氷の戦乙女は人たらし公爵に溺愛される〜甘く淫らに溶かされて〜 のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 30

45 チャプター

21話

 言うまでもなく、ラウルは隊長戦を勝ち抜き、カミリアの試合相手となった。その結果が出たのは夕方のこと。 あまりにも予想外な番狂わせに、誰もが興奮している。いつも冷静沈着なサウラも、これには驚いているだろうと、彼の巨を盗み見る。だが、サウラはいつものように涼しい顔をしていた。(もしかして、サウラ王子は……。いや、そんなことあるわけない) サウラがこうなることを知っていたのではないかと邪推するも、軽く頭を振ってその考えを打ち消す。ふたりは昨日初めて顔を合わせたのだ。口頭でラウルの強さを伝えたとはいえ、それだけでそこまで予測できるとは思えない。「団長、何気難しい顔してんですか。皆食堂に行ってますよ?」 気だるげな声で我に返る。訓練所にいる人はまばらで、彼らも食堂へ足を向けていた。「アタシ達も行きましょうよ。今日はご馳走ですよ」 リアは目を輝かせ、よだれを垂らす、いつもなら”よだれを垂らすなんて騎士としてあるまじき行為だ”などと叱責するところだが、その気力もない。「あぁ、そうだな」 カミリアは適当に返すと、彼らと同じく食堂へ向かう。「変な団長」 リアは訝しげな目でカミリアの背中を見つめるも、ご馳走が出ることを思い出して走り出した。 食堂は食欲をそそるにおいでいっぱいになり、役職が決まった騎士達は、期待の新星ラウルを囲んでいる。テンションが上がりきった彼らは、カミリアが入ってきたことに気づいていない。「ほら食え食え! 夜になったら団長と戦うんだろ? しっかり食って回復しろよ」「うちの団長は強いぞ? なんたって氷の戦乙女様だからな」 ベテラン騎士達は、肉料理をラウルの前に並べながら声をかける。「その噂は、田舎町にいた僕の耳にも届いていますよ。立ちはだかる者はすべて斬り捨てる戦乙女。自陣を勝利に導くためには、冷徹な選択をする、って。けど、僕はケリー団長がそんな冷たい人だとは思いません」「へぇ、どうしてそう思うか、聞かせてもらおうじゃねーか」 他の騎士がようやくカミリアに気づき、ラウルに絡んでいる騎士の裾を引っ張る。
last update最終更新日 : 2026-01-29
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22話

 質問していた騎士はカミリアを見て青ざめる。「いや、この話はもう終わりにしようや」「いいじゃないですか。ケリー団長は美人すぎるから近寄りがたいですけど、仲間思いのとても優しい女性ですよ。それに、美しいブロンドをお持ちですが、威張り散らしたりしませんし」 少し離れていたところで聞いていたカミリアは、驚いてラウルを見る。偶然なのか必然なのか、ラウルと目が合い、優しく微笑みかけられて目をそらす。「なんなの……」 カミリアは戸惑いをごまかすように、シチューを口に運ぶ。女だから舐められてはいけないと、誰にも気を許せずにいる。私情を押し殺し、ひとりでも多くの仲間や民を守ろうと剣を振るい続けた結果、冷徹な氷の戦乙女という異名がつき、仲間からも恐れられた。表向きでは「それくらい箔がついたほうがいいだろう」と言っているが、そんな異名はほしくなかった。 先程のラウルの言葉は、カミリアの本心を見抜いたように思えて、胸がざわつく。 カミリアは飲み物だけ持って自室に戻った。「私が優しい? 会って間もないくせに、何言ってるんだ? それとも、甘いとでも言いたかったのか……。それに、美人すぎるだなんて……」 ラウルの言葉が妙に気にかかり、イライラするのと同時に、ときめいてしまう。冷静さが欠けていることに気付き、水を飲んで深呼吸をする。「ただのリップサービスだ、惑わされるな。それに、負けると分かっていても、真剣勝負をすると決めたではないか」 自分にそう言い聞かせ、少し気持ちが落ち着いた。カミリアは時間になるまで、自室で瞑想するのだった。 夜、訓練所は松明で囲まれて明るい。ギャラリーの中には夜に堂々と外にいられることに浮かれる者も、ちらほらいる。 夜空には悪魔が潜むと言われているこの国で、夜に外に出るなど本来なら考えられない。だが、騎士としての精神力をためす意味合いも兼ねて、団長戦はあえて夜に行われる。 訓練所の中央に、カミリアとラウルが向き合って立つ。ふたりは剣を構え、殺気で牽制し合う。ふたりの凄まじい殺気に、浮足立っていた者も静かになる。
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23話

