私の夫は義妹のために99回離婚を切り出した のすべてのチャプター: チャプター 71 - チャプター 80

95 チャプター

71話

閉じられた社長室の扉を見つめていた胡桃は、少し不服そうにしながら、再び誠司に抱きついた。 「誠司さん……田島さん、どうして私の事を奥様じゃなくて……名前で呼ぶの……?それに何だか……彼の視線が冷たかったわ……」 「──言っていなかったか?もみじが入院している事を知らなかった時に彼にもみじを探させるために妻だと教えた。田島は胡桃が妻の妹だともう知っているからな」 誠司の言葉に、胡桃はむっとした顔のまま誠司にしなだれかかる。 「何だか、嫌な目で見て来たわ、田島さん……。あの目、凄く怖い……」 「──そうか?いつも通りだと思うが……」 胡桃の言葉に、誠司は適当に流しながら渡された薬の袋を開けて胃薬を取り出すと、飲み込んだ。 胡桃は誠司の態度には構わず、彼の首に自分の両腕を絡ませ、再び誠司の膝に乗り上げて甘えるように抱きついた。 「何か……凄く嫌よ、あの人の目……。ねぇ、誠司さん。誠司さんの妻がお姉ちゃんだって知ってる人が近くにいるのは危険だわ。それに、私……あの人に何かされそうでとても怖いの……」 「何を、胡桃──」 「ねえ、誠司さん。あの人クビにしちゃったらどう?誠司さんとお姉ちゃんの関係を知っているなら、周囲にバラしちゃうかも……」 胡桃は誠司にそう告げると、驚いた表情を浮かべる誠司に口を近付け、何かを言おうとする前に誠司の唇を塞ぎ、そのままのしかかった──。 ◇ 「今日はいい天気だし、どこか出かけようかな……」 遅い朝食を食べ終えたもみじは、テーブルから立ち上がると食器をシンクに運ぶ。 以前だったら、こんな風に天気の良い日は洗濯や掃除に時間を費やしていた。 だが、もみじはもう誠司のために自分の時間を尽くして生きて行くのはやめよう、と考えた。 「足がまだ治ってないから、あまり遠出はしないようにして……公園を散歩でもしようかな……?」 せっかくの天気が良い日だ。 もみじは気持ちよさそうに窓の外を見ると、室内に脱ぎ散らかされた誠司の服や、食べ終えた食器は全て業者を手配して任せ、着替えて外に出かけた。 ◇ ゆっくり歩きながらもみじがやって来たのは、自宅からほど近い場所にある大きな公園だった。 休日になると、多くの家族連れで賑わうこの場所だが、平日の今は子供を遊ばせている母親や、散歩をしている老夫婦。 営業職だろう人がベンチに
last update最終更新日 : 2026-02-28
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72話

「──髙野辺さん!?」 聞き覚えのある声にもみじが振り向くと、そこには驚いた顔をした髙野辺の姿があった。 彼はもみじ同様、驚いた様子で近付いてくる。 「こんな所でお会いするなんて、奇遇ですね。あれから怪我の具合はいかがですか?」 「こんにちは、髙野辺さん。怪我はもうほとんど痛みはなくなりました!その説は本当にありがとうございました」 ぺこり、と頭を下げるもみじに髙野辺は焦って両手を顔の前で振る。 「頭を上げてください、新島さん!」 「──でも、本当にあの時髙野辺さんに助けて頂いて助かったんです。あっ!そうだ!入院費!病院のお支払いも髙野辺さんがして下さったんですよね!?お返しします!」 もみじはそう言うと、慌てて銀行のアプリを呼び出す。 ログインすると、もみじの個人口座には信じられない程の金額が預金されていた。 かつて、海外のコンテストや国内のコンテストを総なめした際の賞金や、もみじがデザインした商品に対する報酬、売上金の一割が今でも入金され続けているため、もみじの資産はかなりの額になっていた。 もみじは髙野辺に視線を向けると、言葉を続ける。 「もし髙野辺さんが個人口座を教えたくないようでしたら、小切手を用意しま──」 「ちょ、ちょっと待ってください新島さん!」 慌てた様子で喋り続けるもみじに、髙野辺は割って入る。 「本当に気にしないでいただきたいんです。あそこの病院の院長とは個人的に顔見知りですし……そんなに金額もかかっていませんし……」 「だけどそう言う訳には……」 「そ、それでしたら!ご飯でもごちそうしてください!それで十分です!」 そう告げる髙野辺に、もみじは困った顔をする。 だが、髙野辺ももみじから金額を受け取る事は拒んでいる。 これ以上執拗くしてしまうのは返って失礼にあたるだろう。 そう判断したもみじは、肩を落としつつ髙野辺の提案に頷いた。 「本当にすみません……。ありがとうございます。髙野辺さんに助けて頂いた事は絶対に忘れませんので……」 「大丈夫ですよ。怪我をした人を助けるのは当然の事ですから」 「えっと……そうしたら、お食事はどこで取られますか?日にちを改めますか?」 もみじの言葉に、髙野辺は少し考えるように虚空を見上げる。 そしてすぐに何かを思いついたようにもみじに視線を戻す。 「それでし
last update最終更新日 : 2026-03-01
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73話

