All Chapters of 僕は僕が欲しいものなんて知らない 聖北学院大学演劇研究会 続編: Chapter 91 - Chapter 100

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第八十九話

 翌日の放課後。ナベは三年の佐々木と大道具作業をしていた。昨日休んだおかげか、体調が良いと感じる。一年のうちで「調子がいい」と思える日はそう何度もない。久しぶりに何もない日があったおかげかもしれないな、とあとは本番まで持ちこたえられるような気がした。「ベッドは基本的にナベくんが一人で作ってみなよ。たぶんもうできるから。俺はダメそうなベニヤの張替えしてるよ。困ったら聞いてね」 そう告げられ、ベッド兼階段の製作に入る。作り方はなんとなく想像がついた。椅子の作り方を少し複雑にするくらいだろう。骨組みの角材を作って、上面はコンパネ、側面はベニヤを貼る。とりあえず、失敗すると材料を無駄にしてしまうので設計図を作ることにした。といっても大道具用ノートに適当に書くだけの簡単なものだ。「佐々木さん、ちょっといいですか?」 設計図を作っていると疑問が湧いたので佐々木のところへ行くと、作業をやめて佐々木は顔を上げた。「うん、なに?」「階段のところなんですけど、ここの支柱、一本長い骨組みで作るのと、階段部分で切断して短いの二本をつなぐのと、どっちがいいですかね?」「あー、それは二本にするほうがいいね。長い骨組みにすると、グラグラしやすくなるんだよね。補強をいれるにしても、高さが出ると不安定になりやすいよ」「あ、そうなんですね。了解です」 方針は決まった。設計図を少し手直しし、製作に入る。骨組みに必要な角材とコンパネを倉庫から運び、部室前の廊下に置いた。まずはコンパネを切ることにした。実際に作っていると、設計図通りの長さにならないことが多い。だから調整が難しい材料に他の部品の長さを合わせたほうが効率がいい。コンパネは分厚くて切るのが難しいので、最初に作ることにした。 コンパネの切断予定部分に鉛筆で線を書く。それからビールケースの上にコンパネを乗せる。そして切り始めのところにのこぎりの持ち手側を当て、奥へ鋭く押し出す。こうすることで切り始めが安定しやすくなるためだ。できた溝に刃の中心を当て、のこぎりを挽き始める。力を入れて切り進んでいると、のこぎりが引っかかった。切断面が曲がるとこうして動かなくなってしまう。のこぎりを押し引きするとき、刃が
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第九十話

九十「それじゃ、シーン2行きまーす」 ぱん、と麻美の手が鳴り、稽古が始まる。舞台中央には三上ショウ役の山口が倒れている。ナベは上手側から泥棒の男として三上ショウに駆け寄った。客席の方へ体を向けるが、顔は見えにくいように姿勢を悪く、顔を伏せ気味にする。泥棒の男はシーン2以外には出てこないからだが、稽古を続けていくうち客席に背中を向ける演出から向けない演出に変わっていた。「お、おい!あんた、大丈夫か」 声色も石山役の時との違いが出るようになっていた。「おい!……おい!」 立ち上がって周囲を見渡し、客席に背を向けてもう一度周りを見渡す。それから急いで財布を自分のポケットに入れ、携帯電話を操作する。小道具はすでに用意されていた。誰かの使わなくなった携帯電話だ。「もしもし、道の上で人が倒れています。すぐに来てください。場所は栗原公民館の裏にある田んぼの農道で……」 ナベは頭の中で『栗原小学校は農道の先に見えますか?』という電話の向こうの声を想像する。話しているように見えないというダメ出しを何度か受けるうちに、電話相手のセリフを決めていた。「……はい、そうです。近くにあります」 『救急車が到着するまで、その方のそばにいてもらっていいですか?』いまではもう119にかけた先の声が自然に頭の中で再生される。「……いえ、すいません、ちょっと急いでいるので」 善人のふりに見えるように、おおげさに心配している風を装う。『命に関わる可能性がありますので、ご協力いただけませんか?』「……いえ、本当に時間がなくて」『……そうですか、わかりました。ご連絡ありがとうございました』「……はい、失礼します。すいません」 ナベは上手へ戻りかけ、三上ショウを振り返る。「こいつは助けを呼んだ手間賃としてもらっとくぜ。悪く思うなよ」
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第九十一話

