LOGIN◆七歳で決まった婚約
私が七歳の春、父は私を書斎に呼んだ。
重い扉を開けると、見知らぬ大人の男性が二人、ソファに座っている。一人は白髪混じりの髭を蓄えた老侯爵で、もう一人は銀髪の青年だった。青年は窓際に立ち、光を背に受けていた。逆光で顔がよく見えなかったが、背が高く、凛とした佇まいをしていた。
「レティシア、こちらへ」
父が手招きをして、私は緊張しながら父の隣に立った。父の手が私の肩に置かれ、温かさが伝わってくる。
「ハーシェル侯爵家の御子息、エドワール様だ。お前の婚約者となられる方だよ」
――婚約者。
(将来、私の夫となる人……)
エドワールが私に近づいてきた。銀青色の瞳が私を見下ろし、膝を折って目線を合わせてくれた。近くで見ると、整った顔立ちをしていた。冷たそうな印象なのに、瞳は優しかった。
「初めまして、レティシア」
低い声が響いた。大人の男性の声。
(胸がドキドキする)
「は、初めまして……」
小さな声で答えた。エドワールが微笑んだ。口角が僅かに上がり、瞳が柔らかくなる。
「私の可愛いお姫様」
大きな手が私の頭に置かれ、優しく撫でられた。温かく、包み込むような手。父とは違う、大人の男性の手だった。頬が熱くなり、恥ずかしくて下を向いた。
「よろしくお願いします、エドワール様」
私は丁寧にお辞儀をした。ドレスの裾を摘み、習った通りに膝を曲げる。エドワールが微笑んでくれる。
「よろしく頼む、レティシア」
大きな手を差し出され、私は小さな手を重ねた。エドワールの手が私の手を包み込み、軽く握ってくれる。
「私、花嫁修行を頑張りますね」
無邪気に笑った。エドワールの瞳が揺れ、何か言いかけて口を閉じた。
「ああ、期待しているよ」
穏やかな声で答えてくれた。私は嬉しくなり、エドワールの手を両手で握る。
「エドワール様は、どんな花嫁さんが好きですか?」
無邪気に尋ねた。エドワールが少し驚いたような顔をして、それから優しく微笑んだ。
「そうだね……笑顔が素敵な人かな」
「じゃあ、私、いっぱい笑います!」
私は満面の笑みで答えた。エドワールの表情が柔らかくなり、もう一度頭を撫でてくれた。
「ああ。君の笑顔を、楽しみにしているよ」
老侯爵が笑い声を上げた。
「良い子じゃ。エドワール、大切にしてやれよ」
「はい、父上」
エドワールが頷いた。私を見つめる瞳は、優しく、でも少し切ないような色をしていた。
「一日でも早く大人になれるように頑張りますね」
私は首を傾げた。エドワールが静かに笑った。
「君が大人になるまで、ゆっくり待つよ」
「待つって、どれくらいですか?」
「そうだね……十年くらいかな」
「じゅうねん! すっごく長いですね」
私は目を丸くした。エドワールが優しく微笑む。
「長いね。でも、待つのは苦にならない。君が素敵な女性になるのを、楽しみに待っているから」
囁きが優しかった。私は嬉しくなって、エドワールに抱きついた。
「私、頑張ります! エドワール様に相応しい花嫁さんになります!」
エドワールが僅かに身体を強張らせたが、すぐに優しく私を抱きしめ返してくれた。大きな手が背中を撫で、髪に触れる。
「ああ。君はきっと、素敵な花嫁になる」
囁きが頭上で響いた。温かく、優しい声。私はエドワールの胸に顔を埋めた。心臓の音が聞こえる。規則正しく、力強い鼓動。この音を聞いていると、安心した。
「エドワール様、大好き」
無邪気に告白をする。
「……私も、君が好きだよ、レティシア」
囁きが聞こえた。とても優しくて、顔が勝手に緩んできてしまう。