もみじとしては、高級料亭や高級ホテルなどの食事のお支払いを──。 そう、思っていた。 だけど、公園を出る前に髙野辺が言ったのは「コーヒーを1杯奢ってください」という事だけ。 病院のお支払いのお礼に、コーヒー1杯を奢るだけなんて、ともみじは悩んだが、髙野辺はもみじが専業主婦だと思っている。 そして、もみじと誠司の間柄──夫婦関係があまりよろしくない事も知ってしまっているのだ。 だから髙野辺は気を使ってくれているのだろう、ともみじは考えた。 (私には個人的に自由に出来るお金がある事を髙野辺さんは知らないものね……いつか……近いうちに何かでお返し出来ればいいけど……) そんな事を考えつつ、もみじはちらりと髙野辺を見やる。 平日の今日。 髙野辺は仕事中なのだろう。 初めて会った時と同様、質の良いスーツをぱりっと着こなしている。 長い足を組み、コーヒーを飲む姿がとても様になっていて。 お店の女性定員や、女性客が髙野辺が店に入ってくるなりチラチラと視線を向けている。 上品で、柔らかい雰囲気で、そして容姿も整っている髙野辺はとても注目を浴びていた。 「新島さん、今日はお散歩ですか?」 「──へっ!?え、あっ、そうです!お天気も良いので、少し公園を歩こうと思いまして」 「それは良いですね。確かに今日は天気も良くて体を動かすのには丁度いい天気と気候ですもんね」 「ええ。髙野辺さんはお仕事の休憩とか……ですか?」 もみじがそう問うと、一瞬だけ髙野辺が言葉に詰まったような気がしたが、すぐに笑みを浮かべて頷いた。 「ええ、そうなんです。取引先と打ち合わせがありまして。今、その帰りだったんです。丁度新島さんを見かけて声をかけさせていただいたんですよ」 「そうだったんですね、ふふっ、凄い偶然ですね」 「本当に」 もみじと髙野辺が笑い合う。 その光景を見ている周囲の客や、店の店員は2人の仲睦まじい様子や美男美女、が笑い合っている様子からカップルか夫婦関係だろうか、と想像してほっこりとしていた。 そして、もみじと髙野辺が笑い合っている所を見ている人は店員や客だけじゃなかった。 店の外。 大きな通り沿いにあるこのコーヒーチェーン店の丁度目の前は交差点になっていた。 信号待ちの車内。 自社の社長を取引先の打ち合わせ先まで送り届けた社長の秘書─
last update最終更新日 : 2026-03-01
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74話

