All Chapters of 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する: Chapter 191 - Chapter 200

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191話 嫌悪

遼大と聖カトリーナへ戻る。私と遼大が使っている部屋に入ると、すぐにノックが響いて、湊が顔を出した。「湊、どうしたの?」そう聞くと湊は近くのカフェのコーヒーカップを持っている。「これ、差し入れに」そう言って私と遼大の分を差し出す。「ブラックは高嶺さんに。カフェオレは燈に」コーヒーの差し入れは有り難い。手渡されたカップの蓋を開けると、ふわりと上質な香りが漂う。遼大のカップからはエスプレッソを追加した極濃のブラックアイの匂い、そして私のカップからは、生クリームを使った極甘のブレベオレの温かい甘さが広がった。受け取って言う。「ありがとう」湊は何だか含み笑いをしている。「どうしたの?」そう聞くと湊が笑いながら言う。「カフェで愛沢くるみに出くわした」そう言われて飲みかけていたカフェオレを吹き出しそうになる。遼大も笑っている。「それで? 愛沢くるみは何て?」そう聞くと湊が言う。「金の無心だったよ。乙藤小春から引っ張れない事が分かって焦ったんだろう」そう言われて私は笑う。私たちが仕掛けた愛沢くるみのスマホとPCを覗くバックドア。そこから流れ込んで来る彼女のプライベートな情報たち。しかもリアルタイムで流れ込んで来るそれは、今、愛沢くるみが何を考えていて、何を仕出かそうとしているのかを、全て見透かせる、魔法の扉になっている。ピコンと湊のスマホが鳴る。湊がスマホを見て怪訝そうな顔をする。「どうしたの?」そう聞くと湊がスマホの画面を見せてくれる。そこに映し出されていたのは、加山良江が監視している愛沢くるみのスマホの中の最新情報だ。真壁早妃そんな名前が愛沢くるみのアドレス帳に加わっている。私は遼大と顔を見合わせる。あの愛沢くるみが真壁早妃と接触をした。それが示す事は……。「真壁早妃って誰なんだ?」そう聞く湊に遼大が言う。「千堂彰の一件で、EMSOの日本支局の再編が急務になった。乙藤氏からの提案でEMSO日本支局の人員補充の為に呼ばれたEMSO本部の人間だよ」湊がそれを聞いて少し驚く。「何だってそんな本部の人間が愛沢くるみに接触を?」そう聞かれて私は苦笑する。何だか、その本意が分かってしまったからだ。私は遼大を見上げる。遼大も私を見て頷く。「真壁早妃は私を陥れたいのよ」私がそう言うと湊が眉間に皺を寄せる。「それで愛沢く
last updateLast Updated : 2026-07-14
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192話 真壁早妃

私と湊、遼大の三人で座って話す。「真壁早妃が燈を陥れたいってどういう事なんだ?」湊が聞く。私は遼大と顔を見合わせて苦笑する。「真壁早妃はEMSOで開発局の局長をやっている女性よ」私がそう言うと遼大がタブレットを操作して、真壁早妃の写真を出す。湊はそれを見ながらコーヒーを飲む。「真壁早妃は研究畑の人間でね、実際の医療の現場に立った事は無い」遼大がそう言う。「それで何で燈を陥れたいんだ?」湊がそう聞く。私が遼大を見ると、遼大が苦笑して言う。「五年前、燈がEMSOに入局した時、中途半端な時期だった事もあって、かなり噂になったんだ」遼大がそう言いながら私を見る。「もちろん最初から高い地位を与えた訳じゃないし、その後の活躍があって、燈は着実に自分の実力で今の地位まで上って来たんだが」そう言いながら遼大が鼻の頭を掻く。「俺が常に燈を気遣って、燈と一緒に行動していたのも相まって、誤解をした人間が多少なりとも存在しているらしいんだ」そこで湊が苦笑する。「女の嫉妬ってやつか……」湊はそう言いながら私を見る。「思い当たる事があるんだろう? 自分を陥れたいって燈がそう思うんだから」湊にそう聞かれて私は頷く。「えぇ、それ程、酷いものでは無いけれど、真壁早妃には嫌味をしょっちゅう言われていたわ」私がそう言うと遼大が私を見る。「そんなに頻繁に言われてたのか?」そう聞かれて私はクスっと笑う。「可愛いものよ、大した事じゃないわ」そう言いながら遼大を見る。「あなたと行動を共にしている事について、色々言われてたから、おそらく真壁早妃はあなたが好きなのよ」私がそう言うと遼大が驚いた顔をする。「俺?」そう聞かれて私は吹き出す。「あなた、自覚が足りないわ」眉を下げて本当に不思議そうにしている遼大のその顔がたまらなく愛おしくて、私はクスクスと笑う。「俺もそう思いますよ、高嶺さん。あなたのその容姿と立場で自覚がないのは、罪深いレベルだ」湊も呆れたように笑いながらそう言う。◇◇◇愛沢くるみから聞いた話を頭の中で組み立てる。カツカツと歩きながらEMSO日本支局へ向かう。愛沢くるみはやっぱり思っていた通り、佐伯燈を嫌悪している。五年前、突如としてEMSO本部に現れた佐伯燈という女性。皆の前で高嶺さんが佐伯燈を紹介した時から、高嶺さんの佐伯燈への
last updateLast Updated : 2026-07-15
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193話 再生への道

