――ギュイィィン! 大きな金属音が早朝の工場に響き渡った。 周囲には油の焼ける匂いと、鉄粉の混じった熱気が漂っている。 土井琴葉(どい・ことは)にとって、それらは馴染み深い香りだった。 この熱気の中に身を置いていると、エンジニアとしての仕事に誇りを感じる。 琴葉はこの工場の経営企業、土井精機の社長令嬢だ。 令嬢といっても、彼女は現場主義。次期経営者として現在の副社長として、毎日忙しく働いている。「おい、お嬢! もうよせ。そいつは寿命だよ」 工場のベテラン職人が、血相を変えて駆け寄ってくる。 琴葉は作業着の袖で額の汗を乱暴にぬぐうと、スパナを握り直した。頬が油で汚れるのも構わない。 猫を思わせる大きなツリ目を細めて、ニヤリと笑った。「寿命なんて誰が決めたの? まだ心臓は動いてる」「異音がしてるじゃねえか。下手すりゃ主軸がイカれるぞ。もう業者を呼ぼう、な?」「業者を呼ぶお金があったら、新しいバイトを雇うわ」 軽口を叩きながら、琴葉は機械に耳を押し当てた。 駆動音の中に微かなリズムの乱れを聞き分ける。 ここだ。(機嫌なおしてよ。あんたに倒れられたら、今月の納期が吹っ飛ぶんだから) タイミングを見極め、琴葉はボルトを締め上げた。キィン、と高い音が一つ。 次の瞬間、悲鳴を上げていたマシンが低い駆動音へと変わる。ヴォォン……と、まるで猫が喉を鳴らすような、安定した重低音だ。「……嘘だろ」 職人が口をあんぐりと開けている。 琴葉は満足げに機械のボディをぽんと叩いた。「ほらね。この子は、まだ働けるって言ってる」 指先は油で真っ黒だが、この感触こそが土井精機を支えている証だ。(小さいけれど、この工場は生きている。そして、その心臓を動かしているのは私) そんな自負と共に、琴葉は笑みを浮かべた。◇ しかし、達成感は長くは続かなかった。 事務所に戻った琴葉を待っていたのは、ひどく冷たい現実だった。 経理担当の社員が、真っ青に青ざめた顔で立っている。「副社長……」「どうしたの、そんな顔して。銀行がまた嫌味でも言ってきた?」 琴葉は冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注いだ。「いえ……その、先ほど連絡がありまして」 経理担当者の声は、かき消えそうなほど細い。「S自動車から、来月以降の受注を停止すると」 カラン。コップの
最終更新日 : 2026-01-22 続きを読む