All Chapters of 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する: Chapter 241 - Chapter 250

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241話 拘束

私と遼大はホテルの部屋を出て、八重樫一晟の指定したホテルに向かう。本当ならこちらからも場所の指定をすべきだったのだろうけれど、八重樫一晟がそれをさせなかった、というのもある。私たちは不測の事態を考えて、それぞれが配置につく事にした。実際に八重樫一晟に会いに行くのは私と遼大、そしてその八重樫一晟の居る部屋の近くに賀神さんが、加山良江には愛沢くるみの端末の動きを逐一探って貰い、湊には公的な人間たちのとパイプ役を担って貰った。湊も賀神さん同様、現場に出たがっていたけれど、今回はそれを我慢してもらう形にを取った。私や遼大、賀神さんは現状、国内の医療機関の制約を受けていない。EMSOという組織内のいざこざという側面もある。愛沢くるみが本人の意思で八重樫一晟に付いて行ったのだから、言ってしまえばそれも自己責任の一環だ。そして湊にはそれを止める手立てが無い。「アストリア・メトロポールに向かってくれ」遼大が運転手にそう告げる。私たちが宿泊している【ル・ヴァンドーム】から、八重樫一晟が宿泊している【アストリア・メトロポール】までは、それほど時間はかからない。ヴァンドームもアストリアも国内では最高峰のホテルだ。ヴァンドームは老舗、アストリアは最近出来た先鋭的なホテルだ。アストリアは先鋭的なホテルと言われるだけあって、現代美術品がホテルのフロントに飾られ、異質な雰囲気を醸し出している。私たちがフロントに入ると、アイスグレーのスーツを着た数人の男性たちに囲まれる。八重樫一晟の部下だろう。「高嶺遼大様、佐伯燈様ですね?」そう冷たい無機質な声で聞かれて遼大が警戒しながら頷く。「あぁ、そうだ」そう言うとその男性が言う。「一晟様がお待ちです」そう言って私たちを促す。数人の男性に囲まれて歩いている私たち二人は相当、異質だっただろう。こういう扱いをされると、本当に敵陣に来たのだなと思う。エレベーターで階上へ上がり、ポーンという電子音の後、開いたエレベーターの扉の向こうは、当然のようにスイートルームだった。大きなスイートルームの扉が開くと、目の前の光景がパッと開く。部屋全体がアイスグレーに統一されていて、無機質で冷たい印象の部屋だった。「高嶺総帥、そして佐伯燈さん、良くいらっしゃいました」そういう声が聞こえて、姿を現したのは、その部屋の色にでも染まったかのような八重樫一
last updateLast Updated : 2026-08-30
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242話 均衡

八重樫一晟は笑いながら、更に言う。「高嶺総帥、心配には及びませんよ。その薬品は体の自由を奪いますが、基本的には無害ですし、意識もちゃんと保てているでしょう?」私は両腕を八重樫一晟の部下に掴まれながら、振り返る。遼大は私と同じく八重樫一晟の部下に両腕を掴まれ、強制的に立ち上がらされ、支えられながら椅子に座らされる。遼大は力なく椅子に座ったけれど、八重樫一晟の言う通り、意識は保てているからか、その目は鋭い。私はここへ来る前に遼大から渡された指輪の事を思い出す。けれど私の両側に居る男たちで二人、私の指輪でその二人を麻痺させたとしても、遼大の傍に二人、そして目の前に八重樫一晟が居る。この指輪一つで何とかなる状況では無い。どうするのが一番良いのか。(考えて! ……考えるのよ、私!)自分にそう言い聞かせながら、私は八重樫一晟を見る。「気が変わったと、そう言ったわね?」私がそう言うと八重樫一晟がニヤッと笑いながら言う。「えぇ、気が変わったんですよ。佐伯顧問……いや、燈さん」名前を呼ばれてゾッとする。そうされて私は目の前のこの男の目的がやっと分かった気がした。この男の目的は遼大じゃなくて、私だ。遼大と話し合いをするつもりで私たちを呼び出したけれど、遼大がどれだけ私の為に動いているかは、今までの事を調べれば分かるだろう。それらの事を踏まえれば、遼大の一番の弱点が私だという事も明白。前に賀神さんがそう言った事を思い出す。遼大は何を犠牲にしても私を守るとそう言ったのだ。だから遼大は新見悟の振り回す刃の前に身を投げ出して私を守ったのだから。でも、どうやって?私が遼大を愛していて、遼大を裏切るなんて起こり得ない事だ。いくら遼大を拘束しようが、私に強制しようが、私の心までは変えられない。八重樫一晟は部下が掴んでいる私の腕を掴む。「離して良い」八重樫一晟がそう言うと、私の腕を掴んでいた部下の一人が言う。「ですが……」そう言われた八重樫一晟がその部下を睨み付け、言う。「良いから離せ」そう言われた八重樫一晟の部下が私の腕を離した。私は八重樫一晟一人に腕を掴まれている状態になる。「燈に……触れるな……」背後で遼大がそう言う。八重樫一晟はそれを笑い、私を引き寄せて言う。「大人しくしている方が、あなたの為でもあるし、高嶺総帥の為でもあるんですよ、分か
last updateLast Updated : 2026-08-30
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243話 打ち砕かれる野望