「問題は」遼大がそう言う。「その真壁早妃と愛沢くるみが接触したという事だろう」そう言われて頷く。「えぇ、そうね。私もそう思うわ」一体、女二人で何を考え出すのか。そこで湊が少し考えながら言う。「二人の共通の敵は燈……だとしたら燈の何か良くない噂を立てるか、直接的に燈に攻撃を仕掛けるか」時計を見る。「とりあえず、仕事をしましょう」そう言ってブレベオレをまた一口飲む。「そうだな」そう言って遼大が微笑む。聖カトリーナに居る患者さんたちへの回診を開始する。とは言っても私は聖カトリーナの正医師では無いので、自分たちが受け持った患者さんたちだけ回診すればそれで終わりだ。藤堂氏に報告も含めて経過観察をし、問題が無い事を確認する。「そうか、じゃあEMSOを再編するんだな」そう言われた遼大が頷く。「はい、千堂彰が当局に拘束され、起訴されるのは時間の問題ですからね」藤堂氏が微笑む。「EMSOは大事な機関だ。慎重に頼む」そう言われて遼大が頷く。「はい、心得ています」藤堂氏の病室を出て、次は新田豊の病室へ向かう。「賀神さんや真壁早妃が優秀なのは分かるけれど、人をまとめ上げる力があると思う?」そう聞くと遼大が難しい顔をする。「どうだろうな、賀神は優秀な医師だが、少し型にハマり過ぎる所があるし、真壁早妃に至っては研究畑の人間で本部では局長をやっているとはいえ、人を牽引できる力があるかは正直、あやしいと思ってるよ」そう言われて私も同じように感じて、思わず苦笑してしまう。新田豊の病室に入ると、波多野優斗が笑顔で迎えてくれた。新田豊も上半身を起こせるまでになっている。「あまり無理はしないでね」私がそう言うと新田豊が頷く。「はい、燈先生」若いから回復も早い。経過は順調だ。「くるみ姉さんは……?」波多野優斗がそう聞く。私は苦笑して言う。「また色々と画策しているようだわ」そう言うと新田豊が言う。「俺が優斗を返して欲しければ、なんて脅したせいかもしれないですね」そう言われて私は笑う。「良いのよ、そのお陰で助かった子も居るの」そう言って遼大を見る。遼大が頷く。「あぁ、実はそうなんだ」そう言われて新田豊も波多野優斗も訳が分からない、といった顔をする。私と遼大は笑って、乙藤小春の件を伝える。それを聞いた二人ともが苦笑する。「ホントにすご
last updateLast Updated : 2026-07-16
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194話 仮初めの指輪

