All Chapters of 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する: Chapter 131 - Chapter 140

145 Chapters

131話 閉鎖

遼大が一気にレバーを下す。ガチャンッ!そんな音がして、レバーが下がり始め、ゆっくりと扉が音を立てて開き始める。ギィィーー!ゴリゴリと錆が擦れる音と共に、少しずつ扉が開き、やがて人一人分くらいなら通れるくらいの隙間が開く。私はワセリンで油分まみれになった手を、ベッドのシーツで拭い、座っている千堂理に言う。「さぁ、行くわよ」遼大が千堂理を助け起こし、千堂理を背負う。千堂理は血を失っているせいか、その手に力が入らない。「燈、シーツを捩って、紐にしてくれ」遼大にそう言われて私は言われた通りに簡易で紐を作り、千堂理を背負っている遼大と千堂理をその紐で括り付ける。紫色の煙が既に隔離室の中に入り始めている。「いいわ」私がそう言うと遼大は千堂理を背負って、その扉の中に入って行く。私も後に続く。振り返ると紫色の煙がすぐそこにまで迫っている。「扉を一旦、閉めた方が良いかもしれないな」遼大がそう言う。「そうね」私は真っ暗なメンテナンスシャフトをスマホの灯りで照らし、扉のすぐ脇にあったレバーを見つける。(またレバーね)そう思い苦笑する。遼大は千堂理を支えているので、そのレバーを下す事は不可能だ。私はそのレバーに手を伸ばし、力を入れてみる。ガチャンッ!内側のレバーはすんなりと動いてくれた。扉が閉まる。視界が真っ暗な闇に支配される。「このまま……奥に進むと、このシャフトを登る梯子が……見えて来る筈だ……」遼大に背負われた千堂理が言う。「燈、先に行ってくれ」そう言われて私はジェラルミンケースを握り、スマホの灯りを頼りに奥へ進む。◇◇◇私は走り出して行った連中を尻目にコントロール室に戻る。「百田、どうだ?」そう聞くと百田は私に振り返り、言う。「地下階は漏れ出した新薬によって汚染されています」そう言って百田が監視カメラの映像を見せる。そこに映っていたのは紫色の煙が充満している地下階の映像。「フフフ……ハハハハハ……!!」笑いが止まらない。これでアイツらは全員、地獄行きだ。あれだけの量の“絶望の王”に囲まれたら、生きては帰れないだろう。たとえ、生きていたとしても。もうそれは生きる屍になっている筈だ。「排気システムはまだ回すなよ? 外に厚生労働省の役人たちが居るからな」私がそう言うと百田が言う。「ただ、懸念点が……」そう言われてムッ
last updateLast Updated : 2026-05-31
Read more

132話 地上への梯子

暗い地下のメンテナンスシャフトを歩く。突き当りが見えて来る。「あったわ」私はそう言いながらスマホの灯りでその梯子を照らす。「登れるかしら……」そう言うと遼大が苦笑する。「やるしかないだろうな……」灯りを照らし、上を確認する。かなり上に出口がある……けれど暗くて見えない。梯子を上らないといけない。上まで行ったら、重い蓋でも付いているだろうか。遼大と顔を見合わせて頷き合う。「俺が先に上る。上に上がったらもしかしたら蓋が上がらないかもしれないが」遼大はそう言って苦笑する。「もうその時は仕方ないわね」コトンとジェラルミンケースを置く。「これ、どうする?」そう聞くと遼大が言う。「中にショルダーに出来る紐が入ってるよ」そう言われてジェラルミンケースを開き、中を探る。言われた通り、ジェラルミンケースをショルダーに出来る紐が入っていた。それをケースに装着し、紐をくぐって、斜め掛けする。遼大が私の頭をポンと撫でて言う。「行こう」そう言って遼大が梯子に手を掛け、上り始める。遼大に続き、私も梯子に手を掛け、上る。(どれくらい上へ行かないといけないのかしら……)そう思いながらも、もう退路を断たれている今、ここを登るしか無い。◇◇◇狭いコントロール室をウロウロ歩きながら考える。地下階は今や、絶望の王が充満し、入る事は出来なくなっている。防爆ドアが絶望の王を遮断していても、密閉している訳では無いのだから、このコントロール室も危ないかもしれないが。ここで地下階の排気などをコントロールするしか手立ては無く、更に今は、廃棄の為のダクト周辺には藤堂源一郎氏が差し向けた聖カトリーナの理事の男と、厚生労働省の役人が居て、排気すれば、私の悪事が白日の下に晒される。しかも閉じ込めていると思っていたあの三人が、その部屋に居ないかもしれないのだ。どうする? どうするのが正解だ? どうすれば切り抜けられる?◇◇◇梯子を上って行く。古いメンテナンスシャフトだから、梯子自体もかなり錆びていて、手に錆と埃、砂の付く感覚がする。遼大は千堂理を背負っていて、かなり重いだろうと思った。ミシッ、ミシッ……ギリ、ギリ……一段一段上がるごとにそんな音がする。不意にピコンと電子音がした。「何の、音?」梯子を上りながらそう聞くと、遼大がが答える。「おそらくは、遮断されてい
last updateLast Updated : 2026-06-01
Read more