◇ コーヒーチェーン店内。 もみじと髙野辺は、それからも世間話を続けていて。 ある程度時間が経った所で2人は解散する事になった。 「それでは新島さん。また」 「ええ、髙野辺さん。この後のお仕事も頑張ってくださいね」 もみじが髙野辺に軽く手を振り、髙野辺は頭を下げてから去って行った。 髙野辺を見送ったもみじも、家に帰ろうと思い歩き始めた。 もみじは、誠司の秘書田島に見られていた事など露知らず、自宅に戻って来ていた。 久しぶりに自分のために自由な時間を使えたもみじはリビングでゆっくりと伸びをして、上機嫌だった。 「こんな風に自分のために時間を使うのも良いな」 リビングのソファに座りながら、もみじは天井を見上げつつ「そうだ!」と声を出してスマホを鞄から取り出した。 「確か胡桃が国内のコンテストにSeaの振りをして参加するって言ってたわね……。どのコンテストだろう……」 もみじはそう呟くと、デザイン関係のコンテストを検索し、確認していく。 国内で目ぼしい大きなコンテストは2つだけ。 「どっちに参加するのかしら……?」 もみじはふむ、と自分の顎に手を当てて考える。 1つはプロ・アマ関係なく参加可能な物。 もう1つは、国内の有名デザイナーが複数参加するであろう1番注目を集めるコンテスト。 恐らく、殆どの有名なデザイナーは後者に出すだろう。 このコンテストで受賞出来れば、自分の実績としてかなり強い。 「私だったら参加するなら後者だけど……」 胡桃はどうだろうか、と考える。 「もしかしたら……胡桃は2つとも参加する可能性もあるわね……」 もみじだったら。 同時期に開催しているコンテストに複数応募しない。 自分の実績にある程度の自信は持っているのだ。 猛者の参加が多いコンテストならばともかく、プロ・アマ関係なく募集しているコンテストにSeaのようなデザイナーが参加してしまったら。 新しいデザイナーの芽を摘む可能性があるからだ。 それに、もみじは大きなコンテストの応募作に集中したい。 そのため、複数のデザインに同時に取り掛かる事は避けている。 どちらか一方に集中してしまい、もう片方のデザインを疎かにしてしまうのはしたくなかった。 「──よし、決めた。私は後者のコンテスト1本に集中しよう」 きっと、今現在プロデザイナー
last update最終更新日 : 2026-03-02
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75話

◇ もみじが自宅でコンテストに応募しよう、と決めた同時刻。 誠司の会社。 社長室でたっぷり誠司と睦みあった胡桃は、上機嫌で会社の廊下を歩いていた。 「あっ、社長の奥様!お疲れ様です」 「今日はどうなさったんですか?」 胡桃の姿を見て、社員がにこやかに胡桃に話しかけてくる。 中にはあからさまに胡桃に取り入ろうとぺこぺこと頭を下げ、機嫌取りをするような態度を取る社員すらいる。 そんな彼らを見た胡桃は、にっこりと笑みを浮かべて言葉を返した。 「ふふ、今日から誠司さんの仕事の手伝いを……。デザイン室Aを暫く使用するから、誰も中に入れないようにしてくれる?」 「わっ、分かりました!」 「後ほどコーヒーをお持ちしますね!」 「皆さん、ありがとう。よろしくお願いね」 頭を下げる社員達に胡桃は優越感を感じながら廊下を歩いて行く。 皆、胡桃を誠司の妻だと信じ、疑ってなどいない。 だが──。と、胡桃は考える。 (田島って秘書……。やっぱり誠司の傍に残しておくと危険よね……。私が妻でもなんでもないってバレたら社員たちから白い目で見られるわ) デザイン室に入った胡桃は、テーブルに鞄を置き、椅子に腰掛ける。 「誠司にはクビにするように言ったけど……、ちゃんと対応してくれるかしら……。私の方でも手を打っておかないと……」 ぼそぼそと呟いた胡桃は、鞄からノートパソコンを取り出して起動する。 胡桃もデザインを学んではいる。 有名デザイナーではないが、胡桃自身だってデザイナーの端くれだ。 Seaがどれだけ才能に溢れ、素晴らしいデザインをしているか、過去の作品を見れば胡桃にだって分かる。 今の自分では、Seaの真似事など、できっこない。 だが。 例え有名なデザイナーだとしても。金に困っている人は大勢いるのだ。 胡桃は、国内であまり活躍出来ていないデザイナーを徹底的に調べあげ、かつ【Sea】をライバル視していて、Seaを恨んでいそうなデザイナー複数人に声をかけたのだ。 その中で2人、胡桃の企てに協力してくれるデザイナーがいて。 そのデザイナー2名に、Seaのデザインを模倣させて多少修正させた物を用意させた。 それを、高値で胡桃は買い取ったのだ。 「さて、と……。誠司に先日見せたデザイン案をまた少し私の手を加えておこうかしら」 起動したパソ
last update最終更新日 : 2026-03-02
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76話