「あら、賀神さん。こちらにいらしたのね」そう言われて振り返る。相も変わらず小奇麗な格好をし、遅刻して来たにも関わらず、申し訳無さそうな態度も言葉も出て来ない。私はそんな真壁早妃を一瞥して、システム部の状態を確認する。「上書きは正常に?」そう聞くと南野氏が頷く。「はい、今のところ、異常はありません」そう言いながら真壁早妃を見て不思議そうな顔をしている南野氏に、溜息をつき、私は言う。「真壁くん、自己紹介を」そう言うと真壁早妃が背筋を伸ばし、言う。「EMSO本部、開発局・局長の真壁早妃です」肩書は立派だが。この真壁早妃という女性は、普段から時間にルーズで私は嫌いだった。こんなルーズな人間と組んで再編をしなければならないのは苦痛だが、それでもこの提案を受けたのはひとえに佐伯燈と話してみたかったからだ。「真壁くん、定刻を過ぎているようだが、何か申し開きは?」そう聞くと真壁早妃は一瞬、顔を歪め、そして取り繕うように微笑み、言う。「女性は時間がかかるものですよ、賀神さん」私はそんな真壁早妃に言う。「女性は、では無く、君は、だろう? 人との待ち合わせの時間に遅刻しておいて、その言い分が通ると思っているから、君はいつまで経っても上へは行けないんだ」開発局・局長なんていう立派な肩書が付いているが、要は真壁早妃はただの数人のチームを率いる班長なだけだ。EMSOの本格的な開発部は他の名前を冠しているのだから。真壁早妃は私を睨み付け、フンと顔を逸らす。そういう態度に出るところも含めて、これは人選ミスだったと乙藤氏や高嶺に報告を入れなければならない。「今夜の顔合わせに遅刻するような真似はするなよ」そう釘を刺す。◇◇◇「燈、タイ、頼めるか?」遼大にそう言われて私は遼大の前に立ち、首からぶら下がっているタイを結ぶ。シュルシュルと良い音をさせながらネクタイを結ぶ。遼大は満足気に私を見ている。「なぁに?」聞くと遼大が言う。「可愛い俺の婚約者が俺のタイを結んでくれているのが嬉しくてね」そう言われて笑う。「はい、出来上がり」そう言って微笑み、遼大から離れようとした時、遼大に引き寄せられる。「どうしたの?」そう聞くと遼大は着たばかりのジャケットのポケットに手を入れ、小さな小箱を出す。「これ……」そう言いながら遼大を見上げる。「これは間に合わせ
last updateLast Updated : 2026-07-17
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195話 滑稽

個室の扉が開かれ、乙藤氏が賀神さんを伴って入って来る。「すまん、待たせたかな?」乙藤氏にそう言われて私も遼大も席を立って一礼する。「いえ、僕たちも今、来たところです」そう言ってテーブルを指す遼大。テーブルの上には何も置かれておらず、私たちが今、来たところだという事が分かるようになっている。(遼大はこれを見越していたのね)そう思いながら私は感心する。やっぱり遼大は心遣いの出来る人なんだなと感じる。乙藤氏が座り、その隣に賀神さんが座る。私と遼大はその向かい側に座っている。そして。真壁早妃が来ていない。「真壁さんは?」私がそう聞くと賀神さんの顔が厳しくなる。「待ち合わせの時間はとうに過ぎていますので、遅刻なんでしょう」そう言いながら賀神さんは腕時計をチラッと見る。私は遼大を顔を見合わせ、苦笑する。「遅れた者に構ってはいられんので、先に始めよう」乙藤氏がそう言う。「そうですね」そう言いながら遼大がお店の方に言う。「お料理を」お店の人が微笑んで頷き、一礼して出て行く。すぐに飲み物が運ばれて来る。◇◇◇乾杯するとお料理が運ばれて来る。テーブルに並べられて行く。お料理に手を付けた時だった。「佐伯顧問」賀神さんに声を掛けられ、賀神さんを見る。「はい」返事をすると賀神さんが微笑んで言う。「素敵な指輪ですね」そう言われて私は自分の左手薬指に光っているダイヤの指輪を見て微笑む。「ありがとうございます、高嶺さんから頂いたんです」そう言うと賀神さんが眼鏡をクイっと上げて微笑む。「高嶺、良いチョイスだな、佐伯顧問に良く似合っている」遼大はクスっと笑って言う。「燈に何が似合うのかは熟知してるからな」そう言って遼大は私を見て微笑む。不意に個室の扉が開く。現れたのは真壁早妃だ。真壁早妃は場違いとも取れるような少々、派手なワンピースのようなドレスを纏っている。「ごめんなさい、支度に時間が掛かっちゃって」そう言いながら個室に入って来て、私たち全員を見て、そして最後に私に目を留める。一瞬、クスッと笑ったように見えた。お店の方が聞く。「お席はどちらに?」そう聞かれて真壁早妃が言う。「私はこっちに座るわ」そう言って遼大の隣に座る。「君はこちら側へ座るべきだろう?」賀神さんが座った真壁早妃にそう言ったけれど、真壁早妃は意に
last updateLast Updated : 2026-07-18
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196話 裏事情

