All Chapters of 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する: Chapter 121 - Chapter 130

145 Chapters

121話 コントロール外

「さて、これで千堂彰が地下に人を閉じ込める、しかも本部の我々を、という事が分かった訳だ」遼大はそう言いながらスマホを取り出し、画面を見る。「うん、地下でも繋がるな」そう遼大に言われて聞く。「誰かに助けを?」そう聞くと遼大は少し笑って言う。「すぐに解決したら面白くないだろう?」そう言いながら遼大は更に、先程フロアマップを表示させたタブレットを操作し始める。「まずは……千堂彰の足止めをして……」遼大はそう言ってタブレットをタップする。その途端に建物中に響く、さっき鳴ったのとは違う警告音。そして持っていたジェラルミンケースを開くと、中から小型のPCを取り出し、コンクリートの床に座り、小型のPCのキーボードを叩き出す。「千堂彰は俺たちが二人だけで視察に来たとしか思ってないんだろう。通常であれば視察は何人もの人間が連なって形式的に行われるものという認識なんだろうな」そう言う遼大の横に私が座ろうとすると、遼大がそれを止める。「あ、待って」そう言って遼大は懐から大判のハンカチを出し、自分の隣にそれを敷く。「どうぞ、俺の姫」そう言われて私は笑い、敷いてくれたハンカチの上に座る。「二人だけで現れた俺たちを千堂彰は愚かだと思っているだろう。でも本当に俺たちは二人だけなのか? というと?」遼大に聞かれて私は笑う。「違うわね」遼大は微笑み頷く。「そういう事」遼大は自分の脇に置いたタブレットを見つつ、PCのキーボードを叩いている。私と遼大はそもそも、EMSO(アイゼンバーグ医療戦略機構)の1チームだ。私は特殊医療戦略局、副局長であり、主席臨床顧問という立場にあり、それこそ本部に居る人間を何人も統括している立場だし、遼大に至ってはその本部丸ごとを統括している立場なのだ。そんな立場の人間が二人だけで動いているのは、私が天才医師Xとして医療行為に携わる為に必要な措置だっただけで、実際のところは今回の聖カトリーナでの藤堂氏の手術においても、何人もの人間が関係各所への手続きや事務連絡などに関わっている。そして、遼大はそれらの人間を持っているスマホ一つで呼び出す事も可能。しかもここはEMSO日本支局の地下なのだ。どうして千堂彰は私たちの協力者が内部に居るとは考えないのだろう。「それは?」私が遼大の脇にあるタブレットを見ながら聞くと、遼大がクスっと笑
last updateLast Updated : 2026-05-21
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122話 SOS

鳴り響く警告音。息子の元に向かっていた私の足が止まる。「一体、何が起こっているというんだ!」せっかく我が息子の元へ行き、可愛がってやろうと思っていたのに。スマホを取り出して、システム部へ連絡を入れる。「一体、何が起こっている!」そう怒鳴り付けると、システム部の連中が言う。「分かりません、異常を感知する警告音が鳴っていますが、こちらではそれを切る事が出来ないんです」情けない声でそう言うシステム部の連中にため息が出る。「全く……使えない連中だ」私はそう言い捨てて、踵を返す。可愛い我が息子へのお仕置きは後だ。今はとにかくあの忌々しい警告音を切る方が先だ。本部の二人を閉じ込めている部屋の扉は分厚く、これを破る事は出来ないだろう。コントロールパネルは外側にしか付いていない。歩きながら私はふと、あるアイデアを思い付き、ニヤ付く。そうだ、換気ダクトがあるじゃないか。あの換気ダクトを使って、中に愛欲の女王を……いや、今、開発中のもっと危険な薬品を流し込めれば……それはそれで実験体になるじゃないか。エレベーターに乗り、地上階へ上がる。システム部へ行くと中に居た連中が右往左往している。「まだ切れないのか!」そう言いながらコントロールパネルを見る。支局の西端の一部が赤く表示され、それをタップするすると詳細が表示される。<異常を検知>表示されているのはそれだけだ。「警告音のなっている原因を解消しなければ、警告音は切れません」システム部の連中の一人がそう言う。「詳細が無いじゃないか」私がそう言うと、また別の誰かが言う。「そうなんです、だから警告音を切る事が出来ないんです」そう言われて怒りが増す。「この西端の区域に、人はやったのか?」そう聞くとまた別の誰かが言う。「表示されている区域の中に居る人間と連絡を取りましたが、異常は特に無いと報告を受けていますが、もしかしたらそれは人間には感知出来ないものかもしれません」そう言われてしまうと、反論の余地が無い。ここは薬品を取り扱う場所だ。だからこそ、空調システムもその中に異常があるかどうかは常に監視している。私自身が出向くなんて以ての外だ。「とにかく警告音をどうにかしろ」私はそう言ってシステム部を出る。ビーーー!ビーーー!ずっと鳴っている忌々しい警告音で頭がおかしくなりそうだった。だがしかし
last updateLast Updated : 2026-05-22
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123話 呼吸

