっていても、今の帝太郎には玉郎も瑠璃と同じくらい大切な存在なのだ。 さっき山中で告げられた言葉が、妙に心に引っ掛かっている帝太郎にとって、今一番気に掛けなければならないのは玉郎のこと。「父さんとはいつかちゃんと話をするから」 それは必要なことだと自分自身理解している。ただ、今はまだ踏み切れないだけ。 沈痛な面持ちをして佇む瑠璃の手をそっと握ると、帝太郎は父に挨拶するために家の玄関をくぐった。「父さん」 父は、さっきと変わらぬ姿勢で客間に座していた。 帝太郎の呼び掛けに心持ち顔を上げると「帰るのか?」 まるで予期していたかのようにそう問い掛ける。「はい」 何故かいつでも隆親は、帝太郎がしようとしていることを前もって知っている。十八の歳に家を出る、と切り出した時だってそうだった。「帝太郎。いつだったか佐太郎がこう言ったことがあったよ。お前の鬼はわしのものよりも人間味がある、とね」「佐太郎が……?」「ああ」 そういえば、霊屋の鍵を借りようと実家に電話した際、煮え切らない佐太郎を玉郎が一喝したことがあった。それ以前に二人が交わるようなことはなかったはずだから、佐太郎がそんなことを言ったのだとすれば、多分あの電話がきっかけだろう。「……お前、わしの鬼を見たことはあったか?」「いいえ」 どうして父は自分にこんな話をするのだろう? 一瞬そんな思いが頭の中をよぎる。「これがわしの鬼だ……」 隆親の言葉と同時に目の前を一陣の風が吹き抜ける。その風圧に思わず目をつぶった、ほんの一刹那。 目を開けると、隆親の横に男が一人立っていた。 その瞳は閉じられ、口は堅く閉ざされている。玉より外界に呼び出されたというのに、何も感じていないかのような、そんな雰囲気。「彼は昔、闇喰らいと呼ばれていた」「闇喰らい?」
last updateLast Updated : 2026-05-26
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13.封じるということ③

 今から三十三年前――。 その頃はここ――鹿路の集落――も、玉封師を生業とする二条院家と、それをサポートする闇喰らいの一族――八重垣家――とが共存していて、世帯数も両家を合わせて五十を優に越えるそれなりの規模の村だった。 八重垣家は沢山の垣根が連なるという名が表す通り、二条院家を中心として放射線状に居を構え、その領域内へ邪気が侵入するのを防ぐ一族。 正確には彼らは邪気を跳ね返すのではなく、その身のうちに取り込んでしまうため、多くの者が短命なことが特徴である。この能力は二条院家のそれと違い、修行して高めたりするものではない。濃い、薄いの差はあれど血の中に自然に引き継がれ、本人の意思とは関係なく、それを発揮してしまう。 そんな八重垣の者にとって、その能力が抜きん出ていることが良くないのは言わずとも分かろう。 隆親の親友であった和真は、そんな一族の中にあって他者の数倍の力で闇の気を吸い取ってしまう青年だった。 常に闇の世界と対峙しなければならないが故にその様なものから怨みをかってしまう二条院家と、願わずとも負の気をその身に取り込んでしまう八重垣家。 末期の時、体内に取り込んだ闇に呑まれて鬼と化す者の多い八重垣の人間にとって、異形の者たちを滅することなく封じて浄化する玉封師一族の傍にいることは有益だと考えられていた。 その日、隆親は御霊屋の入り口前で長いこと逡巡していた。 当主であった父が心臓発作で突如他界したのは、庭の桜が満開を過ぎ一斉にはらはらとその花びらを落とし始めたころだった。 気が付けば、桜が全て散り終えるまでには慌しく跡目を継がされていた隆親である。明日には親友の義理の妹と祝言を挙げることも決まっている。当然、こんなところでのんびりしている暇などない。 しかし彼には今までの当主にはない、ひとつの問題があったから――。 二条院家の人間は普通、玉封師として一人前に仕事がこなせるようになると、御霊屋内の祭壇から自分に合う封じの鬼を見つけ出すことになっている。 隆親が玉封師として人の手を取ることなく仕事が終えられるように
last updateLast Updated : 2026-05-27
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13.封じるということ④

 しかし、迷いが残って御霊屋に入れず、躊躇していたところを和真に見咎められてしまった。「他人に理解してもらえねぇことをうじうじ考えたってしゃあねぇだろ? 自分の信念貫いて生きるって決めたんならその状況に誇りを持って生きろや。それが出来ねぇんなら最初から抵抗なんてすんな」 そんな自分を見かねての、和真のセリフである。 その背後に血の繋がらない妹を従えて凛と放たれた親友の声音に、思わず息を呑む。「こいつのためだってんなら尚更やめとけ。んなことされたって嬉しかねぇよ。――な?」 和真にそう聞かれ、瑠璃がこくん……とうなずく。 彼女のことは小さいころから知っている。 先代が仕事で祓いをした折に鬼女が連れていた赤ん坊。それが瑠璃だった。 御霊屋のどこかには、その鬼女を封じた玉もあるはずだ。 鬼女を封じた後、手を尽くして探したにも関わらず、身寄りを見つけることが出来なかった彼女を、父はどういうわけか、八重垣家――それも和真の家――に託した。 それは自分たちが6歳のころの話だ。 預けられた赤ん坊のことが気になって、それまでは面識のなかった和真のもとをよく訪れるようになった。 正直隆親の中で、和真の第一印象は暗い奴で……。 だから余計そんなところへ預けられてしまった赤ん坊が心配で仕方なかったのだ。 ある日突然降って沸いたように出来た妹を、戸惑いながらも世話していた和真。 そんな眼前の親友が、瑠璃を通して徐々に笑顔を見せるようになっていったのを、隆親は覚えている。 それは自分にしても同じで……。 いつも二人の後ろを付いて歩いては、男の子顔負けのじゃじゃ馬振りを披露してくれた瑠璃。そんな彼女を見ていると、嫌なことや悲しいことを全て忘れられる気がした。心底愛しいと思った。 その、妹のような存在であったはずの瑠璃が、十六を超えた辺りから、時折こんな風に女らしい表情をするようになった。 それに隆親が気付
last updateLast Updated : 2026-05-28
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