Todos os capítulos de 僕は僕が欲しいものなんて知らない 聖北学院大学演劇研究会 続編: Capítulo 111 - Capítulo 120

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第百九話

百九 舞台上では母らしき人物に再会し、思い悩む浦島マモルと石山病院に長期入院中の小野フミカが交流している。コミカルな演技に客席に笑い声が上がっていて、自分のことのようにナベは嬉しくなった。ナベの背中に触れるものがあり、振り返ると裕子がいた。指でつつかれたようだった。城田マイ役の裕子は出番が少ないので、わりと暇を持て余しているのだろう。「ナベ、がんばれ〜」 ささやく裕子の声援に、ナベは二の腕の力こぶを作って応えた。すこしだけ緊張が和らぐ。裕子に笑顔を見せ、出番が近いので舞台袖で準備をする。 浦島マモルを病院で雇った後、浦島は真面目に働いて入院代を稼ぎ、いまも病院で働いている。入院代の返済が終わってから貯金をし、病院暮らしをやめて一人暮らしをしている。 結城スズから、浦島マモルと付き合っているという話を聞いたときは驚いたが、幸せになれるといいと願っていた。「やあ、こんにちは。僕は浦島マモルっていうんだ。イセポちゃん、よろしくね」「ヨロシク、マモルおじさん!」「イセポちゃん、いいかい?僕はマモルお兄さんだよ!」 照明が切り替わるのを合図に小野フミカが舞台を降り、ナベが舞台に上がる。いまは病院で昼の休憩を取っているところだ。「石山先生」「浦島くん。お疲れ様」「あの、ちょっといいですか?」「うん、なんだい?」「フミカちゃんのことなんですけど、その、何の病気で入院してるのかとか、聞いちゃってもいいですか?」 以前、浦島にフミカのことを気にかけてほしいと頼んでいたが、なにか進展でもあったのだろうか。「それは守秘義務があるからね、答えてあげることはできないな。仲良くなってくれたのかい?」「そうですね、少しは心を開いてくれたと思います」「そうか、ありがとう」「……誰にも言わないって約束してくれるかい?」 昨日のゲネでは、次のセリフをナベは間違えた。大丈夫、何度も台本を読み返した。いけるはずだ。という思考は石山はしない。雑念が混じっている。集中しろ。体が固い。指先に汗が滲む。
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第百十話

百十 舞台上で物語は進んでいる。自分の出番はもう終わったので、観客のような気持ちで舞台袖から役者たちを眺める。出入りの邪魔はしないように壁に背を預けていた。マモルに心を開いたフミカは母に会いたい。父に海外から戻ってきてほしい。治療費を稼いでくれるのはありがたいけど、一緒に過ごす思い出がほしい。そんな子どもとしての素直な気持ちをマモルにぶつけている。 客席からすすり泣きの音が聞こえる。感動を伝えることができて、ナベは安心した。観客たちに無駄な時間を過ごさせていないか、不安だった。 フミカの言葉に触発され、マモルは三上トモコに連絡をする。実の母かもしれない人と話せる機会は、本当はとても貴重なものだと理解できたからだ。 遊びに来たトモコとともに三上ショウが子供の頃のアルバムを眺めたが、記憶は戻らない。二人は温泉に行くことになり、マモルは電車には乗れないことを明かす。トモコの思いつきでマモルがトモコに手をひかれると、電車に乗ることができた。車内で急ブレーキが起こる。そのとき母に抱えられて浦島は安心し、記憶を思い出す。 次が裕子の最後のシーンだ。ナベは裕子に「がんばれ」と伝えて送り出す。裕子は笑顔で舞台に出ていった。 一方、木戸はサトミにショウのことをあきらめて結婚しようとプロポーズする。サトミは浦島がショウだと思っているが確信が持てない。付き合っている女性もいるようだ。サトミは城田マイに相談し、ショウへの思いを確認する。サトミは木戸のプロポーズを断った。 マモル(ショウ)は苦悩していた。サトミと婚約をしていたことを思い出したが、スズのことも大事に思っている。記憶を取り戻した以上、戸籍はもとにもどさなくてはいけない。清掃員の仕事も浦島の身分で続けることはできない。マモルはスズと会い、記憶を取り戻したこと、婚約者がいることを話す。 ショウはサトミを選び、スズに別れを告げる。 スズは、いつかこんな日がくるのではないかと恐れていた。同僚の看護婦はマモルの決断に怒りを隠さず、スズの代わりに涙を流す。スズはそんな友人の姿に自分の怒りと哀しみを重ね、折り合いをつける。覚悟はしていた。スズはマモルと別れ、サトミとショウを応援することにした。 清掃
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第百十一話