「湊くんは何て?」隣に居る遼大がそう聞く。「うん、正面突破する気みたい」そう言って微笑むと、遼大が苦笑する。「湊くんらしいな」遼大は私の腰を抱き、私を自分に寄り掛からせる。「疲れてないか?」そう聞かれて私は遼大に寄り掛かりながら言う。「うん、大丈夫」そしてクスっと笑って言う。「それにしても、こんな強硬手段に出るとは思って無かったわ」私がそう言うと遼大も笑う。「本部の人間に対してやる事じゃないよな」私たちが地上階に居た時に鳴った警告音の事を思い出す。「あの警告音はやっぱり……そうよね?」私が聞くと遼大が頷く。「あのタイミングで鳴ったんだ、しかも鳴った瞬間に千堂彰は慌てていたしな」遼大そう言いながら創設者専用タブレットを操作して、私に見せる。「そこに表示されてるように、このEMSO(アイゼンバーグ医療戦略機構)日本支局内の地下は独立しているが、引っ張って来ている電力源はこのEMSOのものだ。だからこそ、上の地上階で消費している電力量と、実際の電力量が合ってない事は、以前から気になってはいたんだ」そう言えば、遼大は千堂彰を天敵と評していた。「千堂彰があなたの天敵だって言ってたけど」私がそう言いながら遼大を見上げると、遼大は私に微笑み、言う。「あぁ、昔からソリが合わなくてね。倫理審査委員なんて掲げているくせに、あの男の頭の中には倫理なんて存在しないんだよ。事あるごとに俺に盾突いて、反論して来ては俺に論破される事を繰り返して来た男だからな」盾突く事、反論する事で自分の地位を確認したいのだろうか。誇示したいのだろうか。「確かに千堂彰の頭の中には倫理なんて、存在しないわね」あの愛沢くるみとあられもない姿で写真におさまるくらいには、倫理観が無い男だ。サロン・ド・オーキッドはそもそも違法な賭博や売春が横行している場所なのだから、倫理審査委員の委員長であるならば、そんな場所への出入りはモラル的にもしてはならない事ぐらいは、どんなに頭の中が空っぽであっても分かりそうなものなのに。「サロン・ド・オーキッドへの出入り、更に愛沢くるみとのあの写真だけでも、倫理審査委員の規範に反するし、EMSOとしても懲戒処分の対象だからな」不意にキーンと頭が痛くなって来る。私がこめかみを押さえると、遼大が聞く。「大丈夫か?」(気付かなかったけれど、こ
last updateLast Updated : 2026-05-23
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124話 警報機