真壁早妃が遼大を見上げて言う。「ね? 遼大さんもそう思うでしょう?」まるで媚びるような物言いと、その声色。さっきから漂っている強い香水の匂い。不意に遼大が立ち上がって言う。「乙藤の御爺様、申し訳ないんですが、ちょっとこの匂いは耐えられません」そう言って遼大は私に手を差し出す。「場所を移したいと思います。よろしければ御爺様もどうですか?」私は遼大の手に自分の手を載せて立ち上がる。乙藤氏も深く頷いて言う。「そうだな、ワシもこの匂いには耐えられん。折角の料理が台無しだ」遼大は賀神さんを見る。「賀神、君も一緒に。御爺様のエスコートを頼む」賀神さんが頷いて、乙藤氏の椅子を引き、立ち上がるのに手を貸す。その間中、真壁早妃は何が起きているのか分かっていないようで、ずっとポカンとしていた。全員が立ち上がった事でハッとして真壁早妃も立ち上がる。お店のスタッフさんが来て、すぐに別の個室の手配を済ませてくれたようで、案内をしてくれる。「こちらへどうぞ」そう言われて遼大は真壁早妃に何も言わずに私を連れて歩き出す。「あの、じゃあ私も遼大さんと……」そう言った真壁早妃に遼大は足を止めて、振り返り、言う。「まだ分かりませんか? あなたの身に着けている香水が不快だと言っているんです。それに」そこで言葉を区切った遼大は真壁早妃を冷たく見下ろして言う。「私はあなたに名前で呼ばれる程、親しくは無い筈です。きちんと言葉を交わすのも今日が初めてで、仮にも私はあなたの上司にあたる人間です。それなのに名前で呼ばれるなんて不愉快です」そう言い捨てて、遼大が私を連れて歩き出す。真壁早妃は何が起こったのか理解が追い付いていないようで、ポカンとしている。◇◇◇一体、何が起こっているの?私が不愉快? 何故? 私の身に着けている香水が不快?確かに私が高嶺さんを“遼大さん”と呼んだのは軽率だったかもしれない。けれどどうしても我慢ならなかったのだ。佐伯燈が高嶺さんを“遼大”と呼んだのが。しかも佐伯燈の左手薬指には大きなダイヤモンドの指輪が輝いていて、それをさも自慢するかのように見せびらかすなんて。それこそ、社会人として、こんな場所にあんなもの付けて来る方が非常識では無いの?私が追いかけようとして個室の入口に身体の向きを変えると、今度は賀神怜が言う。「今日は顔合わせだと事前に伝え
last updateLast Updated : 2026-07-19
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197話 化けの皮

乙藤氏が大きな溜息をつく。「それまでの真壁くんはそれほど大きな仕事をやり切っている訳では無かったが、可能性として悪くないと思っていた。仕事に対しては一生懸命だったからね」遼大も苦笑しながら言う。「僕の記憶ではかなり大人しい女性という印象でしたからね」そう言われて私は苦笑する。遼大は大人しいとそう言ったけれど、彼女は決して大人しくなんか無い。真壁早妃が大人しくしおらしく振る舞うのは遼大の前でだけだという事を私は知っている。私が苦笑しているのを見た遼大が聞く。「燈は何か知っていそうだな?」そう言われて私は話すべきかどうかを迷う。「良いから言ってくれ。こういう事に男は疎いのだよ」乙藤氏がそう言って笑う。その場に居る面々を見る。確かに私以外は男性だ。「私もそれ程、彼女の事を知っている訳では無いんです。EMSOの本部に居た時は、ほぼ付き合いは無かったですから」運ばれて来たお料理を並べられて行くのを見ながら言う。「ただ、彼女が遼大に好意があるのは分かっていました……EMSOで遼大が私を気遣ってくれて、慣れるまでと言いながらずっと私に付いていてくれて、ほぼ一緒に時間を過ごしていましたから」そう言って遼大を見る。遼大は少し照れたように微笑む。「そんな中で、彼女が私にだけ見せる態度や言動があったのは確かです」そう言うと賀神さんがクスっと笑って言う。「まぁ、あの真壁ならそうだろうな」そう言われて乙藤氏が賀神さんに聞く。「君も何か知っているのか?」そう聞かれた賀神さんが言う。「えぇ、僕は彼女のそういう好意の対象外ですからね。そういう対象外の人間に対しては彼女はかなり横柄ですし、エリート意識の高さを露呈しますよ」賀神さんがそう言うと遼大が笑う。「エリート意識ね……」ついさっき、乙藤氏から告げられた、真壁家当主からのお願いという要請。エリートであれば必要のない根回しがそこに存在しているという事を真壁早妃自身が知らない、というのが悲しい事実だ。「彼女は私がコネでEMSOに入ったと思っているようでした……まぁ、最初は確かに私も遼大を頼って連絡を入れたのであながち間違いでは無いですけど」私がそう言うと遼大が私を見て優しく微笑む。「燈は優秀な人材だと思っていたよ。あの事が無ければ燈は今頃、聖カトリーナを代表する医師になっていた筈だ。だが幸か不幸
last updateLast Updated : 2026-07-20
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198話 悪女たちの作為