◇ その日の夜。 遅くに帰宅した誠司を、もみじは出迎える事はなかった。 もみじは自分の部屋でデザイン案を考えていたのだ。 もみじの集中力は凄まじく、パソコンの画面に向かってから既に数時間は経っていた。 今までだったら鍵が開く音に反応して、もみじはどれだけ大事な用をやっていても誠司を最優先して出迎えに行っていた。 もみじの最優先はいつだって誠司だったのだ。 だが、当の本人誠司は。 「──おい、もみじ!帰ったぞ!」 普段だったらリビングの扉を開けて笑顔で駆け寄ってくるもみじが、いつまで経っても姿を見せない。 もみじが自分を出迎えに来ない事に苛立ちを覚えていた。 誠司が玄関に入ると、いつもだったらもみじが鞄を受け取り、スーツを受け取り「お帰りなさい」と笑顔で声をかけるのに。 「──っ、全くあいつは何を考えているんだ!?俺が帰って来たんだぞ!?」 誠司は苛立ちを隠しもせずにドスドスと歩き、リビングの扉を開ける。 だが、リビングにももみじの姿は無かった。 「──出かけているのか?こんな時間に……?」 だけどもみじの靴はさっき玄関にあるのを見ている。 確実にこの家にもみじは居るのだ。 誠司は出迎えに来なかったもみじにイライラしたが、ふとリビングを見回して満足そうに鼻を鳴らした。 「──綺麗に片付いては、いるか」 朝に脱ぎ捨てた自分の服も。 そして、スーツやワイシャツも。 今や綺麗に片付いている。 誠司はそのままキッチンに足を運び、シンクを確認した。 そして、再び満足そうに頷いた。 「昨夜、俺が頼んだ出前も綺麗に片付けているな。ふん……やっぱりもみじは家事の腕だけは良い」 これだけ綺麗に片付けるのは大変だっただろう。 そう考えた誠司は、もみじの寝室に顔を向けた。 「仕方ない。俺のために家をこれだけ綺麗にしたんだからな。褒めてやろう」 鼻歌すら歌ってしまいそうな程上機嫌で、誠司はもみじの寝室へ歩いて行く。 また鍵がかけられていないか──。 それを考え、ノブに伸ばした手が少し緊張で震えたが、誠司はそれを誤魔化すように強くドアノブを掴んだ。 「──もみじ!帰ったぞ!」 ──ガチャリ。 そう、声をかけながらドアノブを回す誠司。 問題なく寝室の扉が開いた事に、誠司は少しだけ胸を撫で下ろした。 部屋の扉を開けると、寝
last update最終更新日 : 2026-03-03
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77話

「──は?」 誠司は信じられない、と言うように目を見開き、もみじを凝視する。 今、もみじは何と言ったのか──。 誠司がもみじをじっと見つめていると言うのに、もみじはパソコンに視線を落としたまま何かに集中しているのか、誠司に見向きもしない──。 「はっ、はは……この俺をまさか、無視してるのか……?もみじ、お前はまだ胡桃に嫉妬しているのか?俺と胡桃の仲をまだ疑っているのか?」 だが、誠司の言葉にもみじは答えない。 誠司は、もみじの意識を向けられているパソコンにとてつもなく腹が立った。 どうして自分が目の前にいるというのに、他の事に目を向けていられるのだ。 ムカムカとする誠司は、その感情を腹に抱えたままドスドスと足音荒くもみじに近づき、もみじの目の前にあるパソコンを無理矢理奪い取った。 「──おい!聞いているのかもみじ!」 「──あっ!」 突然パソコンを取り上げられ、もみじは誠司の手の中にあるパソコンに目を向ける。 今はもみじのその行動すら腹立たしく、誠司は怒りそのままにもみじから奪い取ったパソコンを床に叩きつけた。 ──ガシャン! と、大きな音が立ち、その音に誠司もはっとする。 自分の足元では、無惨にもパソコンのモニターが割れ、壊れてしまっているのが見えた。 もみじが驚きに目を見開き、唖然としている。 誠司はここまでするつもりは無かった。 もみじが自分を見ないで、パソコン画面にばかり集中するから──。 そうだ。 だからもみじが悪いのだ。 (俺は、悪くない──!) 拳をぎゅうっと握り、誠司はもみじから顔を背けたまま口早に捲し立てる。 「俺が帰ったと言うのに、出迎えもなくパソコンなんかに集中しているから悪い。どうせ見てたのはネットショップくらいだろう!?そんな物に時間を割くんじゃなくて家事をやれ!」 「──っ、なんて事を……」 「いいか!胃に優しい飯だ!早く用意しろ!」 誠司は唖然と立ち尽くすもみじをその場に置いたまま、気まずさから足早に部屋を後にする。 バタン!と大きな音を立てて扉を閉めると、誠司は急いで自分の寝室に戻った。 唖然とするもみじの顔が、誠司の頭から離れない。 「俺は、あんな事するつもりは……そ、そうだ。壊れてしまったのなら、明日新しいのを買ってやればいい……どうせインターネットを見てたくらいだろう
last update最終更新日 : 2026-03-03
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78話