酸素吸入器のお陰か、少し呼吸が楽になる。少しずつ頭の中がクリアになって行く感覚だ。恐ろしい事に千堂彰はこの部屋の換気ダクトを閉じたようだ。私は隣で小型のPCのキーボードを叩いている遼大に聞く。「少しの反撃って?」そう聞くと遼大は私の頭を撫でて言う。「千堂彰はEMSO日本支局内を全て自分のコントロール下に置いていると思っている。だからそれこそがそもそもの間違いだという事を教えてやるのさ」そう言いながら遼大は私に微笑みかけ、小型PCのキーボードのエンターキーをタンと押す。その途端にEMSO日本支局内に設置されているであろう、ありとあらゆる警報機が鳴り出す。「何をしたの?」私がそう聞くと遼大が少し笑って言う。「施設内の警告音だけでは内部で処理すればそれで終わってしまうが、警報機となれば、話は別だ」警報機、それは外部の保安会社とも繋がっている。「という事は、外部の人間がこの施設内に立ち入る為の理由を作ったって事ね」私がそう言うと遼大が笑う。「ご名答。外部の人間が立ち入った際に、警報機の動作を切る事が出来ないなんて事になったら、大事だろう?」千堂彰が全てを牛耳っていると錯覚していたEMSO日本支局。けれど支局は支局なのだ。本部の人間であり、創設者一族の遼大とは、そもそも格が違う。「これで湊くんの正面突破と俺の仕掛けた保安部隊とが、一気にここへ流れ込んで来る」遼大はそう言って私を安心させるように微笑む。◇◇◇百田に命じて換気ダクトを操作し、換気ダクトを閉じた。これで小一時間もすれば二人とも呼吸が出来なくなって窒息死するだろう。「……本当に良いんですか?」百田が聞く。その顔には一抹の不安がよぎっている。「ここはEMSOだぞ? しかも今は何故だか知らんが警告音が鳴り響いている。事故だよ、事故」そう言って笑う。そうさ、ここは薬品を扱うEMSOの支局。何らかの薬品が漏れ出たせいで、正義感の強いあの二人がその場所に飛び込んで行き、窒息したって事にしてしまえば、それは単なる事故になる。痛ましい事故だ。あの二人が死んだ後には、遺体の移動なんていう面倒な作業が待っているが、自分の保身の為、更にはこの地下で行っている私の実験を人に知られない為には、必要な措置だ。仕方ない。そう思っていた時。ピー! ピー! ピー!今度は警告音とは別の音が鳴
last updateLast Updated : 2026-05-24
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125話 Fプロトコル

システム部へと走る。とにかく、この警報機を止めなければ。システム部へ入る。「この警報器を止めろ!」私が怒鳴っても、システム部の中は使えない連中が右往左往するだけで、警報機が切れない。「何故、切れないんだ!」私が怒りにまかせてそう言うと、システム部の連中の一人が言う。「この警報音は特別な制御装置から出されているものです」そう言った男がシステム部の大きなコントロールパネルを指差す。そこに書かれていたのは。<警告  本部最高役員により、Fプロトコルを発動  全エリアの制御権を本部へ意向する>「F、プロトコル……?」呟くようにそう聞くとシステム部の一人が椅子にドカッと座り、力無く言う。「エフ・オーバー・ライド。創設者緊急上書きシステムですよ」そう言われても何の事か分からない。「それは一体、何なんだ!」私がそう言うと、その男は力無く笑い、言う。「要は創設者が緊急に全システムを上書きし、創設者権限でしか、この日本支局の内部は動かせなくなった、という事です」創設者権限……呆然としていると、今までピー! ピー!と甲高く鳴っていた警報機の音が一度、停止し、今度は低い音に変わる。ブー! ブー! ブー!そしてその後に低い男の声の合成音声が流れる。『警告、警告。本部最高役員により、Fプロトコルを発動。全エリアの制御権を本部へ意向する』館内全体に響き渡る合成音声。更にその合成音声が言う。『本部最高役員より、通報あり。生命危機を感知。これにより、支局内全エリアにて登録外の電力を遮断。支局システム部からのアクセスは不可となります』大きなモニターに映し出されたのは、白鳥をモチーフにした紋章。「あれは何だ!」私が聞くと椅子に座っている男が少し笑って言う。「知らないんですか? あれはこのEMSO創設者一族、高嶺家の紋章ですよ」創設者一族、だと……?EMSOの本部グローバル総括総監、最高執行責任者という肩書は知っていたが。あの男がこのEMSOの創設者一族の人間だなんて……。そこで私はハッとする。支局内の登録外の電力を遮断と、そう言っていた。私は踵を返して、さっきまで居たコントロール室に向かう。◇◇◇物々しい合成音声が響き渡っている。「これがほんの少しの反撃なの?」私が笑いながらそう聞くと、遼大がクスっと笑う。「ここの電力を遮断する
last updateLast Updated : 2026-05-25
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126話 絶望の王