133話 間一髪

何度も何度も鍵のかかったドアへ体当たりする。ドンッ!! ドンッ!!鍵は頑丈に出来ていて、古くはあるが、当然、ドアが体当たりなんかで開く訳が無かった。(何か……このドアをこじ開けるものがあれば……)藤堂氏からの要請で立ち入り検査という名目である以上、扉をこじ開けるという事態になる事までは想定出来ていなかった。だから手元には何も道具は無い。それは厚生労働省の役人たちも一緒だろう。周囲を見回す。「久遠先生! これはどうですか?」堤氏がどこからか、バールのような物を拾って来たのか、俺にそれを渡す。錆びたバールのようなものをドアの隙間に差し込み、力を入れる。ギリギリ……こんなもので開くとは思えないが、何もしないよりは良い。ここは古い建物。EMSO本館とは違い、どの建物も古く、ドアはさび付いている。既に使われていないのだから、鍵だってもう保管されていないだろう。どうしたら開くんだ……どうしたら……!◇◇◇梯子を上るに従って、空気が新鮮になって行くのが分かる。「出口は近いぞ」遼大がそう言う。「えぇ、そのようね」私も梯子を掴みながら、上り切れるだろうかと不安になっていたところだったけれど、空気が新鮮になって行くのを感じ取る度に、自分を奮起する。(もう少しよ……もう少し……)密閉された空間で汗がにじむ。手に汗をかいているのを意識しないよう、努める。そして上って来た距離を見ないように下を見ないように……。微かに空気が振動しているのを感じる。ドンッ! ドンッ!そんな空気の振動。「誰かが外側に来てる?」私がそう聞くと遼大が軽く息を切らしながら言う。「あぁ、その、よう、だな!」遼大も限界が近いのかもしれない。(痩せているとはいえ、成人男性を一人、背負っているんだもの、当然だわ)ガシッ、ガシッ……一段一段、梯子を上って行く。ギリギリ……ガチャガチャ……そんな音がシャフトの中に響いて来る。バンッ!!!そんな大きな、それでもくぐもった音がシャフトの中に響く。誰かが地上階の私たちが目指している場所へ入って来たのだろうか。「燈!!」くぐもってはいるけれど、ハッキリ聞こえた声。(湊の声だわ)「燈!! どこだ!!」湊がそう叫んでいる。「タイミング、良く、俺たちも、ご到着だ」遼大がそう言い、蓋へ向かって叫ぶ。「ここだ!! ここ
last updateLast Updated : 2026-06-02
Read more

