ログイン◆初めての嫉妬
ブリーチをいただいてから三日後、王宮で催された夜会に出席した。
父に連れられ、華やかな広間に足を踏み入れる。シャンデリアの光が煌めき、無数の蝋燭が部屋を照らしていた。
楽団の音色が響き、優雅なワルツが奏でられていた。貴族たちが色とりどりのドレスや正装に身を包み、優雅に会話を交わしている。笑い声があちこちから聞こえてきて、華やいだ雰囲気が広間を満たしていた。
私は淡いピンクのドレスを纏い、父の後ろを歩いていた。ドレスは母が選んでくれたもので、レースの装飾が施された可愛らしいデザインだった。
でも、周囲の令嬢たちと比べると、やはり幼く見える気がした。大人の女性たちは深い色のドレスを着こなし、宝石を身につけ、成熟した美しさを放っている。
(私は女性としてまだ未熟だわ)
これではいつまでたっても、エドワールに振り向いてもらえない。
ふと視線をあげれば、窓際にいるエドワールを見つけた。黒いタキシードに身を包み、いつもの無表情で、一人グラスを傾けている。月明かりが窓から差し込み、彼の銀髪を淡く照らしていた。
(エドワール様!)
私は彼に近づこうとしたが、足を止めた。
一人の女性がエドワールに近づいていくのが見えたから。
プラチナブロンドの長い髪が、シャンデリアの光を受けて輝いている。紫水晶色の瞳が美しい。深紅のドレスが身体の曲線を美しく際立たせ、首元には大粒のルビーのネックレスが輝いていた。
まさに私が想像する大人の女性像だ。
ドレスの着こなしが洗練されていて、歩き方一つとっても優雅だった。私よりずっと年上で、大人の女性の色気を纏っている。
(私とは全然違う)
「ミリエル・フォン・アーデルハイト公爵令嬢だ」
父が小声で教えてくれた。
「宮廷で外交を担当されている、優秀な方だよ。若くして公爵家を支えておられる」
ミリエル。名前は聞いたことがある。
社交界の華と呼ばれ、多くの男性貴族から慕われている女性だ。多くの殿方から求婚されているのに、いまだに結婚を決めないという――。
ミリエルがエドワールに声をかけた。エドワールが振り返る。一瞬、彼の表情が変わったように見えた。
距離が近い。ミリエルがエドワールの隣に立ち、親しげに話しかけている。エドワールは一歩も引かず、ミリエルの言葉に耳を傾けていた。
ミリエルが何か言い、エドワールの肩に手を置く。まるで長年の友人のような、あるいはそれ以上の親密さを感じさせる仕草。ミリエルが微笑み、また何か言葉を交わす。グラスを傾け合い、乾杯するような仕草をした。
そして——エドワールが笑った。
(ああ……そういうことなんだ)
口角が上がり、表情が柔らかくなる。エドワールが、笑っている。ミリエルと話しながら、楽しそうに笑っていた。時折頷き、グラスを傾け、またミリエルの言葉に微笑む。
気づきたくなかったが、理解してしまった。
ミリエルが結婚をしない理由も、エドワールが私にキスしなかったのも――。
全てはそういうことなんだ。
胸に鋭い痛みが走った。
息が詰まり、視界が歪む。エドワールの笑顔。私には見せてくれなかった笑顔だ。ミリエルには見せている。あんなに自然に、心を開いて。二人の間には、私が決して入り込めない親密さがあった。
(私にはエドワール様を笑顔する方法がわからないわ)
「レティシア? 顔色が悪いが……」
父が心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫です。人の多さに酔ってしまったのかもしれません」
ようやく絞り出した声は、震えていた。父が私の肩を支えてくれる。
「休憩室で休むかい?」
「いえ、大丈夫です」