九十一「それじゃあ、頭からダメ出し行きまーす。えー、泥棒の『お、おい』がちょっとまだわざとらしいです。セリフを言ってる感じがします。そのあとの電話シーンは、会話してるように見えるので、その方向でいってください」 最初からショウが倒れていることがわかったうえで動いてしまっていたかもしれない。ナベは台本の『お、おい』の隣に『不自然』、電話シーンの余白に『このまま』とメモする。けれど麻美の意図は現状維持とは違うので、『ブラッシュアップ』と付け足す。「スズの頭はだいぶ仕事してるように見えてきました。次の『失礼しますね』はちょっと親密度を下げてください。三上ショウがまだ目覚めてないので一方的なコミュニケーションしか起きてないので。その次のスズと石山の会話ですが、いまのままだとちょっと二人の間になんかありそうな感じが強すぎるので、もう少しビジネス寄りに抑えてください」 ナベは台本に『やりすぎ』とメモする。足りないよりやりすぎな方が調整は楽なので安堵した。「それからショウが目を覚ましてから、スズの『良かった』は嬉しさが強いので、もう少し驚きも混ぜてください。ショウの戸惑ってる感じはオッケーです。裕子ちゃん、お願いします」「はーい。泥棒の『お、おい』は、倒れてる人を見つけた驚きが抜けてるので、もっと驚いてください」 たしかに驚いていなかったと感じるので、ナベはうなずきながらシーン2の最初に『驚き』とメモする。「スズがショウの身体拭いてるところは、もっと慣れが伝われば仕事をしてるように見えると思います。スズと石山の会話シーンは石山の方がスズになんか変に気を使ってる感じがする。んー、なんだろうね。ナベ、前とどう変えたの?」 ナベは何を意識していたのか頭を回転させて言葉に直していく。「……うーん、と。娘と接してるって感覚にしようとは思うんだけど、わからないから……あー、大事に育ててきた部活の後輩みたいな感じに思おうとしてたかな」「んー。そうなんだ……。それにしてもちょっと距離感が近くなりすぎちゃってるなー。あ、見すぎなのかな?ねえ?」
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第九十二話

九十二 稽古は午後九時半に終わり、ナベは家に帰ってご飯を食べ、風呂に入る。あと十分もすれば日をまたぐ。ぐったりと体は疲れているが、自室で机に向かい、台本と役作り用のノートを開く。台本を見ながら、今日受けたダメ出しを振り返る。倒れている三上ショウを見つけて驚く。驚いたように見せる。普通に歩いていて、三上ショウが視界に入って驚くか、地面に横たわっているものが人間だと気づいて驚くか、どちらがいいだろうか、と考える。 立ち上がり、部屋の中を歩く。隣で家族が寝ているので足音を立てないよう気をつける。部屋の中は静まり返り、無音のときにしか聞こえない音が耳に聞こえている。歩いていて倒れている人間に気づき、驚いて立ち止まる。歩いていて視界に入っていたものが人間だと気づき、驚いて飛び退る。飛び退るほうが驚いている感じが出そうだ、とナベは感じたので、役作り用ノートに飛び退るとメモをした。 続いて、泥棒の電話シーンに書かれたブラッシュアップのメモは重要度が低いのでいったん飛ばす。次のスズと石山の会話について、やりすぎ・見すぎないのメモを見る。なぜスズを見すぎていたのだろうか、とナベは考える。大事に育てた後輩は常に気にかけるだろうか?なんとなくいつも意識している感じだろうか?頼られたときだけ一生懸命になるべきか?それだと以前の演技との差が生まれないのではないだろうか?そう、差はつけるのではなくて生まれるものだ。それが自然だ。それはどうしたらできる?後輩と考えるのがそもそも間違いだろうか。 ……いつの間にか、ナベの意識が飛んでいた。頭が重くなっている。チラリとベッドを視界に入れる。明日の授業中に続きを考えようか。睡眠時間を削って体調を崩すのはよくない。そっちのほうが迷惑をかけてしまうだろう。ナベは台本と役作り用ノートをかばんにしまい、ベッドに入った。 こんな生活を繰り返し、本番まで残り十日になっていた。チケットは新人公演に深く関わらない上級生たちのがんばりのおかげで、すでに六割くらいが売れていた。ナベはバイト先や大学で宣伝をしたものの、結局家族にしか売れていなかった。たくさん売っている人もいるので申し訳なく感じたが、大道具や役者に使う時間に比べて売るために使った時間の実りが乏しい
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第九十三話