「団長戦、始め!」 使用人達に連れ戻されたサウラに代わり、ラートが合図を出す。 先に動いたのはカミリアだ。凄まじい速さで刺突を何度も繰り出し、ラウルを追い詰めていく。ラウルは後退しながらも、最低限の動きで交わし続ける。ラウルの表情に余裕がないように見えるが、彼の動きからして、余裕があるのは明らかだ。(余裕ないフリをして、気を遣っているつもり?) 腹が立ち、更に激しく刺突をするも、シャムシールで横に薙ぎ払われてしまった。「この程度で……!」 再びレイピアで刺突するも、やはりシャムシールで薙ぎ払われてしまう。カミリアはシャムシールを握った手が振り切る寸前、レイピアを手放してラウルの懐に潜り込む。隠し持っていた短剣をラウルの喉元に突きつけた。(勝てた……?) そう思った矢先に短剣を握った手を強く握られ、痛みのあまり短剣を手放してしまう。「しまった……!」「すいません」 突然のラウルの謝罪に困惑していると、突き飛ばされて仰向けに倒れてしまった。真横にシャムシールを突き立てられる。上から降り注ぐラウルの殺気に、呼吸すらままならない。「勝者、ラウル!」 ラートの声に歓声が湧き上がると、ラウルはシャムシールを引き抜き、カミリアに手を差し伸べる。さっきは消え、優男の笑みを浮かべている。「立てますか?」「あ、あぁ……」「失礼」 ラウルの手を借りて立ち上がると、彼はカミリアに手を伸ばす。優しい手つきで髪や頬に触れられ、戸惑いを覚えながら1歩下がると、ラウルは苦笑する。「すいません、綺麗な髪や顔に砂埃がついていたものですから。貴女は本当に強いですね。あそこまで本気になったの、久しぶりですよ」「そう……」 負けたら悔しさでどうにかなると思っていたが、放心状態だ。「明日から君が騎士団長だ」 ラウルの肩に手を置くと、その場から離れようとするも、数人に呼び止められる。「今日は疲れた。それに、団長室を掃除しておかないといけないからな」「団長室って?」「団長、副団長、隊長、副隊長はそれぞれ個室が与えられる。私は今夜から、副団長を使うことになるからな」 カミリアは簡潔に説明すると、自室に戻っていった。
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24話

「物を持ちすぎないように、気をつけていたつもりなんだがな……」 ぎっしり詰まった本棚を見て、肩を落とす。幼い頃から勉強好きのカミリアは、暇さえあれば本を読んでいる。特に騎士団に入ってからは、軍学書を買い漁るようになった。 どう運んでいこうか考えていると、誰かがドアをノックした。「誰だ?」「僕、ラウルです。お話というか、お願いがありまして」「どうぞ」 正直ラウルの顔は見たくなかったが、断る理由もないので入室を許可する。お願いというのも気になった。「失礼します」 ラウルは断りを入れてから部屋に入ると、室内をざっと見回した。本当に失礼な人だと思う。注意しようとすると、ラウルは何かに納得したように頷いた。「うん、やっぱり……。ケリー団長、部屋なんですけど、副団長室を使わせてもらえませんか?」「え?」 願ってもない申し出に、カミリアは目を丸くする。本や荷物を持ち出す苦労が無くなるというものあるが、ドゥムが使っていた部屋は使いたくなかった。シーツや枕などは新品のものを用意されるが、嫌悪していた男が使っていたベッドを使う羽目になる。それに、ドゥムの部屋は煙草臭いのだ。 副団長から団長になった際、ベッドを自腹で買い替えたり、臭い消しに1ヶ月以上かかった。あんな思いはもうしたくない。 何より自分が使っていた部屋を、男性が使うことに抵抗がある。ドゥムは副団長になってからしばらくは「女特有の甘ったるい匂いがする」「夢の中のお前は素直でいい女だった」など、セクハラ発言をし続けていた。そのため、ラウルがどれだけ紳士的に振る舞っていても、自分が使っていたベッドを使ってほしくなかった。「ダメですか?」「いや、ダメではないが、いいのか? こちらの方が広いし、日当たりもいいんだが……」「僕にとって、副団長室でも広いくらいですよ。それに、あの部屋が気に入ったんです」「変わっているな、君は」「よく言われます。よかった、部屋を譲ってもらえて。それでは、おやすみなさい。明日からよろしくお願いします」 ラウルは恭しく一礼すると、部屋から出ていこうとする。カミリアは慌てて彼を呼び止めた。
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25話