134話 緊急搬送

どうする? どうする?ここはもう、逃げるしか無いだろう。このまま百田にここを任せて……。海外へ逃げれば良い。私なら出来るさ。そう思っていた時、電話が鳴る。画面にはあの女の名前。愛沢くるみ舌打ちして電話に出る。「何だ!」私がそう怒鳴るような口調で言ったのが意外だったのか、電話の向こうからはか細い声が聞こえて来る。『千堂先生、私……千堂先生から頂いて愛用している愛欲の女王の事で……』そう言われて私は言う。「今、私は忙しいんだ。聞こえないのか? 私の後ろで警報機が鳴っているだろう? 対処しなきゃならん。お前に使っている時間は無い」そう言って電話を切る。愛欲の女王だ? 今はそんな事はどうでも良い。とにかく私はここから逃げ延びなくてはいけないのだから。「百田」そう呼ぶと百田が私を見る。「お前はここでタイミングを見て、排気システムを作動させろ」そう言うと百田が私から視線を逸らし、言う。「ご自分だけ逃げるんですか?」そう聞かれて私は笑う。「逃げる訳無いだろう? お前という優秀な部下が居るから、大事な事をお前に任せるんだ」百田の肩に手を置き、そう言う。普段ならこれで百田は面白いように私の言う事を聞いて来た人間だ、大丈夫だ。今回もそうだ。そう自分に言い聞かせる。「千堂委員長はどこに?」そう聞かれて私は言う。「私は表の役人たちの足止めだ。ここへ入って来られたら全てが台無しだからな」そうだ、ここには地下階のあらゆる情報が集まっている。普段から自身の息子、理を監視する為に。そしてその愛欲の女王の主成分であるベンゾジアゼピン系物質投与の経過観察カルテなんかも保存されている。大事な大事な研究結果がここにはあった。「最悪の事態の時は、緊急消去のボタンを押すんだぞ」そう百田に言う。一刻も早く、ここを出なければ。そう思えば思う程、私は焦っていた。「じゃあ、後は頼む」そう言ってコントロール室を出た私は息を飲んだ。視界には数人の男たちがこちらへ走って来るのが見えた。瞬間的にそれが私を捕らえる為の人間だと判断する。だが、逃げ場は無い。防爆ドアは完全に閉まっていて、階下へ降りる事も出来ず、しかもその防爆ドアの隙間からは絶望の王が紫色の禍々しい煙となって漏れ出ている。上だ! 上へ逃げる!そう判断し、私は階段を駆け上がる。◇◇◇「急げ! 
last updateLast Updated : 2026-06-03
Read more

135話 目覚め

「聖カトリーナへ連絡を入れろ。搬入時にスムーズに対処出来るよう、高度モニター完備の部屋を確保。新見医師に待機をさせてくれ」俺はそう言って、燈の手を握る。「後発の救急車に乗っている成人男性も同じように聖カトリーナへ搬入しろ、俺が対処する」俺はそう言いながらスマホを出し、湊くんへ連絡を入れる。~聖カトリーナへ向かっている。救出したのは千堂彰の息子の千堂理だ。愛欲の女王の主成分であるベンゾジアゼピン系物質によって、ベンゾ・マスクになっている。対処は俺がする。それからEMSOの地下階は千堂彰の開発した新薬によって汚染されているから、入らないように、気を付けてくれ~一気に送って、俺はスマホをしまい、燈を見る。輸液が入って、少し落ち着いたようだ。意識レベルも少しずつだが戻って来ている。大丈夫だそう思い、ホッとする。燈の頭を撫で、その額に口付ける。「俺が居る、大丈夫だ。俺が燈を守るから」そう呟いて、俺はEMSO日本支局内で起きた、色々な事を反芻する。◇◇◇階段を必死で上る。(どうやってここを出る? 階段を上って上の階に行き、反対側へ走って……)そんなふうに考えながらも、息が切れる。重たい体を揺さぶりながら、とにかく走る。階段を上り切った先で、息が切れて動けなくなる。普段からの不摂生が祟っている。「千堂彰!」声が掛かり、顔を上げる。そこには数人の、いかにも役人風情の男たちと、あの聖カトリーナの理事とかいう男が涼しい顔をして立っている。(こいつらも階段を上がって来たんじゃないのか?!)(どうしてこんなに涼しい顔をしてるんだ!)男たちは息が切れて動けない私に近付く。◇◇◇聖カトリーナに到着する。ストレッチャーに乗せた燈を救急車から下ろす。新見医師が燈の乗ったストレッチャーを待っていた。「過緊張と脱水症状による血管迷走神経反射と血管虚脱、意識レベルは100から30まで回復」俺が救急車を下りながらそう言うと、新見医師が頷く。「高度モニターに繋いでくれ。常時、モニターでデータを管理」俺は救急車内に残っていたジャケットを取り、燈の乗っているストレッチャーを追いかけながら指示を出す。「後発の救急車にも患者が乗っている。その患者に関しては外科的な処置が終わり次第、特別室に入れてくれ」◇◇◇……涼しい……ここはどこだろう……。私はさっきまで狭
last updateLast Updated : 2026-06-04
Read more

