All Chapters of 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する: Chapter 101 - Chapter 110

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101話 バックドア

ほんの数分、その場で待つ。ゴースト・ジャックがバックドアを開くまでその数分間。周囲を見回す。以前、来た時とさほど変わりは無い。あの悪女がこの部屋で過ごしながらどんな悪事をその脳内で練って来たのか、それはこのバックドアが開けば明らかになるだろう。愛沢くるみその出自には同情はするが。何度も頭の中に浮かんでは消えて行く、疑問。何故、燈をターゲットにしたのか。何故、燈をそこまで憎んでいるのか。ただの嫉妬が原因だったとしても。どうして故意に流産させる、なんて事にまで、手を染めたのか。何もかもを奪いたいという、その原動力となるのは、ただの嫉妬か?俺は笑って首を振る。分からない。俺には全く持って共感も出来ないし、自身の体を売ってまで、高級ブランドが欲しいなんて思った事も無いのだから。ゴースト・ジャックの小さなランプが赤から緑に変わる。開いた。俺はゴースト・ジャックを引き抜き、PCの電源を落とす。寸分の狂い無く、全てのものを元の場所へ戻し、もう一度、部屋を見回す。本当に悪趣味な部屋だ。◇◇◇「じゃあ、愛沢さん。始めますので視界を遮断しますよ」そう言ってゴーグルを愛沢くるみに装着する。眼鏡のようになっているそのゴーグルは、レーザー治療の際に発せられるレーザー光線から目を守る為にあるものだ。だが、今回は。その視界を奪う事で、愛沢くるみ自身が知らない間に奪われるものがあるという皮肉さ。俺はレーザーを当てながら、隣の個室で佐伯燈が愛欲の女王のすり替えとスマホのバックドアの開錠をする為の時間を稼ぐ。ゆっくり、丁寧に。そうする事で愛沢くるみからの俺のへの評価が上がるのも、また皮肉な話だ。◇◇◇隣ではレーザー治療が開始されている。私は個室のロッカーから、イルミの真っ赤なバッグを取り出す。一条和輝の取り計らいで、この個室は一条クリニックのスタッフでさえ、入れないようにして貰っている。イルミのバッグの中。湊から渡されたものと同じ形のアトマイザーが出て来る。使った量までは分からなかったので、偽の方はアトマイザーの容量は満タンにして来たけれど。愛沢くるみの本物の愛欲の女王の方はアトマイザーの八割ほどの量だった。今朝、足して来たのか、甘い匂いがプンプンする。偽の方の量を調整し、違和感の無いようにする。それと同時に、スマホの方にもゴースト・ジャックを挿
last updateLast Updated : 2026-05-01
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102話 バトンタッチ

外に出て、息をつく。本当にあの甘い匂いは苦手だ。あの中にどうしてずっといられるのか、分からない。外の空気が街中なのに、美味しいと感じるぐらい、異様な程の甘さだった。きっと浴びるように香水を振っているのね……)そう思うと本当に笑える。愛沢くるみは五年前、私に言った。私さえ居なければ、二人ともが自分を愛していた、と。確かに颯太は愛沢くるみを愛していただろう。それは私自身も感じていた事だ。家政婦の娘として、雇い主の娘である私に対して劣等感を持っていた愛沢くるみ。そんな彼女であっても颯太は愛沢くるみが好きだったんだろう。でも、もしかしたらそれすら、愛沢くるみの作り出した幻想かもしれない。私はあの当時、湊との結婚が決まっていて、結婚の準備と、自分自身の救急救命医としての仕事に追われていて、愛沢くるみの事も颯太の事も視界に入ってはいなかった。だから颯太が愛沢くるみと結婚すると聞いて、安堵したのは確かだ。私は幼い頃から湊が好きだったし、それはずっと秘めて来た感情ではあった。ただの一度も湊には好きだと言った事が無かった学生時代を過ごし、家同士の取り決めだったとはいえ、湊と結婚が決まった時は嬉しかった。その時には愛沢くるみに愛沢くるみによって、湊への“洗脳”が既に始まっていたとも知らないで。歩きながら私は思う。昔から愛沢くるみは颯太にも湊にも良い顔はしていたし、良い顔という意味では、世の中の男性全員がその対象ではあった。愛沢くるみに再会した時も、愛沢くるみはその場の誰が一番、権力を持っているのかを瞬時に判断し、その場の権力者であった遼大に色目を使ったのだ。思い出すと笑えるけれど、イラっとしたのも事実だ。それは私が遼大を特別な存在として、無意識に認識していたからだろう。待ち合わせの場所に到着する。その場には湊が待っている。「湊」声を掛ける。湊は私を見てふわっと笑う。「燈」こんなふうに待ち合わせするなんて、いつ以来だろうか。「完了したわ、後はよろしくね」私がそう言うと湊がイルミの真っ赤なショッパーを私に見せて言う。「任せてくれ」私はそんな湊に言う。「今はまだ、本物が香ってるわ。だから長居はしないように」そう言うと湊が苦笑する。「あぁ、分かってる」そして不意に思い出して言う。「藤堂氏の目が覚めたわ。診た?」そう聞くと湊がまた苦笑する
last updateLast Updated : 2026-05-02
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103話 利害の一致

