جميع فصول : الفصل -الفصل 170

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 宗佑の実の弟である峻嗣は、天才的なソフトウェアエンジニアだった。 だから彼の言うことを信じ、電子ネットワークから切り離せば安全だと思い込んでいる。 だが、ハードウェアのエンジニアである琴葉の視点は違う。 彼女はシステムを、確かな質量と熱量を持った金属の塊として見ている。(電子の道がダメなら、物理法則でこじ開けるまでよ) 琴葉がターゲットに定めたのは、世良本社ビルのセントラル空調システムだった。 彼女には最強の相棒がいる。 伊吹が本社に乗り込む前、万が一の事態に備えて、環境制御ネットワークへのバックドアを密かに仕込んでおいてくれたのだ。 彼が用意した専用の侵入ツールを使えば、ビルの空調システムのセキュリティなど開け放たれたドアも同然だった。 琴葉は迷わずツールを起動し、用意された裏口からシステムの中枢へと滑り込む。(さすが伊吹。強固なはずのセキュリティが丸裸だわ) 画面上に、本社ビル全階の空調配備図が複雑な樹形図のように展開される。 最上階、役員室の奥に位置する隠し金庫の座標が表示された。 琴葉はそのごく狭い密閉エリアの環境制御モジュールを特定し、管理者権限を強制的に奪取した。「さあ、サウナの時間よ」 琴葉は小さな声で呟いた。金庫室の空調パラメーターを容赦なく書き換えていく。 まずは冷却ファンへの電力供給を完全に遮断する。 排熱の道を絶たれた金庫室内の温度は、サーバー自身の放つ熱によって急上昇を始めた。 さらに、ビル全体の暖房出力をリミッター上限の危険域まで引き上げた。 その熱風を金庫室内のダクトに集中して直接送り込むよう、フラップの角度を操作する。 イヤホンの奥では、宗佑の勝ち誇った演説がまだ続いている。『お前の持つそのログデータは不完全なダミーだ。本物を手に入れない限り、私を告発することはできん。残念だったな、伊吹』 彼は自分の背後で、完璧なはずのサーバーが内側から悲鳴を上げ始めていることに全く気付いていない。 金属には「熱膨
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 キーボードに添えた指先に、自然と力が入る。 呼吸を浅く保ち、イヤホンからの小さな環境音に全神経を研ぎ澄ませた。『……そろそろ、諦めたらどうだ。無様な沈黙は、敗者の見苦しい悪あがきにしか見えんぞ、伊吹。今の私には、下請け工場の存続などという下らない話を聞く気はない』 宗佑の冷酷な声、その直後だった。『カキンッ』 イヤホンの奥から、硬質な金属が弾けるような鋭い音が響いた。 素人の耳には、建物のきしみか何かのノイズにしか聞こえないかもしれない。 だが金属の特性を知り尽くした琴葉には、それが何の音かすぐに理解できた。 熱膨張による構造の歪みに耐えきれなくなったチタン合金のラッチが、物理的に弾け飛んでロックが強制解除された音だ。(ビンゴ!) 琴葉の猫に似た瞳に強い光が宿り、即座に次のコマンドを打ち込んだ。 物理ロックが不正に破壊された瞬間、ロック機構のセンサー回路には必ず微細な電流の逆流が生じる。 琴葉はそのわずかな電気的エラーを見逃さなかった。 逆流した信号を人為的に増幅し、それをトリガーにしてサーバーのOSを強制的なセーフモードへと叩き落とす。 セーフモードで再起動したサーバーは、一時的にすべてのローカルセキュリティを解除して、メンテナンス用の有線ポートを疑似的にアクティブな状態にする。 琴葉は伊吹のツールを使い、空調システムの制御ラインを経由して、そのバックアップポートへの確実な接続を確立した。「さあ、見せてもらうわよ。末端の職人たちから絞り上げた金で作った、真っ黒な預金通帳を」 ターミナルの画面上に進捗バーが出現し、猛烈な勢いで右へと伸びた。 極秘のオフラインサーバー内に厳重に隔離されていた、黒田大臣への巨額の不正政治献金を示すログデータ。 いくつものダミー会社を経由した複雑な資金移動の全記録が、琴葉の端末へと一気にダウンロードされていく。(伊吹の言った通り、信じられないほどの額ね。こんな金を回していれば、現場に還元する資金なんて残るわけがな