九十三 十二月五日土曜日仕込み当日がやってきた。「うわ、なんかすごい久しぶりに見た気がする」「俺がいなくて寂しかったろ?」 多目的ホールにはいつものメンバーの他に田中とブラザーがいた。ガジンの言葉に田中が反応していた。「田中さんは部室にいつもいるじゃないですか」「よし。帰る」 田中は踵を返した。「ちょっとガジン、私が頼んで呼んできたのに、余計なこと言わないでよー」「ありがとう、橋本。ガジン、俺は寂しいと死ぬんだから、気をつけるんだぞ」 田中はいつも裕子のことを橋本と呼んでいた。田中はいつもどおりだが、ブラザーもいつもどおり、ぬぼーっと静かに立っていた。「田中さんは殺しても死なないでしょうよ」「試してみる?」「犯罪者にはなりたくないんでやめときます」「はいはーい、時間ないんで仕込み始めますよー。円陣組んでくださーい」 裕子の掛け声で全員輪になって集まる。「それじゃ、今日一日で仕込みを完成させましょう。初めての舞監でつたないところもありますが、そこは山口さんと田中さんがフォローしてくれると思います」「任しといて!」 田中が合いの手をいれる。田中も山口も舞監の経験が何度かあるので慣れていた。「ありがとうございます。それじゃー、がんばるぞー!」『おー!』 全員の掛け声のあと、拍手が起こる。「はい、では照明の設置から始めます!」 全員で手分けして天井に吊る照明と照明につなぐケーブルを多目的ホールの準備室から運び出していく。脚立二台は前日に大学から借りて多目的ホールに運び入れていた。それぞれの脚立を田中とブラザーが運び、舞台寄りに設置する。運ばれた照明とケーブルを接続し、田中とブラザーに渡すとそれを脚立の上へ運んでいく。脚立には二人以上脚立を支えるために人がついていた。多目的ホールの天井は高さが七メートルほどあるので、脚立も天井まで届く大きなものを借りていた。「裕子ちゃん、わたし手が空いてるけど、やることある?」「
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第九十四話

九十四「感動してるとこ悪いけど、まだ仕込みは終わってないよ。戦力なんだから、馬車馬のように働いてね」 振り向くと裕子がいた。「ああ、ごめん。ええと、音響と照明の設置かな?」「うん。ナベは前の公演で照明やってたよね?」「そうだよ」「じゃあ、照明の設置手伝ってきて」「わかった」 照明の設置はバックライトとフットライト、サイドスポットの設置が残っている。調光卓はもともと準備室に設置されていて、準備室についた窓から舞台を眺めて操作できるようになっている。ナベは久美子とコロに指示を仰ぎ、バックライトの設置をする。今回使うバックライトは後ろの足元から照らすタイプで、最奥のパネルに寄せるが、近づきすぎないよう注意する。長く灯していると高温になり、火事の危険があるからだった。照明に接続するケーブルの太さは直径が2cm以上あり、それが10メートル以上の長さになるので、重量がある。 接続を終えたケーブルは最終的に端に寄せてテープで固定するが、いまはまだ寄せておくだけにとどめている。フットライト、サイドスポットの設置も終え、照明の設置が終わった。音響の方では客席後ろの壁際にガジンと骨折たちが舞台台を重ね、その上に音響機器を接続して音響卓を作っていた。 田中とブラザーは脚立を使って窓を暗幕で塞いでいる。ナベはコロと久美子とともに裕子のところへ指示を仰ぎにいった。「客席の設営はじめてもいい?」「あ、照明終わった?」 ナベが裕子に尋ねると振り向いた。「終わったよー」「ありがとうございます。えー……」 コロの返答に裕子は同時並行で進む作業を確認する。「そうですね。オッケーです。客席作っちゃってください。この図に作り方書いてあるんですけど、客席の一段目は舞台台を横に三台並べて五列、二段目は一段目の三列目から横に二台並べて三列です。舞台台の一段目は床の客席二列目の後ろから作ってください」 ナベたちは準備室から次々と舞台台を運び出していく。舞台台は高さが30cmくらいの卓球台のような谷折りに折りたたまれた状態
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第九十五話