愛沢くるみに連絡を入れる。メッセージを流しておけば、返信は来る。燈が言ったように愛沢くるみはきっとあの愛欲の女王の匂いをプンプンさせているだろう。しかもすり替え前のものだ、警戒しないといけない。だが、俺にも役目がある。レセプタータグを愛沢くるみに持たせる事。アトマイザーを買った店で見つけた蝶のチャーム。それを包んで貰って正解だった。俺はその蝶のチャームに特殊な加工をした。少々、無茶なお願いだったが、そのお願いをきいてくれた友人には感謝だ。しかもこんな短時間で仕上げてくれた。連絡を待つ。時計を見る。そろそろ愛沢くるみのレーザー治療が終わる頃合いだろう。蝶のチャームは二つあった。一つはバッグに付けられるように。もう一つはスマホに付けられるような一回り小さいものだ。愛沢くるみのスマホの中身を愛沢くるみ自身に知られる事無く抜き出し、更にリアルタイムで追跡も可能だ。一度、バックドアが開いて、通信環境が整えば、後はバックドアからの侵入など容易い。高嶺遼大からは愛沢くるみのPCの方にもゴースト・ジャックを仕込み、更にレセプタータグも仕込んだと聞いた。愛沢くるみのPCやスマホからは何が出て来るか。鬼が出るか蛇が出るか。不意にメッセージが届く。~渡したいものってなぁに? すごく楽しみ!~無邪気にもそう返信する愛沢くるみに笑い、俺は待ち合わせ場所へ向かう。一緒に居る時間は少ない方が良い。藤堂氏が目覚めたと燈から聞いた。それを口実に愛沢くるみとの時間を最小限に抑えよう。◇◇◇通常、レーザー治療の後は、特殊なテープを顔に貼り付けないといけない。けれど、湊からのプレゼントの申し出なのだ。断れない。なるべく大きめの帽子を被り、紫外線を徹底的に避ける対策を取って、更には出来ればすぐに湊と別れ、自室に籠りたい。今日だけはダメだ。今日だけは籠らないと。そんなふうに思いながら私は顔を鏡で覗く。目元のシミが薄くなっている事を願う。今はレーザー治療のせいで赤くなっているから、なるべく湊に会いたくは無かった。本当はダメなのだけれど、ファンデーションを上塗りして、赤みを隠す。バッグの中のアトマイザーを取り出し、愛欲の女王を吹き付ける。相変わらず、良い香りだ。さっさと料金を支払い、クリニックを出る。日差しを避け、待ち合わせ場所に向かう。顔がヒリヒリする。美しくなる為の痛
last updateLast Updated : 2026-05-03
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104話 過去の亡霊

