私の夫は義妹のために99回離婚を切り出した のすべてのチャプター: チャプター 61 - チャプター 70

95 チャプター

61話

リビングに入ったもみじは、胡桃の格好に目を見開く。 誠司のシャツだけを身に纏った胡桃。 そして、そんな胡桃を抱き締める誠司──。 その姿を見た瞬間、もみじの瞳が苦しみや悲しみに歪む。 「──もみじ!?いつからそこに居た……!?」 誠司は焦ったように胡桃を突き放し、真っ青な顔でもみじを見やる。 誠司に突き放された胡桃は、悲しそうに瞳を潤ませて「きゃあ!」と声を上げた。 「──胡桃!」 バランスを崩し、その場に倒れそうになってしまった胡桃を、誠司が慌てて抱き留める。 誠司の胸に縋り付く胡桃と、胡桃を大事そうに抱き締める誠司。 その2人の姿は、どこからどう見ても「お似合い」の2人で。 もみじの胸は、見えない刃物で幾度も切り裂かれるように痛んだ。 「す、すまない胡桃……!大丈夫か!?」 「う、うん……大丈夫よ、誠司さん。……あっ、足がっ」 「すまない!捻ったか!?」 よろ、とよろめく胡桃に、誠司は慌てて胡桃を抱き上げてソファに座らせる。 胡桃の足を確認していた誠司は、リビングの扉で立ち尽くしているもみじに顔を向けて怒声を上げた。 「もみじ!何をぼうっと突っ立ってる!胡桃が足を挫いた!さっさと救急箱を持ってこい!」 物凄い形相で睨まれ、怒声を上げられたもみじは、びくり、と肩を震わせる。 もみじのそんな態度を見た誠司は、そこでようやくはっとした表情になり、自分の口元を手のひらで覆った。 「いや……、すまない……もみじも怪我をしていたんだったな……。お前も、ソファに座っていろ。救急箱の場所だけ教えてくれ……」 もみじは、ぼうっとしたままふらり、と踵を返すとそのまま玄関に体の向きを変えて引き返した。 背を向けてゆっくり歩き出すもみじに、誠司はぎょっとして慌てて立ち上がると、もみじを追った。 「お、おいもみじ!そんな怪我でどこに……!」 誠司がそう叫びながら、もみじの手首を掴む。 動かしていた足が止められてしまい、もみじはぼんやりと自分の手首を掴む誠司の腕を辿り、誠司の顔に自分の顔を向けた。 憔悴しきった、もみじの顔。 それに、もみじの顔色も青白く、悪い。 流石に自分の行いが後ろめたくなったのか、誠司は言い訳するように口を開いた。 「もみじ、変な勘違いをするな。胡桃は、
last update最終更新日 : 2026-02-23
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62話

どん、と強くもみじから胸を押された誠司は、信じられないものを見るように目を見開いた。 もみじが拒絶する事なんて、今まで1度も無かった。 今まで誠司がもみじを抱きしめてやれば、もみじは嬉しそうに頬を綻ばせ、誠司の胸に体を寄せた。 それなのに、今は誠司を拒絶している──。 その事実に、誠司は怒りがこみあがってきた。 「──もみじ!」 「胡桃に触れた手で私に触れないで……っ」 「だから……!俺は胡桃を抱いていないと言っているだろう!」 「そんな言葉、信じられると思う!?誠司が私の立場だったら信じられるの!?」 もみじの言葉に、誠司はぐっと言葉に詰まる。 その様子を見てもみじはやっぱり、と思う。 誠司自身も、無茶な事を言ってると分かっているのだ。 妻が不在の間に、夫が他の女性を自宅に呼び、泊まらせていた──。 そんな事を他人が聞けば、夫が不倫していた、と誰もが想像するだろう。 もみじの頑なな態度に、誠司は怒り混じりに問う。 「どうして夫である俺の言葉を信じてくれないんだ。それに、胡桃はお前の妹だろう?胡桃はお前の事をあんなに慕っているのに、お前は胡桃の事が大事じゃないのか?妹の事を疑うのか!?」 何故、自分が責められなくてはならないのか──。 もみじが誠司を睨み続けていると、誠司は疲れたように額に手をやった。 「いい加減にしてくれ。これ以上疑われ続けるのは不快だ。そんなに疑って、どうするつもりだ?離婚でもするのか?」 「──っ」 また、誠司の口から「離婚」と言う言葉が出てきて、もみじは反射的に体を震わせた。 もみじが怯んだ、と察した誠司は一気に畳み掛ける。 「お前がまだ俺と胡桃の仲を疑っているなら、離婚したって構わない。だけど、胡桃は酷く傷付くだろうな。姉が自分を疑い、離婚したと知れば胡桃は心に深い傷を負う事になるだろう。お前は大事な妹がそんな風になっても構わないと言うんだな?」 腕を組み、まるでもみじを責めるような態度を見せる誠司。 そんな誠司を見つめていたもみじは、ふと心の中が冷めて行くような気がした。 「どうして誠司はいつもそんな酷い事を言うの?」 もみじから真っ直ぐに見つめられて、誠司はぐっと言葉に詰まる。 今までのもみじは、誠司が「離婚」と言う単語を出せば途端に大人しくなり、離婚したくないと誠司に縋っていた
last update最終更新日 : 2026-02-24
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63話