百十一 その日の夜、ナベはよく眠ることができた。二日目と三日目の公演は一日目と比べて良くなったところもあれば、悪くなったところもあった。全ての公演が終わり、バラシが始まる。「はーい、バラシはだいたい仕込みの逆なので、まず音響卓と照明の配線外して、並行して客席片付けて下さーい」 裕子の指揮で全員が動き出した。作るよりも壊すほうが時間がかからず気も使わない。多目的ホールはあっというまに劇場っぽさを失っていった。客席に使っていた椅子と舞台台を運び出し、ナベと佐々木で作った大道具のパネルと足を分解する。それを全て倉庫へしまうと、ほぼ多目的ホールは元通りになった。「それじゃあ、暗幕と天井の照明外しまーす」 バラシにブラザーは参加していなかったので、脚立には田中と山口が登った。吊っていた照明を下ろすとケーブルを外す。ケーブルは8の字にまとめて準備室へ運んでいく。最後に床をモップ掛けしてバラシは終わった。「えー、それでは例によって例のごとく打ち上げは俺ん家゛(おれんじ)ですが、予約は九時からなのでまだちょっと時間あるけど、何する?」 舞監代理の田中が打ち上げの幹事をしていた。俺ん家゛は全国的な居酒屋のチェーン店で、前回公演の打ち上げもここで行われた。大学から歩いて十分ほどで地下鉄まで歩いて一分、腹いっぱい食べて飲んでも一人三千円ほどしかかからないので、演劇研究会ではいつもここを使っていた。「それじゃあ、今回の感想を一人一言ずつ言ってこうか」 麻美の発案が通り、最初に裕子から話し始めた。「あ、はい。お疲れ様ですー。えー、初めての演出助手と初めての舞監ということで、わからないことだらけだったんですけど、うまくできたのかな。演出助手としてはわりときついことも言っちゃって。まあ、これは別に良かったと思ってますけど」「さすが」 山口が合いの手を入れると笑いに包まれる。「舞監としてはいろいろ山口さんに教えてもらってなんとかやり切ることができたので、ありがとうございました」「さすが」「お前、返事それでいいの?」 山口が入れた合いの手に骨折がつっこむ
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第百十二話

百十二「あ、お疲れ様ですー。えーと、俺はですね。まず大道具については、佐々木さんがいなければ完成させることができませんでした。ありがとうございます」「俺、たいしたことしてないよ」 佐々木は手を振って謙遜する。「本番近くなって大道具の方がおろそかになってたと思うんです。大道具のリーダーなのにちゃんとできてなかったです」「立派な舞台だったよ」「それが佐々木さんのおかげなんですよ」 役者として満足できる仕上がりになるか不安で、本番が近くなるほど大道具に割く時間が減っていったのが心残りだった。「役者については、そうですね。ゲネのあとはもう、本番でちゃんと演技できるのか不安でしょうがなかったです。みんなにも心配かけたと思います」「え、そう?私はなんとかしてくると思ってたよ」 麻美は意外そうだった。「いや、必死で。ガジンのアドバイスとか、裕子ちゃんの応援とか、みんなががんばってる姿とか、そういうの全部の、全部が……」 ナベの声が震える。のどに何か詰まったようで、声が出せなくなってしまった。涙がこみ上げてくる。「なんだナベ、泣いちゃう?」 骨折が茶化し、山口が骨折の頭を強めに叩いてつっこむ。「……っ、泣かないよ!……えー、すいません。いろいろ言いたいことはあった気はしますが、何言うか忘れました。……とにかく、一生懸命やって、全力は尽くせたと思います、以上です!」 温かい拍手をもらい、ナベは嬉しくなった。後ろを向いて涙を拭う。全員が一言ずつ言い終わり、居酒屋へ向かう。外へ出ると、曇り空だった。「ちょっとナベー、さっき泣いてた?」 裕子が肩をぶつけて茶化してきたが、悪い気はしなかった。「いやー、ね。なんか出てきちゃったよねー。自分にこんな感情があったなんてびっくりだよ。もっと感情が薄いんだと思ってた」「気づいてないかもしれないけど、けっこうナベ、笑ってること多いよ」
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第百十三話