聖カトリーナへ戻る。藤堂氏の状態を確認する為だ。「湊は大丈夫かしら」私がそう口にすると、遼大が私を見る。「心配?」そう聞く遼大の顔を見る。遼大の顔は少し悲しそうだ。そんな遼大を見て私は微笑み、遼大の頬に触れる。「心配よ、でもそれは一人の医師としてね」そう言うと遼大が微笑む。「そうか、じゃあ、仕方ないな。燈は医師だもんな」そう言われて笑う。「そうよ。湊も私の患者の一人だし、遼大の患者でもあるでしょう?」そう聞くと遼大が笑う。「そうだな」患者、という言葉に少し心が痛む。愛欲の女王に晒されてしまったせいで、少なからず湊にも影響があった。しかもその影響はこれからどんな広がりを見せるのか、収束するのかは分からない。本当に愛欲の女王は罪深い。そしてそれを作った千堂彰も、それを使っている愛沢くるみも。「それで、千堂理の事は何か分かった?」そう聞くと遼大が苦笑する。「少し時間がかかりそうだよ。とりあえず、明日、EMSO(アイゼンバーグ医療戦略機構)日本支局に視察に行ってみないとな」そう言われて私も苦笑する。「そうね」◇◇◇「聖カトリーナに向かってくれ」俺はそう言て座席に背を預ける。「大丈夫ですか?」運転手にそう聞かれて苦笑する。「あぁ、大丈夫だ」そう返事をしながらも、多少の吐き気はあった。匂いを嗅がないようにしていても、これだ。本当に危険だなと思う。すり替えが完了しているのだから、多少、愛欲の女王の威力は落ちている筈なのだ。だからこそ、俺はその場で耐えられたんだと思った。「本当に厄介だな……」独り言を呟く。匂いに何かを混ぜるという行為がどれだけ残酷なのかを思い知る。こちらは呼吸しているだけなのだ。なのに有害なものを強制的に摂取させられてしまう。今頃になって俺は愛沢くるみの“怖さ”を知る。だが、俺は今はもう、愛沢くるみに対しては、嫌悪以外の感情は無い。それが救いだった。レセプタータグが機能している事を願おう。◇◇◇藤堂氏の病室に行く。ご家族の方たちに囲まれて、藤堂氏は順調に回復を見せている。カルテを見て、藤堂氏を診る。「うん、順調そうですね」私がそう言うと藤堂氏が言う。「先生のお陰で助かったと聞きました。ありがとう」そう言われて私は微笑む。「食事も柔らかいものから始めてみましょうか」私はその旨をカルテに書き
last updateLast Updated : 2026-05-04
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105話 昔の男

新田豊彼は私のお腹の子供の生物学上の父親だった。何故、新田豊が父親か分かるか、といえば、そのタイミングで体の関係を持ったのが彼しか居ないからだ。それでも私は何とか時期を誤魔化し、湊に自分から言わないまでも、湊が自分の子供かもしれないと思うように誘導はした。そんなふうに誤魔化したので、お腹の子は産む訳にはいかず、元々、子供は嫌いだったから、産む気も無くて、堕胎する事に関しては迷いは無かった。そんな過去の男からの連絡なんて碌な事は無い、そう思いながらメッセージを確認する。~くるみ、元気か? 最近、全然連絡くれないじゃないか~そんな書き出しだ。(ほらね、やっぱり碌な事を言わないじゃない)更に先を読む。~くるみにお願いがあるんだよ。いくらか融通してくれないか~この男は二言目には金、金、金だ。以前も何度かお金を融通した事があった。それは私が身籠った子供が自分の子であると、確信しているからだろう。しばしの間、考える。溜息をつき、思う。(こんな男、要らなくない?)ただ体の関係を持っただけの男だし、お金を持っていないなら使い様がない。これから先。この男と関係を持つ事は無いし、関係が続くのはリスキーだ。この男に渡すお金なんて、一晩で稼ぎ出せるような額だけれど、回数がかさめば、それはそれで無駄金になる。(どうしようかな、どうやってこの男を処理しよう……)そう考えた時、思い浮かんだのは千堂彰だった。千堂彰にお願いすれば、この男を愛欲の女王塗れにして、再起不能に出来る。千堂彰の息子と同じように。◇◇◇「EMSO(アイゼンバーグ医療戦略機構)の方は、スケジュール調整出来そう?」私がそう聞くと遼大が微笑む。「俺が責任者だからね。日本支局の方の都合は丸無視で良いんだよ」そう言われて私は笑う。「確かにそうね」遼大はラボで偽の愛欲の女王の調合をしている。調合のレシピは完璧なようだ。「でも急に遼大が行くとなったら、向こうは大慌てかもしれないわね」私が笑ってそう言うと、遼大も笑う。「もう既に大慌てのメッセージが来てるよ」そう言いながら遼大が自分のスマホを指さす。「読んでみて」そう言われて私は遼大のスマホを見る。遼大のスマホは私でもロックが解除出来るように、指紋認証が私の分も登録されている。指紋認証して、スマホのロックを解除し、何通か来ているメ
last updateLast Updated : 2026-05-05
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106話 人体実験