黙々と食事の準備をするもみじの後ろ姿を見て、誠司はほっと息を吐いた。 (そうだ──。もみじは、いつだって俺を優先してきた……。この後少し機嫌を取ってやれば、もみじの態度も今までのように大人しくなるだろう) そんな事を考えつつ、誠司はもみじに近付いて行くとキッチンに両手を着いてもみじを自分の腕に閉じ込めるように真後ろに立った。 「悪かったな、もみじ。パソコンが必要なら手配してくれていい──」 「誠司、離れてもらっても良い?あなた、凄く香水臭いの。甘ったるい匂い、私が嫌いだって知ってるでしょう?」 「──っ」 振り向く事もせず、前を向いたまま冷たく言い放つもみじに、誠司の体がぎくりと強ばった。 社長室で胡桃を抱いたのは、午前中だったはず。 それ以降は胡桃を抱きしめる事もなかったのにまだ胡桃の香水の匂いが取れていなかったのか、と誠司はもみじから瞬時に離れた。 「わ、悪い。今日は取引先の女性社長と打ち合わせがあって。あの社長、香水がキツかったからな。シャワーで落としてくる」 慌てふためいたように、ぺらぺらと誠司の口からは言い訳めい言葉が吐かれる。 もみじは表情を変えもせずに答えた。 「ええ、そうしてちょうだい」 もみじの返事を聞くなり、誠司はいそいそとシャワールームに消えた。 ◇ 急いでシャワーを浴びてリビングに戻ってきた誠司。 だが、そこにはもう既にもみじの姿はなく、誠司のために温かくて胃に優しい食事だけがぽつんとリビングに置かれていた。 誠司はぐっと眉間に皺を寄せ、もみじの部屋に怒鳴り込みに行こうかと足を踏み出した。 だが、以前のように寝室の鍵を閉められていたら──。 「傷付く事を恐れているのか……?この俺が?もみじ如きに……?」 誠司の口からは、乾いた笑いが零れる。 誠司はもみじの部屋に向かう事を諦め、大人しくリビングのテーブルに用意されている食事を食べる事にした。 ◇ 「──ああもう、最悪」 誠司の食事を作り終えたもみじは、食事をテーブルに置くとすぐに部屋に戻ってきていた。 そして、誠司に壊されてしまったパソコンを持ち上げて電源ボタンを押してみたりしたが、うんともすんとも言わない。 「完璧に壊れちゃったわね……。クラウドにバックアップしているからいいけど……このパソコンは使い勝手が良かったのに……」 デザイン
last update最終更新日 : 2026-03-04
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79話

