奥田修司。その四文字は、黄ばんだ紙の上に静かに記されていた。空気が一瞬で凍りつく。航平の瞳が大きく揺れた。「奥田――」反射的に振り返る。奥田もそれを見ていた。顔から血の気が引いている。だが、二人が何かを言うより先に。登録簿を抱えた少女が、不意に足を止めた。そして、ゆっくりと顔を上げる。異様なほど青白い顔。まるで生者の血が通っていないようだった。だがその瞳だけは、底の見えない井戸のように真っ黒だった。少女は二人を見つめる。そして、ふっと微笑んだ。「まだ間に合う」その声はとても小さい。まるで何十年もの時を隔てて届いたようだった。「何だって?」航平が思わず聞き返す。だが少女は答えない。代わりに、腕の中の登録簿をゆっくり開いた。パラッ。ページがひとりでにめくられる。一枚。二枚。三枚。そして最後のページで止まった。そこには、たった一行だけ記されていた。【失踪日時 十月三十一日 午後五時四十二分】航平の呼吸が止まる。その日時を見た瞬間だった。三か月後。まさに三か月後の日付だった。次の瞬間。少女は静かに手を上げた。そして廊下の奥を指差す。「第四書架を探して」「さもなければ――」少女の黒い瞳が奥田へ向く。「彼は消える」その瞬間。照明が激しく明滅した。パッ――図書館は一気に明るさを取り戻した。風の音が戻る。遠くから管理人が施錠する音が聞こえる。まるで、何事もなかったかのように。廊下には誰もいない。少女の姿は消えていた。登録簿もない。残されたのは、その場に立ち尽くす航平と奥田だけだった。激しく脈打つ心臓の音だけが耳に響く。しばらくして、奥田が低く呟いた。「今の……」「お前も見たよな」航平は無言で頷いた。もう幻覚だとは思えない。二人とも同じものを見た。そして。あの時間。十月三十一日。午後五時四十二分。それは、放送事件の時に電子時計が止まった時刻と同じだった。17:42。まるで絶対に変わらない運命の刻印のように。図書館を出る頃には、空はすっかり夜になっていた。帰り道。二人ともほとんど口を開かなかった。駅前に差しかかった時。不意に奥田が立ち止まる。「もし本当だったら」航平が振り向く。奥田は街灯の光を見つめながら言った。
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