聖カトリーナに戻って来る。その頃には吐き気も収まっていた。藤堂氏に会いに行かないといけない。そう思って藤堂氏の病室に向かう。藤堂氏の病室に入ると、ご家族が揃って俺を見る。「藤堂氏の手術の執刀をしました、久遠湊です」そう言うと藤堂氏が微笑む。「あぁ、君か」藤堂氏とは以前、会った事があった。「覚えていてくださったんですね」そう言うと藤堂氏が言う。「あぁ、覚えているとも。聖カトリーナの脳外のエースだからね」そう言われて苦笑する。正直に言えば、天才医師Xとして聖カトリーナに来た燈に比べたら、俺の実力なんてたかが知れていると俺自身が自覚しているからだ。「手術を担当してくれてありがとう」そう言われて俺は微笑む。「お元気になられたようで、良かったです」話し方や仕草などを観察するに、脳の方の後遺症はみられない。表情筋も動きがスムーズだし、問題無いように見える。「どこか動かしにくいとか、気になるところなど、ありますか?」カルテを見ながらそう聞く。既に燈と高嶺さんが回診に来ているようで、サインと所見が書かれている。「いや、特には」藤堂氏がそう言う。カルテにも異常無しと書かれていて、安心する。燈と高嶺さんが先に回診に来ているなら、見落としは無いだろう。「何か変化があったらすぐに仰ってくださいね」そう言ってカルテに異常無しと書き込む。「久遠くん」藤堂氏に呼ばれて藤堂氏を見る。「はい」返事をすると、藤堂氏が言う。「私を助けてくれた恩はきちんと返したいと思っている。それは佐伯先生や高嶺先生にもお伝えしたが、改めて久遠くんにも言っておこう」そう言って藤堂氏が俺を真っ直ぐに見て言う。「何かあれば何でも言ってくれ。力になろう」そう言われて俺は微笑む。「はい、その時は是非」そう返事をしながら、もしかしたら“その時”はすぐに来るかもしれないと思う。◇◇◇千堂彰に連絡を入れる。~千堂先生、お願いがあるんですけど~そんな書き出しで私はその“お願い”を文字で書いて行く。~ちょっと一人、愛欲の女王の虜にしたい男が居るんです~そう書いて送る。これだけで私が何をしたいのか、何を言いたいのかは伝わるだろう。千堂彰に新田豊を預ければ、きっと生きる屍状態にはしてくれる、そんな確信があった。(だって私は実際に見てるもの)思い出してもすごく身の毛がよだ
last updateLast Updated : 2026-05-06
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107話 トロフィー

遼大と一緒にラボから聖カトリーナで私が使っている特別室に戻る。「タグから反応あるかしら」私がそう言うと、遼大が笑う。「バックドアは開いたんだ。おそらくもう既にデータが送信されている筈だよ」遼大がそう言ってソファーに座り、自身のPCを開く。「どう?」聞くと遼大が微笑む。「来てるよ」遼大の隣にへ座り、遼大と共にPCを見る。大量の画像、メッセージの履歴、送着信履歴……ゴースト・ジャックが開いたバックドアからレセプタータグを介して、ありとあらゆるデータが送信されている。「すごいのね……」私がそう言うと遼大が笑う。「まぁね」本当にこの人は何者なんだろうかと思わずにはいられない。「あなたって何者なの?」そう聞くと遼大が笑う。「俺は俺だよ、燈のパートナーだろ?」そう言われて私は微笑む。「そうね、あなたは私の公私を共にするパートナーだわ」そう言いながら私は遼大の頬に触れる。遼大はそんな私の手に触れ、手の甲に口付け、そのまま私の手を握り、言う。「見てみよう」そう促されてPCを見る。画像はそのほとんどが愛沢くるみ自身を写したもの、サロン・ド・オーキッドの内部での写真もある。「これだな」そう言って遼大がクリックしたのは千堂彰と共に写っている写真だった。二人が並んで撮られている写真には、際どい姿の二人が微笑んでいる。それを見て私は眉をしかめる。「こうして見ると本当にサロン・ド・オーキッドはそう言う場所なんだと分かるわね」そう言うと遼大が頷く。「そうだな」そしてどうしてそんな写真を残しておくのかも、私には分からなかった。「どうして写真なんて撮るのかしら」私がそう言うと遼大が笑って言う。「傲慢なんだろ。自身のデータなんて自分自身が流出さえしなければ、何を撮っても大丈夫だと思ってるんだ。あとは互いの保険ってとこだろうな」互いの保険……そう言われて何だか危うい関係性なのだと思う。「信頼の証や自身の思い出って事では無く、これを互いに持っているから、それをばらされたくなければ、って事ね」遼大が画像を元に戻しながら頷く。「そういう事だよ」その関係性の危うさは互いに化かし合っている狐と狸のようだ。「これは……」遼大はそう言いながらまた別の画像をクリックする。そこに映し出されたのは愛沢くるみ自身でも、サロン・ド・オーキッドの内部でも
last updateLast Updated : 2026-05-07
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108話 なり替わり