全身は氷のように冷たく、全身が凍りついていくようだった。父から離れると、ふらつき足取りで、会場の隅へと移動した。
今は、誰の目にも触れられたくない。とくにミリエルとエドワールには自分の姿を見られたくなかった。
少し離れたところで父が心配そうに見ているのがわかったが、大丈夫だと笑顔を見せた。父は不安そうにしつつも、他の貴族に話しかけられて私から視線を外した。
(普通にしなくちゃ……)
ぎゅっと拳を握り、身体を強張らせた。
視線を動かして、エドワールたちへと向ける。
ミリエルがエドワールの腕に軽く触れていた。エドワールは自然にその手を受け入れている。拒絶しない。嫌がらない。私がキスしそうになった時は、あんなに慌てて身を引いたのに。ミリエルには触れられても平気なようだ。
(彼の好きな人は、ミリエルだわ)
私は家同士の発展のために結んだ婚姻なだけ。
確信が胸に落ちた。だから私を拒んだ。愛する人が別にいるから、私に触れることができなかった。
ミリエルのような、聡明で美しく、大人の女性がエドワールの好みなのだろう。
その場から逃げ出したい衝動に駆られたが、身体が言うことを聞かなかった。ただエドワールとミリエルから視線を逸らして会場の隅で、胸の痛みが落ち着くのを待っているしかできない。目の端に映る二人の会話は続き、時折笑い声が聞こえてくる。ミリエルの優雅な笑い声と、エドワールの低く穏やかな笑い声に胸が張り裂けそうだった
楽団がワルツを奏で始めた。貴族たちがダンスフロアへと移動していく。ミリエルがエドワールに何か言い、手を差し出した。エドワールが僅かに躊躇うような表情を見せたが、ミリエルの笑顔に頷いた。
二人がダンスフロアへと向かう。美しい二人の光景に、会場の視線は注がれた。
私は静かにそっと、二人に背を向ける。壁に身体を預けて、苦しい胸を抑えた。
(どうしたら私は、魅力的な大人になれるだろう)
こぼれ落ちそうになる涙を堪えると、唇を噛み締めた。
(まだ泣いては駄目よ)
人が多すぎる。泣くのは家に帰ってから――。
「大丈夫ですか?」
男性の声がして顔をあげた。優しい笑みでこちらを見ている。
「ええ、少し緊張してしまって。人が多いところは苦手なんです」
震える手を重ね合わせると、にっこりと微笑んだ。
「可愛いらしいドレスがお似合いで、つい話かけてしまいました。良かったら――」
男性がテディシアに手を差し伸べてくる。
「レティシア」
背後から声がかけられた。聞き慣れた低い声。心臓が跳ね上がる。振り返ると、エドワールが立っていた。
いつもの無表情。さっきミリエルに見せていた笑顔は、もうどこにもなかった。冷たく、遠い表情。氷の侯爵の顔になっている。
「エドワール様」
私は小さく頭を下げた。声が震えないように、必死で抑える。喉が渇き、息が苦しい。
(どうしてここにいるのかしら)
ダンスしていたはずなのに。
いつから自分の存在に気づいていたのだろうか。
嫉妬で震える身体を、エドワールに見られていたのかもしれないと思うと居た堪れなくなる。
レティシアに声をかけてきた男性は、エドワールの姿を見るなり「またあとで」と逃げるように立ち去ってしまう。
きっとダンスを申し込もうとしていたところに、エドワールが来たから退散したのだろう。
「顔色が悪いが、体調が悪いのか?」
淡々とした口調だ。
「いえ、緊張してしまって」
エドワールの銀青色の瞳が私を見つめている。さっきまでミリエルを見つめていた時の温かさは、微塵も感じられない。
(婚約者である私を見つけてしまったから、致し方なくこちらに来たんだわ)
エドワールの楽しい時間を奪ってしまったのかもしれないと思うと、自分の存在が邪悪なものに感じられた。
「無理をするな。休憩室で休んだ方がいい」