「もみじ──」 何かを言わなければ──。 何となくそんな気がして、誠司は口を開いた。 だが、誠司が言葉を紡ぐよりもみじが話す方が早かった。 「それに、私には仕事の事を何も教えてくれないのに、どうして胡桃は誠司の会社に自由に出入りして……。胡桃が、誠司の奥さんだって社員の人達にも勘違いされていたわ。どうして訂正してくれなかったの?」 それが原因で、もみじは誠司の会社で辛い思いをしたのだ。 酷い扱いを受け、怪我をしているもみじに対して、誰も手を貸してくれなかった。 その時の悲しさを思い出し、もみじの視界が滲む。 もみじの様子に焦った誠司は、もみじに1歩近付いた。 「違う……っ、そんなつもりはなかった……。周囲が、よく会社にやって来る胡桃を俺の妻だと勘違いしただけだ。秘書には説明してある。胡桃ではなく、もみじが俺の妻だと──……」 「誠司さん?そろそろ……会社に行かないと……遅刻しちゃうわ」 誠司がもみじに手を伸ばした所で。 リビングの扉から気まずそうに胡桃が顔を覗かせる。 まるでタイミングを計っていたかのような胡桃の登場に、誠司はもみじに触れようとしていた手をぱっと離した。 「も、もうそんな時間か……」 「うん……。その、お姉ちゃん……私がSeaって言うデザイナーだって事……聞こえちゃってたよね?」 胡桃は、ちらりともみじに視線を向け、自分の口元に指をあてたまま、もじもじと気まずそうに続ける。 「あのね、お姉ちゃんは知らないと思うけど、Seaはデザイン業界の中で、凄く有名なの。色々な人がSeaを目当てに近づいて来るわ。だからお姉ちゃん、私がSeaだって事は、絶対に他の人に話さないで。私がSeaだってバレちゃったら、大変な事になるから……」 「胡桃……正体を隠しておきたかったのに、本当にすまない。胡桃がもみじを大切に思っている事はもみじも分かっているさ。──いいか、もみじ。胡桃は俺のために今まで自分がSeaだと言う事を隠して俺を陰ながら助けてくれていたんだ。そんな風に考えて黙ってくれていた胡桃を責めるような真似はするなよ?」 誠司はもみじを鋭く睨むと、胡桃に蕩けるような笑みを見せた。 「胡桃、さっきは言いにくい事を話してくれてありがとう。……だが、どうして今回は俺の依頼を断ったんだ?」 「
last update最終更新日 : 2026-02-24
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64話

