百十九 ナベは大学三年生になった。大学卒業までに必要な単位はだいたい二年までで取り終えている。四年の必修科目である卒業論文も、三年で所属を決めて本格的に動き出すゼミも、いずれも比重は四年にかかってくる。そのぶん三年で必要な授業は、一・二年でナベが選んでいた量の半分ほどで済んでいた。「え、うそ。そんな楽なの?」 履修登録をしているとガジンが驚いていた。「うん。去年までがんばってとってたからね」「うらやましすぎる」「そのぶん、ガジンは去年芝居に関わってたじゃん。三回とも役者もやって、心理学実験もパスしたとかすごすぎだと思うけど」 今年の一月にも本公演が行われており、ガジンはそれに参加していた。ナベはその公演にはスタッフとしても参加せず、本番だけ少し手伝っただけだった。前の部長のケンが脚本演出をした公演で、とてもおもしろい内容だったので参加できなかったことを悔しく感じていた。「そうなんだよぉ。めっちゃがんばった。きつかったー」 ガジンは机の上に突っ伏す。「何事もトレードオフの関係だからまあ、どっちを選ぶかだよねえ」 と言いつつナベは去年演劇から、というか裕子から距離をとっておきたかったので、ちょうどよい選択をしたと思っている。だが時間がたった今も裕子との距離は測りかねていた。「ガジン、どこのゼミにするかもう決めた?」「沖教授のゼミにしようかなー、とは思ってる」「え、なに。産業心理学とか興味あったの?」「それはそこそこなんだけど、あの人おもしろいじゃん」「あー、まあね。あの人の授業、授業って言うより漫談に近いよね」「ナベは?」「俺は認知心理学に興味あるから、本峰専任講師のゼミにするつもり」 認知心理学は、人間が外界の情報を「知覚」し、「記憶」し、「思考」し、「判断」するプロセスを、情報処理の観点から科学的に解明することを目的としている。ナベは人の意思決定の過程に興味があった。何かを決めるのが苦手だと感じていたからだ。「そうなんだ。本峰専任講師はなんか、真面目そうな感じだね」
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