八重樫一晟が私に近付く。(ちゃんとチャンスを見極めるのよ)そう言い聞かせながら私は近付く八重樫一晟を見ながら警戒する。「そんなに怯えなくても良い……痛い事はなるべくしないよう、心がける」そう言いながら八重樫一晟はジャケットを脱ぐ。その動作を見て私は悟る。(そうか、八重樫一晟は遼大の目の前で私を抱くつもりなのね)「こんな事をしても何も変わらないわ」私がそう言うと八重樫一晟は締めていたタイを緩めながら言う。「そうか? 本当に何も変わらないと言えるか?」そう言いながら八重樫一晟は私の目の前まで来る。(まだよ……まだ……)私は、はやる心を落ち着かせながら、八重樫一晟が近付くのを待った。次の瞬間だった。私の目の前で八重樫一晟が後方へ吹っ飛んだ。一瞬、何が起こったのか分からず、ポカンとする。「燈……大丈夫か?」そう聞かれてハッとして私は振り返る。そこには手錠を外し、ソファーの背もたれに片手をついて息を切らしている遼大が居た。「遼大……!」私は立ち上がり、遼大へ振り返る。遼大は立っているのがやっと、という状態のように見える。(でもじゃあ、どうして八重樫一晟は後ろへ吹っ飛んだの?)そう思って振り返る。八重樫一晟はコーヒーテーブルの上を派手に転がり、更に後方の床に転がっている。そこまで吹っ飛んだというのに、私の耳はその音すら察知していなかった。「お前……何で……」そう呻きながら八重樫一晟が遼大を見ている。「燈……あいつを……」そう言われてハッとして私は頷き、八重樫一晟の元へ駆け寄り、指輪の麻酔薬を八重樫一晟の首元に打ち込んだ。「止め……」そう言って私の行動を阻止しようとした八重樫一晟の手が落ちる。ガクッと気を失ったのを見届けて私は八重樫一晟の胸元へ手を突っ込んで、拮抗薬を取り出す。それを持って遼大の元へ駆け寄り、小瓶の蓋を開けて、手を止める。(待って、これが本当に拮抗薬だと確信は無いわ……)そう思って私はその拮抗薬を投げ捨てる。拮抗薬の入った小瓶が割れる。「そうだ、それで良い……」遼大がまた膝から崩れる。「遼大……!」私はそんな遼大を支えながらスマホを出す。(泣くのは後よ……しっかりしなさい、燈!)◇◇◇行く先はホテルだと聞いていたのに、扉が開いて、外に出たらそこはホテルなどでは無かった。「降りろ」扉を開け
last updateLast Updated : 2026-08-31
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244話 仕掛け