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『さて。これ以上お前の無意味な沈黙に付き合う暇はない。役員会に戻らせてもらう。お前には僻地での勤務を命じる。二度と私の視界に入るな』 彼が息子に背を向けようとした、その時。『ピロン』 静まり返った役員室に、場違いなほど軽快な電子音が鳴り響いた。 伊吹が手にしているタブレット端末からの、データ受信の通知音だ。『……何だ、その音は』 宗佑の足が止まる。その声には、微かな不審が混じっていた。 伊吹が動く音がした。 彼がタブレットの画面に視線を落とし、届いたばかりのファイルを開いた気配が、はっきりと伝わってくる。『……父さん』 伊吹の声のトーンが、先程までとは劇的に変わっていた。 時間を稼ぐための防戦一方の沈黙ではない。 圧倒的な優位に立ち、完全に盤面を制圧した者が放つ、冷徹で凪いだ声だ。『物理的な壁さえあれば、完璧だとでも思いましたか?』『……何を言っている。お前の端末に何が届いたというのだ』『あなたが最も隠したがっていたものです。黒田大臣への不正献金ルート、その完全な全記録データ(オリジナル)です』『何……!?』 イヤホンの奥で、宗佑が大きく息を呑む気配が伝わってきた。『馬鹿な……あり得ない! それは完全にネットワークから切り離した箱の中だ! どうやって外部から……』『技術をただの道具としか見ていないあなたには、永遠に理解できないでしょうね』 伊吹の声には、隠しきれない誇りのようなものがにじんでいた。『僕の背中には、現実の質量と熱を知り尽くした、最高の相棒がついているんです。あなたが無駄だと切り捨てた現場の技術者の力が、あなたの完璧な箱を内側からこじ開けたのですよ』『なっ……!』 宗佑の余裕に満ちた空気が、ガラガラと音を立
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162:盤上の制圧

 春のうららかな陽気が、土井精機の事務所を明るく照らしている。 その陽気の中にあって、琴葉は引き続きイヤホンから流れる音声に意識を集中させていた。 世良グループ本社ビルの最上階は、春の暖かさとは真逆の緊張で満ちている。 役員室から流れてくる音声は、今まさに劇的な転換点を迎えていた。『――馬鹿な。あり得ない! それは完全にネットワークから切り離した箱の中だ!』 イヤホンの奥で、世良宗佑の取り乱した声が響く。 先程までの、絶対的な権力者としての余裕は完全に消え去っていた。 琴葉が物理的な熱膨張を利用してオフラインサーバーのロックを解除し、データを抜き取って伊吹の端末へ転送したためだ。『どうやって外部から……伊吹、貴様、一体何をした!』『僕が何をしたかは問題ではありません。重要なのは、黒田大臣への巨額の不正政治献金を示すこの完全なデータが、今、僕の手元にあるという事実です』 伊吹の声は極めて冷静だった。 感情の波を一切感じさせない、研ぎ澄まされた刃のような響きだ。『ふざけるな! そんなものはでっち上げだ! お前が外部で作成した偽造データに決まっている!』『偽造かどうかは、第三者機関に提出して調べてもらえばすぐに判明しますよ。父さん、あなたの負けです。潔く退陣してください』『黙れ! 私を誰だと思っている!』 宗佑の怒号が、マイクの許容範囲を超えてビリビリと音割れを起こした。 ガン、と彼がデスクを強く叩く音がする。『おのれ……私を脅し、会社を乗っ取るつもりか! そうはいかんぞ!』 宗佑の息遣いが荒くなる。 彼はデスクのインターホンを乱暴に叩き、秘書に向けて怒鳴り声を上げた。『今すぐ、全役員を第一会議室へ集めろ! 緊急取締役会を開く! 議題は、世良伊吹常務の重大な背信行為および解任決議だ!』 その言葉を聞いた瞬間、琴葉は事務所のデスクで思わず吹き出しそうになった。 宗佑は、伊吹が用意した偽造デー