◇ 胡桃は、誠司と一緒に会社に向かう車の中にいた。 運転する誠司の横顔を見つめつつ、頭の中で必死に色々と考える。 (Seaのデザインはいくつも調べてあるし、画像だって用意してある。……きっと、どうにかなるはずよ) 胡桃がそんな事を考えている中、赤信号で車が停まる。 その時、ハンドルを掴んだままの誠司はちらりと胡桃に視線を向けて口を開いた。 「胡桃。さっき聞きたかったんだが……。どうして胡桃は今回俺の依頼を断ったりしたんだ?」 不審がるようにそう言葉を紡ぐ誠司に、胡桃はにっこりと笑顔を浮かべて答えた。 「……私、来年になったら海外に行くかもしれないの。……だから、その準備とかで色々忙しくなりそうで……。誠司さんから依頼を貰ったのはとても嬉しかったんだけど……準備が忙しくなる中、誠司さんの仕事を疎かになんてしたくなくて……」 胡桃が話す中、誠司は驚いたように目を見開いた。 そしてすぐにその瞳は悲しさや寂しさで翳る。 「胡桃は……来年外国に行ってしまうつもりなのか……?そんな事、俺には1度も……」 「ごめんなさい、誠司さん。まだ決まった訳じゃないの……。ただ、私のデザインの能力はまだまだだと思うから……誠司さんの力になりたくて。だからまだまだ勉強が必要なのよ……」 「胡桃は、Seaでもあるのに……。あれだけの才能があるのに、まだ足りないなんて……。それに俺の力になりたいって……」 「私がデザインを学ぶのは、誠司さんの力になりたいからだもの。……誠司さんの会社が、日本一のデザイン会社になって欲しい。誠司さんだったら、余裕で出来ちゃうかもしれないけど……、少しでも力になりたくて」 「胡桃……そんなに俺の事を……」 胡桃の誠司を想う気持ちに、誠司は感銘を受ける。 胡桃がデザインを学ぶ理由が、全部自分にあったとは。 それだけ、自分の事を大切に思い、1人海外で更に勉強をしてこよう、と考えてくれているなんて。 住み慣れたこの国を離れ、辛い環境に身を置き、会社のため──自分のために頑張ろうとしてくれている胡桃のいじらしさや、想いに誠司はたまらない気持ちになった。 「胡桃……」 誠司が助手席に座っている胡桃に手を伸ばそうとした時。 青信号になっていた事に気づかなかった誠司は、後続車からクラクションを鳴らされてしまった。 「──くそっ」
last update最終更新日 : 2026-02-25
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65話

誠司と胡桃が会社に出勤したのは、始業時間をたっぷり2時間程過ぎてからだった。 ◇ 一方、もみじは。 誠司と胡桃が出て行った部屋で。寝室で、ゆっくりと横になっていた。 「誠司は、いつからあんな風に平気で嘘をつくようになったの……?」 あんな嘘が通用すると思っていたのだろうか。 それとも、自分が誠司に盲目的過ぎて、あんな嘘を今まで気づいていなかったから、あんな風に嘘をつくのに慣れてしまったのか──。 「誠司が好き過ぎて……盲目になっていた私も悪いわね……」 もみじは乾いた笑いを零す。 この寝室だって、そうだ。 最初、もみじが寝室のベッドで横になった時。 ふわりと香った、嗅ぎ慣れない香水の匂い。 甘ったるくて、刺激的な香水の香りをもみじは好まない。 だから普段から香水はあまり好んで付けないし、どうしても必要な時は爽やかな柑橘系の香りを好んで付けている。 だから、ベッドに移っているこの甘ったるい香水の匂いは、間違いなく胡桃の物だ。 「私が怪我をして入院しているからって……誠司の身の回りの世話をしていた胡桃が、どうして誠司と一緒のベッドで眠る必要があるのよ……」 誠司の世話が終わったら、家に帰ればいいのだ。 泊まる必要なんて1つもないのだから。 それなのに、胡桃は毎日のようにこの家に泊まっていたのだろう。 そして、それを許していた誠司にももみじは怒りを覚えていた。 もみじは、胡桃の香りが残っているベッドからシーツを剥がし、業者を呼びシーツを処分するように頼み、新しいシーツをベッドに敷いてようやく横になる事が出来たのだ。 ベッドに横になりつつ、もみじは周囲を見回す。 たった1週間。 たった1週間しかこの家を離れていないと言うのに、そこかしこに他の人間が確かに住んでいたような形跡があちらこちらに残っている。 その痕跡を見る度に。見つけてしまう度に、もみじの胸がぎゅうう、と痛んだ。 ドレッサーも。 クローゼットも。 使われた痕跡が残っている。 胡桃は、きっとわざと痕跡を残しているのだろう。 隠そうと思えば隠せるそれを、もみじを傷付けるためだけに、気付きやすいようにわざと残している。 「どうして……胡桃だって、誠司が好きだったら最初から告白していれば良かったのに……。どうして祝福なんてしたのよ……っ」 2人の結婚式の時
last update最終更新日 : 2026-02-25
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66話