部屋の扉が急にバン! と開いた。振り返るとそこには駆け込んで来た賀神さんが居た。「高嶺! 佐伯顧問!」そう叫びながら入って来た賀神さんは、私たちを見て、駆け寄って来る。「高嶺!」そう言いながら遼大を抱えている私に言う。「代わります」そう言って遼大の腕の下へ頭を入れて、遼大を支える。ドカドカと数人の黒スーツの人間がなだれ込んで来る。「総帥!」そのうちの一人がそう叫ぶ。(遼大の部下の人たちなのね)そう思うとホッとする。「燈……」遼大が呼ぶ。「居るわ、ここに居る」そう言って遼大を支えている賀神さんとは反対側に回り、遼大に寄り添う。◇◇◇すぐに遼大を運び出し、聖カトリーナへ搬送する。その間、賀神さんが冷静に遼大の体の状態を診察する。「何か薬品を嗅がされたんですね?」賀神さんにそう聞かれて私は頷く。「えぇ、嗅いだ事のあるような、そんな気がしたわ」賀神さんがそれを聞き、遼大に聞く。「高嶺、今、どんな感じだ?」そう聞かれた遼大が言う。「確かに麻痺はある……手足が痺れている……だが意識はあるし、聴覚も触覚もちゃんとある」そう聞かされた賀神さんが少し考える。「筋弛緩薬に近いのかもしれないですね」動かしにくいであろうその手を動かして、遼大は隣に座る私に手を伸ばす。「ん? 何?」そう聞きながら私はその手を取って、握る。「握っててくれ……」遼大がそう言う。不意に賀神さんが笑い出し、聞く。「こんな状態なのに、どうやって八重樫一晟をあんな状態に?」それは私も聞きたい事だった。あの時、私は動揺していて、何も状況の判断が出来ていなかった。けれど自分がやるべき事だけはしっかりと分かった。八重樫一晟を指輪の麻痺薬で麻痺させる事……。「不測の事態に備えて色々と、備えはあったんだ……」言いながら遼大は視線で自身の着ていたジャケットを指す。「ここに俺が触れると、首元から俺自身に強化剤が打ち込まれる。それで一時的に俺の体はアドレナリンが放出される……」つまりその強化剤であの噴霧された麻痺薬を上回った、という事……。「八重樫一晟は俺を脅威として排除出来たと思ったんだろう、俺を椅子に座らせた。その時にベルトに仕込んであった針金を出し、手錠の開錠をした……」遼大がそう言うと賀神さんが笑う。「お前……あの錠抜けをやったのか?」そう笑
last updateLast Updated : 2026-08-31
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245話 看護

聖カトリーナに入る。待ち構えていた湊が先導し、遼大は特別室に入り、早速、湊の指示で遼大の全身の検査が始まった。「何があった?」湊にそう聞かれて私は私たちに起こった事を説明する。検査に出た遼大には賀神さんが付き添った。私から話を聞いた湊が聞く。「それで、八重樫一晟は?」私は首を振る。「遼大の部下の人たちに任せて来たから、彼がどうしているのかは私は知らないわ」私がそう言うと湊は苦笑する。「まぁ、高嶺さんの事だから、ただでは済まさないだろうけどな」以前、千堂彰を捕らえた時もそうだった。遼大は秘密裏に秘匿施設へ千堂彰を連れて行き、拘束した。今度もまたEMSO内部のゴタゴタなのだ、きっと遼大は部下の人に何か指示を出しているだろうと思えた。「じゃあ現場に愛沢くるみは居なかった訳か」湊にそう言われて私も頷く。「えぇ、ホテルの部屋には私と遼大と八重樫一晟、その部下の人しか居なかったわ」湊が考え込む。「じゃあ愛沢くるみは……千堂弘と一緒って事か」千堂弘……白髪の青年で、あの千堂彰に異母弟。「千堂家に居るのかしら」そう呟くように言うと湊が言う。「そうかもしれないな。だが……」湊が難しい顔をする。「俺たちが千堂家に行って、仮にそこに愛沢くるみが居たとしても、千堂家に入る理由が俺たちには無い」そう言われてしまうと、その通りだ。しかも愛沢くるみは自分の意志で彼らについて行ったのだ。でも今はそれを主導していた八重樫一晟は拘束されている筈だ。という事は今は千堂弘一人で動いているのだろうか。「検体って言ってたわよね……」私がそう言うと湊が苦笑する。「言ってたな……」愛沢くるみを検体と呼び、検体と呼ぶからには、その先には……そう想像してゾッとする。「とにかく今は、高嶺さんの体の心配が先だ。八重樫一晟についても調べたら色々と出て来るかもしれない」◇◇◇遼大の検査結果が出た。「やはり思った通り、筋弛緩剤の類でしたね」賀神さんがそう言う。「じゃあ特別な薬品の投与なんかはしないで済みそうね」私はそう言ってホッと胸を撫で下ろす。ベッドに寝かされた遼大が言う。「ハイドレーションを始めてくれ」そう言われて私も賀神さんも互いに顔を見合わせて頷き合う。すぐに点滴の用意が始まった。「高嶺、お前はどっちが良い?」賀神さんがそう聞く。「何が?」遼
last updateLast Updated : 2026-09-01
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246話 清廉潔白