心配するように私の腰に手を回してくるエドワール。ふわっと香ってきたフローラルな香水の匂いに、思わず顔を背けてしまった。
(これは彼の匂いじゃない)
女性がつける香水の匂い。さっきまで一緒にいたミリエルの匂いだ。
「ご心配をおかけてして申し訳ありません。でも、大丈夫です。久しぶりに父に連れられて、大きな場に参加したので、少々人に酔っただけですので」
私は笑顔を作り、エドワールとの距離をあけた。顔の筋肉が強張り、ぎこちない笑顔になっていただろう。エドワールの表情が僅かに曇った。眉が僅かに寄せられ、何か言いたげな表情でこちらを見つめている。
「……そうか」
短い返答。会話が途切れた。沈黙が重くのしかかる。
周囲では楽しげな会話が続き、笑い声が響いていた。
(私はミリエルみたいに楽しい会話ができない)
何か話さなければと思ったが、何も言葉が出てこなかった。エドワールも何も言わず、ただ私を見つめている。視線が重い。
「ブローチ――」
胸元につけているブローチに、エドワールが気づいてくれたようだ。
私は胸元に手を当てる。淡いピンクのドレスの胸元には、銀のブローチが輝いている。エドワールが出張から戻った時にくれた、あのブローチ。
「先日いただいたブローチ、今日のドレスにつけさせていただいております」
明るく言った。エドワールの視線が私の胸元に向けられる。ブローチを見つめている。
「……ああ」
短い返事。それだけ。表情は変わらない。無表情のまま。嬉しいのか、嬉しくないのか、何も読み取れなかった。
「とても綺麗で……気に入っております」
私は笑顔で続けた。エドワールに喜んでほしかった。少しでも、笑顔を見せてほしいと願った。でも、エドワールは無表情のまま。
比べたくなくても、比べてしまう。私はミリエルみたいに、彼の笑顔を引き出せない。
「似合っている」
淡々とした口調で感情が込められていない。お世辞のような言葉に胸が凍えた。心では落ち込みながらも、私は笑顔を保ち続ける。
「ありがとうございます」
礼を言った。エドワールが頷き、会話が途切れた。再び、沈黙が流れる。
「エドワール様の次のご出張は、いつ頃になりますか?」
いつもする質問と同じ。私には会話を広げる能力がないのだと、痛感する。
「来月だ。二週間ほど」
「そうですか……お気をつけて」
「ああ」
短い返答。やっぱり会話が続かない。
私と話していて、エドワール様は楽しいですか。
嬉しいですか。それとも、退屈ですか。
聞きたくても、言葉にはできなかった。
「緊張は解けか? 少し顔色が良くなったように見える」
エドワールが尋ねた。
「はい、エドワール様のおかげです」
笑顔で答えると、エドワールが僅かに眉を寄せる。何か言いたげな表情なのに、何も言ってくれない。ただ私を見つめているだけ。
「レティシア……」
名前を呼ばれた。顔を上げると彼が何か言いかけて、止まった。
その時、エドワールが誰かに呼ばれた。貴族の一人が近づいてきて、エドワールに話しかけ始めた。外交の話らしく、私には難しい用語が飛び交う。私は二人の会話の邪魔にならないようにスッと後ろに下がるとエドワールの視線が動いた。
「すまない。少し席を外す」
「はい。どうぞ、お気になさらず」
私は笑顔で答えると、エドワールが去っていく。大きな背中が遠ざかっていくのを見つめた。
彼の姿が消えると、私の作り笑顔が崩れる。
結局、私との会話ではエドワールの笑顔は引き出せなかった。エドワールは無表情のままで話も盛り上がらなかった。プレゼントのことを伝えても、淡々とした反応だった。
ダンスも誘われなかった――。
答え合わせをしてしまった気分だ。
ミリエルと私。彼にとって、どちらが大切な女性なのか。