部屋を出て、周辺を窺う。「誰も居ない、大丈夫そうだよ」遼大がそう言う。私はその言葉を聞き、それでも慎重に歩く。ふと香る、あの“香り”。遼大を見ると遼大も感じたようで、私たちは顔を見合わせる。「奥、だな」遼大がそう言う。「そうみたいね」私はそう言って更にその地下階の奥を見る。薄暗い照明の下で、何かが動いた気がした。その瞬間、遼大が私を自身の背後に隠す。「誰だ」遼大がそう言うと、その薄暗い照明の下でユラユラとその影が動き、姿を現す。その姿を見て絶句した。そこに立っていたのは痩せ細り、手首と足首から血を流している一人の男性だったから。しかも。その顔は表情が無く、弛緩し、口からはよだれが垂れている。それを見て、瞬間的にそれがあの“千堂理”だと分かるまでにそれ程、時間はかからなかった。「千堂、理、か?」遼大がそう聞く。その男性は壁に寄り掛かり、言う。「そう、だ……」やはり、千堂彰は自身の息子である千堂理を地下に隔離していた。私が駆け出そうとした時、遼大がそれを止める。「行かせて」私がそう言うと遼大は微笑み、言う。「分かってる、でも確認させてくれ」そう言って遼大は壁に寄り掛かっている千堂理に聞く。「君は今、一人か?」そう聞かれた千堂理が少し笑う。「あぁ、そうだ……何故だか知らないが、扉が開いたんだ……このチャンスを逃したら俺は一生、出られなくなると思ったんだ……」遼大が私に微笑み、二人で駆け寄る。ズルズルと壁伝いに力無く座り込む千堂理を遼大が支える。「あぁ……すまない……高級そうなスーツなのに……」千堂理がそう言う。遼大が千堂理の身体を支えたせいで、手首から流れる血が遼大のスーツに付いたからだろう。遼大は笑って言う。「気にするな、君を助ける方が、値千金だ」手首と足首の傷が酷い。「処置しないと」私がそう言うと、遼大が微笑む。「あぁ、分かっている。でもここから出る方が先だ」そう言われて私も頷く。「そうね」立ち上がり、千堂理を支えて歩き出す。「緊急用の電力装置が発動しているだろうが、もしかしたらエレベーターは封鎖されているかもしれない」遼大がそう言う。あの千堂彰ならやるだろう。エレベーターまでたどり着いたけれど、遼大の予想通り、エレベーターは封鎖されている。すぐ隣にあった階段へと続く扉に手を掛ける。ドアノブを力
last updateLast Updated : 2026-05-26
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127話 正面突破と脱出への道

EMSO日本支局前に到着する。俺は車を飛び出して走り出す。(この地下に燈が居る!)藤堂氏が厚生労働省への働きかけをしてくれたお陰で正面突破が可能だ。だが。到着してみて、何だが様子がおかしい事に気付く。白衣を着た研究員たちが日本支局の建物から出て、中庭に集まっている。しかも建物内は聞いた事の無いような警報機の音が鳴り響いている。「あなたが久遠先生ですか?」そう聞いて来たのは厚生労働省の役人だ。「あぁ、そうだ」そう言うとその役人が言う。「藤堂氏の要請により、駆け付けました。現場では久遠先生の指示に従うようにと言われましたが……これは一体、何なんです?」そう聞かれても俺にも分からない。燈や高嶺さんに連絡したが、電源が切れているのか、はたまた電波の入らない場所に居るのか分からないが、通じない。支局の敷地内に入り、俺は集まっている研究員たちに言う。「誰か! 責任者は居るか!」そう声を張ると、一人の男性が出て来る。「私はEMSO日本支局の支局長の南野です」そう言われて俺は南野氏の前に行く。「一体、何が起こっている?」そう聞くと南野氏が曖昧に笑う。「私にも何が起きているやら……」(本当にこの男がEMSO日本支局の支局長なのか?)「何が起こったのか、説明してくれ。今日はEMSOの本部から役員が二名来ていた筈だが」そう言うと南野氏が頷く。「はい、高嶺様と佐伯様ですね。いらっしゃっていましたが、支局内のメインラボを視察中、警告音が鳴りまして……」俺が報告を受けたあの警告音の事だろう。「それで?」先を促すと南野氏が言う。「私たちに退避するように、と高嶺様が仰いまして」(なるほど、無関係の研究員たちを外に出した訳か)「それ以降は私たちはずっとここに居たので、中で何が起こっているかは分かり兼ねます」南野氏にそう言われて更に聞く。「中には誰が?」そう聞くと南野氏が言う。「中には高嶺様、佐伯様、そして倫理審査委員長の千堂氏、と……システム部の人間が数人ほど……」そう言われて俺は考える。(やはり中には千堂彰が居る……そしてこの不気味な警報音……)俺は振り返って厚生労働省の役人を見る。「これは中に突入出来る事案か?」そう聞くと役人の一人が頷く。「えぇ、もちろんです。既に藤堂氏からこの支局内に監禁されている者が居るとの通報を
last updateLast Updated : 2026-05-27
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128話 突入