「待ってくれ」「どうしました?」 ラウルは開きかけたドアを閉め、不思議顔で振り返る。「部屋の件、ありがとう。本がたくさんあるし、あの男が使っていた部屋は使いたくなかったから、助かる。それと、私はもう団長ではない」「あははっ、本当に元副団長がお嫌いだったんですね。まぁ、僕も会った瞬間から苦手意識はありましたけど」 ひとしきり笑うと、ラウルは困り顔をする。何故彼がそんな顔をするのか分からず、カミリアは困惑した。「僕、団長になったっていう自覚がまだなくて……。というか、継承式とかないんですか? 団長になるのは、その後だと思っていたのですが……」「そういったものはない。試合が終わった瞬間から、それぞれの階級になる」「そうなんですね。うーん、だったら、貴女をどう呼ぼうか……」 顎に手を添えて考えるラウルに、カミリアは呆れ返る。団長から副団長になったのだから、ケリー副団長と呼べばいい。悩む要素など、どこにあるのだろうか。「じゃあ、カミリアって呼んでいい? あと、敬語はやめていいかな? 堅苦しいのは苦手でね」 人懐こい笑みを浮かるラウルに、不快になる。いくら上司になったとはいえ、会って日も浅い男に、ファーストネームで呼ばれるのは不愉快極まりない。「ケリー副団長とお呼びください。ところで、貴方の苗字はなんですか? 団長をファーストネームで呼ぶわけにはいきませんから」 立場は自分のほうが下だと分からせるために敬語に切り替え、突き放すような言い方をする。カミリアの意図に気づいていないのか、ラウルは人懐こい笑みを浮かべたまま。「そんな堅苦しいこと言わないでよ、カミリア。それと、僕に苗字はないよ、孤児院育ちでね。ただのラウル。団長とか騎士団長とかつけないで、普通にラウルって呼んでくれると嬉しいな。あと、敬語はいらないよ。さっきみたいな堅苦しい言葉も、できればやめて欲しいな」 ラウルの馴れ馴れしさに、沸々と怒りがこみ上げる。こんな男に騎士団長の座を奪われたと思うと、悔しくて仕方ない。
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26話

「ケリー副団長とお呼びください、ラウル騎士団長」「そう怒らないでよ。せっかくの美貌が台無しだよ? もう遅いし、そろそろ部屋に戻るよ」 ラウルはひらひらと手を振り、ドアに手をかける。何かを思い出して振り向くと、妖しい笑みを浮かべた。「そうそう、昼でも夜でも男が訪ねてきたら、もっと用心しなきゃ。君みたいな美人とふたりきりになったら、男は何をするか分からないから」 怒りでわなわなと震えるカミリアに構うことなく、ラウルは部屋を出ていった。「最っ低!」 怒りに任せて声を張り上げると、ドアの向こうから笑い声が聞こえてくる。 カミリアはベッドに寝そべり、枕に顔を埋めた。甘いものが無性に食べたくなる。「ハーディ……」 気弱になり、親友の名を呼ぶ。普段は弱りきった自分を見せるわけにはいかないと、ハーディにも愚痴をほとんど言わないようにしているが、今ココアとお菓子を持ってこられたら、泣きついてすべて吐き出してしまいそうだ。 それほどのストレスを、ラウルはカミリアに与えた。「はぁ……、お風呂に入ろう……」 着替えを用意すると、女性用の風呂場へ向かう。ちなみに騎士団の女湯は、カミリアが騎士団長になってから作らせたものだ。厳罰覚悟で、女性騎士が増えてきているから作って欲しいとサウラに頼んでみたところ、「何故もっとはやく言わなかった」と怒られたのは、いい思い出だ。 ハーディと会えることを期待しながら湯浴みをするも、ハーディどころか誰とも会うことなく終わった。残念だと思う反面、少し安心した。 今女性に会ったら、甘えてしまいそうな自分がいる。自分がどんな思いで騎士団長になったのか、それを軽薄な男に奪われたのが、どれだけ悔しいのか、打ち明けてしまいたい。だが騎士として、そんなことは許されない。 女性騎士達はカミリアの苦悩や無念を理解してくれるだろう。それでも誰かに甘える自分を、カミリア自身が許さないだろう。
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27話