「ああ……」
小さく声が漏れた。
気づきたくなかった。何も知らずにいられたら、私は今日、エドワールに声をかけられただけで舞い上がっていただろうに。
(この気持ちに蓋をしよう)
エドワールに迷惑をかけないように、彼が自由に恋愛ができるように。私は何も知らないふりをし続けよう。
私は父にひと足先に帰る旨を伝えて、会場を後にした。
月明かりが窓から差し込み、廊下を淡く照らしている。静かで、冷たい光。私はその光の中で、彼への気持ちを封印した。
――あれから二年の月日が過ぎ、私は十八歳になった。エドワールとの心の距離は開いたまま。
舞踏会では、いつもミリエルと笑うエドワール。
婚約者として私にできることといえば、彼の恋愛をそっと応援することだけ。
でももう……終わりにしよう。
彼が本当に好きな人と一緒になれるように私は身を引く――そう覚悟を決めた。
◆幸せな日常 侯爵夫人としての生活が始まった。 朝は、エドワールの腕の中で目を覚ます。仕事がどんなに忙しくても、夜は必ず帰ってきてくれた。 外交でしょっちゅう出張だと結婚前は屋敷を開けていたのに、今は全くその気配はない。それにもし出張が入った場合は、これからは私も連れていくからと宣言されている。 離れたくないと言われてしまったら、私も嬉しくてつい「ついていきます」なんて勢いよく答えていた。 朝食も、夕食も、一緒に取る。たまに昼食も――。仕事が詰まってなければ、一度帰宅してくれるのだ。 エドワールは仕事の話をしてくれるようになった。外交機密に関することは口にはしないけれど、仕事場であった面白い話を教えてくれる。「レティシアの意見を聞きたい」 エドワールがよくそう言って、私の考えを尊重してくれる。 社交界にも、一緒に出席するようになった。エドワールが必ず隣にいてくれる。他の男性がただ挨拶目的で近づいてきても、すぐに腰に手を回してまるで「俺のだ」と言わんばかりに睨みを利かせていた。 その光景を目撃されるたびに、「嫉妬深い夫はすぐに嫌われるわよ」と、ミリエルに嗜められていた。 一時期は二人の関係を勘違いしていた私だったが、ミリエルとは友人になった。お茶会に招かれは、時間も忘れてミリエルと話し込んでしまう。夕方になると、エドワールが迎えにきて帰る――というのが今では通常の流れになっている。「エドワールったら、レティシアのことばかり話すのよ」 ミリエルが笑いながら言う。「可愛いって、綺麗だって、愛おしいって。もう、聞いているこっちが恥ずかしいわ」 頬が熱くなる。エドワールは、私のことをそんなふうに話しているのか。「お恥ずかしいです」「幸せそうで、良かったわ」 ミリエルが優しく微笑んだ。「あなたたち、本当にお似合いよ」(嬉しい) ミリエルの言葉に、私はにっこりと微笑んだ。「あの――ミリエル様は秘密の恋をしてるって聞いたのですが」 恐る恐る尋ねると、ミリエルは満面の笑みで「秘密にしているつもりはないのよ」と言い、振り返って背後に立つ男性を愛おしそうに見つめた。「騎士のリカルドよ」 凛々しい顔つきの青年だった。リカルドは私と視線が合うと、軽く頭を低くして挨拶をする。私も会釈を送る。「か、格好いいですね」「惚れちゃ駄目よ?」「惚
