Semua Bab 癒えない傷痕と、夜明けの約束: Bab 1 - Bab 10

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第1話

「隊長、どうして田村先生の異動願をまた差し戻したんですか?」一方部屋の外で、ドアを開けようとしていた田村綾子(たむら あやこ)の手が、空中で止まった。部屋の中の会話が、ドア越しに耳に届いてきたからだ。「これまで、田村先生の異動申請はあなたによって三回も差し戻されています!そのせいで去年、田村先生はお母さんの死に目に会えなかったんですよ!」その言葉は、鋭い刃物のように綾子の鼓膜を貫き、一語一句が心に深く焼き付くようだった。「それに、田村先生の体はもう限界です。これ以上ここにいたら、死に行かせるようなものですよ!」「分かっている」夏川竜之介(なつかわ りゅうのすけ)の声が聞こえた。「綾子は俺の婚約者だ。俺は誰よりも、彼女の無事を願っている。だが、美咲は戦場記者だ。いつ戦場で怪我をするか分からない。それに美咲のお兄さんが死んだのは俺の責任だ。だからこそ、この3ヶ月、彼女の安全は絶対に確保しなければいけない。綾子は最高の腕を持っている、彼女がいてくれてこそ、美咲の万全も保障されるってわけだ」それを聞いて綾子は、全身の血が凍りつくのを感じた。安西美咲(あんざい みさき)。いつも竜之介を崇拝するような眼差しで見つめている、あの可憐でか弱い花のような、女性記者。そう思うと、綾子は胃の奥からこみ上げてくるような吐き気を感じた。すると、竜之介の声が再び、有無を言わせない口調で響いた。「それに、誰もが綾子を俺の婚約者だと知っている。もし俺が私情で綾子の異動を許可したら、部下に示しがつかないだろう?彼女が残ることで、規律と使命を重んじる証にもなるだろ」それを聞いて、ドアの外に立つ綾子は、まるで魂を抜かれた人形のように、その場に立ち尽くしていた。手から滑り落ちた診断書が、ひらりと床に落ちたことにも、気が付かないほどだった。その瞬間、竜之介の言葉一つ一つが、氷の刃のように、綾子が抱いていた淡い幻想を打ち砕いていたのだった。そう、自分が残された命をかけて、夢見ていた将来は竜之介にとってただの道具で、彼はそれを盾に他の女を守り、彼自身が公正公平であると証明するための見せかけにしていたのだった。さらに竜之介はそのために、何度も自分をこの戦火の中に留めて置き、自分が母の最期に立ち会うことさえ、「特別対応をしない」、「公正公平を期すため」
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第2話

異動部隊は3日後に出発した。案の定、綾子の名前は異動者リストになかった。司令部からの正式な通知は、冷たくて短いものだった。「特別な医療任務」のため、引き続き基地に残れとのことだ。竜之介の権威は絶対だったので、誰も異議を唱えられなかった。そして、案の定紛争は始まった。そんな中、綾子と残った医療チームは、昼も夜も休まず負傷者の手当てにあたった。負傷者の移送任務が終わりに近づいた時、近くで砲弾が爆発した。耳をつんざくような音と衝撃波の後、綾子はぼろぼろの服を着て顔にペイントをした男たちに、乱暴に引きずり起こされた。そして、そのまま綾子は目隠しをされ、両手を縛られて、交戦地帯から連れ去られてしまったのだ。どれくらい時間が経ったのか分からない。気づけば、カビと血の匂いがする部屋に放り込まれていた。目隠しが引き剥がされると、そこは薄暗い倉庫だった。数人の男たちが、貪るような凶暴な目つきで綾子を取り囲んでいた。男たちは綾子が誰だか気づいた。指揮官、竜之介の婚約者で、有名な医者だということに。通信機がオンになり、男たちはカメラに向かって叫びながら要求を突きつけた。そして、綾子の顔を乱暴にカメラに押し付けた。綾子は抵抗しなかった。彼女は不思議なほど落ち着いていた。自分の心臓が、この極限のストレスにあとどれくらい耐えられるか計算する余裕さえあったくらいだ。その時だった。倉庫の古いドアが勢いよく少しだけ開けられ、一人の影がよろよろと飛び込んできた。手には武器ではなく、カメラが握られていた。美咲だった。美咲の顔には恐怖と、病的なまでの興奮が入り混じっていた。レンズは人質の綾子と、その隣にいるテロリストのリーダーに向けられ、静まり返った倉庫に、シャッター音がはっきりと響いたのだ。その様子にテロリストのリーダーは激怒した。部隊の人間ならまだしも、こんな風に命知らずな記者が乗り込んでくるとは思ってもみなかったのだ。すると、綾子の心臓が一瞬、止まったように思えた。次の瞬間、ほとんど本能的に体が動いた。綾子はありったけの力で美咲の方へ突進するかのようにぶつかっていき、かすれた声で叫んだ。「伏せて!」銃声が響いたのは、ほとんど同時だった。しかし、倒れたのは美咲ではなかった。銃を構えたリーダーの方だった。男の眉間
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第3話