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 それから数十分後。 イヤホンからは、世良グループ本社の第一会議室の環境音が流れ込んできた。 突然の招集を受けた数十名の役員たちが、困惑と緊張の入り混じった声を交わしている。 そのざわめきは、巨大企業のトップ層が抱える不安を如実に表していた。『一体、何事ですか?』『こんな急に役員会だなんて。AI事業の失敗で、また銀行から突き上げでもあったのか?』『いや、総帥と伊吹常務の間で何かトラブルがあったと聞いている』『常務の解任決議という噂もあるぞ。まさか、親子の権力闘争か……』 役員たちのヒソヒソ話が飛び交う中、会議室の重いドアが開く音がした。 空気が一瞬にして張り詰める。 宗佑と伊吹が入室したのだ。『皆、急な招集で済まない』 宗佑の威圧的な声が響くと、会議室は水を打ったように静まり返った。『本日、我が世良グループの屋台骨を揺るがす、極めて由々しき事態が発覚した。ここにいる世良伊吹常務が、あろうことか私を陥れるための捏造データを作成し、不当に経営権を奪取しようと企てたのだ!』 どよめきが起こる。『ね、捏造データですって?』『伊吹常務が、総帥を?』 宗佑は声をさらに張り上げた。『彼は、我が社が黒田大臣へ不正な政治献金を行っているという、事実無根の嘘をでっち上げた。あわよくばそれを外部にリークすると私を脅迫してきたのだ。このような背信行為は断じて許されるものではない! 即刻、彼の解任を……』『お待ちください』 宗佑の言葉を遮ったのは、伊吹の落ち着き払った声だった。 マイクを通した彼の声は、会議室の隅々にまでクリアに響き渡る。『捏造かどうかは、皆さんの目で直接確かめていただきたい。今、お手元の端末に該当のデータファイルを送信しました。パスワードは不要です』 会議室のあちこちで、タブレットやノートパソコンの通知音が鳴る。 宗佑の舌打ちの音は、それにかき消された。
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 確実な勝算と宗佑追放後のビジョンを提示して、彼らを「反旗を翻す先陣」としてあらかじめ取り込んでいた。 これは突発的な会議ではない。 宗佑をしっかりと仕留めるために用意された、計算済みの公開処刑の場だ。『き、貴様ら……私に逆らう気か! 私がこの世良グループをここまで育て上げたのだぞ!』 宗佑の言葉は、もはや誰の耳にも届いていなかった。 有力な重役たちが伊吹側についている事実と、目の前には動かぬ証拠がある。 日和見を決め込んでいた他の役員たちも、事態の深刻さにパニックを起こし始めていた。『どうするんだ! このデータが検察やメディアに渡れば、世良グループは終わりだぞ!』『上場廃止どころの騒ぎじゃない、倒産もあり得る。我々も共犯として逮捕されるかもしれない!』『私は何も知らされていない! こんな違法献金、絶対に認められない!』 会議室は完全に統制を失い、怒鳴り声と責任逃れの言葉が飛び交う無法地帯と化した。 誰もが我が身を守るため、宗佑という泥舟から逃げ出そうと必死になっている。『皆さん、静粛に』 伊吹の声が、騒然とした空気を一刀両断に断ち切った。 その響きには、有無を言わせぬ絶対の威厳がこもっていた。 宗佑の威圧的な声ともまた違う、穏やかだが人を従わせる響き。 役員たちの声が、潮が引くようにピタリと止む。『今この場で誰が知っていたか、知らなかったかを議論しても無意味です。重要なのは、この腐敗の元凶をどう断ち切るか、です』 伊吹はさらに言葉を紡ぐ。『このデータは、すでに厳重なロックをかけて安全な場所に保管してあります。我々が今すぐ取るべき道は1つ。黒田大臣との癒着を断ち切り、贈賄の首謀者である世良宗佑を経営陣から完全に排除すること。そして、新体制として我々自らの手で事実を公表し、当局の調査に全面的に協力する姿勢を見せることです』『自ら公表するだと!?』 1人の役員が悲鳴のような声を上げた。 伊吹は動揺1つ見せず、落ち着