私は高嶺と佐伯顧問の居る特別室を後にする。高嶺が体を起こし、動けるようになるまで、もう少し時間がかかるだろう。腕時計を見る。私たちがあのホテルの部屋を出てから1時間近く経っている。高嶺が佐伯顧問に渡してあった指輪に内蔵されていた麻酔薬は量から見ても、麻酔が切れるまでに30分程。もう八重樫一晟も覚醒しているだろう。高嶺の部下の人間に拘束させ、八重樫もまた、聖カトリーナに運び入れた。不測の事態を防ぐ為と、聖カトリーナに入って貰った方が都合が良かったからだ。高嶺の居る特別室を出て、聖カトリーナの地下へ向かう。そこは基本的には使わない場所だが、今回は特別に久遠先生にご協力を頂いた。入り口は一つ、そこは高嶺の部下が警備にあたっている。警備の人間は私を見ると一礼し、中へいれてくれる。コツコツと冷たい足音が響く。私は薄暗いその地下の廊下を歩き、一つの鉄製の扉の前に立つ。鉄格子のはめ込まれている小さな窓から中を覗く。中にはベッドが一台置いてあり、そこに八重樫一晟が横たわっていた。両手足に枷をはめられた状態で。ガチャン!!そんな大きな音がして鍵が開き、鉄製の扉が開く。その音で八重樫一晟は体を起こし、私を見る。「これはこれは、高嶺総帥の腰巾着の賀神くんじゃないか」こんな状態で何をどう言われようが、相手は脅威では無い。私は入り口付近に立ち、腕を組んで言う。「麻酔薬は切れたようだな」私がそう言った事で、八重樫一晟は眉間に皺を寄せて言う。「仮にも、私は君よりも上の人間だぞ、口を慎め」そう言われて私は思わず鼻で笑う。「口を慎むべきは、あなたの方ですよ、理事長」八重樫一晟はそう言った私を笑い、言う。「君のような清廉潔白な人間には、何も出来ないだろう?」八重樫一晟はそう言ってガチャガチャと手枷と足枷の音をさせながら、ベッドに腰掛ける。「あれは誤解だよ」そう言ってクスッと笑う八重樫一晟は私を見る。この男は本当に、心の底から私が一線を踏み越えないと思っているんだろう。鉄製の扉の前に待機している高嶺の部下に言う。「入れろ」私がそう言うと、カチャカチャと音を立てて、ステンレス製のサービングカートを押した高嶺の部下が入って来る。もう一人の部下は私にラテックスの手袋を差し出す。私は腕まくりをしてラテックスの手袋をする。「な、何をする気だ……?」運び入れられたステ
last updateLast Updated : 2026-09-01
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247話 特異体質

「それで?」そう聞くと賀神さんは少し愉快そうに笑いながら、言う。「別に普通に採血しただけです」そう言う賀神さんに笑う。「でも注射器持って近付いて来られたら、怖くて逃げちゃうわね」私が笑いながらそう言うと賀神さんが眼鏡のブリッジを指でクイッと上げながら言う。「八重樫も逃げていましたよ。高嶺の部下が押さえて何とか採血しましたが」遼大が少し笑いながら聞く。「それで八重樫は何か他にも吐いたか?」そう聞かれた賀神さんが微笑む。「えぇ。EMSO内でどれだけの人間が八重樫側の不正に関わっていたのか、と……」そこまで言って賀神さんがスッと表情を硬くする。「愛沢くるみを千堂家に送った事、そしてその目的を」そう言われて私は聞く。「目的は一体、何なの?」そう聞くと賀神さんが少し溜息をついて言う。「千堂弘の目的は愛沢くるみの体に残る愛欲の女王の症状とその進行具合、そしてこれが一番重要なんですが」賀神さんはそこで言葉を区切り、私たち二人を見る。「どうやら愛沢くるみは特異体質のようで、可能性として愛欲の女王を中和するかもしれない可能性があるそうです」◇◇◇私はベッドに縛り付けられて、腕に何か刺される。見ればそれは点滴の針のように見えた。「何をするの?」震える声でそう聞くと白髪の青年・千堂弘は少し笑って言う。「何もしませんよ。あなたの体のメカニズムが見たいだけです」そう言われて私は聞く。「メカニズム?」そう聞くと千堂弘は面倒そうに言う。「私の兄は今まで素晴らしい研究をして来たんですよ。その最高峰がEMSO日本支局の地下にあるレプリトール・ディザスターという悪魔の薬。その原型として作られた愛欲の女王をあなたは長きにわたって使っている」私の腕に刺された針から私の血が伝い、チューブの中へ流れ込んでいくのが見える。「それなのにあなたはピンピンしている。兄はそれを代謝が良いからだと言っていましたが僕はそう思っていないんですよ」そう言ってチューブに流れて行く私の血を試験管の中に流し込む。「だから僕はあなたの体のメカニズムが一般人とどう違うのかを見たいんです」そう言って試験管の中に入った私の血を眺め、ニヤッと笑う。「それならそれで、私をこんなふうに拘束する必要性、無いじゃない」私がそう言うと千堂弘が私を見る。「もちろん、実験はしますよ。あ
last updateLast Updated : 2026-09-02
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248話 眠れる龍