父と老侯爵が微笑ましそうに私たちを見守っている。エドワールの手が私の背中を優しく撫で続けていた。
「月に一度は会いに来よう。君の成長を、見守らせてほしい」
エドワールが囁いた。
「本当ですか! 嬉しいです!」
私は顔を上げ、エドワールを見つめた。銀青色の瞳が、優しく私を見下ろしている。
「ああ、約束だ」
エドワールが私の小さな指に、自分の指を絡めた。
「嘘はつかない。必ず、君に会いに来る」
――その約束は、十一年間守られ続けた。
◆幸せな日常 侯爵夫人としての生活が始まった。 朝は、エドワールの腕の中で目を覚ます。仕事がどんなに忙しくても、夜は必ず帰ってきてくれた。 外交でしょっちゅう出張だと結婚前は屋敷を開けていたのに、今は全くその気配はない。それにもし出張が入った場合は、これからは私も連れていくからと宣言されている。 離れたくないと言われてしまったら、私も嬉しくてつい「ついていきます」なんて勢いよく答えていた。 朝食も、夕食も、一緒に取る。たまに昼食も――。仕事が詰まってなければ、一度帰宅してくれるのだ。 エドワールは仕事の話をしてくれるようになった。外交機密に関することは口にはしないけれど、仕事場であった面白い話を教えてくれる。「レティシアの意見を聞きたい」 エドワールがよくそう言って、私の考えを尊重してくれる。 社交界にも、一緒に出席するようになった。エドワールが必ず隣にいてくれる。他の男性がただ挨拶目的で近づいてきても、すぐに腰に手を回してまるで「俺のだ」と言わんばかりに睨みを利かせていた。 その光景を目撃されるたびに、「嫉妬深い夫はすぐに嫌われるわよ」と、ミリエルに嗜められていた。 一時期は二人の関係を勘違いしていた私だったが、ミリエルとは友人になった。お茶会に招かれは、時間も忘れてミリエルと話し込んでしまう。夕方になると、エドワールが迎えにきて帰る――というのが今では通常の流れになっている。「エドワールったら、レティシアのことばかり話すのよ」 ミリエルが笑いながら言う。「可愛いって、綺麗だって、愛おしいって。もう、聞いているこっちが恥ずかしいわ」 頬が熱くなる。エドワールは、私のことをそんなふうに話しているのか。「お恥ずかしいです」「幸せそうで、良かったわ」 ミリエルが優しく微笑んだ。「あなたたち、本当にお似合いよ」(嬉しい) ミリエルの言葉に、私はにっこりと微笑んだ。「あの――ミリエル様は秘密の恋をしてるって聞いたのですが」 恐る恐る尋ねると、ミリエルは満面の笑みで「秘密にしているつもりはないのよ」と言い、振り返って背後に立つ男性を愛おしそうに見つめた。「騎士のリカルドよ」 凛々しい顔つきの青年だった。リカルドは私と視線が合うと、軽く頭を低くして挨拶をする。私も会釈を送る。「か、格好いいですね」「惚れちゃ駄目よ?」「惚
◆新婚初夜 結婚式は、夢のような時間だった。 白いウェディングドレスを纏い、バージンロードを歩く。エドワールが祭壇の前で待っていた。いつもの無表情ではなく、柔らかい笑顔で私を見てくれた。 誓いの言葉を交わし、指輪を交換した。私たちは、正式な夫婦になった。 七歳の頃からの夢が叶った。エドワールの妻になること――。 寝室に入ると、エドワールが扉を閉めた。鍵がかけられる音が響く。エドワールが振り返り、私を見つめる。熱を帯びた瞳には抑えきれない欲望が滲んでいる。「レティシア、ウェディングドレス、とても綺麗だったよ」 エドワールが囁いた。一歩、近づいてくる。(綺麗って言ってもらえて良かった) 彼に気に入ってもらえるように、吟味して選んだのだ。