百十三「えー、それではですね、飲み物が届くまでアンケート回し読みしましょうか」 予約席に座って最初の注文が来るまで、全公演分のアンケートを回していった。感動しましたなど、概ね高評価の感想が多かったが、中には動きが生きているように感じられないとか、棒読みだったとか、否定的な感想もあった。他にも表裏に各役者・スタッフごとに感想を書いてくれているアンケートもあった。「おまたせしましたー!」 静かにアンケートを読んでいると、店員が飲み物を運んできた。ナベの分のお通しはずいぶん前に食べ終わっていた。「はい、じゃあアンケートはこのくらいにして、乾杯しましょう!田中さん、お願いします!」「え、俺でいいの?ほとんどかかわってないけど」 麻美から役目を振られた田中は戸惑っているような発言をしたが、嫌ではなさそうだった。「えー。じゃあね、大役を任されたので乾杯の挨拶をします。うぉっほん!ゔぅん、あー、あー、ん゛っ、うん。あっ、あー!」「長ぇよ!」 咳払いを続ける田中にケンがつっこむと、笑いが起こる。「えー、本番まで長い間辛く苦しい稽古に耐え、演出による罵倒と体罰を乗り越え……」「かんぱーい!」『かんぱーい!』 田中が適当なことを言っているのでケンが乾杯の音頭を取る。「まってくれよ。あと二十分くらいしゃべれるよ、俺」「だから長ぇって」 こんな感じで宴会は始まったが、すぐにやかましくなった。なにしろ、発声練習を続けていて大きな声が出せる人間しかここにはいない。叫んだり笑ったりしているうちに二時間の打ち上げは終わった。時刻は午後十一時をすぎており、終電組は解散することになった。「ナベー、また傘に入れて?」 裕子に上目遣いで見上げられ、ナベはこころよく受け入れる。勘違いしてしまいそうになり、浮き立つ心が表に出ないよう苦心した。「ちょっとコンビニ寄っていい?」 終電はまだ何本か先なので、ナベもコンビニに寄った。裕子とともに飲み物を買ってコンビニを出て、
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第百十四話

百十四 その日の夜、ナベはとんでもないことになったと焦りだす。人と付き合うということがどういうことなのか経験がないのでまったくわからない。 次の日は寝不足のまま大学へ行き、授業の内容は頭に入らずただノートをとるだけだった。昼になり、昼食の時間になる。裕子と二人で食事をするべきなのか、今まで通りでいいのかも判断がつかない。とりあえず今まで通り昼食を買って部室へ向かうことにする。部室の前で入るべきか逡巡したが、なかばやけくそ気味にドアを開ける。「お、おはようございます」 ナベはふだん部室でどんなふうにふるまい、しゃべっていたのか思い出せなくなった。「ナベー、おはよう」 部室にいた裕子がナベに手を振る。ナベの鼓動が高鳴り、緊張する。「うん」 小さく手を振り返すが、何を話したらいいのか思いつかない。反応が素っ気なさすぎるだろうか。裕子は笑っているので間違えてはいないのだろうか。「ナベ、座んないの?」 ガジンの言葉で昼食を食べに来たことを思い出す。「ああ、うん」 本番後の部室はビールケースや椅子が動かされていて配置が変わっている。どことなく違和感を覚えながら席につき、言葉少なに食事をとる。何かしなければいけないような気がするが、何をしたらいいのかわからない。ナベは居場所だったはずの部室に息苦しさを感じていた。「ねーナベ、今日何コマ目まで?」「四コマ目まであるよ」「そうなんだ、じゃあ一緒に帰ろう」「うん、わかった」 ナベは自分から誘うべきだっただろうか、もっと喜んでいる反応をすべきだっただろうかと反省する。自分の行動の何が正解なのか誰か知っているなら教えてほしかった。 四コマ目が終わり、ナベが部室に入ると裕子はまだいなかった。「ナベおっすー。なんか疲れた顔してんね。まあ、俺も二日酔いだったけどようやくマシになってきたよ」 ガジンの言う通り、ナベは頭が重かった。「いやー、ちょっと寝不足でね。本番の疲れが出てきたかも」 そのまま部室でしゃべり
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第百十五話