 ココアを諦め、自室に戻ってベッドに寝そべる。 騎士としては1人前のカミリアだが、家事は壊滅的だ。以前、いつも用意してもらっているからとココアを作ろうとしたことがある。ココアパウダーをひと瓶まるまる入れ、牛乳を注いで火にかけて放置し、鍋をひとつダメにしてしまった。 せめて混ぜればよかったものを、そのうち勝手に混ざってくれると思って放置したせいで、焦げたココアパウダーが鍋底にこびりついてしまったのだ。そのせいでハーディから台所に入ることさえ禁止されてしまった。「明日、ハーディに頼んでみようかしら……?」 甘味に恋焦がれながら、カミリアは瞼を閉じる。怒りで眠れないかと思ったが、疲れが押し寄せ、ぐっすり眠れた。 翌朝、食堂に行くといつも以上に賑やかで、中央の席に人だかりができている。何事かと人々の間から覗き込んでみると、ラウルが他の騎士達と楽しそうに雑談している。ハーディを除く女性騎士がラウルを囲み、更に男性騎士が囲んでいた。中には立ち食いしてまでいる者もいる。「朝から騒がしい。ちゃんと座って食べないか」 カミリアが静かに殺気を放ちながら言うと、騎士達は不満げな顔をして散っていく。女性騎士達も、名残惜しそうに離れていく。「やぁ、おはよう、カミリア。今日も麗しいね。一緒に食べない?」「お断りします。騎士団長が風紀を乱さないでください」 カミリアが威圧的に言っても、ラウルは小首をかしげるだけ。反省しないラウルに、カミリアは更に苛立ちを募らせる。「僕は皆と楽しくおしゃべりしながら、食事をしていただけだよ? ここに来て間もないのに団長になっちゃったから、分からないことだらけでね。皆が色々教えてくれてたんだ」 叱責しようとしたが、これ以上何を言っても暖簾に腕押しだろうと思い、諦めて隅の席に座る。「大丈夫ですか?」 ハーディが向かいの席に座り、カミリアの朝食を置いてくれる。ハーディの顔を見て、少しだけ平静を取り戻すも、怒りは収まらない。
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28話

「ありがとう、ディアス」「いえ……。それにしても、新団長は人気ですね……」 ハーディは横目でチラリとラウルを見ながら言う。つられて見てみると、女性騎士達が再びラウルを囲み、黄色い声を上げている。「やかましくて仕方ない……」「注意してきます」「いや、いい」 立ち上がろうとするハーディを引き止めると、彼女は一瞬、眉を寄せる。「いいんですか?」「注意しにいったところで、負け犬のひがみと思われるだけだ」 ハーディは不満げな顔をしながらも、渋々座り直す。「私は、ケリー団長が負け犬だなんて思っていません。他の騎士だって、きっとそうですよ。それに、接戦だったじゃないですか」「ハーディ・ディアス、私はもう、団長ではないよ。接戦だったと言うけどね、ラウル団長には余裕があったよ」 昨晩の試合を思い出し、カミリアは悔しさで下唇を噛んだ。 カミリアの猛攻を避けるのに精一杯に見せかけていたが、あの時のラウルには明らかに余裕があった。きっとそれまでの試合同様、一撃で終わらせることもできただろう。なのに、ラウルはそうしなかった。 それは何故か? カミリアは、ふたつの理由を見出した。ひとつはパフォーマンス目的。騎士団長を決める試合が1撃で終わってはあまりにもあっけない。場を盛り上げるためにあえて追い詰められ、一気に逆転したのだろう。ふたつめはカミリアへの同情。元騎士団長が突如現れた優男に一撃でやられたとあっては、示しがつかない。だからあえて剣を交えた。 真実はラウルのみぞが知る。だが、カミリアは自分の導き出した答えがしっくり来る。だからこそ、ラウルが許せない。「ハーディ。私、絶対に騎士団長に返り咲いて見せるから」 騎士としてでなく、親友として彼女に告げる。ハーディは、普段人前でファーストネーム呼びをしないカミリアに強い意志を感じた。昔と変わらない負けず嫌いに、思わず笑みがこぼれる。「私は応援してるよ、カミリア」
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29話