九十五 昼休憩が終わり、午後の作業が始まっていた。パフェは少し量が多かったようにナベは感じたが、たしかに元気が出た気がした。客席には椅子が五十席置かれ、それぞれの椅子をすずらんテープで固定していく。それから大道具の裏面と足に蓄光テープを貼っていく。暗転中に役者と大道具がぶつかるのを防ぐためだ。 続いて音響・照明の調整が行われる。音響の最大音量・左右のスピーカーの調整、各照明の最大光量の調整を客席の舞台台一段目中央に座った麻美が判断していく。それが終わると、最前列左右角と舞台台二段目最前列左右角に裕子、山口、田中、佐々木が座る。 シーン1から順番に役者の出ハケ、音響・照明のタイミングごとに確認し、大道具・照明・音響の微調整をしていく。「役者見切れてるよー」 最前列角に座った裕子が上手にハケた由美を見て指摘する。「了解。手前のパネルもうちょい奥にしてー」 ナベはパネルを動かして狭くする。「山口ー。ちょっと走って出入りしてみて」 麻美が山口に指示する。新人公演の役者の中では山口の体格がいちばんいい。山口が狭くした上手を走って出入りする。「どう?」「うん、問題ない」「じゃあ、バミりまーす」 麻美の判断を受けてナベはポケットからカラーテープとハサミを出し、パネルの下にカラーテープを貼る。「はい次、シーン2ナベの『こいつは助けを呼んだ手間賃として』からセリフください」 ナベは舞台に立ってセリフをしゃべる。「こいつは助けを呼んだ手間賃としてもらっとくぜ。悪く思うなよ」 そう言ってハケると、救急車の効果音が鳴る。「もうちょっと救急車の効果音小さめからフェード始めてください」「りょうかーい」 麻美の指示に骨折が答える。「ナベがハケるとこからもっかい」 こんなふうにして全てのタイミングについて微調整が進んでいく。最後まで終わったときには、午後四時半を過ぎていた。それからケーブル類をまとめて固定し、五時近くに仕込みで予定していた全ての作業が終了した
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第九十六話

九十六「えー、舞台も完成したことですし、あとは稽古をするだけですね!というわけで、稽古やりまーす。十分休憩後にシーン1からでーす」「じゃあ、俺帰るわ。お前らがんばって」「あ、俺も帰る」 田中とブラザーが帰り支度を始める。「田中さん、ブラザーさん、今日はありがとうございました!」 裕子が挨拶すると、他の部員たちも口々に「お疲れっすー」などと挨拶し、二人は帰っていった。「はじっこで仕上げのペンキ塗りしてていい?」 シーン1ではナベの出番はないので、麻美に確認をとって最後の作業を始めた。客席の横にブルーシートを敷き、上手手前の四枚のパネルの足を外して壁に立てかける。部室からペンキを運び、佐々木と二人でローラーを使って塗り始める。ムラができないようペンキの濃さに注意しながらしばらく塗っていると、多目的ホールの扉が開いた。「田中さん?忘れ物ですか?」「まだ夜ご飯買ってない?」「まだですよ」 田中が帰ってから四十分ほど経ち、麻美からのダメ出し中だった。理恵が田中に気づいて対応していた。ダメ出しが終わり、田中に注目が集まる。「腹減ってると思ったからさー。差し入れ買ってきた」 田中がハンバーガーチェーン店の大袋を四つ掲げると『うおおおお』と歓声が沸き上がった。「一番安いただのハンバーガーしかないけど五十個あるから足りると思うんだけどさ。足りねえかな?」「田中、ありがとう」『ありがとうございまーす!』 ケンに続いて全員がお礼を伝える。「お店の人さー、俺の注文二回聞き直してきたよ。『五個の間違いではないですか?』っつって。で、店で二十分くらい待ってたら店長出てきてさ。お使いくださいって無料券大量にもらっちゃった」「田中さん、本当にありがとうございます。それじゃあ、夜ごはんの時間にします。佐々木さんもナベも作業やめて!」「ちょっとペンキまみれなんで手ぇ洗ってきます」 ナベと佐々木は急いで水飲み場へ向かう。二人が手を洗っていると田中が声をかけてきた。「じ
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第九十七話