「八重樫理事長が捕まった?」私がそう聞くと目の前の乙藤氏が満足そうに頷く。「あぁ、遼大くんの手でな」乙藤氏は私を見て片眉を上げる。「遼大くんは今、日本で八重樫一晟の不正を八重樫一晟本人から聞いているところだそうだ」乙藤氏が私を見て身を乗り出す。「君は、どうするかね? 本宮くん」八重樫一晟は反高嶺派の筆頭。高嶺遼大の事が気に入らず、以前から邪魔だと思っていた私とも意気投合し、反高嶺で今までタッグを組んで来たが。八重樫一晟が落ちた今、反高嶺派は消滅するだろう。私一人では牽引出来ない……それ程までに高嶺遼大は完璧な人間だった。五年前にあの女、佐伯燈がEMSOに入局して、状況が少しずつ変わったと思ったが。しかも八重樫一晟の不正については、反高嶺派の人間のほとんどが一枚噛んでいる状態だ。つまりは関わっている人間全員が、今回の事で吊し上げられるだろう……私も含めて。がっくりと肩を落としている私に乙藤氏が言う。「八重樫一晟はやり過ぎたんだ。佐伯燈には手を出してはいけなかった」そう言われて顔を上げる。「あの女が何だって言うんですか!?」思わずそう聞くと乙藤氏が微笑む。「君は佐伯燈と話した事があるか?」そう聞かれて私は曖昧に首を振る。「あまり覚えてはいませんが、言葉を交わした事くらいはあるでしょう」そう言うと乙藤氏が私の顔を覗き込む。「佐伯燈と話してみて、感じなかったか? 遼大くんの庇護を」そう言われてみれば、佐伯燈の周囲には、まるで護衛のようにいつも高嶺遼大が居た。「佐伯燈は遼大くんの唯一の弱点であり、逆鱗なんだ」逆鱗……触れれば激高し、荒ぶり、誰も止める事が出来ないとされるもの……。「君が佐伯燈のデータを真壁早妃に書かせていた事も遼大くんは把握済みだ」乙藤氏は静かにそう言って、大きく息をつく。「眠れる龍は眠らせておいた方が良い。むやみに起こすものでは無い」今や強大になった高嶺家。EMSO創設当時はそれ程、強い家柄では無かったが、高嶺遼大の祖父の代から始まり、今の高嶺遼大に引き継がれた高嶺家はその規模も権力も絶大になっている。◇◇◇「さて、じゃあ八重樫一晟に会いに行くか」遼大がそう言って立ち上がる。「ダメよ、まだ動いたら」私がそう言っても遼大は微笑んで私に言う。「大丈夫。今回、怪我はしてないんだ。薬は抜けた」
last updateLast Updated : 2026-09-02
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249話 羨望