 朝食を終えると、彼らは与えられた任務をこなしに行く。見回りに行く者もいれば、与えられた任務を遂行しに行く者もいる。それ以外の騎士達は鍛錬をしたり、軍学を学んだりしている。 カミリアを含む約30人の騎士達は、ラウルと共に訓練所へ向かう。その際、これから任務に行く騎士達がラウルに声をかけに来た。「ラウル団長、これから見回りに行ってきます」「いってらっしゃい、ビリー。気が向いたらお菓子買ってきてよ。それ食べながら、午後はゆっくり作戦会議でもしたいな」「あははっ、仕方ないですね」「おはようございます、ラウル団長。護衛任務に行ってまいります」「おはよう、アッシュ。気をつけてね」「はい。団長も、お気をつけて」 ラウルはひとりひとりの騎士と向き合い、軽い挨拶をしていく。ラウルと話をする騎士達は生き生きとしており、カミリアはなんとも言えない敗北感を味わうのと同時に、ラウルのコミュニケーション能力の高さに驚いた。 カミリアが騎士団長をしていた頃は、あのような会話はほとんどなかった。カミリアは誰がどの任務に行くか把握していたので、わざわざ口頭で話す必要はないと考えていたし、騎士達も淡々と任務に向かっていた。 雑談もほとんどなく、カミリアがいるだけで、程よい緊張感が生まれていた。 騎士たる者、口を動かす暇があったら鍛錬に勤しむべき。カミリアは騎士としてそれが当然だと思いこんでいた。民や仲間、そして主君である国王を守るために、少しでも強くならなければいけないと。 騎士達の笑顔を見た瞬間、その考えが否定されてしまったような気持ちになり、やるせなくなった。「それじゃあ、皆の実力を知るためにも、僕と軽く手合わせしようか。ひとりずつおいで」 ラウルは訓練用の木刀を構えた。騎士達は一瞬顔を見合わせると、ひとりの騎士がラウルの前に立った。「好きなところからおいで」「はああぁつ!」 騎士は一気に距離を詰めると、大きく振りかぶってラウルの頭を狙う。ラウルは木刀を軽く跳ねのけると、脇腹を軽く叩く。「胴がガラ空き。動きは最小限に」
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30話

 騎士は木刀を持ち直すと、今度は垂直に斬り込む。だが、それも軽く弾かれてしまう。木刀は音を立てて地面に落ちた。「さっきのは悪くなかったけど、ちゃんと木刀握れてなかったね。ケント、君は動きを小さく、剣を持ち直す時は正確に。これを守れば、一気によくなるはずだ。次」「ありがとうございます!」 ケントは一礼すると、離れた場所で剣を持ち直す練習を始めた。 それからラウルは、7人の騎士達と休むことなく手合わせしていった。少し剣を交えて的確なアドバイスをし、次の騎士と手合わせをする。その様子を見て、カミリアは全てにおいて自分は負けたのだと思い知る。 カミリアも手合わせはしていたが、あそこまで効率よくアドバイスはできない。 何よりあの短期間ですべての騎士の名前を覚え、騎士達を惹き付ける、記憶力とカリスマ性に圧倒された。食堂でしていた無駄話も、無駄ではなかったと認めざるを得ない。 8人目、ハーディがラウルの前に立つ。ハーディが1歩踏み出した途端、足元に折れた木刀が投げつけられる。突然のことにハーディは避けきれず、転びそうになる。その先には折れた木刀とほぼ同時に投げられたフレイルがあった。フレイルとは棒にトゲがついた球体が鎖に繋がれている武器だ。この上に転んだら、大怪我をしてしまう。「ハーディ!」 カミリアはハーディの腕を引っ張った。その反動で、ハーディの下敷きになる形で倒れてしまう。同時に、足首に激痛が走る。「カミリア、ハーディ!」 ラウルと数人の騎士が駆け寄ってくる。リアはカミリアの上にいるハーディを抱き起こした。「隊長、大丈夫?」「えぇ、私はなんとか……。ケリー副団長、すいません」「私はいい。それより……」 カミリアが睨んだ先には、ブロンド髪の騎士がふたり。ふたりはこちらを見て下卑た笑みを浮かべている。このふたりはドゥム派の騎士だ。あの日は見回りに行っていたため、ドゥムの共犯者になることなく、こうして騎士団に身を置いている。
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