136話 それぞれの愛

「後は任せて良いか」俺が堤氏にそう聞くと堤氏が頷く。「はい、大丈夫です。こちらに任せて頂いて」そう言われて俺は聖カトリーナへ急ぐ。(燈は……燈は大丈夫なのか……?)俺は自分の手を見ながら、その手を握り締める。空を切った手……本当に肝が冷えた。一瞬にして最悪のシナリオが頭の中に浮かんだ。俺の隣でそんな燈の腕をがっちり掴んだ高嶺さんを見て、俺は力が抜けたのだ。自分の手をパッと開き、力を抜く。早く聖カトリーナへ向かわなければ。移動しながら加山良江に連絡を入れる。きっと高嶺さんは処置に追われているだろうと思ったからだ。すぐに加山良江から連絡が返って来て、燈が聖カトリーナへ搬送され、処置を受けているという。後から出発した千堂理の病状も気になる。高嶺さんからの連絡にはベンゾ・マスクになっているという。論文でしか読んだ事の無い症例。しかも本人がそうなっているのは、あのマッドサイエンティストの父親のせいだろう。車での移動を開始しながら、考える。自身の父親がやっている事への反意としてなのか、この世の人たちへの注意喚起なのか……。そんな論文を発表したら、自身の父親に捕らわれるとは思わなかったのか、それともそこまでしないと高を括っていたのか。いずれにしても、自身の息子をベンゾジアゼピン系物質に晒し、ベンゾ・マスクという状態にしたというのは、本当に狂っているとしか言いようがない。しかも、俺自身もそうなっていた可能性だってあったのだ。背筋がゾッとする。改めて俺を愛欲の女王なんていうもので支配しようとした愛沢くるみの醜悪さを感じる。◇◇◇電話を切られた……。今まで私に対してあんな態度を取った事なんて一度も無かったのに。何度も愛欲の女王を振ったのに。香りは強くなって行くのに。それまで私が愛欲の女王を振った後に感じていた多幸感が全く感じられない。部屋に備え付けられていた鏡に自分の姿が写る。背を丸め、スマホを見つめている私の顔にはついさっき我慢が出来なくて剥がしたテープの跡があった。レーザー治療したその後は、まだまだ痛々しく残り、黒ずんでいる。(これ、本当に跡が残らずに消えるの……?)私はスマホを操作して別の所へかける。(早く出て……お願い、お願いだから!)◇◇◇聖カトリーナに到着し、俺は走った。ERに駆け込む。「久遠先生!」その場に居た看
last updateLast Updated : 2026-06-05
Read more

137話 光

燈の居る特別室とはまた別の特別室。そこには千堂理が居る。俺はドアの前で短く息を吐き、ドアを一気に開ける。ピッ、ピッ、ピッ、という電子音が響く部屋。ベッドの上に彼は居た。痩せた身体、手首に巻かれた包帯、そして何よりもその男の惨状を表しているのはベンゾ・マスクだ。点滴を繋がれたまま、千堂理は横になっている。千堂理もまた、脱水症状があったんだろう。そしてその顔は無表情で……横になっているとそれ程の違和感は無いが、やはり弛緩しているのか、顔の筋肉が少し垂れているだろうか。近付き、カルテを見る。現場で燈が応急処置をしたと書かれている。そのお陰で出血量が抑えられ、症状として見られるのは多少の脱水症状のみ。輸液をゆっくりと点滴し、要観察と書かれている。不意に患者が目を覚ます。「千堂さん」そう声を掛けると、彷徨っていた視線が俺を捉える。「……あなたは?」そう聞かれて俺は言う。「俺は聖カトリーナ病院の脳外科医、久遠湊です。あなたを救い出した高嶺さんにあなたを託されました」そう言うと千堂理は無表情のまま言う。「そうですか……」俺は椅子を引っ張って来て、座ると言う。「あなたの論文を読んだ事があります。ベンゾジアゼピン系物質による影響とベンゾ・マスクの脅威について」そう言うと千堂理の瞳が俺を見て、ほんの少しその瞳に力が戻る。「その論文は発表された当時、それ程、評価をされなかった。何故ならベンゾジアゼピン系物質の配分量は厳しく管理されていた筈だったから」俺がそう言うと千堂理がクスっと笑う音がした。表情に変化は無かったが。「実は私自身も、ベンゾジアゼピン系物質……愛欲の女王に晒されて、つい最近、解毒し、離脱症状からもやっと抜け出したところなんです」そう言うと千堂理の瞳に驚きが見えた。「あなたも愛欲の女王に……?」そう聞かれて俺は苦笑しながら頷く。「えぇ、前頭葉に多少の影響があったようで、委縮がある」そう言いながら自分の頭を指差す。「しかし、私の場合は解毒が早かったのと、それ程、大量には使用されなかった事が幸いでした」千堂理が俺から視線を外し、天井を見て言う。「解毒出来る、のか……」そう言われて俺は少し笑って言う。「えぇ、可能です。こうして私と会話がきちんと成立しているところをみると、あなたにもその可能性はある。そしてその解毒薬を作ったのは
last updateLast Updated : 2026-06-06
Read more