◆新婚初夜 結婚式は、夢のような時間だった。 白いウェディングドレスを纏い、バージンロードを歩く。エドワールが祭壇の前で待っていた。いつもの無表情ではなく、柔らかい笑顔で私を見てくれた。 誓いの言葉を交わし、指輪を交換した。私たちは、正式な夫婦になった。 七歳の頃からの夢が叶った。エドワールの妻になること――。 寝室に入ると、エドワールが扉を閉めた。鍵がかけられる音が響く。エドワールが振り返り、私を見つめる。熱を帯びた瞳には抑えきれない欲望が滲んでいる。「レティシア、ウェディングドレス、とても綺麗だったよ」 エドワールが囁いた。一歩、近づいてくる。(綺麗って言ってもらえて良かった) 彼に気に入ってもらえるように、吟味して選んだのだ。「ウェディングドレス姿の君は、天使のようだ」「それは……言い過ぎです」 褒め言葉に、頬が熱くなる。エドワールが私の頬に手を添えた。「今からドレスを脱がしてもいいか?」 囁きに、心臓が跳ね上がった。エドワールの手が私の背中に回り、ドレスのファスナーを下ろしていく。ゆっくりと、愛おしそうに。ドレスが床に落ち、白い下着姿になった。エドワールの視線が私の身体を這う。「美しい」 囁きに、恥ずかしさが込み上げてくる。身体を隠そうとすると、エドワールが手を掴んだ。「レティシアの全部を見たい」 真剣な声で言うとエドワールが私を抱き上げ、ベッドへと運ぶ。柔らかい感触が背中に伝わった。エドワールが私の上に覆いかぶさってくる。「今日からは、遠慮しない」 囁きが耳元で響いて、身体が反応してしまう。(今までだって、遠慮しなくて良かったのに) 彼は優しいから、私の心と身体を大切に扱ってくれていた。それはそれで、嬉しいけれどすれ違って辛い思いをするくらいなら、遠慮してほしくない。 エドワールの唇が私の唇に重ねられた。最初から深く、激しいキスだった。舌が侵入してきて、口内を蹂躙していく。息が苦しくなるほどの長いキス。離れると、糸が名残惜しく引いていった。「エドワール様……」 思った以上に甘ったるい声で名前を呼んだ。エドワールの瞳が優しく細められる。「今日からは、敬称なしで呼んでくれないか」「え……?」「エドワールと」「エドワール……」 緊張しながらも名前を呼ぶ。エドワールの表情が嬉しそうに蕩けた。「ああ、い
◆朝食 目を覚ますと、陽の光が窓から差し込んでいた。 全身が鉛のように重く、動かすのが辛い。腰が痛い……太腿の内側も、秘所も、鈍い痛みが残っていた。 昨夜のことを思い出し、頬が熱くなった。エドワールに抱かれて何度も求められ続けた。(嬉しい) 隣を見ると、エドワールが眠っていた。穏やかな寝顔で胸の奥が温かくなる。銀髪が乱れ、額にかかっている。思わず手を伸ばし、髪を撫でた。エドワールの瞼が動き、ゆっくりと目を開ける。「おはよう、レティシア」 掠れた声が色っぽい。エドワールが私を抱き寄せてくれる。温かくて心地よい。「おはようございます、エドワール様」 エドワールの腕の中で、安心感が全身を満たしていく。「身体は……大丈夫か」 心配そうな声でエドワールの手が私の背中を撫でる。「痛いです……少し」「すまない。激しくしすぎた」「いえ……幸せでした」 囁いた。エドワールの瞳が揺れ、額にキスを落とす。「愛している」「私も……愛しています」 抱き合ったまま、しばらく時間が過ぎた。やがて、エドワールが身体を起こした。「朝食を用意させよう」 使用人を呼び、朝食の準備を命じる。私も身体を起こそうとしたが、腰に力が入らなかった。「起き上がれません」 小さく呟いた。エドワールが私を抱き上げる。「無理をするな」 エドワールが私を抱いたまま、バスルームへと運んでくれた。温かいお湯を張った浴槽に、ゆっくりと身体を沈める。お湯が痛む身体を包み込み、痛みが和らいでいく。「気持ちいい……」 小さく呟いた。エドワールが私の髪を撫でる。「ゆっくり浸かっていてくれ。朝食ができたら呼ぶ」 エドワールが部屋を出ていく。 湯から上がると、エドワールが用意してくれた寝衣を着た。部屋に戻ると、テーブルに朝食が並べられていた。パン、スープ、果物。食欲はあまりなかったが、エドワールに勧められて席についた。「食べられるか」 心配そうに尋ねられ、頷いた。スープを一口飲む。温かく、優しい味。身体に染み込んでいく。「美味しいです」 私の言葉にエドワールが柔らかく微笑んだ。 朝食を終えると、エドワールが私を抱き寄せて移動する。ソファに座り、私を膝の上に乗せてくれた。温かい胸板に頭を預けて、私は幸せを噛み締める。「レティシア、話がある」 エドワールの真剣な声が頭上で