特殊派遣部隊の基地に戻った時には、すでに空は暗くなっていた。綾子が腕の擦り傷の手当てを終えたところへ、竜之介の部下の杉山大地(すぎやま だいち)が訪ねてきた。左耳の耳鳴りと心臓の鈍い痛みで、綾子は壁に手をつかなければ自室まで歩けないほどだった。10平米にも満たない部屋だったが、小さな窓と独立したサニタリースペースがあって、綾子にとってはここ4年間で唯一のプライベートな空間だった。しかし、その中から聞こえてきたのは、美咲の声だった。「竜之介さん、ここは日当たりがすごくいいわ。前にいたテントよりずっと静かだし、これなら初稿をもっと早く終えられそう」すると、竜之介が彼女の訴えに答えるようにして言った。「気に入ったんならいいんだ。安心して仕事をしてくれ、安全が第一だからな」一方で、綾子はドアの前に立ちつくしたまま、部屋の中で、美咲がノートパソコンや本を、あの小さな机の上に並べていくのをただ見ていた。そして、竜之介は、美咲のためにスタンドライトの角度を調整してやっているのだった。部屋にあったはずの、綾子のわずかな私物はすべて消えていた。そこで、竜之介は振り返って綾子に気づいたが、彼は表情一つ変えず綾子に近づくと、声をひそめて告げたのだった。「戻ったか。戦況が悪化して、基地内の部屋を再編成することになったんだ。美咲のレポートがちょうど大事な時期で、絶対に静かな環境が必要でな。ここが一番条件がいいからお前は一時的に、B区の廊下の突き当たりにある物置に移ってくれ。簡単な掃除はもうさせてある」その口調は淡々としていて、まるで普通の任務を伝えるかのようだった。綾子は部屋の中に目を向けた。美咲は綾子に気づくと、申し訳なさそうに微笑んだ。「田村先生、ごめんなさい、お部屋を使わせてもらっちゃって。竜之介さんが、ここが一番だって……」「私の荷物は?」綾子は美咲の言葉をさえぎったが、その声はひどくかすれていた。美咲は今思い出したかのように、口に手をあてて小さく叫んだ。「まあ、田村先生、あの古いスーツケースのこと?誰も使わないガラクタが置いてあるんだと思って……さっき、もう係の人に片付けてもらっちゃった」「片付けた?」綾子は美咲をじっと見つめた。美咲はその視線にたじろいで半歩下がり、竜之介の陰に隠れるようにして、さらに声を小さくし
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第4話