百十五 土曜日。ナベは母親に携帯電話の契約に行くとだけ言って出かけていった。彼女ができたということは言い出せず、これから伝えることもしない気がしていた。反応が読めない、というか反応すらせず流してほしかったが、それは無理なことだろう。サークル内でも付き合っていることは言わないと二人で話した。「どうしようか?」と裕子に尋ねられたナベは、「サークル内での振る舞いが挙動不審になる気がする」と伝え、そうすることに決めていた。そのときに裕子はもしかしたら公表したかったのかもしれないとも思ったが、あえて確認はしなかった。そのほうがナベにとって都合がよかった。 九時半ころ、地下鉄大通駅の待ち合わせ場所である大型スクリーン前に到着した。早すぎたかもしれないが、待たせるよりよっぽどましだった。今日はナベの用事につきあわせているので、できるだけ不快にさせるような真似はしたくなかった。「ナベー、待ったー?」「ううんぜんぜん。俺もいま来たところだよ」 などと使い古された会話をする。まだ十時前なので、謝る必要もない。演劇研究会での集まりでは三十分の遅刻までは遅刻扱いしないという謎ルールがあったので少し警戒していたが、杞憂に終わったようだった。「今日はありがとね」「ううん。ナベがケータイ持ってくれた方が、いろいろ便利だし」「うん、固定電話は誰が出るかわからないから嫌だよね」 今日までの間に、どの会社で契約するかはすでに決めていた。一ヶ月の電話代は安いほうがいいので、携帯電話会社の三大キャリアの中で一番安い会社を選び、そのショップへ向かう。 まずは端末選びだが、ナベは電話とメールができればとくにこだわりはなかった。写真をとる習慣もなかったので、画質も重要ではない。スマホやチャットアプリが普及しだすのはまだ先の話だ。だから色とデザインが気にいるものを選んだ。 契約についてもオプションをつけると月額利用料が増えるので、最低限に抑える。故障や紛失保証はつけたが、それが割高なものであることを知ったのもまだまだ先の話だ。「じゃあこれからどうしようか」「昼ごはんにはちょっと早い時間だね」 時刻は十一
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第百十六話

百十六「今日はありがとう、つきあってくれて」「ううん。わたしのためでもあるから。っていうか、言い出したのわたしだよ」 ナベが裕子に感謝すると、裕子は首を振った。「じゃあさっそく、記念すべき連絡先登録の第一号ってことで、連絡先教えて?」 ナベは裕子の連絡先を携帯電話に登録する。注文したコーヒーとパフェが届き、二人は飲食をはじめた。ゆったりとした時間が流れるが、裕子と付き合うことにしてから、ナベは裕子と接しているとなぜか身構えてしまうようになっていた。緊張しているのだろうか。裕子の口数もいつもと比べると少なかったので、ナベの緊張が伝わったのか、裕子も緊張しているのか。ナベに知る術はなかった。 そのままその喫茶店で昼食も注文し、食べ終わってから二人は解散した。 それから数週間、二人の仲は進展するでもなくぎこちないままだった。緊張を孕んだ関係を続けていることが、ナベにとって重荷に感じ始めていた。「別れよう」 その電話は突然だった。だが裕子の言葉にナベは当然だろうな、という感想しか思い浮かばなかった。「……うん、わかった」 だからナベの返事もそれだけだった。裕子の判断は理解できた。ナベは二人の関係を進展させようともしなかったし、維持する努力も充分ではなかった。だから当然の帰結だと納得できる。けれど。足から力が抜けていくようだった。ショックを受けているらしい。 人を好きになることはできても、人と付き合うだけの能力はなかった。ナベは小さな頃から自分が異質だという自覚があった。演劇を始めてから、まともな人間になれたような気がしていたが、それはどうやら錯覚だったようだ。 大学はもう在学生の試験期間に入り、それが終われば大学受験が始まるので、しばらく授業がない。立ち直るのに時間がかかりそうなのでナベにとっては時期が良かった。 ナベの取得単位や出席日数は十分足りていて、問題なく進級することができた。三月になると卒業式が行われた。演劇研究会の在校生たちが集まり、スーツを着たシュンやポリスを似合わないと笑う。そのまま二人を胴上げし、雪の中へ放
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第百十七話