翌日。 もみじは昨日と同じように遅い時間に起床した。 身支度をしてリビングに出た頃には、既に誠司は会社に行っている時間だ。 「──あら?今日はそんなに散らかってない」 また昨日のような惨状になっているのでは。 ひっそりとそう思っていたもみじは、目の前の光景に目を見開く。 誠司の服は散らかっておらず、昨夜食事をした後も食器をシンクに運んだようで。 食べ残しもなく、綺麗な状態だった。 「……そう言えば、誠司も結婚当初はこんな風に私が家事をしやすいように協力してくれてたわね」 それが、どうして今のような傍若無人な人になってしまったのだろう。 そう考えると、もみじの胸はちくりと痛んだ。 もみじが感傷に浸っていると、もみじのスマホが着信を知らせた。 手の中でぶぶぶ、と震えるスマホに視線を落としたもみじは画面に表示された名前を見て眉を顰めた。 「──胡桃?どうして、胡桃が……?」 よく堂々と。 何も無かったかのように連絡をしてこれるものだ──。 もみじは、胡桃からの連絡を無視しようと決め、スマホをリビングのテーブルに置いて朝食の支度を始めようとした。 だが、もみじのスマホにかかってきていた電話は鳴り止む気配を見せない。 やっと着信が切れ、もみじがほっとしたのも束の間。 再び胡桃から着信が入った。 「──もう!何なの!?」 もみじは苛立ちを顕に着信に応えた。 「何の用、胡桃」 〈あっ、お姉ちゃんやっと出てくれた〜!〉 呑気な胡桃の声がスマホ越しに聞こえ、もみじは大した内容ではないのだろうと見越し、切ってしまおうと思った。 だが、もみじが電話を切るより胡桃が言葉を続ける方が早かった。 〈あのね、お姉ちゃん。誠司さんったら大事な書類を家に置いてきちゃったみたいなの。誠司さんがお姉ちゃんに書類を持ってきて欲しいって〉 「……誠司からは何も連絡が来ていないわ」 〈やだ、お姉ちゃん。誠司さんは社長なのよ?毎日沢山の会議が入っているの。いちいちお姉ちゃんに連絡している暇は無いわ。だから、私が代わりにお姉ちゃんに連絡したの〉 「──……」 〈誠司さんが忘れてしまった書類は、誠司さんの寝室のデスクにあるって。大事な会議資料だから、多分上から2番目にしまってあるわ。ほら、鍵付きの棚の下!〉 勝手知ったる我が家、とでも言うような胡桃の
last update最終更新日 : 2026-03-04
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80話

◇ 誠司の会社、NEW ISLAND。 そのビルの前に、もみじは再びやって来ていた。 高層ビルを見上げたもみじは、つい先日辛い思いをしたこのビルにまた戻ってくるとは、と溜息を吐く。 もみじのトートバッグには、胡桃が言っていた必要な書類が入っている。 「受付に預けて帰ろうかしら……」 そうしてしまった方が良いのではないか、ともみじは考える。 だが、誠司との関係を尋ねられたら返答に困る。 「きっと、私が誠司の妻だと言っても信じてもらえないだろうし……」 信じてもらえないくらいだったら良い。 だが、以前のように不審者扱いをされたら困ってしまう。 「……早く用を済ませて私はデザインに集中しよう」 もみじはそう呟くと、気合いを入れてビルへ入った。 「新島へのお届け物ですね。伺っております。社長室におりますので、お進みください」 「ど、どうも……」 前回と違い、今回は受付にあっさりそう答えられ、もみじは面食らった。 受付をどう説得しようか、と悩んでいたのだがあっさり通され、もみじは首を傾げながら社長室がある階に向かうため、エレベーターに乗り込む。 「もしかしたら、誠司が受付に言っておいてくれたのかしら」 また嫌な思いをしないで良かった。 もみじは些か軽い足取りで目的階に着いたエレベーターから降りた。 廊下を歩いているもみじに、背後から驚いたような声がかけられる。 「──えっ、奥様……?」 「え……?」 この会社で、もみじを「奥様」なんて呼ぶ人はいないはずだ。 それなのに、もみじは自分の背後から確かに自分に向かってそう言葉を発する声が聞こえ、驚き混じりに振り向いた。 そして、振り向いた先に居た男性を見て、もみじの表情が歪む──。 もみじの視線の先には。 先日、もみじを社長室から追い出した誠司の秘書──田島が居たのだ。 彼はついつい声を発してしまった自分の口元を手のひらで押さえ、気まずそうな顔をしたままもみじに歩み寄ってくる。 「──っ、」 先日の一件が頭に浮かび、もみじは咄嗟に後ずさり、田島から距離を取った。 警戒心を抱いているもみじを目にした田島は、慌てて口を開いた。 「せ、先日は大変失礼いたしました。まさか、社長の奥様だとは思わず……とんだ無礼を……」 「私が、誠司の妻だと知っているんですか?」 まさか田
last update最終更新日 : 2026-03-05
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