鉄製の扉を開ける。中はものすごく狭い部屋で、ベッド以外何も無かった。ベッドの上には八重樫一晟が座っている。入って来た私たちを見て、息を飲んだ。「高嶺……お前……もうあの麻酔薬が抜けたのか……?」その顔は驚き、呼吸は荒い。遼大がクスッと笑って両手を広げて見せる。「あぁ、この通り、もう抜けたよ。ここには優秀な医師が揃っているんだ」そう言って私と賀神さんを見る。「あの麻酔薬がそんなに簡単に抜ける筈無い……」八重樫一晟がそう呟く。賀神さんが抱えていたタブレットを取り出し、操作しながら言う。「確かに高嶺に噴霧したあの麻酔薬は、ちょっと特殊だったようだな」そう言いながら眼鏡のブリッジをクイッと上げる。「分析はさせて貰ったよ。私と佐伯顧問で」遼大が点滴を受けている間、遼大には血液を提供して貰い、私と賀神さんで遼大に噴霧された薬品の分析をした。今回、遼大はその麻酔薬を噴霧されただけで済んだのが不幸中の幸いだった。「あの麻酔薬は薬液をそのまま注射されていたら、お前の予想通り、回復までにもっと時間がかかっていただろう。だが、今回は噴霧された事で、薬液の本来の効果が半減した」賀神さんはそう言って微笑む。「高嶺を完全に無力化するのであれば、噴霧では無く注射すべきだったな」そう言われた八重樫一晟の表情が歪む。「俺はね、八重樫」そう言って遼大が八重樫一晟に向かって歩く。「EMSOという巨大な組織を率いるようになって、色々と学んだんだ」コツコツと足音が響く。一歩また一歩と自分に近付いて来る遼大を見て、八重樫一晟の顔に恐怖が滲んでいくのが手に取るように分かる。「もちろん、綺麗事だけでは片付けられない事もある。世の中、そんなもんだ。そうだろう? 八重樫」八重樫一晟は恐怖に顔を歪ませて言う。「近付くな! 俺に近付くな!」この人は何故、こんなにも怯えているのだろう。そう思ったけれど、その理由は至極、簡単だった。八重樫一晟に近付く遼大を尻目に賀神さんが私にタブレットを見せてくれる。そこには八重樫一晟が今までやって来た不正や、違法行為が連なっている。中には人体実験紛いの事まで書いてあった。(そうか、だから八重樫一晟は怯えているのね)ここは聖カトリーナの地下。そしてここへ来る事が出来るのは限られた人間のみ。自分が直接危害を加えた遼大、そして私。遼大の右腕
last updateLast Updated : 2026-09-03
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250話 跪くのは……

遼大の体から放たれる威圧感を私も感じていた。威圧感の中には激しい怒りや激情が隠されていた。こんなふうに怒りの感情を混ぜるところを私は見た事が無かったかもしれない。今まで遼大は私の前ではいつも優しく穏やかだったから。その威圧感に気圧されるように、八重樫一晟が言う。「分かった……話す。千堂の何が知りたい?」八重樫一晟がそう聞いた時には、遼大は歩き出し、私の隣に来ると私の腰を抱き寄せた。賀神さんがタブレットを操作しながら聞く。「愛沢くるみについて、だ」賀神さんが言うと、八重樫一晟が苦笑する。「愛沢くるみか……あの女の事は僕も良く知らないんだ」そう言う八重樫一晟の雰囲気がさっきよりも柔らかい感じがした。「医学的な事は良く分からない。ただ千堂弘から聞いた話では、愛沢くるみは特異体質だと言っていたよ」ずっと黙ったまま話を聞いていた湊が口を開く。「特異体質っていうのは?」そう聞かれた八重樫一晟が言う。「千堂弘の異母兄が開発した愛欲の女王と絶望の王について、もしかしたら愛沢くるみは自身の体の中で解毒が出来ているのかもしれない、という仮説が千堂弘の主張だよ」愛欲の女王の解毒……。「長年、愛沢くるみはサロン・ド・オーキッドで仕事をしながら、改良されて来た愛欲の女王を使い続けて来た筈だ。そして」八重樫一晟はそこで言葉を切り、私たちを見る。「君たちの手中に居る、千堂彰の息子、千堂理がベンゾマスクになっているのを私も知っているが、愛沢くるみにはその症状が出ていない、もしくは、症状が出るのが遅い」そう言われて湊が言う。「その違いは何なのか……」それを聞いた八重樫一晟が頷く。「そこに千堂弘が着目した」確かに言われてみれば、長年、愛欲の女王を使っている愛沢くるみにはベンゾマスクの症状が出ていないように見える。私たちは顔を見合わせて頷く。「和輝に話を聞いてみよう」遼大がそう言う。「そうね、その方が良いかもしれない」私たちがそう話していると八重樫一晟が言う。「千堂弘は色々と実験をすると言っていた。愛沢くるみの事を人間だと思っていない節があるから、救い出すなら早い方が良いぞ」◇◇◇点滴が私の体の中に入って来る。愛欲の女王が私の体の中に入って来る……。最初は何も感じなかった。人生で何度か受けている点滴と同じで。けれど徐々に私の頭の中がボーっ
last updateLast Updated : 2026-09-03
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