窓から差し込む午後の光が、重厚な木製の家具を照らしている。本棚には古い書物が整然と並び、革の匂いが空気に混じっていた。エドワールが窓辺に立ち、背中を向けたまま外を眺めている。深藍混じりの銀髪が、光を受けて淡く輝いている。 私は扉の前に立ち、手を握りしめた。爪が掌に食い込み、痛みが走る。(婚約を解消していただく)愛されていない相手の隣に立ち続けることは、私には耐えられない。エドワールと婚約して十一年。ずっと彼だけを見てきたからわかる。彼は私を愛していない。「レティシア」 エドワールが振り返り、私を捉える。いつもの無表情で、何を考えているのかわからない。一時は、彼の無表情を勇ましくて格好いいと思っていたときもある。 でも今は、見ていて辛いだけ――。(私を見ていない)「エドワール様」 私は深く息を吸い込んだ。喉が渇き、声が震えそうになる。言葉を紡ぐために、唇を噛んだ。「今日、来たのは婚約を……解消していただきたいと思ったからです」 静寂が降りた。 時計の音だけが、規則正しく部屋に響いている。エドワールは動かず、ただ私を見つめていた。表情が読めない。拒絶されるのか、それとも安堵されるのか。心臓が早鐘を打ち、全身に血液が駆け巡っていくのが分かった。「……どういうことだ、レティシア」 低い声が響いた。 いつもと違う。感情が、声に含まれていた。驚き、動揺、何か別の感情。私は顔を上げ、エドワールを見た。彼の瞳が揺れている。初めて見る表情だった。「私では、エドワール様にふさわしくありません。もっと、宮廷に相応しい方が……」「誰だ」 エドワールが一歩、近づいてきた。足音が床を踏む。静かで、重い音。「誰のことを言っている」「ミリエル様が、お似合いかと……」「ふざけるな」 声が低く沈んだ。エドワールがさらに近づいてくる。距離が縮まり、彼の影が私を覆った。見上げると、エドワールの顔が目の前にあった。真っ直ぐ見つめてくる目が私を捉えて離さない。「十一年だ」 囁きが耳朶を撫でた。「君が大人になるのを、どれだけ待ったと思っている」「え……?」 言葉の意味が分からなかった。(待った? 何を?) エドワールの手が私の肩を掴み、押した。背中がソファに沈み込む。柔らかい感触が身体を受け止めてくれる。すぐにエドワールが覆い被さってきて、重い身
最終更新日 : 2026-01-16 続きを読む