「や、やめてください!頭を上げて……っ!あの日の私は、確かに怪しかったと思います。社長秘書をされているんですもの。警戒して当然だと思います」 「──ですが、奥様……」 「そ、それに……誠司は私が妻だという事実を隠したいんだと思います。……彼にとって、私は何も取り柄のない人間ですから」 「そんな事──!」 もみじの言葉に、咄嗟に言い返そうとした田島だったが、自嘲気味に笑うもみじの辛そうな表情を見て、ぐっと言葉に詰まってしまった。 田島が言葉を詰まらせた事で、もみじは続ける。 「それに、あまりここで長話をしていると、社員の方に聞かれてしまいます。今日は忘れ物を届けに来ただけですので……」 「──ご案内いたします。社長は、今のお時間でしたら社長室にいらっしゃるはずですので……」 「ありがとうございます。えっと……」 もみじが困ったように言い淀んだのを見て、田島は慌てて名乗った。 「名乗りもせず、大変失礼いたしました。田島、と申します」 「田島さん。ありがとうございます、案内よろしくお願いしますね」 ふわり、と笑ったもみじの笑顔に、田島は一瞬言葉を失い、見とれた。 胡桃のような、毒々しい可憐さではない。 もみじは、例えるならたんぽぽのようなふわりとした可憐さを持っていた。 派手ではないが、どこか落ち着くような。 落ち着いた可愛らしさを感じて、田島の胸が不規則に高鳴った。 (ま、待て待て待て。この方は社長の奥様だぞ……!何を考えている!) 田島は慌てて頭を左右に振って変な考えを追い出し、もみじを社長室へ案内する。 「社長から奥様が書類を届けに来られる、とは聞いておりませんでした……。その、失礼ですが社長本人からご連絡が……?」 社長室に案内してもらっている最中。 少し前を歩いていた田島が何の気なしにもみじに話しかける。 田島が誠司から話を聞いていないとは──。 もみじは少しの違和感を覚えたが、胡桃が誠司は忙しいと言っていた。 もしかしたら田島に伝え損ねてしまったのかもしれない。 「いえ。夫からではなく──」 もみじが言葉を紡いでいる最中に、社長室に到着した。 その事に気付いたもみじは口を噤む。 別に、大した問題ではないのだろう、と判断したのだ。 その証拠に、田島は社長室をノックして声をかけた。 「──社長、失礼し
最終更新日 : 2026-03-05 続きを読む