「ウェディングドレス姿の君は、天使のようだ」「それは……言い過ぎです」 褒め言葉に、頬が熱くなる。エドワールが私の頬に手を添えた。「今からドレスを脱がしてもいいか?」 囁きに、心臓が跳ね上がった。エドワールの手が私の背中に回り、ドレスのファスナーを下ろしていく。ゆっくりと、愛おしそうに。ドレスが床に落ち、白い下着姿になった。エドワールの視線が私の身体を這う。「美しい」 囁きに、恥ずかしさが込み上げてくる。身体を隠そうとすると、エドワールが手を掴んだ。「レティシアの全部を見たい」 真剣な声で言うとエドワールが私を抱き上げ、ベッドへと運ぶ。柔らかい感触が背中に伝わった。エドワールが私の上に覆いかぶさってくる。「今日からは、遠慮しない」 囁きが耳元で響いて、身体が反応してしまう。(今までだって、遠慮しなくて良かったのに) 彼は優しいから、私の心と身体を大切に扱ってくれていた。それはそれで、嬉しいけれどすれ違って辛い思いをするくらいなら、遠慮してほしくない。 エドワールの唇が私の唇に重ねられた。最初から深く、激しいキスだった。舌が侵入してきて、口内を蹂躙していく。息が苦しくなるほどの長いキス。離れると、糸が名残惜しく引いていった。「エドワール様……」 思った以上に甘ったるい声で名前を呼んだ。エドワールの瞳が優しく細められる。「今日からは、敬称なしで呼んでくれないか」「え……?」「エドワールと」「エドワール……」 緊張しながらも名前を呼ぶ。エドワールの表情が嬉しそうに蕩けた。「ああ、い
◆朝食 目を覚ますと、陽の光が窓から差し込んでいた。 全身が鉛のように重く、動かすのが辛い。腰が痛い……太腿の内側も、秘所も、鈍い痛みが残っていた。 昨夜のことを思い出し、頬が熱くなった。エドワールに抱かれて何度も求められ続けた。(嬉しい) 隣を見ると、エドワールが眠っていた。穏やかな寝顔で胸の奥が温かくなる。銀髪が乱れ、額にかかっている。思わず手を伸ばし、髪を撫でた。エドワールの瞼が動き、ゆっくりと目を開ける。「おはよう、レティシア」 掠れた声が色っぽい。エドワールが私を抱き寄せてくれる。温かくて心地よい。「おはようございます、エドワール様」 エドワールの腕の中で、安心感が全身を満たしていく。「身体は……大丈夫か」 心配そうな声でエドワールの手が私の背中を撫でる。「痛いです……少し」「すまない。激しくしすぎた」「いえ……幸せでした」 囁いた。エドワールの瞳が揺れ、額にキスを落とす。「愛している」「私も……愛しています」 抱き合ったまま、しばらく時間が過ぎた。やがて、エドワールが身体を起こした。「朝食を用意させよう」 使用人を呼び、朝食の準備を命じる。私も身体を起こそうとしたが、腰に力が入らなかった。「起き上がれません」 小さく呟いた。エドワールが私を抱き上げる。「無理をするな」 エドワールが私を抱いたまま、バスルームへと運んでくれた。温かいお湯を張った浴槽に、ゆっくりと身体を沈める。お湯が痛む身体を包み込み、痛みが和らいでいく。「気持ちいい……」 小さく呟いた。エドワールが私の髪を撫でる。「ゆっくり浸かっていてくれ。朝食ができたら呼ぶ」 エドワールが部屋を出ていく。 湯から上がると、エドワールが用意してくれた寝衣を着た。部屋に戻ると、テーブルに朝食が並べられていた。パン、スープ、果物。食欲はあまりなかったが、エドワールに勧められて席についた。「食べられるか」 心配そうに尋ねられ、頷いた。スープを一口飲む。温かく、優しい味。身体に染み込んでいく。「美味しいです」 私の言葉にエドワールが柔らかく微笑んだ。 朝食を終えると、エドワールが私を抱き寄せて移動する。ソファに座り、私を膝の上に乗せてくれた。温かい胸板に頭を預けて、私は幸せを噛み締める。「レティシア、話がある」 エドワールの真剣な声が頭上で
