航平の呼吸が、一瞬止まった。心臓が、どくん、と強く脈打つ。「……誰?」言葉が口から出た瞬間、自分でもその問いがあまりにも直接的すぎたことに気づいた。けれど奥田は、視線をそらさなかった。むしろ、一歩前に踏み出す。二人の距離が、急に近づいた。「航平」「……うん?」奥田は少しだけ身をかがめるようにして、航平を見下ろす。夕焼けの最後の光が、彼の瞳の奥に淡く残っていた。「さっき言ってたこと」「……」「本気?」航平の喉が、きゅっと締まる。もう覚悟はしていたはずだった。最悪の結果も、受け止めるつもりでいた。それなのに――今、目の前で起きていることは、想像していたどの展開とも違っていた。航平は、小さくうなずく。ほんのわずかな動き。けれど、その意思は揺るがなかった。「うん」奥田はしばらく黙っていた。その沈黙は、決して重苦しいものではなかったが、どこか張りつめた空気を含んでいた。やがて――ふっと、彼は笑った。それは驚きの笑いではない。どちらかといえば、長く張っていた糸がほどけたような、安堵の笑みだった。「よかった」その一言に、航平は思わず目を見開く。「え?」奥田はまっすぐに航平を見つめる。その声は、少し低くて、静かで、けれど確かに届く強さを持っていた。「俺が気になってる人」その瞬間、風がそっと二人の間を通り抜けた。奥田は手を伸ばし、航平の手首を軽くつかむ。強くはない。けれど、逃がさないという意思が、はっきりと伝わってくる。「それも――航平だから」時間が、止まったように感じた。航平の心臓が、胸を突き破りそうなほど激しく鳴り響く。息の仕方さえ、分からなくなる。さっきまで遠くにあったはずの現実が、急にすぐ目の前に引き寄せられたようだった。夕陽は完全に沈み、空は深い藍色へと変わっていく。通りには一つ、また一つと街灯が灯り始める。淡い光が、二人をやわらかく包み込んだ。その下で、二人の影が静かに重なり合う。航平はふと、ある光景を思い出した。夢の中で見た、あの場面。騎士が、自分に向かって手を差し伸べる。――一緒に行くか、と。あのときは、ただの夢だった。現実ではない、触れられないものだった。けれど――今は違う。目の前にいるのは、確かに現実の奥田で。その手も、体温も、すべてが本物で。そし
Ler mais