◆寝室で「歩けないだろう」 囁きに、頷くことしかできなかった。エドワールが私を抱きしめたまま、廊下を歩く。客室ではなく、別の扉の前で立ち止まった。「私の部屋だ」 エドワールが扉を開けた。寝室は暖炉の火だけが灯り、薄暗かった。 炎が揺れるたびに、影が壁を這う。中央には天蓋付きの大きなベッドがあり、深紅のカーテンが垂れ下がっている。 窓からは月明かりが差し込み、床に淡い光の帯を作っていた。空気は暖かく、木の香りが混ざり合っている。 ベッドへと運ばれ、柔らかい感触が背中に伝わった。エドワールが私の隣に横たわった。横向きになり、私の頬に手を添える。「疲れただろう」「はい……」 正直に答えた。エドワールが微笑み、額にキスを落とす。「休んでいい。ただ、隣にいさせてくれ」 優しい声。エドワールが私を抱きしめた。温かい胸板に顔が押し付けられ、心臓の音が聞こえる。規則正しく、力強い鼓動。「愛している」 囁きが頭上で響いた。「私も、愛しています」 囁き返した。エドワールの腕に力が込められ、強く抱きしめられる。 キスが落とされた。額に、頬に、唇に。優しく、愛おしむような口づけ。唇が重ねられ、舌が絡み合う。 深く、甘いキス。エドワールの手が寝衣の上から身体を撫でる。肩から腕へ、腰から太腿へ。優しく、丁寧に。「触れていいか」「はい」 エドワールの手が寝衣の紐を解き、肌を露わにしていく。冷たい空気が肌に触れ、鳥肌が立った。胸が晒され、エドワールの手が柔らかい膨らみを包み込む。大きな手が、胸を覆い尽くす。揉みしだかれ、形が変わる。「ん……」 声が漏れた。エドワールの唇が胸に移動し、先端を吸い上げた。舌で転がされ、歯で軽く噛まれる。もう片方の胸も同じように愛撫され、身体が熱くなっていく。「君の身体、全部が愛おしい」 エドワールの声が掠れていた。唇が腹を撫で、腰骨にキスを落とす。太腿を撫でられ、内側を這われる。熱が集まり、身体が反応する。「休んでいいと言ったが……悪い。もう一度、君を感じたい」 囁きに、胸が高鳴った。エドワールの瞳が私を見つめている。熱を帯びた、愛に満ちた眼差し。「はい……」 囁いた。エドワールが微笑み、私を優しく抱きしめた。 エドワールの手が私の太腿を撫で、膝を掴んで開かせた。 恥ずかしさに顔が熱くなり、目を閉じる。エ
◆浴室で 身体の力が抜け、ソファにぐったりと身を沈めた。 全身が疲れ果て、指一本動かすことができそうにない。エドワールが私を抱きしめたまま、額にキスを落とす。優しく、慈しむような口づけだ。「もっと一緒にいたい」 囁きが耳元で響いた。「今夜は泊まっていってくれないか」 エドワールの声が甘く、懇願するような響きを含んでいた。私は疲れた身体を起こし、エドワールを見上げた。銀青色の瞳が私を見つめている。優しく、愛おしそうな眼差しに胸が温かくなった。「私も……一緒にいたいです」 エドワールの顔がほころび、笑顔になった。柔らかく、温かい笑顔。私だけに向けられた特別な表情だと思うと嬉しい。「レティシアの家には私から伝えておく」 エドワールが微笑んだ。立ち上がり、服を整える。書斎の扉を開け、使用人を呼んだ。「客室の準備を。レティシア様が今夜は泊まられる」 命令する声。使用人が恭しく頭を下げ、準備に向かった。