「真壁早妃は解任した方が良いんじゃないですか?」賀神さんが乙藤氏にそう言う。乙藤氏も難しい顔をしている。私の隣で遼大が溜息をついて言う。「とりあえず今のところは、厳重注意をして、様子を見ましょうか。EMSOの本部だって人材が潤っている訳では無いですし、仕事をまともにしてくれれば良いだけですから」遼大の言う事は最もだ。残念ながら“この人がダメなら別の人で”なんて、次から次へと人材を入れ替える事は事実上、不可能だ。「先程、あちらの個室を出る時に私の方から注意と新しいルールの提示をしておきました」賀神さんがそう言う。「新しいルール?」私がそう聞くと賀神さんは私を見て微笑む。「えぇ、そうです。真壁早妃には香水の禁止と、華美な服装を控えるようにと」私たちは愛沢くるみの件で、匂いには敏感になっている。だからこそ、香水の匂いは本当にダメで、医療関係者にはそういう人が多いと聞く。職務上、匂いで判断する事も多いからだ。不意に隣に座っていた遼大が私の背中に触れる。「燈、もし何かあれば、ほんの些細な事でも良い、何かあればすぐに言ってくれ」遼大にそう言われて私は頷く。「えぇ、分かったわ」◇◇◇「あの、お下げしても良いですか?」声を掛けられ、私は言う。「帰るんで、好きにして」そう言って立ち上がる。個室を出て歩き出しながら私は湧き上がって来た怒りでパンクしそうだった。今日、私が遅れて会食の場に現れたのには、愛沢くるみのアドバイスがあったからだ。愛沢くるみは私に会食に行くなら、人の目を引ける格好をして行った方が良いと言った。EMSO日本支局の視察を終えた私に接触して来た愛沢くるみ。滞在しているホテルのブティックでわざわざ今、着ている服を一緒に選んだ。服を選ぶのに時間がかかってしまったのと、お化粧にも時間がかかってしまった。遅刻しそうだと思っていたら愛沢くるみが言ったのだ。「女は遅刻するくらいが丁度良い」私も内心ではそう思っていたけれど、昼間の視察の時に遅刻をした私に賀神怜が冷たい視線を送って来たのを見て、これは少しマズイのかもしれないと考え始めていた。けれど経ってしまった時間が戻せない。だから私は逆に堂々と個室に入って行った。今、私が身に着けている香水は、ずっと使いたくても使えていなかったムスクの香水だ。この香水を身に着けていると自分がとても良い女
last updateLast Updated : 2026-07-21
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199話 格下げ