「湊くん」遼大がそう言って微笑む。湊は私たちを見て、聞く。「レセプタータグ、機能してますか?」そう聞いた湊に遼大が言う。「あぁ、完璧だよ」湊はそれを聞いて微笑みながら言う。「良かったです」湊が歩いて近付いて来る。そしてPCの画面に映っている写真を見て聞く。「これは……?」そう聞く湊に私は言う。「愛沢くるみの所持品よ」湊はPCに近付き、画面に映されたものを凝視する。「これ……燈の服じゃないか」湊がそう言う。「ご名答」遼大がそう言う。私も笑いながら言う。「その写真に写っているもの、全て私が持っていたものよ」湊が聞く。「燈が渡したんじゃないよな?」そう聞かれて私は笑う。「まさか。これ全部、湊、あなたと結婚していた当時のものよ」湊は私の言葉を聞いて絶句している。「愛沢くるみがうちから持ち出したって事か……?」湊が呟くように言う。「持ち出したというよりは、盗み出したってとこだろうな」遼大がそのものズバリを言う。湊は信じられないものを見るような表情の後、眉間に皺を寄せて言う。「いつの間に盗み出したんだ……?」それは自問自答だったんだろう。でも私はその答えが分かるような気がして言う。「加山良江」私がその名を口にすると、二人ともが大きく息をつく。加山良江はその当時、愛沢くるみに借金の減額の口を利いて貰っていた。恐らくは加山良江を懐柔し、文字通り、懐に引き入れて、自分の言う事を聞かせていたのだろう。私と湊が結婚していた当時、加山良江なら自由にマンションの部屋に出入りは出来たし、私が出て行ってからは、それこそ、そこに置いてあるだけの服や宝飾品なのだ、持ち出しても湊が気付かなければ、誰も咎める者は居なかっただろう。そこで私はふと思い出し、クスッと笑う。そんな私を見て遼大が聞く。「燈?」そう聞かれて私は言う。「いえ、ね。クリニックへ行って愛沢くるみのレーザー治療の間にゴースト・ジャックを挿してバックドアを開いている時に、愛沢くるみのバッグの底に見つけたのよ」そう言うと今度は湊が聞く。「何を?」そう聞かれて私は言う。「五年前、私の置いて行った、結婚指輪」それを聞いた瞬間、湊が息を飲んだ。私は笑いながら言う。「それを見た瞬間ね、愛沢くるみは私への嫉妬だけで動いていたんじゃないって分かったの」男性二人が私を見てい
last updateLast Updated : 2026-05-08
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109話 データの精査

