金曜の午後は、決まって時計の針が遅く感じられた。それは季節のせいでも、天候のせいでもなく、南條自身の内側で時が膨張し、緩慢になっているせいだった。デスクの上には、午前中に処理した書類の山と、これから目を通すべき案件のリストが並んでいる。普段であれば、彼は静かに淡々とそれらをさばき、効率的に一日を終えるのが常だった。だが今は、どうにも指先が落ち着かない。パソコンの画面を眺めるふりをしながら、南條は無意識に右手で腕時計のベルトをなぞる。時刻はまだ十五時半。あと二時間ほどすれば定時になるが、今この瞬間から終業までの時間が、まるで透明なゼリーの中に閉じ込められたように重たく感じられる。それでも書類の山は、黙って彼を待ってくれるわけではない。南條は一つ深呼吸をして、タスクに意識を戻そうとした。けれど、ふとした瞬間、頭の片隅に“今夜”という言葉が浮かぶ。金曜。伊吹と過ごす夜。「もう、約束は暗黙のものになっているのかもしれない」と、心のどこかで思う。それに気づくたび、南條の胸の奥には、小さな焦りと戸惑いが混じった熱が灯る。これまでは、誰かと約束を交わすことなど、むしろ煩わしいと感じてきた。予定に縛られることも、誰かを待つことも、必要以上に情を持つことも。自分には縁のない感情だったはずだ。なのに――今日に限っては、ほんのわずかでも時間が早く過ぎてくれたらいいのに、と思ってしまう自分がいる。その自覚が、なおさら南條を落ち着かなくさせた。午後の会議は淡々と進み、誰もが一週間の終わりを意識しながら、それぞれのデスクに戻っていく。社内には、徐々に「週末」の空気が漂いはじめていた。誰かが近くで「今日は定時で帰れるかな」と囁くのが聞こえる。南條も、ごく自然な顔で会釈しつつ、そっと時計を見やる。十六時十五分。普段なら気にしないはずの小さな針の動きが、妙に気になる。伊吹は午後の外出から、まだ戻ってきていない。「すぐ帰社します」とだけスケジューラーにメッセージが残っている。それを見て、ほんの少しだけ胸が高鳴った。会うことが、こんなにも自分にとって意味を持つのかと、改めて戸惑う。デスクの引き出しの中で、スマートフォンが静かに震えた。画面を見ると、伊吹からのメッセージが届いている。「あと三十分くらいで戻ります」それだけの短い文面なのに、無
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