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『続いて、空席となったCEOのポストですが』 別の役員が進み出る。『この危機的状況を乗り越え、当局との交渉や組織の再建を主導できるのは、この不正を暴き、道筋を示した世良伊吹常務しかおりません。伊吹常務の暫定CEO就任を動議します』『賛成!』『世良伊吹新CEOを支持します!』 会議室に拍手が巻き起こる。 保身に走る役員たちの態度の豹変ぶりは滑稽ですらあったが、これで伊吹は、名実ともに巨大グループの頂点に立ったのだ。『……承諾いたします。皆さんのご期待に沿えるよう、世良グループの再建に全力を尽くしましょう』 伊吹の声には、おごりも高ぶりもなかった。 ただ重い責任を自らの意志で背負い込む、覚悟を決めた大人の男の響きがあった。 ◇  琴葉の胸の奥に、熱いものがこみ上げた。 伊吹はかつて、無力な少年だった。 子供時代の琴葉に出会い、過剰な憧れを抱いた。 大人になっても依存から抜け出せず、彼女を独占したいあまり、身勝手な契約で縛って閉じ込めることすらした。 その彼が今、自分自身の足で立ち、巨大な権力を掌握したのだ。『では新CEOとして、最初の決裁を行います』 伊吹の凛とした声が響く。『ただちに、我が社の内部留保を解放してください。そして、AI事業の中断により資金ショートを起こしているすべての下請け工場に対し、無利子での特別救済融資を即日実行します』『えっ……し、しかし、それは莫大な額になります! まずはメディア対策や株価の維持に資金を回すべきでは……』 難色を示す役員に対し、伊吹は一歩も引かなかった。『我々の足元を支えているのは、現場の技術とサプライチェーンです。彼らを見殺しにすれば、政府の半導体プロジェクトから完全に外されれば、世良グループに明日はありません。これは絶対の命令です。今すぐ実行に移してください』
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166:新体制

 春も終わりを迎え、初夏の気配が混じり始めた陽光が、土井精機の事務所を明るく照らしている。 昼休み開始のチャイムが鳴り終わり、工場内は一時的な休息の空気に包まれていた。 プレスの駆動音や金属を削る音は止んで、代わりに職人たちの穏やかな話し声や笑い声が遠くから聞こえてくる。 琴葉は作業デスクの上で手早く弁当を済ませると、淹れたてのコーヒーが入ったマグカップを手に取った。 豆から挽いたコーヒーの香ばしい匂いが、事務所の空気を満たしていく。 午前の作業の疲労が温かい液体と共にじんわりと解けていくのを感じながら、琴葉は壁掛けのテレビに視線を向けた。 画面では、見慣れた昼のワイドショーが流れている。 芸能人の些細なスキャンダルや、季節のグルメ特集。 緊迫した逃亡生活や、神経をすり減らすハッキング攻防戦を過ごしてきた琴葉にとって、そうした平和なニュースはひどく新鮮で、平和の象徴のように感じられた。 伊吹が世良グループの暫定CEOに就任し、クーデターを成し遂げてから、まだ数日しか経っていない。 土井精機は、世良からの理不尽な専属契約を既に正式に破棄した。 琴葉と工場の独自の高い技術力を武器に、新しい顧客と取引を始めている。 資金ショートの危機は去り、工場には活気が戻っていた。 琴葉はマグカップを口に運ぶ。 と、その時。『ここで番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします』 和やかな雰囲気だったテレビの画面が、突如として切り替わった。「速報」という赤いテロップが大きく表示される。 スタジオのアナウンサーの表情が、一気に険しいものに変わる。『先ほど、東京地検特捜部は、現職の黒田大臣およびその関連政治団体へ強制捜査に入りました。黒田大臣を収賄などの容疑で逮捕した模様です』 琴葉の手が、空中でピタリと止まる。『関係者への取材によりますと、黒田大臣は過去数年間にわたり、国内最大手の複合企業である世良グループから、巨額の違法献金を受け取っていた疑いが持たれています』 画面がさ