138話 まやかし

まずは治療計画だ、そう思い、俺は千堂理に言う。「あなたの体の状態をきちんと把握したいので、詳しい検査をさせて下さい」千堂理が頷く。「もちろんです」俺は頷いて、立ち上がる。「体調が復調したら、すぐに検査に」そう言うと千堂理が頷きながら言う。「よろしくお願いします」特別室を出る。特別室の前には高嶺さんが配置したであろう人員が立っている。俺の顔を見て軽く会釈する。(本当に高嶺さんの素性は底知れないな)そう思って笑う。歩き出した俺のスマホが鳴る。見れば画面には愛沢くるみの名前。俺は周りを見て、適当な部屋に入り、通話を繋げる。「はい」そう言うと電話の向こうから愛沢くるみの声。『湊さん……』その声は泣き声に近く、泣いていたんだろうと分かる。「どうした?」優しさを装ってそう聞く。『私、今、すごく心細いの……』そう言われて少し笑う。(それはそうだろうな、レーザー治療して、今はその傷が癒えるのをただ待つだけなんだから)そう思いながら俺は何も知らない無垢な自分を演じる。「心細い? どうして?」そう聞くと電話の向こうで愛沢くるみが、俺の問いには答えずに聞く。『湊さん……私の事、好き?』そう聞かれるとは思っていなくて、思わず吹き出しそうになるのを堪えたが、堪えなくても良いと気付いて、少し笑う。「どうしたんだい? 急に」そう聞いても愛沢くるみは何も言わない。俺は笑って最大の嘘をつく。「くるみの事、好きだし、大事に思っているよ」自分で言っていて鳥肌が立つほどのおぞましさを感じる。電話の向こうで愛沢くるみが言う。『ありがとう』(“ありがとう”か……)そう思って笑う。「くるみ、悪いが患者さんの検査が入っているんだ。行かないと」そう言うと愛沢くるみが言う。『分かった……』その返事を聞き、俺は電話を切る。(まぁ、会いに来いとは言えないだろうな……)そう思って笑う。そのまま、また燈の居る部屋に向かう。千堂理の全体の治療方針を決めないといけない。ノックをすると、返事が聞こえる。「はい」そう返事をしたのは高嶺さんだ。(もう起きたのか)そう思って微笑む。◇◇◇湊が合流し、私も半身を起こして、三人で話し合う。「千堂彰に関しては厚生労働省の人間に任せて来た」湊がそう言う。「それが一番でしょうね」私がそう言うと遼大が
last updateLast Updated : 2026-06-07
Read more

