一方でその頃、綾子は意識が暗闇の中を、長い間さまよっていた。まず最初に感じたのは、痛みだった。鋭く、鈍く、体のいたるところを突き刺すような痛みだ。次に消毒液の匂い。そして、戦場の病院にあるような雑な音ではなく、もっと規則正しい機械の作動音が聞こえた。綾子は必死に目を開けた。すると、ぼやけた視界が、だんだんはっきりしてきたのだ。自分は清潔な病室に寝かされていて、部屋は広くないけれど、設備は整っていた。しかし、窓の外はどんよりとしていて、朝なのか夕方なのか分からなかった。「目が覚めたか」低く、少ししゃがれた声が響いた。英語だった。綾子はこわばった首を動かすと、ベッドの横の椅子に男が座っているのが見えた。男は濃い色の戦闘服を着ていたけど、所属を示すものは何もつけていなかった。顔には上半分を覆うタクティカルマスクをしていて、見えるのはきりりとした顎のラインと、深い灰緑色の瞳だけだ。瓦礫の中から、そして人質の交換現場で、二度にわたって救ってくれたあの男だった。「ここは……」綾子の声は乾いていて、か細かった。「安全な場所だ。民間の支援を受けている戦場病院で、主要な交戦地帯からは離れている」そう言って、男は立ち上がるとベッドのそばに来た。そして自然な動きでコップを手に取り、ストローをさして綾子の口元に差し出した。「4日間、意識不明だった。爆風による負傷だ。左の肋骨が二本折れて、脾臓が破裂し内出血を起こしていた。左肺の挫傷と気胸もあった。手術は成功したが、しばらくは安静にしたほうがいいだろう」綾子は男の手に支えられながら、少しずつ水を飲んだ。冷たい水が、焼け付くようだった喉を潤していった。綾子は男を見つめて尋ねた。「どうして……私を助けたのですか?」男はコップを元に戻し、静かな灰緑色の瞳で綾子を見つめた。「一度目は、任務中に偶然出くわしただけだ。二度目は……」彼は少し間を置いて言った。「近くであの人質交換を見ていた。あの女性記者の行動は不審だったからな。だが、君は良い医者だ。敵味方関係なく負傷者を手当てする姿も見ていた。優れた戦場医者が、あんなくだらない死に方をするべきじゃないと思ったんだ」男の言葉は率直で、余計な慰めや同情はなかった。でも、それが不思議と綾子には……真実味があるように感じられた。「俺は西村慎吾
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