◆寝室で「歩けないだろう」 囁きに、頷くことしかできなかった。エドワールが私を抱きしめたまま、廊下を歩く。客室ではなく、別の扉の前で立ち止まった。「私の部屋だ」 エドワールが扉を開けた。寝室は暖炉の火だけが灯り、薄暗かった。 炎が揺れるたびに、影が壁を這う。中央には天蓋付きの大きなベッドがあり、深紅のカーテンが垂れ下がっている。 窓からは月明かりが差し込み、床に淡い光の帯を作っていた。空気は暖かく、木の香りが混ざり合っている。 ベッドへと運ばれ、柔らかい感触が背中に伝わった。エドワールが私の隣に横たわった。横向きになり、私の頬に手を添える。「疲れただろう」「はい……」 正直に答えた。エドワールが微笑み、額にキスを落とす。「休んでいい。ただ、隣にいさせてくれ」 優しい声。エドワールが私を抱きしめた。温かい胸板に顔が押し付けられ、心臓の音が聞こえる。規則正しく、力強い鼓動。「愛している」 囁きが頭上で響いた。「私も、愛しています」 囁き返した。エドワールの腕に力が込められ、強く抱きしめられる。 キスが落とされた。額に、頬に、唇に。優しく、愛おしむような口づけ。唇が重ねられ、舌が絡み合う。 深く、甘いキス。エドワールの手が寝衣の上から身体を撫でる。肩から腕へ、腰から太腿へ。優しく、丁寧に。「触れていいか」「はい」 エドワールの手が寝衣の紐を解き、肌を露わにしていく。冷たい空気が肌に触れ、鳥肌が立った。胸が晒され、エドワールの手が柔らかい膨らみを包み込む。大きな手が、胸を覆い尽くす。揉みしだかれ、形が変わる。「ん……」 声が漏れた。エドワールの唇が胸に移動し、先端を吸い上げた。舌で転がされ、歯で軽く噛まれる。もう片方の胸も同じように愛撫され、身体が熱くなっていく。「君の身体、全部が愛おしい」 エドワールの声が掠れていた。唇が腹を撫で、腰骨にキスを落とす。太腿を撫でられ、内側を這われる。熱が集まり、身体が反応する。「休んでいいと言ったが……悪い。もう一度、君を感じたい」 囁きに、胸が高鳴った。エドワールの瞳が私を見つめている。熱を帯びた、愛に満ちた眼差し。「はい……」 囁いた。エドワールが微笑み、私を優しく抱きしめた。 エドワールの手が私の太腿を撫で、膝を掴んで開かせた。 恥ずかしさに顔が熱くなり、目を閉じる。エ
◆浴室で 身体の力が抜け、ソファにぐったりと身を沈めた。 全身が疲れ果て、指一本動かすことができそうにない。エドワールが私を抱きしめたまま、額にキスを落とす。優しく、慈しむような口づけだ。「もっと一緒にいたい」 囁きが耳元で響いた。「今夜は泊まっていってくれないか」 エドワールの声が甘く、懇願するような響きを含んでいた。私は疲れた身体を起こし、エドワールを見上げた。銀青色の瞳が私を見つめている。優しく、愛おしそうな眼差しに胸が温かくなった。「私も……一緒にいたいです」 エドワールの顔がほころび、笑顔になった。柔らかく、温かい笑顔。私だけに向けられた特別な表情だと思うと嬉しい。「レティシアの家には私から伝えておく」 エドワールが微笑んだ。立ち上がり、服を整える。書斎の扉を開け、使用人を呼んだ。「客室の準備を。レティシア様が今夜は泊まられる」 命令する声。使用人が恭しく頭を下げ、準備に向かった。エドワールが私に手を差し伸べる。大きく、温かい手。手を取り、立ち上がった。足が震え、まっすぐ立てない。