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(あの時、役員室で宗佑に突きつけたデータは、そのまま検察への手土産になったってわけね) 伊吹の狙いは、極めて明快で合理的だった。 現在、世良グループは峻嗣が引き起こしたAI事業の大失敗によって市場からの信頼を失った。政府の半導体プロジェクトからも外されかけている。 その危機的状況を覆すためには、単にトップが代わっただけでは不十分だ。 社会に対して「世良グループは根本から生まれ変わった」という強烈なアピールが必要になる。 だからこそ、伊吹は新体制の初仕事として、過去の負の遺産をすべて公の場に引きずり出したのだ。 自ら検察に全面協力し、徹底的に腐敗の膿を出し切る。 一時的な株価の下落や社会的批判は避けられないだろうが、長期的には「自浄作用のあるクリーンな企業」としての信頼を獲得できる。 結果として、政府のプロジェクトに残留するための最強の交渉カードを手に入れたことになる。(さすがだわ。宗佑へのクーデターだけでなく、世良グループを……引いては末端の工場まで守ってみせた) 琴葉は伊吹の鮮やかな手腕に、心底感嘆した。 伊吹は愛人の子として世良本家に放り込まれ、誰にも守られずに血みどろの生存競争をたった一人で生き抜いてきた。 幼い頃に出会った琴葉への過剰な憧れだけを命綱にして、彼女の言葉を絶対のルールとする鳥籠に自らを閉じ込めることで、過酷な現実から身を守っていた。 自分の意思で決断することを恐れ、彼女の顔色ばかりを窺っていたあの少年が、今や巨大企業の舵取りを完璧にこなしている。 誰の指示を受けるでもなく、彼自身の冷徹な計算と覚悟に基づいて。 ふと、琴葉の脳裏にある少女の顔がよぎった。 いつかのチャリティーパーティーで出会った、黒田詩織。 黒田大臣の孫娘である彼女は、幼い頃に伊吹に介抱された。その経験から彼を自分の王子様だと思い込み、恋心を抱いていた。 そして宗佑は、琴葉を排除した後の伊吹の再婚相手として、扱いやすい詩織を強引にあてがおうとしていた。 琴葉は思わずた
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 琴葉は首を振った。 気の毒ではあるが、彼女にはどうにもできない。 詩織1人のために黒田大臣への追及を緩めることはできないし、伊吹が情をかけるとも思えなかった。「お嬢! 大変だ、テレビ見たか!?」 と。 バンッ、と勢いよく事務所のドアが開いた。 飛び込んできたのは、作業着姿の工場長だった。 白髪交じりの頭にタオルを巻き、息を切らしている。彼の後ろからは、数人の若い職人たちも顔を覗かせていた。「世良グループが、えらいことになってるぞ! 大臣に賄賂を贈ってたとかで、テレビの全局が一斉に報じてる!」 工場長の慌てふためく様子に、琴葉は全く動じることなく、落ち着いた声で返した。「ええ、見てるわよ。黒田大臣の逮捕でしょう?」「見てるわよ、じゃないだろう! 世良の新経営陣が内部告発したって言ってたぞ。新経営陣って、まさか……」 工場長は言葉を詰まらせて、琴葉の顔をまじまじと見つめた。 土井精機の職人たちは、伊吹が琴葉と「契約結婚」を持ちかける形で姿を表し、最新設備を導入してくれたことを知っている。 そして数日前、世良のトップが交代し、彼が暫定CEOに就任したというニュースにも驚かされたばかりだった。「そのまさかよ。あの人が、世良の大掃除を始めたの」 琴葉はマグカップを手に取り、コーヒーを一口飲んだ。 冷静な琴葉の態度に、工場長は戸惑いを隠せない。「お、大掃除って……こんな特大のスキャンダルを自分から暴露するなんて、世良グループは潰れちまうぞ。うちへの影響はないのか? いや、うちはもう専属契約を切ったから関係ないかもしれないが、他の町工場は……」「心配いらないわよ、工場長」 琴葉は自信に満ちた笑みを浮かべて、職人たちを見回した。「株価は一時的に下がるでしょうけど、企業としての信頼はむしろ回復するわ。それに、伊吹……世良新CEOは、トップに立ったその日のうちに
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