九十九「わ、ナベ。なんだろう。……暗殺者?」 裕子が黒いロングコートを着たナベを見て、そんな感想を伝えた。「暗殺者かぁ。……あなたの命を今夜いただきにまいります」「ちょっとやだ、どきどきする」「ふふ」 本番前で気が昂ぶっているのか、ナベはふだんならしない軽口を叩いている。「ちょっと私もメイクしてくる」「行ってらっしゃい」 発声練習でもしようかと考えたが、全体でやるかもしれないと思い直す。ちょうど麻美も来ていたのでナベは近づいていく。「今日、全体で発声練習とかやる?」「んー。いる人だけでやるかな?いやでもな、何かあったらやらない可能性もあるから状況によるとしか言えないかな」「わかった、ありがとう」 そういうことならと軽くやっておくことにした。深呼吸し、腹に意識を向ける。ロングトーン、破裂音、母音の練習を軽くこなす。大きな声を出すと少し落ち着くのを感じた。六時を過ぎて全員すでに多目的ホールについていたが、メイクを最優先にしているためバタバタとしている。音響操作の骨折、照明操作のコロと久美子が操作練習をしているため、ホール内はランダムな音や光で乱れていた。 半年前は入部したばかりで右も左も、そもそも演劇を作ること自体がなんなのかわかっていなかったのに加えて、最初から携わっていたわけでもなかった。だが今回は違う。一から作り上げてきた。空気に呑まれてひとりでにナベの鼓動は高鳴っていく。台本を最初から最後まで読んでいる時間ももうなかった。だが何もしないということもできなかったので、柔軟運動で気を紛らわせる。 ゲネ開始二十分前。客入れ曲がホールに流れ始めた。中には役者・スタッフ含めて全員がそろっていた。麻美が口を開く。「えー、明日のこの時間は客入れが始まってるので声出しとかもうできません。ゲネは本番と同じ条件でやるから意味があります。それはわかってるんですが。今日まだ声出してない人もいるので、軽く発声練習しちゃいましょう」 それから発声練習を全員で行う。練習を終えたタイミ
Ler mais