千堂理から告げられた新薬の存在。「危険な薬品、か」そう言って遼大が苦笑する。「愛欲の女王もかなりヤバかったが、それ以上のものがここにはあるって言うのか」隔離室へ戻りながら遼大がそう呟く。「今まではその新薬が漏れ出さないように、制御出来ていたものが、今回の上書きによって、その制御が外れた可能性があるって事ね」私がそう言うと千堂理が頷く。「そうです、僕の居た隔離室のドアが開いた事がその論拠です」◇◇◇「中の様子はどうだ?」私がそう聞くと百田がモニタリングしながら言う。「監視カメラの映像を確認すると……」そう言いながら百田が監視カメラの映像に画面を切り替える。そこに映っていたのは……。「三人……?!」私は思わずそう言う。高嶺とかいうあの若造が誰かを支えながら歩き、佐伯燈がそれに寄り添うように、エレベーター前から離れて奥へ入って行く。高嶺に支えられているのは間違いなく、私の息子、千堂理だった。百田が私を見上げている。「あの、検体が逃げ出したら……」怯えた口調でそう言う百田に私は笑う。「アイツらが向かっているのは奥だ、奥に出口は無い。しかも新薬の方へ自ら進んで行ってるじゃないか」そう思うと腹の底から笑いが込み上げて来る。「バカな奴らだ。何も知らないで……」あの新薬は本当にむごい。与えたらその場で精神が崩壊するほどの絶望を味わうようで、何人かで治験をしたが、皆一様に精神を崩壊させ、最後には膝をつき、命乞いをし、その顔を醜く変形させて最後には死を迎えた。「防爆ドアが完全に閉まっているんだ、あの新薬がこちらへ漏れ出す事は無い」私がそう言うと、百田が言う。「あの、防爆ドアはこちらへの新薬流入を完全に防ぎ切れるものでは……」そう言われて私は百田を睨む。「分かっている! だが電力はこちらが握っているんだ。あの三人が中で死滅したら、換気システムを使って空気を浄化すれば良い」ここEMSOには高性能の浄化システムが組まれている。いざとなったらそれを使えば良い。「千堂委員長!」百田が急に呼ぶ。「何だ!」聞くと百田が怯えた様子で言う。「これ……」百田が指し示した画面にはEMSO日本支局の正面玄関に立っている数人のスーツ姿の男たちだ。「こいつらは何者だ?」そう聞くと百田が画面をズームする。そこに映し出されたのはスーツ姿の男たち
last updateLast Updated : 2026-05-28
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129話 紫の煙