エドワールが私の腰を支え、身体を寄せてくれた。「歩けるか」「大丈夫です」 強がってみたものの、足に力が入らず、一歩踏み出すのも辛かった。エドワールが私を抱き上げた。腕の中で身体が宙に浮き、思わず首に腕を回す。「無理をするな」 優しく叱られ、頬が熱くなった。 廊下を歩く使用人たちが行き交い、私たちを見て目を伏せる。恥ずかしさが込み上げてきた。抱きかかえられて運ばれる姿を見られている。何があったか、察せられているだろう。 客室へと案内され、エドワールが私をベッドに降ろした。柔らかい感触が背中に伝わる。「入浴の準備が整いました」 メイドが部屋に入ってきて告げた。エドワールが頷き、私を再び抱き上げる。「一人で大丈夫です」「いや、送る」 有無を言わせない口調で浴室まで運ばれ、扉の前で降ろされた。「ゆっくり浸かっておいで」 エドワールが髪を撫でた。頷き、浴室へと入る。扉を閉め、息をついた。 浴室は湯気が立ち込めていた。大きな浴槽に温かい湯が張られ、薔薇の香りが漂っている。服を脱ぎ、身体を洗う。太腿の内側に、白濁した液体が伝っている。エドワールに抱かれた痕跡だ。頬が熱くなり、胸が高鳴った。 湯船に身体を沈めると温かさが身体を包み込み、疲
◆婚約破棄の申し出 侯爵邸の門をくぐる時、足が震えた。 馬車から降り、石畳を踏みしめる。一歩一歩が重く、時間が引き延ばされているように感じた。執事が扉を開け、私を中へと導く。廊下を歩く音が響き、自分の心臓の音と重なって聞こえた。「書斎でお待ちです。どうぞ」 執事が扉の前で立ち止まり、ノックをした。中から低い声が響く。「どうぞ」 扉が開かれ、私は一歩を踏み出した。書斎はいつも通り静かで、窓から差し込む午後の光が重厚な家具を照らしていた。本棚には古い書物が整然と並び、革の匂いが空気に混じっている。エドワールは窓辺に立ち、背中を向けたまま外を眺めていた。深藍混じりの銀髪が、光を受けて淡く輝いている。「レティシア」 振り返ったエドワールの顔は、いつもの無表情だった。銀青色の瞳が私を捉え、何も語らない。冷たく、遠い。私は胸が締め付けられるのを感じた。あの夜会での光景が蘇る。ミリエルと談笑するエドワール。初めて見た彼の笑顔。柔らかく、心を開いた表情。私には決して見せてくれなかった笑顔。胸が痛んだ。息を吸い込むたびに、肺が軋むような感覚があった。「エドワール様」 私は声を絞り出した。喉が渇き、声が震えそうになる。言葉を紡ぐために、唇を噛んだ。「お話があります。婚約を……解消していただきたいのです」 静寂が降りた。 時計の音だけが、規則正しく部屋に響いている。エドワールは動かず、ただ私を見つめていた。表情が読めない。拒絶されるのか、それとも安堵されるのか。心臓が早鐘を打ち、全身に血液が駆け巡っていくのが分かった。「……どういうことだ、レティシア」 低い声が響いた。 いつもと違う。感情が、声に含まれていた。驚き、動揺、何か別の感情。私は顔を上げ、エドワールを見た。銀青色の瞳が揺れている。初めて見る表情だった。「私では、エドワール様にふさわしくありません。もっと、宮廷に相応しい方が……」「誰だ?」 声が低く沈んだ。エドワールが一歩、近づいてきた。足音が床を踏む。静かで、重い音。「誰のことを言っている」「ミリエル様が相応しいかと」「――ふざけるな」 さらに近づいてくる。距離が縮まり、彼の影が私を覆った。見上げると、エドワールの顔が目の前にあった。瞳が私を捉えて離さない。「十一年だ」 囁きが耳朶を撫でた。「君が大人になるのを、どれだけ待