次は遼大のPCに送られて来ていたメッセージの確認作業だ。「これ、スマホからのものと、PCからのものと、区別があるの?」私がそう聞くと遼大が少し笑う。「あぁ、今はスマホからのものが送られて来ているみたいだな、PCはまだ動かしていないらしい」レーザー治療をし、部屋に戻ってゆっくり休んでいるんだろう。「スマホは機種の変更をしていても、データ移行をしているだろうから、かなり昔のものも掘り起こす事も出来るだろう」遼大がそう言って微笑む。早速、PCに視線が行く。大量のメッセージが羅列されている。「かなりの量ね」そう言いながら画面をスクロールする遼大を見る。遼大は画面に表示されたメッセージのタイトルであたりを付けているようで、その目は真剣だった。「まずはどこからか……」そう言いながら画面がスクロールされて行く。「もし分かるなら五年前や七年前の事も分かれば良いけど」私がそう言うと遼大が微笑む。「俺の見立てだと、愛沢くるみのような女はきっとトロフィーを大量に所持する事に喜びを覚える質だからな。そういう意味でも七年前の颯太の事や、五年前の燈の事は愛沢くるみの人生の中でもかなりのビッグイベントだった筈だ」ビッグイベント、そう言われて苦笑する。「そうよね、私もそう思うわ」今回のデータに関しては、加山良江の時とは違い、日記を読む訳では無い。誰かとのやり取りをそのまま私たちが入手している。誰とどんな関係で、どんな会話が綴られているのか。しばらくスクロールした後、遼大が言う。「この辺だな」タイトルがズラッと並んでいる。日付が若干、飛び飛びになっているのは、遼大の言った通り、愛沢くるみが自身の成功体験の反芻の為に取っておいたトロフィーだからだろう。加山良江との密な連絡。千堂彰の名前も見え、そして当然、湊の名前も見える。「内容を全部見ても良いが、とんでもなく時間がかかりそうだな」遼大がそう言って苦笑する。「でもよくよく考えたら誰かとの繋がりは分かっても、重要な事はメッセージでは残さない可能性もあるのよね」私がそう言うと遼大も湊も頷く。「確かにな……内容は精査するとして、多少、整理をしてから見た方が良いかもしれないな」そこで皆、溜息をつく。その整理の役目を誰がやるのか、それが問題だった。私も遼大も湊も聖カトリーナでの医師としての仕事がある。「頼める
last updateLast Updated : 2026-05-09
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110話 地下の隔離室

ドアがノックされて、湊と一緒に加山良江が入って来る。「呼び出して悪いわね」私がそう言うと加山良江は少し微笑んで言う。「いえ、私からもお渡ししたいものがありましたので」そう言って加山良江はA4の封筒を差し出す。「この中に私の知る限りの愛沢くるみの情報をまとめてあります」そう言って封筒を差し出す加山良江の目には力が戻っている感じがした。「ありがとう」その封筒を受け取る。加山良江が言う。「私は何をすれば良いですか?」そう聞かれて私は遼大を見る。遼大が言う。「愛沢くるみのスマホとPCにバックドアを開けた。ついさっき、大量のデータが入って来たんだ。それを精査して欲しいんだ」遼大がそう言うと加山良江が頷く。「わかりました」PCの元へ加山良江を連れて行き、遼大が説明をする。「送られて来たデータだ膨大だ。だから加山さんにはメッセージの方の整理をして欲しい」加山良江はPCの前に座ると、聞く。「触っても?」そう聞かれて遼大が頷く。「あぁ」加山良江は器用にPCを操作し始める。「PC、使えるの?」私がそう聞くと加山良江が苦笑する。「えぇ、一応。独学ですが、それなりに」タイピングがかなり早い。(まぁ、そうよね……あれだけ膨大な量の日記を書いているんだもの)そう思いながら情報の整理は加山良江に任せる事にして、私はそのまま、加山良江に渡された封筒を開けて、中を確認する。そこには加山良江がまとめた愛沢くるみの情報が書かれている。「サロン・ド・オーキッドでの、愛沢くるみは“ただの女王”……?」私がそう呟くと、加山良江がPCの操作を止め、苦笑する。「はい、そうです」そう返事をする加山良江に今度は湊が聞く。「どういう事だ?」そう聞かれた加山良江が言う。「サロン・ド・オーキッドは売春、違法賭博をやっていますが、愛沢くるみは経営陣では無いんです。ただのお飾りの女王、経営や運営には関わっていないんです」◇◇◇まずいぞ、まずい。そう思いながらも私は心のどこかで、ここが見つかる訳が無いと思っている。ここはEMSO(アイゼンバーグ医療戦略機構)日本支局の最深部だ。ここへ入るには日本支局の影の責任者である私の許可が無いと誰も入れない筈だからだ。コツコツと暗いコンクリートの床に足音が響く。ここを警備している人間も、私の息が掛かった者たちばか
last updateLast Updated : 2026-05-10
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