九十七「んーと。じゃあ、修理優先でおねがいします。別のシーンやることにします」「はい、すいません!」 ナベは佐々木と二人で舞台の外へベッド兼階段を運び出す。「新しい角材に入れ替えて、補強も入れますか」「そうだね」「ちょっと倉庫に行ってきます」 ナベが外に出ると暗くなっていた。吐いた息は照明に照らされる。震えは寒さのせいだけではない。雪が降ったらしく、草の上はギュッとしまるような独特な踏み心地がした。倉庫から適当に新しそうな角材と、補強用の角材をとって多目的ホールへ戻った。「ナベくん、そんなに気にすることないよ。こういうのはよくあるからね」 佐々木はナベに声をかける。「いやでも、一歩間違えたら怪我させてたかもしれないので」「まあね。それでも、ちょっと壊れたくらいじゃ崩れないように補強もたくさん入れて作ってるからね。こういう角の部分はどうしても釘がたくさん打ち込まれるから、割れやすいんだよ。だからなるべくなら新しい角材を使ったほうがいいんだよ。このくらいの失敗は俺も何度もしてるよ」「はい、ありがとうございます」 ほんの少しだけナベの心は軽くなった。もう壊れないように作ろうと決意し、二人で修理をした。剥がした側面のベニヤは慎重に作業していたので、そのまままた使うことができた。すでにペンキを塗っていたものだったので再利用できてよかったと安心した。 その日のうちに修理は終わったが、不安にかられたのでできるだけ早くすべての大道具の点検をすることにした。 翌週の木曜日。ゲネが行われることになった。本番は金曜日から日曜日までなので、稽古の時間はもう残されていない。仕込みは終わっているのでナベは授業が終わると部室には寄らず、まっすぐに多目的ホールへ向かう。「おっす、ガジン」「おう、おはよう」 ナベは多目的ホールで自主練をしていたガジンに挨拶する。「ガジンさ、今日授業出てた?」 ナベは今日ガジンと同じ授業をとっていたが、ガジンの姿を見かけなかった。「いや、今日っていうか、今
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第九十八話

九十八「ナベー。ちょっとシーン2一緒にやってもらっていい?」「うん、いいよ」 由美に声をかけられ、自主練を中断する。ナベも相手がいた方がありがたいのでちょうど良かった。 由美はその場にいない三上ショウに向かって「失礼しますね」と呼びかけ、背中を拭くジェスチャーをする。ナベが由美に近づくと、由美が振り向く。「石山先生」「検査の結果、目に見える外傷以外に重篤な症状はなさそうだよ」「そうですか。どうして意識を失くしたんでしょうね」「頭を打っているようだからね。じきに目を覚ますだろうから、今は安静にしておくべきだね。結城さん、彼が目覚めるまではこまめに様子を見ておいてね」「はい、わかりました」 どうにも気分が逸ってしまって、役に感情が乗っていないような感覚がした。だが流れを確認していたので当然なのかもしれない。もう時間がないので気にしてもしょうがないと流す。「ありがとう」「うん、俺も確認したかったから気にしないで」 由美が去ると瞳がナベに声をかけた。「ナベ、メイクやっちゃいたいんだけど、いい?」「ああ、おねがい」 そういえば瞳は衣装・メイク・小道具担当だったとナベは思い出す。白衣をもらったきりあまり関わっていなかったので忘れていた。「えーと、どうすればいい?」 ナベは生まれてからいままでメイクをしたことがないのでまったく勝手がわからなかった。「まず、髪をセットしてきて」「ええと、七三分けでいいんだよね?」 一ヶ月くらい前に衣装・メイク・小道具案が発表されていて、石山先生は五十歳のおじさんに見えるよう、七三分けに決まっていた。モブの泥棒はフードのついたロングコートなので髪型は見えない。 ワックスを渡されたナベはトイレで髪をセットする。これまで風呂上がりにドライヤーで乾かすくらいしかしてこなかったので、事前に骨折にセットの仕方を聞いて練習していた。「それじゃあ、メイクするね」「うん」 目を開けていると予想外に瞳と距
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