監禁3日目の午後、鍵が開く音がした。竜之介がドアの外に立っていた。逆光が、彼の冷たい輪郭を際立たせていたのだった。竜之介は中には入らず、ただ事務的な口調で告げた。「北西エリアの特別医療区で、W国の理事が急性心タンポナーデを起こした。ここの外科医は経験が浅い。お前の腕が一番確かだ。手術が成功すれば、お前の異動申請を受理してやる。一週間以内に帰国させる」綾子は壁にもたれたまま、顔を上げた。薄暗い部屋のせいで綾子の顔は一層青白く見えた。「条件は?」「条件はない。これは任務だ」竜之介の声は淡々としていた。「だが、成功すればお前の望みが叶うだろう」彼からしてみれば、それ以上言う必要はなかった。すると、綾子は壁に手をついてゆっくりと立ち上がったが、足が少し痺れていたようだった。もう辞職を申し出ていたので異動命令を聞く必要はない。でも、医者として目の前で死にかけている患者を見過ごすことはできなかった。綾子は竜之介を一瞥もせず、そばを通り過ぎて外から差し込む光へと歩いて行った。「案内して」手術は5時間近くに及んだ。設備は乏しく、器具も限られている。おまけに、患者の状態も複雑だった。綾子は左耳の耳鳴りと、時折襲ってくる心臓の痛みを無視して、手術に全神経を集中させた。そして汗で彼女の前髪がびっしょりと濡れていき、手術が終わる頃には、綾子はほとんど虚脱状態だった。でも、モニターの安定した数値が手術の成功を告げていたのだった。そこで、綾子は仮眠用のベッドで休むことを許され、その後の指示を待った。疲れ果てて、彼女はすぐに深い眠りに落ちた。次に目を覚ましたのは、外の喧騒が聞こえてきたからだった。歓声と拍手、そして誰かを表彰するようなアナウンスがはっきりと聞こえてきた。彼女は体を起こし、狭い通路の出口まで歩いた。少し離れた広場で、竜之介が美咲の胸に特別な功労賞の勲章をつけているところだった。美咲は興奮で頬を赤らめながらも上品に、駆けつけたらしい海外メディアのカメラに向かって微笑んでいた。拡声器を通して、竜之介の冷静で明瞭な声が聞こえてきた。「安西さんは危機的状況において、その類まれなる勇気と事前に受けた救急医療訓練を活かし、理事の容態安定に貢献しました。そのおかげで、後の手術の成功に繋がったのです
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第5話

綾子は竜之介をじっと見つめた。「5時間の手術、執刀したのはこの私よ。なのにどうして、安西さんが重要なアシストをしたってことになってるの?」竜之介は少しイラついたように眉間を揉んだ。「綾子、あの時は現場も混乱してたんだ。大勢が、美咲が器具を手渡したり、患者を励ますのを見ていた。美咲の報道にはそういう映像が必要なんだよ。彼女のキャリアのためにも、部隊のイメージアップにもなる。実際に執刀したのがお前だってことは、俺が分かってる。だから功績を少し分けてやったって、大したことじゃないだろ」「つまり、私の手術が、安西さんの手柄になったってことね」綾子は続けた。「そして、私の帰国の話も、これでお流れになった。そういうことでしょ?」綾子はすでに除隊を申請していた。だから竜之介が出す異動辞令はもうなんの意味もないのだが、それでも、竜之介が直接約束してくれたはずの辞令を果たしてくれなかったことは、棘のように深く心に刺さったのだった。彼女はほんの僅かな可能性に、賭けていたのかもしれない。竜之介がすべての計算を捨てて、ただ自分という人間への思いやりから、5時間にわたる自分の努力を認めてくれることを。だが、今そんなみじめな期待を抱いた自分自身にさえ、嫌気がさしてきたのだった。そして、心臓もまるで自分の執念に心を貫かれたようで、狭心症の発作よりも鋭い痛みが胸を襲ったのだった。「そんな言い方をするな」竜之介は綾子の前に歩み寄り、口調を和らげようとした。「お前の貢献は、俺が一番よく分かっている。だけど今は状況が複雑でな。美咲と、彼女の後ろにいるメディアの力が必要なんだ。帰国の件については……」竜之介は綾子を見つめ、声をひそめて言った。「国内に戻ったら、結婚しよう。今までのことは……もう水に流すんだ。お前には落ち着いた環境が必要だ。俺も国内勤務を申請するから」綾子は竜之介を見た。その瞳に浮かぶ、いつもの、すべてを天秤にかけるような傲慢さ。上に立つ人間の、当たり前だという表情。そう感じて、彼女は突然、すべてが馬鹿馬鹿しくなり、ひどく疲れてしまった。そして、心臓にいつもの鈍い痛みが走った。でも、それよりも辛いのは、打ちひしがれた後の痺れた感覚だった。「結婚?」綾子は繰り返した。「そうだ」竜之介は、綾子の顔に昔のような信頼や感動を探すように言
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第6話