ガチャガチャ、と鍵の開く音がして。 もみじの意識はふっ、と浮上した。 次いで、廊下を歩く足音。 その足音の主は、リビングが真っ暗な事に怒りを覚えたのだろう。 足音が荒くなり、もみじが眠る寝室に向かって来ているのが分かった。 「──もみじ!俺が帰宅したと言うのに、出迎えもなしか!」 荒々しく寝室の扉を開けた誠司が、怒声を上げる。 そして、ベッドに横になっていたもみじを視界に入れるなり、険しい表情を浮かべていた誠司のこめかみに青筋が浮かぶ。 「まさか、あれからずっと寝ていたのか!?夕食は!まさか何も支度していないのか!?」 「──っ、待って、誠司……怒鳴らないで。頭に響くの……」 「我儘を言うな!胡桃に比べて、もみじお前は本当にだらしないな!唯一の取り柄である家事さえ疎かでは、何の役にも立たないだろう!少しは胡桃を見習え!」 「──っ」 誠司の大きな声が、もみじの頭痛を更に悪化させる。 こめかみを抑え、辛そうにしているもみじには目もくれず、誠司は言いたい事を言い終えると盛大に舌打ちをして寝室の扉を乱暴に閉めた。 「──うっ、……何でこんなに頭が痛いの……?」 ズキズキと痛む頭を抑えつつ、それでももみじはふらりとベッドから立ち上がる。 「こんなに眠るつもりは無かったのに……。とりあえずご飯を作ろう……何か食べて、頭痛薬を飲まなきゃ……」 色々と考えていたせいで頭が痛むのだろうか。 それに、何だか体も若干熱を持っているような気がして、もみじは考えすぎで知恵熱のような物を出してしまったのか、とため息を吐いた。 寝室の扉をもみじが開けてリビングに行くと、そこで誠司が電話をしているのが聞こえた。 「──ああ、そのセットを1人前お願いしたい。頼んだ」 食事の注文だろうか。 もみじは、痛む頭を抑えつつ、通話を切った誠司に話しかけた。 「誠司、もしかして出前を取ったの?悪いけど……私の分も追加でお願いしてもいいかしら?少し頭が痛くて──」 もみじの言葉に、誠司は鼻で笑う。 「どうして俺がお前の分まで注文しなければいけないんだ?もみじ、お前は専業主婦だろう?胡桃のように昼間働いている訳でもない。昼間は家でぐうたらしているだけなのに、楽をしようとするな。俺は料理を注文したが、お前は食べたければ自分で作って食え」 「──そんな、」 「
last update最終更新日 : 2026-02-26
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67話

だが、もみじの言葉に誠司が怒りを顕にする。 「──何だと!?まさか、胡桃が嘘を言っているとでも言うのか!?あんなに健気で、デザインの勉強を真剣に続けている胡桃を、姉であるお前が疑うのか!?」 バン!と目の前のテーブルを叩く誠司に、もみじはびくりと肩を跳ねさせる。 乱暴な態度を取った事に、誠司はすぐに顔をハッとさせ、気まずそうにもみじから顔を逸らしたが、それでももみじを責める言葉をやめなかった。 「姉であるお前が胡桃を疑うなんて、どうかしている。俺の面倒を見てくれている胡桃に、感謝こそすれ疑ってかかるなんて正気じゃない」 「──っ、だって、おかしいじゃない。どうして胡桃がSeaだって分かるの?Seaは有名なデザイナーでしょう!?正体不明な人物よ!?それなのに、どうして胡桃がSeaだって分かるの!?証拠はあるの!?」 もみじは、自分こそがSeaなのだ、と誠司に言おうとした。 だが、それより早く誠司が言葉を紡ぐ。 「ああ、証拠だって見せてもらった!Seaが今現在デザインしている、未発表の作品だ!胡桃がそれを今日会社で見せてくれたんだよ。今までのSeaの傾向と一致する!あれがSeaのデザインじゃなくて、誰のデザインだって言うんだ!」 「──未発表の?」 「ああ、そうだ。胡桃は海外のデザインコンテストに出す予定だった作品だと言って見せてくれたんだ。それを見た瞬間、胡桃がSeaだと間違いなく確信した。あれだけの素晴らしいデザインは、Sea以外には作れない」 誠司は、そのデザインを思い出しているのだろう。 陶酔したようにうっとりと目を細め、胡桃を──偽物のSeaを称えるように言葉を紡いでいる。 「──そう、本当に胡桃がSeaだと思っているのね……」 そんな誠司の姿を見て、もみじは諦めたように目の前が真っ暗になった。 ここまで信じ込んでいる誠司には、もう何を言っても無駄だろう。 むしろ、胡桃がSeaじゃないともみじが言った所で。 今更、もみじが自分の正体を明かした所で。 信じてもらえない。それどころか鼻で笑われるだろう。 だからこそ、もみじは失望したように誠司から顔を背けた。 そんなもみじの態度に腹が立ったのだろう。 誠司はむっとした表情を浮かべ、ドスドスと足音を鳴らしながら歩く。 「ここまで言っても、信じないのか。いや、お前は胡桃が
last update最終更新日 : 2026-02-26
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68話