「顔合わせとは名ばかりのお粗末な会食になってしまい、申し訳無かったな」乙藤氏がそう言う。私も遼大も笑って言う。「いえ、そんな事はありませんよ、賀神には会えたし、もっと言うなら問題も炙り出せましたし」遼大はそう言って私に微笑む。「私も遼大と同じ意見です。これから再編を行っていく為に、課題が見えて来たではありませんか」乙藤氏が苦笑して私たちに言う。「どうやら私はやはり老兵のようだ。EMSOの組織を率いて行くのは遼大くんなのだ。後の判断は遼大くんに任せて私は優雅な隠居生活を楽しむとしよう」確かに今回の再編の人選自体は乙藤氏の提案だった。古くから組織に関わって来た人物ではあるけれど、その分、しがらみも多いだろう。「今後もご意見を伺いに行きますよ」遼大はそう言って微笑む。◇◇◇ホテルの部屋に戻る。部屋に入ると愛沢くるみが私を迎えた。「あら、早かったわね」愛沢くるみは私の部屋でくつろいでいたようで、見ればテーブルにはシャンパンとアペタイザーが置かれている。(私が恥をかいている間、この女は部屋でシャンパンなんて飲んでいたの!?)ワナワナと体が震え出す。そもそも、この女が私に要らないアドバイスをしたせいで、私は会食に遅れたのだ。自分の格好が部屋に備え付けられていた鏡に映っている。賀神怜には華美な格好だと言われた派手な色の服。いつもと違う派手なメイク。この部屋を出る時には最高に良い女に見えていたその格好が、この上なく恥ずかしいと感じる。視線を移す。目の前にはソファーに座り、優雅にシャンパンを飲み、アペタイザーを口に入れている、厚化粧の女が居る。しかもこの女は私の友人でも無いような女だ。私はどうしてこんな女の言う事を聞いてしまったんだろう。「愛沢さん、悪いんだけど、出て行ってくれる?」私がそう言うと愛沢くるみは意外だと言わんばかりの顔で聞く。「あら、どうして?」そう聞かれてイラっとする。「今日はもう疲れたのよ、シャワーを浴びて寝たいの」そう言うと愛沢くるみはクスっと笑って言う。「シャワーなら浴びて来れば良いじゃない。私は大人しく部屋で過ごしているんだから問題無いでしょう?」そういう問題では無い。愛沢くるみの居るテーブルまで歩き、ソファーに座っている愛沢くるみを見下ろす。テーブルの上のシャンパンも、アペタイザーもどうせルームサービ
last updateLast Updated : 2026-07-22
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200話 バックヤード

「愛沢くるみが居座っているの!?」電話から聞こえて来た弱々しく、そしてヒソヒソした声で愛沢くるみの滞在を告げて来たのは真壁早妃だった。会食を終えた私と遼大は車でホテルへ戻るところだった。急に鳴った電話の驚きつつも、スマホの画面を確認すると、そこには真壁早妃の名。事前に私のスマホには関係者の連絡先が遼大と同期されている関係で、その名が私のスマホにも表示されていた。電話に出ると真壁早妃は、先程の会食時の事を詫び、そして告げたのだ。愛沢くるみが部屋の居座っている、と。切迫した声に私は努めて冷静に言う。「今、会食が終わったの。ホテルはどこ?」様子を聞く限り、愛沢くるみはあの厚顔無恥さを発揮して、部屋に居座っているようだった。遼大と顔を見合わせる。あの愛沢くるみなら、その部屋に居座って動かない可能性が高いだろうなと思う。愛沢くるみは今や、強大だったパトロンの千堂彰を失い、湊には冷たくされ、擦り寄って行った無垢な少女だった小春さんの御爺様に拒絶され、行くところを完全に失っている。何もせず、大人しくさせる為にシミ取りのレーザー治療まで受けさせたのに、懲りていないらしい。遼大は溜息をついて、スピーカーフォンに向かって言う。「ホテルの人間にはこちらから連絡を入れておく。部屋の前に人をやるから、真壁さん、あなたは別の部屋に居てください」電話を切り、私は思わず笑う。「やるわね、愛沢くるみ」私がそう言うと遼大も笑う。「やってる事がもう泥棒の域だな」車の座席に背を預ける。「本当ね。小春さんのカードを不正に利用して、1000万もの大金を返済しないといけないのに」そう言いながらも愛沢くるみ自身はもっと酷い事をしているのだから、こんな事ぐらい、大した事じゃないのかもしれない。◇◇◇部屋のドアチャイムが鳴る。(そういえばさっき、真壁早妃が何も言わずに出て行ったから、カードキーでも忘れたのね、きっと)そう思いながら私は部屋のドアを開ける。「どこ行ってたの……よ」目の前にはホテルの従業員が数人立っている。「お客様、真壁早妃様ですか?」そう聞かれて私は慌てて言う。「いいえ、違うわ、友人よ」私がそう言った後、少し離れた場所から声がする。「友人なんかじゃないわ、泥棒よ」部屋から顔を出し、覗き込むと、真壁早妃がホテルの人間と話しているのが見えた。「お
last updateLast Updated : 2026-07-23
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