エドワールが私に手を差し伸べる。大きく、温かい手。手を取り、立ち上がった。足が震え、まっすぐ立てない。エドワールが私の腰を支え、身体を寄せてくれた。「歩けるか」「大丈夫です」 強がってみたものの、足に力が入らず、一歩踏み出すのも辛かった。エドワールが私を抱き上げた。腕の中で身体が宙に浮き、思わず首に腕を回す。「無理をするな」 優しく叱られ、頬が熱くなった。 廊下を歩く使用人たちが行き交い、私たちを見て目を伏せる。恥ずかしさが込み上げてきた。抱きかかえられて運ばれる姿を見られている。何があったか、察せられているだろう。 客室へと案内され、エドワールが私をベッドに降ろした。柔らかい感触が背中に伝わる。「入浴の準備が整いました」 メイドが部屋に入ってきて告げた。エドワールが頷き、私を再び抱き上げる。「一人で大丈夫です」「いや、送る」 有無を言わせない口調で浴室まで運ばれ、扉の前で降ろされた。「ゆっくり浸かっておいで」 エドワールが髪を撫でた。頷き、浴室へと入る。扉を閉め、息をついた。 浴室は湯気が立ち込めていた。大きな浴槽に温かい湯が張られ、薔薇の香りが漂っている。服を脱ぎ、身体を洗う。太腿の内側に、白濁した液体が伝っている。エドワールに抱かれた痕跡だ。頬が熱くなり、胸が高鳴った。 湯船に身体を沈めると温かさが身体を包み込み、疲
◆婚約破棄の申し出 侯爵邸の門をくぐる時、足が震えた。 馬車から降り、石畳を踏みしめる。一歩一歩が重く、時間が引き延ばされているように感じた。執事が扉を開け、私を中へと導く。廊下を歩く音が響き、自分の心臓の音と重なって聞こえた。「書斎でお待ちです。どうぞ」 執事が扉の前で立ち止まり、ノックをした。中から低い声が響く。「どうぞ」 扉が開かれ、私は一歩を踏み出した。書斎はいつも通り静かで、窓から差し込む午後の光が重厚な家具を照らしていた。本棚には古い書物が整然と並び、革の匂いが空気に混じっている。エドワールは窓辺に立ち、背中を向けたまま外を眺めていた。深藍混じりの銀髪が、光を受けて淡く輝いている。「レティシア」 振り返ったエドワールの顔は、いつもの無表情だった。銀青色の瞳が私を捉え、何も語らない。冷たく、遠い。私は胸が締め付けられるのを感じた。あの夜会での光景が蘇る。ミリエルと談笑するエドワール。初めて見た彼の笑顔。柔らかく、心を開いた表情。私には決して見せてくれなかった笑顔。胸が痛んだ。息を吸い込むたびに、肺が軋むような感覚があった。「エドワール様」 私は声を絞り出した。喉が渇き、声が震えそうになる。言葉を紡ぐために、唇を噛んだ。「お話があります。婚約を……解消していただきたいのです」 静寂が降りた。 時計の音だけが、規則正しく部屋に響いている。エドワールは動かず、ただ私を見つめていた。表情が読めない。拒絶されるのか、それとも安堵されるのか。心臓が早鐘を打ち、全身に血液が駆け巡っていくのが分かった。「……どういうことだ、レティシア」 低い声が響いた。 いつもと違う。感情が、声に含まれていた。驚き、動揺、何か別の感情。私は顔を上げ、エドワールを見た。銀青色の瞳が揺れている。初めて見る表情だった。「私では、エドワール様にふさわしくありません。もっと、宮廷に相応しい方が……」「誰だ?」 声が低く沈んだ。エドワールが一歩、近づいてきた。足音が床を踏む。静かで、重い音。「誰のことを言っている」「ミリエル様が相応しいかと」「――ふざけるな」 さらに近づいてくる。距離が縮まり、彼の影が私を覆った。見上げると、エドワールの顔が目の前にあった。瞳が私を捉えて離さない。「十一年だ」 囁きが耳朶を撫でた。「君が大人になるのを、どれだけ待