僕はくるみ姉さんにその薬の用途をわざと聞かなかった。だって怖かったから……自分がくるみ姉さんに利用されている事は分かってはいたけれど、自分が何に関わっているのかまでは知りたくなかったのだ。それでも嫌でも耳に入って来る情報。くるみ姉さんが狙っていた久遠先生の奥様である燈先生の流産。僕は薬剤師だから直接、関わった事は無かったけれど、それでも久遠先生と結婚する前までの燈先生の武勇伝はたくさん聞いていた。素晴らしく優秀で、優しく慈悲深い先生が居ると。自分の身を顧みず、ERでその身を削って医療に従事している、素晴らしい医師だと聞いていた。僕が盗み出したその薬が、もしかしたらその先生の流産を誘発したかもしれない、なんて考えたくなかった。だから知らない振りを今までして来たのだ。燈先生が聖カトリーナに戻って来た時は驚いた。こんなに美人で聡明な医師に、くるみ姉さんが敵う筈無いと思った。EMSO(アイゼンバーグ医療戦略機構)なんていう世界最高峰の研究機関の人間で、天才医師と呼ばれていたのが燈先生。僕は最初、燈先生が久遠先生の奥様だったなんて、思い付きもしなかった。それを知ったのはつい最近だった。そうやって自分ではシャットアウトしていても入って来る情報を、僕は頭の中で無意識につなぎ合わせていた。繋がって行く情報の一つ一つに戦慄しながら、僕はそれでも知らない振りをした。だからなのか、最近はくるみ姉さんもイライラしている事が増えて、僕にもきつく当たる事が増えたのだ。「お前、何か五年前に心当たりがあるのかよ?」そう新田さんに聞かれて僕は狼狽える。答えるべきか、黙っておくべきか。さっき、僕に優しい言葉をかけてくれた新田さんを信じて見たくなった僕は言ってみる事にした。
최신 업데이트 : 2026-06-23 더 보기