なるほど、千堂彰は自身が閉じ込めたのではなく、高嶺さんと燈が自ら飛び込んで行ったと言う事で自身の過失割合を減らそうとしているんだな、と分かる。「御託は良い、どこに居るかだけ言え」俺がそう言うと、千堂彰が聞く。「あなた様はどちら様で?」そう聞かれて俺は少し狼狽える。何故なら俺の肩書はただの聖カトリーナの理事でしか無いからだ。俺が答えに窮していると、傍に居た役人が言う。「私は厚生労働省の堤という者だ。藤堂源一郎氏からの通報を受けて来ている。こちらに居るのは今回の立ち入りに際して、藤堂源一郎氏が指名した聖カトリーナ国際医療センターの理事を務められている久遠湊先生だ。現場での指示は久遠先生に一任されている」役人の堤氏にそう言われて千堂彰が苦虫を噛み潰したような顔をする。「お二人は地下階に居ますが、地下階は防爆ドアを閉めてありますので、入る事は出来ません」そう言われて俺は聞き返す。「防爆ドアだと?」俺がそう聞くと千堂彰が笑う。「そうです。地下階で何かの薬品が漏れ出したようで、地下階へお二人が向かいましたが」そう言って千堂彰は天井を見る。「今、流れている音声でお分かりのように、このEMSO日本支局内のコントロールは既に本部へ移行されています」千堂彰は憎らしい程の満面の笑みで俺を見る。「ですので、ここでは制御は不可能なんですよ」俺は苛つきながら厚生労働省の役人たちを見て、言う。「行こう」◇◇◇隔離室の中に入る。隔離室と呼ばれている部屋……その中は甘いあの香りに満ちていた。「ここ……すごい匂いね」私がそう言うと千堂理が無表情ながらも苦笑するような声で言う。「あぁ、いつも定時になると、ベンゾジアゼピン系物質が噴出されるシステムが組まれているから、常時、ベンゾジアゼピン系物質に晒されている室内は、残香が染みついているんだ」その部屋の中央に千堂理が寝ていたであろう、ベッドが置かれている。そしてそのベッドの上に血の跡と、壊された足枷と手枷があった。足枷と手枷を破壊するのに使ったであろう、金属の棒のようなものも床に落ちている。「退路はどこだ?」遼大がそう聞く。千堂理が遼大に支えられたまま指さす。「あそこだ」千堂理が指さした先にあったのは、金属の板で出来ている大きな扉のようなもの。「あれは?」私が聞くと千堂理が言う。「あれは旧実験廃
last updateLast Updated : 2026-05-29
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130話 内側と外側と

地下階へ通じているであろう階段の前には防爆ドアがあり、しっかりと閉まっている。コントロールパネルのようなものも見当たらない。触ってみるが、当然のように鉄の塊で動かせるような代物では無い。「この防爆ドアのコントロールは完全に本部へ移行しているのか?」そう聞くと千堂彰が薄ら笑いを浮かべて言う。「そうですねぇ、私共ではどうにも」この扉の向こうに燈が居る……しかも命を奪うような新薬がこの向こうでは噴出しているかもしれないのだ。ガンッ!悔し紛れにその防爆ドアを蹴る。「燈……」俺はそう呟きながら、必死で考える。(何か打つ手がある筈だ……何か……!)スマホを手に取る。(連絡は入れられないのか?)そう思い電話をかけるが、繋がらない。そんな俺を見て千堂彰がニヤニヤしながら言う。「あぁ、この防爆ドアが閉まっているとあらゆる電波が遮断されるんですよ」そう言ってニヤニヤしている千堂彰に、俺は思わず駆け寄り、その胸ぐらを掴む。「貴様!! こんな時に何を笑っている!!」そのまま壁に千堂彰を押し付け、首の部分を腕で締める。「人の命が掛かっているんだぞ!」俺に締め上げられながらも千堂彰は言う。「その扉の開閉が出来るのは、この支局内のシステムを上書きしたあの若造だけだけなんだ!」そう言ってまたもニヤッと笑い、俺にだけ聞こえるような声で言う。「自分で自分の首を絞めてるのさ、滑稽だな」そう言われて俺は怒りが頂点に達する。そんな俺の肩に手を置いたのは堤氏だった。「久遠先生、落ち着いて」そう言われて俺は千堂彰を掴んでいた手を離す。「クソッ!!」息を切らし、俺は冷静になるよう、努める。(ダメだ……冷静になれ……)そう言い聞かせている俺に堤氏がタブレットを見せる。「久遠先生、見てください」そこに映し出されていたのは、古い配管図。「配管図……か?」そう聞くと堤氏が頷く。「えぇ、そうです。助け出せるかもしれません」◇◇◇ギリギリ……少しずつ扉が開いて行く。紫色の煙がすぐそこにまで迫っている。あの紫色の煙がいわゆる千堂彰の開発した、新薬、なのだろう。あれを吸い込んだら命が危険だと、本能的に分かる。(何か、何かレバーを動かせるようになるもの……)私は周囲を見回す。ふと、滅菌用のホワイトワセリンが飛び込んで来る。救急の医療バッグの中にひっそりと
last updateLast Updated : 2026-05-30
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