百十七 ケンや佐々木や田中が四年に進級し、就職活動のためあまり演劇に深く関わることがなくなるだろうと思われた。昨年、シュンやブラザーが脚本演出や主役級の役を務めていたほうが珍しいことだった。シュンは東京へ行って演劇を続けるらしく、就職活動はしていなかった。 新しい部長には骨折が選ばれていた。一月の後期試験が終わってから、三年生だけで集まって決めたらしい。 福祉学部心理学科の学科長、沖教授によって履修登録のオリエンテーションが開かれていた。ナベはガジンとともに出席している。「せやからな、二年で留年する学生がけっこう多いんよね。みんなも気ぃつけんとあかんで。ほんまに」 沖教授は生まれが京都なので京都訛りの関西弁を使っている。いまは二年から必修となる心理学実験の授業について説明されていた。毎週心理学に関する実験を行い、一週間以内にレポートを提出する必要があった。レポートの作成にはSASという統計分析用ソフトを利用しなければならず、このソフトの利用には多少のプログラミングの知識が必要だった。「どうしようナベ。俺、留年するかも」「やばそうな授業だな。今年はちょっと役者はできなさそうだな」 ナベは授業が大変になるのは気がかりだったが、演劇と距離をとる口実ができたのは助かったと感じていた。大道具もやらないとなると演劇とは距離が離れすぎてしまって、せっかく得られた居場所を失ってしまうかもしれないのは怖かった。「おはようございまーす」 部室に来るのはずいぶんと久しぶりの感じがした。実際、新人公演が終わってから他に公演はなく、試験と受験で大学に来る機会自体がだいぶ減っていた。「あー、きたきた」 部室に来たナベとガジンを理恵が待ち構えていた。新二年生全員と麻美と由美がそろっている。「主役は遅れてやってくるもんだぜ!」「はいはい、そういうのいいから」 軽くポーズをとったガジンは理恵に軽くいなされる。「で、なんの話?」「サークル紹介どうするかって話」「おお!そっか。ついに後輩がくるのか」「来るかどうかはサークル
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第百十八話

百十八 サークル紹介がうまく行ったのかどうかは判然としないが、新入部員は男子一名、女子二名が入部した。もちろん、全員大学一年生で、麻美や由美のように途中入部ではなかった。 男子部員は藤田誠(ふじたまこと)、女子部員は坂本萌(さかもともえ)と村上真由美(むらかみまゆみ)という名前だ。男子部員のあだなはデカ、女子部員のあだなはもえ、まゆになった。デカの由来はぐれてそうな刑事の名前を連想したからだ。 心理学実験は事前に知らされていたとおりハードな授業だった。授業当日は実験だけ行われ、そのレポートはだいたい四日〜六日かかる。つまり、暇な日がほとんどなかった。そんな状態なので、ほぼ稽古に参加することができなくなり、部室にたまに顔を出す程度になってしまった。 六月に本公演が行われたが、ナベは授業で忙しく、ほぼ参加することがなかった。ガジンはスタッフだけで参加していたようだが、大変そうだった。心理学実験のレポートは遅れて出しても減点されて受け取ってもらうことはできたが、遅れれば遅れただけ次のレポートが溜まっていくのでさらに過酷になる。ガジンはレポートを溜めていたようで、何度かナベも手伝った。 六月の公演後、次回公演は夏休み明けの十月、文化祭でやることになった。夏休みには心理学実験は行われない。だが、本番の日にはすでに心理学実験の授業は再開している。なので、ナベはスタッフ参加だけすることにした。 脚本は新人公演に引き続いて麻美が担当し、演出は裕子一人が担当することになった。大道具のメンバーはナベの他に一年のまゆが担当し、四年の佐々木もたまに手伝いにくることになった。 今回の話は、擬人化した無機物たちが暮らしている家で、人間の身勝手さに文句を言いつつ持ち主の人間の家族を助ける話だった。大道具案として家具を巨大化させたようなイメージ案といろいろな道具を巨大化させたようなイメージ案を考えた。「なんか、台本のイメージと違う。台本ちゃんと読んだ?具体的な舞台じゃなくて、抽象化させて持ってきて」 裕子からのダメ出しを受け、ナベは頭が少し煮詰まってしまった。裕子の言葉を素直に受け取ることができなくなったような、壁があるような気がしていた。まゆに台本
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