139話 贖罪

私がそう聞くと湊が言う。「会話がちゃんと出来る。バイタルも安定していた。軽い脱水症状があったが、今は輸液を点滴中だ」そう言って湊が少し笑う。「治療方針を考えないといけない」そう言われて私も頷く。「そうね」遼大が腕を組んで言う。「まずは千堂理の体の状態を確認だな」湊が頷いて言う。「あぁ、本人にも体が復調したら詳しい検査をすると言ってあるよ」私は千堂理に触れたあの時の感覚を思い出す。「千堂理の栄養状態はそれ程、良いとは言えないと思う」私がそう言うと遼大も頷く。「あぁ、俺も同意見だ。背負った時に、成人男性とは思えない程の体重の軽さだったからな」湊が少し考えながら言う。「あの状態で失血量を抑えられたのは幸運だったが、体が復調するまでには少し時間をかけないといけないかもしれない」そう言われて私も遼大も頷く。「最大の敵は、やはりベンゾ・マスクだな」遼大がそう言う。「えぇ、そうね」そう返事をしながら私は千堂理の状態を思い出す。無表情で筋肉の弛緩により、垂れ下がった顔……。「高嶺さんが作った解毒薬を千堂理にも投与するべきだろうと思う」湊がそう言う。「解毒薬の話を?」遼大が湊に聞く。湊は苦笑しながら言う。「えぇ、しました。俺自身も愛欲の女王に晒されていた事も話しましたよ」遼大はそれを聞いて少し悲し気に笑う。「そうか」私は湊を見て言う。「きっと千堂理にとっては湊は一筋の光になったと思うの」私がそう言うと湊が私を見て聞く。「一筋の光?」そう聞かれて私は言う。「えぇ、程度の差こそあれ、同じ愛欲の女王に晒されていた湊が解毒薬によって愛欲の女王の支配から抜け出して、医師としてそこに立っているんだもの」遼大はそう言う私の頭をポンポンと撫でる。遼大を見上げて微笑む。遼大も私を見て微笑んでいる。「EMSO日本支局内の事は?」私がそう聞くと遼大が言う。「今、人をやって、色々と調べさせてるよ。千堂彰の悪事と、それを許容せざるを得なかった人間も含めて、ね」湊がふと笑い出す。不思議に思って湊を見ると、湊が苦笑しながら言う。「あぁ、いや。さっき愛沢くるみから電話が来てね」そう言われて私は聞く。「何て?」湊は苦笑したまま言う。「恐らくは不安なんだろう。俺に自分を好きかと聞いて来た」そう言われて吹き出す。事態が大きく動いてい
last updateLast Updated : 2026-06-08
Read more

140話 秘匿施設

役人に掴まって連れられて来た部屋。ここは一体、どこなんだ?何も無い部屋。テーブルと椅子のみの部屋で、壁一面が鏡になっている狭い部屋。連れられて入った建物自体、見た事も無いような無機質な建物だった。私は自分がてっきり警察に連れて来られるものだとばかり思っていた。それが。国家権力とは全く関係の無いような建物に連れて来られているのに、私の手には手錠が掛かっている。椅子に座らせられ、私を連れて来た男たちは何も言わずに出て行こうとしていた。「待て! 私には弁護士に連絡する権利がある!」そう声高に言ってもその男たちは無表情で私を椅子に座らせて一言も発する事無く、部屋を出て行った。ここは警察組織とは全く関係無い、全く別の権力下で動いている組織か……?そう思った時、私の背筋が凍る。私はEMSO(アイゼンバーグ医療戦略機構)という組織に属している人間だ。そして今日、その組織のトップの人間がEMSOの日本支局に来ていて、私はその男に逆らった。しかも私はその日本支局を私物化し、違法の薬品の開発に関わり、更に新薬の漏出までさせたのだ。今更になって自分が私腹を肥やし、自分がトップに立っているような気になっていた事実に気付き、寒気を感じる。世界的に権威を持っているEMSOという組織に私は逆らい、そこで自由気ままに振る舞ったのだ。最高責任者であるあの男をあまつさえ、殺そうとまでして。そんな組織を自分の一存で動かせる男なら、私くらいの人間一人、消す事だって他愛の無い事かもしれない。冷や汗が背中を伝う。私はこれからどうなるのだろう。こんな事なら警察に捕まった方がまだマシだ。◇◇◇「動けそうか?」そう聞かれて私は微笑む。「えぇ、もう大丈夫よ」そう言うと遼大は微笑み、聞く。「藤堂氏に挨拶に行かないといけないが、先にシャワーでも浴びるかい?」そう聞かれて私は頷く。「えぇ、そうしたいわ」そう言うと遼大が微笑む。「じゃあ、浴びておいで。俺はここで待ってるよ」特別室に備え付けられているシャワールームに入る。埃と汗と砂で体中がべたついている。◇◇◇俺は鼻歌を歌いながら、タブレットを操作する。さっきからタブレットには関係各所から連絡が入っている。千堂彰は俺の指定した場所へ入れられ、更に千堂彰の部下の百田という男も別の部屋に入れてあった。久々に権力というものを振るい、
last updateLast Updated : 2026-06-09
Read more
PREV
1
...
101112131415
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status