一方で、綾子の辞表が受理されたのは、提出から7日後のことだった。しかし、まだ荷造りも済ませていなかった。その時、耳をつんざくような警報が、基地全体に鳴り響いた。「緊急招集!安西さんが取材中に待ち伏せに遭い、所属不明の武装グループに人質にとられた!犯人側の要求は、医者一人との人質交換です!」混乱の中、竜之介が完全武装の隊員たちを率いて、足早にやってきた。その顔は恐ろしいほど険しかった。そして竜之介の視線はざっと人垣をなぞると、綾子のところでぴたりと止まった。彼は大股で近づいてくると、有無を言わさず綾子の腕を掴んだ。「ちょっと来い」綾子は竜之介の手を振り払った。「離して。私はもうここの医者じゃないわ。私の退職は……」「今はそんな話をしている時間はない!」竜之介は声を潜め、有無を言わせぬ早口で言った。「相手は医者を指名してきた。今、この基地で条件に合って、なおかつ……相手にこちらの誠意を信じてもらえるのは、お前しかいないんだ」「男性の医者なら?白石先生も、清水先生もいるじゃない!」綾子は問いただした。「男は目立つからダメだ。相手の『コントロールしやすい』という条件に合わない。それに……」竜之介の声はさらに低くなり、冷酷な計算がにじみ出ていた。「お前は俺の婚約者だ。お前を交換に出せば、こちらの誠意が伝わりやすい。敵の油断も誘える。これは本当の交換じゃない。あくまでおとりだ。スナイパーと突撃隊を配置して、美咲を確実に救出するし、お前も危険な目には遭わせない。そういう計画だ」それを聞いて、綾子は、まるで初めて会う人を見るかのように竜之介を見つめた。「私をおとりにして、安西さんを助けるのね。私があなたの婚約者だから、私が行けばあなたが私情を捨て、苦渋の決断をしたように見えるから。そうでしょ?」竜之介は唇を固く結んだ。その瞳には複雑な色がよぎったが、すぐに決然とした光に取って代わられた。「綾子、これは命令だ!それに、人質を救う一番早い方法でもある。美咲にもしものことがあったらどうする!彼女のお兄さんは俺のために死んだんだぞ!分かってくれ!お前の安全は俺が保証する!」「あなたの保証?」綾子はクスっと笑った。もう抵抗することも、竜之介の顔を見ることもやめた。ただ、体の芯まで凍えるような冷たさを感じていた。「案内
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第7話

爆風に吹き飛ばされた綾子は、瓦礫の山へと叩きつけられた。一瞬にして、激痛に襲われた。耳には甲高い耳鳴りだけが残り、視界は真っ赤に染まっていた。そして、額や脇腹から、体のあちこちから、生ぬるい液体が流れ出してくるのを感じた。そんな中、短く、激しい銃声が、あちこちで鳴り響き始めた。ぼやける視界の先に、竜之介が飛び出してくるのが見えた。しかし、彼は自分の方を見ていなかった。爆風で吹き飛ばされ、うずくまって泣いている美咲へまっすぐ駆け寄ったのだ。一方で、竜之介は美咲を抱きしめ、自分の体でかばいながら、遮蔽物の方へと素早く移動させた。そして、竜之介は顔を上げ、爆発の煙が立ち込める混乱した現場を、焦ったように見回した。そこで、瓦礫の中に倒れている綾子を見つけた。綾子はぴくりとも動かなかった。顔も体も土埃と血にまみれ、どれほどの怪我なのかは分からなかった。だが、綾子は……目を開けているようだった。指が、わずかに動いた気もした。「綾子!」と竜之介は叫んだ。だがその声は、爆発の轟音と激しい銃撃音にかき消されてしまった。竜之介が駆け寄ろうとした、その時だった。腕の中の美咲が必死に彼にすがりつき、泣き叫んだ。「竜之介さん!こわい!足が……足が折れちゃったのかもしれない!動けないの!私を置いていかないで!」その時、残された武装集団が、やみくもに銃を乱射し始め、流れ弾が、ヒュンヒュンと音を立てて飛び交うようになったのだ。味方の隊員も応戦を始め、現場は完全にコントロールを失った。竜之介は、もう一度、綾子の方を見た。煙が少し晴れると、綾子がまだそこに横たわっているのが見えた。助けを求めるでもなく、動くこともなく、ただ空を見上げているのか、あるいは、ただ目を開けているだけなのかもしれない。竜之介は、綾子が衝撃で動けないだけだと思った。きっと、命に別状はない。これまでの任務でも、そうだったから。綾子はいつも強く、必ず乗り越えてきたのだ。一方、美咲は腕の中で震え、泣きじゃくり、動けずにいる。死んでしまった美咲の兄から託された言葉が、頭の中でこだまする中で彼は思った。そもそも爆発は、美咲が引き起こしたものだ。これ以上美咲に何かあれば、死んだ戦友に顔向けできない。「隊長!直ちに撤退してください!敵の増援が来る可能性があります!
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第8話