「──はっ」 大きな音を立てて閉められた誠司の寝室の扉。 その光景を見たもみじは、思わず笑い声が漏れてしまった。 胡桃を盲目的に信じ込んでいる誠司には、もう何を言っても無駄だろう。 彼の目を覚まそうとしても、結局はもみじが胡桃に嫉妬していると言う一言で済まされてしまう。 「信じられない……。もう、暫く顔を合わせたくないわ……」 もみじは疲れたように自分の額に手を当て、自分の寝室に向かってゆっくりと歩く。 本当は軽く食事でも作ろうかと思っていた。 だが、食事をする気もなくなってしまった。 もちろん、誠司が頼んだ出前だって受け取るつもりもないし、部屋の前に置くつもりもない。 食べたければ自分で受け取ればいいのだ。 もみじは自分の寝室に入ると、中からしっかり施錠をしてそのままベッドに潜り込み、目を瞑った。 ◇ 翌朝。 もみじが目覚めると、既に時刻は10時を回っていた。 「もう、こんな時間?こんなにたっぷり寝たのはいつぶりかしら」 ぐうーっ、と伸びをしてもみじは小さく息を漏らす。 今までは。 誠司と結婚してから、もみじは毎日朝5時には起床し、誠司のために朝食を作っていた。 仕事は、体が資本だ。 忙しくて体を壊してしまっては大変だから、ともみじは誠司のために栄養満点の食事を作っていた。 胃腸が弱い誠司は、少し油っこい物を取るだけで翌日は胃が痛んでいたのだ。 辛そうに顔を歪める誠司を見るのが、もみじは辛かった。 それなら、結婚して家事を全て自分がやるなら、ともみじは管理栄養士の資格を取った。 全ては、誠司の体調管理のために。 誠司が、自分と結婚して良かった、と思ってくれるように。 当日のもみじは、誠司が世界の中心で。 誠司のために日々を生きているようなものだった。 だけど、もみじがそれだけ誠司に尽くしていた裏で、誠司はもみじを裏切り胡桃と関係を持っていたのだ。 「恋に盲目になるのは、本当に馬鹿みたいだわ」 もみじはぽつりと呟くと、ベッドから降りる。 足を着いても、昨日より痛みは走らない。 ほっとして明るい表情になると、もみじは寝室の鍵を開けてリビングに出た。 「──なに、これ」 だが、リビングに出たもみじは、目の前の光景に唖然と口を開ける。 昨夜、誠司が出前注文した物だろうか。 それは、全て食べられる事
last update最終更新日 : 2026-02-27
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69話

