―序― 存外簡単に手折れた事に、女は呆けた様子で手元を眺める。 先程まで烏が鳴くような、猫が鳴くような、何とも五月蝿い音が聞こえていたはずなのに、今は嘘のようにしん……と静まり返っている。 二月二日にみんなですえた、臍の灸が効かなかったのは何故だろう? 毎月一日には必ず服用していた朔日丸なる薬もいかさまだった……。 出来てしまってから試したけれど、鬼灯も効きゃしなかったし……。 水銀は……怖くて飲めなかったねぇ……。 でもさ、大丈夫……。 ほら、この通り証拠は隠滅出来たじゃないか……。 空には朧に霞んだ下弦の月。 冬の立ち枯れた木々の伸ばす枝が、人間の骨ばった手の如き影を広げて頼りない月光を遮る。 そんな、闇に融け掛けた空間の中で、女がにぃ……と哂う、その赤い口元だけが妙にはっきりと浮かび上がった。 昼の明かりのもとで見たならば、さぞかし妖艶な笑みであっただろう。 美しい女であるが故に、そのどこか狂気に満ちた表情が一層不気味に見える。 白い襦袢をどす黒い朱に染めて月を見上げる女の手には、今まさに生み落とされたばかりの赤子が握られていた。 片手を女に持たれ、人形のようにゆらゆらと揺れるその乳飲み子は、首をあらぬ方向にだらりと折れ曲がらせて、虚ろな面差しで母を見上げる。 赤子の腹には、まだ臍の緒がぶら下がっていた。“遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん 遊ぶ子供の声聞けば 我が身さへこそゆるがるれ” 女はそう呟きながら、カラカラと哂う。 ひとしきり哂ってから、思い出したように、今、己の手でくびり殺したばかりの赤子を愛しそうに抱きしめる。そうしてそのまま闇の中をふらりふらりと彷徨い始めた――。 遊ブ子供ノ声聞ケバ 我ガ身サヘコソユルガルレ――。*** 六畳一間のおんぼろアパートに射し恵む清々しい朝日。 カーテンの隙間を縫うように、一条の光が部屋を分断している。 こたつの上の包みを照らした陽光は、そのまま突き当たりの壁に貼り付けられた沢山の写真へと伸びゆく。 飾られているのは、今
Last Updated : 2026-04-30 Read more