一方で、装甲車は激しく揺れながら、特殊派遣部隊の基地へと帰還した。美咲は竜之介の肩にもたれてすすり泣き、その袖をずっと掴んだまま離さなかった。竜之介は、背筋をまっすぐに伸ばして座っていた。車の揺れで背中の傷から血が滲んでいたが、彼はそれに気づく様子もなく、ただ窓の外を猛スピードで流れていく焦げた大地を見つめていた。そして、最後に見た、瓦礫の中に横たわる綾子の姿。何も語らず、ただ開かれたままの彼女の瞳が、何度も脳裏にちらついていたのだった。すると、竜之介の中でどんどん強くなる不安が広がり、心臓はまるで何かに掴まれてしまったかのようだった。そして、車が停まると同時に、竜之介はすぐさま立ち上がった。「医療班のところへ行く」「竜之介さん!」美咲は竜之介の腕をぎゅっと掴んだ。彼女が青ざめた顔をあげると、瞳には涙がいっぱいたまっていたのだった。「あなたの怪我、すぐに手当てしないと!それに……それに、田村先生は絶対に大丈夫。今までだって、爆撃の中だろうと感染区域だろうと、何度も乗り越えてきたじゃない。彼女はここの中で一番優秀な医者なんだから、きっと大丈夫よ。もしかしたら、もう私たちより先に基地に戻って、隣の医務室で負傷者の手当てをしてるかもしれない。あなたが行ったら、かえって邪魔になっちゃうわ」その声はか弱く、九死に一生を得たばかりのもろさが滲んでいた。でも同時に、綾子なら大丈夫だという強い信頼も込められているようだった。それを聞いて、竜之介は、動きを止めた。そうだ。綾子は、いつも誰よりも冷静で、タフだった。死の淵から人々を救い出したことは、一度や二度じゃない。それは、綾子自身だって同じことだ。あの爆発は確かにひどかった。でも、かすり傷くらいで済んで、もう後続部隊に救助されたかもしれない。綾子ほどの人間が、そう簡単にくたばるはずがない。「先にあなたの傷の手当てをさせて、お願い?」美咲は懇願するように言った。「私……一人だと怖いの。手当てが終わったら、私も一緒に田村先生を探しに行くから」そう言われ、まだおびえる美咲の姿と、美咲の兄の最期の言葉を思い出し、竜之介は焦りを無理やり抑え込んだ。彼はうなずき、連れられて医務室へ向かった。そして、美咲もその後ろについていった。だが、傷を洗浄し、縫合されている間、竜之介の心
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第9話