◇ 誠司の会社。 「──ぐぅっ」 「しゃ、社長……大丈夫ですか?」 「……胃薬を。今すぐ手配してくれ」 「か、かしこまりました!」 誠司は、社長室でキリキリと痛む胃を押さえ、脂汗を浮かべていた。 誠司の秘書──田島は、真っ青な顔で辛そうに唸る誠司を見て慌てて薬局に走った。 「──くそっ、昨夜の飯が……」 少々、脂っこい感じがしたのだ。 その事に気付いた誠司は、全て食べる事はせずに捨てたのだが、それでも胃がキリキリと痛み辛い。 「こんな風になる事は、ここ最近無かったのに……」 もみじと結婚してから。 この数年、胃が痛むと言う経験は殆ど無かった。 それなのに、昨夜は暴飲暴食をしてしまい、案の定胃を痛めてしまった。 朝起きた時には既に胃が重く、痛かった。 そのため、誠司はもみじに胃薬を用意させようともみじの寝室に入ろうとしたのだが、信じられない事に、もみじの寝室には鍵がかかっていたのだ。 結婚してからもみじの寝室は、今まで1度たりとも施錠されていた事など無い。 誠司がいつでも寝室に来てもいいように、もみじは鍵をかけた事などなかった。 「──それなのに、もみじの奴っ」 誠司の口からは、もみじを呪うような低い声が零れ落ちる。 ギリギリ、と痛む胃を押さえていると。 誠司が居る社長室の扉がノックされた。 「──っ」 田島が薬を買って戻ってくるには、まだ早い。 それなら、もしかしたらもみじだろうか。 昨夜の態度を反省して、胃薬を持って会社にやって来たのかもしれない──。 誠司の頭に、一瞬そんな考えが浮かび、表情が明るくなる。 「──入れ」 (何だ……もみじも反省しているんだな。反省して、薬を持って来たのであればまだ許してやろうじゃないか) そんな風に考えつつ、誠司はにやりと口角を上げて笑むと、声を返す。 だが、誠司の声に答えて扉を開けて入ってきたのは、想像していたもみじではなく──。 「おはよう♡誠司さん」 ふわり、と髪の毛を靡かせて扉からひょこり、と顔を覗かせたのは胡桃だった──。 胡桃の顔を見た瞬間、誠司はがっかりしてしまった。 ◇ 「うん、上出来だわ!」 一方、もみじは。 キッチンで出来たての食事を口に運び、満足そうに笑った。 温かい料理が、ほかほかと湯気を出している。 もみじはいそいそと料理
last update最終更新日 : 2026-02-27
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70話

◇ 誠司の会社。 社長室にやって来たのは、誠司が想像していたもみじではなくて。 胡桃だった事にがっかりした自分自身に誠司は信じられなかった。 (俺は、もみじが来るのを期待していたのか!?胡桃が来たと知って落胆するなんて──) 誠司が茫然としていると、胡桃は可愛らしい笑みを浮かべて誠司に近付いてくる。 「どうしたの、誠司さん?やだ、顔色が凄く悪いわ!」 「──少し消化不良でな」 「お姉ちゃんは何をしているの!?こんなに誠司さんが苦しんでいるのに……!薬は?大丈夫!?」 胡桃は誠司に駆け寄ると、そっと彼の肩に手を置き心配そうに顔を覗き込んだ。 自分を心配してくれる可愛らしい胡桃の顔が視界に入った誠司は、慣れた仕草で胡桃の腕を掴み、引き寄せた。 「大丈夫だ、秘書に薬を頼んであるからすぐに良くなる」 「──もうっ!お姉ちゃんは本当に使えないのね!専業主婦で暇なんだから誠司さんの体調くらいしっかり見て欲し──」 誠司は、もみじの事を悪く言い続ける胡桃を抱き寄せ、自分の膝に乗せるとそのままいつものように唇を奪った。 普段はまるで小鳥のさえずりのように可愛らしく、和む胡桃の声。 だが、今の誠司にはキンキンと高く、とても耳障りに感じて。 嫌に頭に響く胡桃を黙らせるために誠司は慣れたように胡桃をキスで黙らせた。 胡桃はうっとりと目を細め、誠司の首に腕を回し、キスに酔いしれる。 2人がキスに夢中になっていると、社長室の扉がノックされた。 だが、誠司に自分の耳を塞がれていた胡桃はノックの音には気付かず。 誠司も胃の痛みに気を取られ、音には気付かなかった。 社長室の扉の向こうで、ノックの音にも無反応な事に困惑した秘書は、もう1度ノックをしてから胃薬を一刻も早く届けるためにドアノブに手をかけた。 「失礼します、社長」 秘書の田島は、扉を開けて部屋に入るなり目の前の光景にぎょっとして目を見開いた。 「──きゃあっ」 「田島!ノックくらいしろ!」 「し、失礼しました(ノックをしたのに、聞こえてなかったのは自分たちだろう……)」 田島は口では謝罪の言葉を述べながら下げた頭の下で不快感を顕に顔を顰めた。 有り得ない事に、部屋の中では自分の上司である社長が、妻以外の女性を膝に乗せて朝っぱらからキスをしていたのだ。 そんな光景、田島は見たくな
last update最終更新日 : 2026-02-28
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