竜之介はその場に立ち尽くし、頭が真っ白になった。「辞職?異動?」「はい」相手はそう言うと、書類のコピーを差し出した。「田村先生が、一週間前に提出されたものです。その体調や、個人的な事情を考慮して、申請は特別に受理されました。私たちは命令に従い、すぐにでも先生を戦域からお連れするようにと……それで、ご本人はどちらに?」そう言われたが、竜之介は、書類を受け取らなかった。彼は勢いよく振り返ると、司令部の通信室へ駆け込み、厳しい声で命令した。「直ちに、撤退した全部隊に連絡!田村先生の現在地を確認しろ!今すぐだ!急げ!」通信係は、今まで見たこともない竜之介の血相に怯え、急いでコンソールを操作した。すると、各部署から報告がすぐさま集まってきたが、指揮官の車両で戻った負傷者のリストに、綾子の名前はなかった。後から戦場を制圧した部隊も、綾子を発見していない。交戦区域は今も散発的な銃撃が続いており、詳しい捜索はできないとのことだった……綾子は、戻ってこなかった。綾子は辞表を提出していたのだ。綾子はここを去ろうとしていた。あの爆発が起こる前から、もうここを離れることを決めていたのだ。それなのに自分は、爆発が起きたあの瞬間、美咲を庇うことを選んでしまった。撤退する時も、美咲を抱きかかえ、振り返りもしなかった。綾子をたった一人、あの瓦礫の中に置き去りにしてしまったのだ。「綾子……」竜之介は低く唸りながら、ごつい通信デスクに拳を叩きつけると、鈍い音を立てて、デスクにひびが入った。今までに感じたことのない、骨の髄まで凍らせるような恐怖が、一瞬で竜之介を飲み込んでいった。「捜索隊を編成しろ!俺が自ら行く!」竜之介の声はかすれ、その目は赤く充血していた。「隊長!いけません!」大地と数名の隊員が必死で竜之介を押しとどめる。「あのエリアは今や危険地帯です!散発的な交戦も続いていますし、不発弾が誘爆する危険もあるので……危険すぎます!それに、すでにドローンでの偵察は開始されていますから!」だが、「どけ!」竜之介はそう言って拳銃を抜いた。銃口は仲間に向かっていなかったが、彼はほとんど正気を失っているようだった。「綾子がまだあそこにいるんだ!俺が行かなければ!」「隊長、落ち着いてください!」大地は竜之介の腕を掴み、声を潜めて言った。「田
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第10話

それから、捜索は3日間続いたが、何の手がかりも得られなかった。綾子は、まるで神隠しにでもあったかのように姿を消した。その一方、基地の中では次第に噂が広まっていった。誰もがひそひそと指揮官は人質交換の場で、私情を挟まずに女性記者を救った。しかし、そのせいで「不幸にも」婚約者を危険にさらし、犠牲にしてしまったのだ、と話していたのだった。その噂話には、竜之介の冷徹さへの畏敬の念がこもっていた。そして、綾子の不運な境遇への同情も。だが同時に、美咲が元凶だと言わんばかりの、微妙な軽蔑とよそよそしさも含まれていた。その噂が竜之介の耳に届くたび、一語一句がまるで鞭のように心を打ちつけた。私情を挟まず?犠牲?みんなには、何も分かっていない。自分の公も私もとっくに歪んでいたことなんて。綾子を犠牲にしたのは、当然のように彼女から奪い、そして見捨ててきた結果に過ぎない。竜之介は何かに導かれるように、かつて綾子が仮の宿としていた物置部屋へと向かった。中はがらくたでいっぱいだった。でも、隅に置かれた薄いマットのそばに、古びたデザインの小さなスーツケースが一つ置かれていた。それは綾子が国内から持ってきたものだった。彼女の、一番プライベートな品々が詰まったスーツケースで、以前、休憩室から運び出されたものだ。その後、誰かがここに置いたらしく、焼かれずに済んだようだった。竜之介はかがみ込み、スーツケースを開けた。中には簡素な服が、きちんと畳んで入っていた。一番上には、旧式のノートパソコンが置かれていた。このパソコンには見覚えがあった。綾子はこれでカルテを記録したり、母親とビデオ通話をしたりしていた。パソコンにパスワードはかかっていなかった。開いてみると、デスクトップはきれいに整理されていた。最近開いたファイルの中に、いくつかメールの下書きがあった。一通はウェディングドレスのオーダーメイド店宛だった。内容は短かった。【お世話になっております。一身上の都合により、注文番号XXXXのドレスのオーダーをキャンセルします。手付金は返金不要です。申し訳ありません】もう一通は宝石店宛で、こちらも結婚指輪のオーダーをキャンセルする内容だった。メールの送信日は、いずれも綾子が辞表を提出した日と同じだった。「田村綾子の最終診断」とい
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