All Chapters of 僕は僕が欲しいものなんて知らない 聖北学院大学演劇研究会 続編: Chapter 151 - Chapter 160

163 Chapters

第百四十八話

百四十八 タクヤがふらつきながらタイムマシンから降りてくる。リヒトとマーサは平気そうに降りてきた。マーサがタクヤを支える。「大丈夫ですか?タクヤさん」 「う……すまない。少し酔ったみたいだ」 「初めてなのでしょうがないですよ」 マーサに背中をさすられ、タクヤはおぼつかない足取りで歩き出す。その手には袋を持っている。嘔吐袋という設定で、タクヤは袋を口元に持っていったり離したりする。袋の中にはパーカーが入っていた。「タクヤさん、こちらです。もうすぐ始まるので見ていてください」 三人が舞台からハケると、シノブが歩いてくる。そこへ先ほどと違ってパーカーを羽織ったタクヤが走って現れる。「ごめん、待った?」 「ちょっと遅かったね」 「ごめん、教授の話が長引いちゃって。もう学食混んでるかな」 「だろうねー。弁当買ってどこかベンチで食べる?」 「そうしようか。そういえばコザクラさん、土日はバイトしてるんだっけ?」 「ううん、土曜日はわたしバイト休みなの」 「あ、そうなんだ」 タクヤはポケットに入っている映画のチケットを探る。「あの、もしよかったら……」 と言いかけたところでジンが走ってきた。「やっと見つけた!コザクラさん、大変なんだ。ちょっときてもらっていい?」 「え、なにごと?……ごめんねマシマくん、またあとでね」 「ああ、うん。大丈夫」 去っていくジンとシノブをタクヤは見送る。「なんだろう、いつも間の悪いタイミングであいつが出てくるな」 言いながらタクヤはパーカーを脱いで袋に入れる。衣装替えによりタクヤは見られていた過去から見ている現在へ戻る。照明が変わり、リヒトとマーサが入ってくる。「確認できましたね、タクヤさん」 「ああ、思い出した。俺はあの時、シノブを誘えてたんだ。……けど、誘えなかった記憶もある。こんなのは嘘の歴史なのに!」 マーサがタクヤの前に進み出るのを、目の端で捉える。「落ち着
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第百四十九話

百四十九「ニカイドウくん!」 客席に背を向けて立っていたジンに上手に立つシノブが呼びかける。これは本来の歴史、歴史調停局員たちがこの世界にやって来る前の出来事だ。「見つかっちゃったな。コザクラさん、一人ですか?」 ジンはゆっくりと振り返る。「なんで、こんなこと……」「なんで?わからないかな。コザクラさん、あなたのせいですよ」「わたしの?」「あんな男と婚約なんてするからですよ」「何を言ってるの、ニカイドウくん……」 シノブは思わず後ずさり、ニカイドウから距離を取る。「ははは。理解なんてする必要はないです。どうせ今の出来事も、歴史から無かったことになるんだから」「あなた、まさか……」「ええ。この歴史では僕とコザクラさんが結ばれることはありませんでした。だから、僕は僕の理想の歴史を手に入れるんです」「そんなことしたって意味ないでしょう!」「いいえ?僕の記憶からもいずれ、僕が歴史を変えた記憶はなくなります。証拠は残らないんですよ」「ちゃんとわたしに、告白すればよかったでしょう……」「それでどうなるんです?断られるだけじゃないですか。マシマタクヤが僕より先にあなたと付き合い始めてしまった。その歴史を変えるんです」「そんなの卑怯よ!」 舞台の緊迫が客席にも伝わっているのをナベは感じる。タイムマシンの裏、舞台袖から客席の空気を感じ取れるのは不思議な感覚だった。「なにが卑怯なものか!僕はあの男とたいして変わらない!コザクラさんのことも、あの男のことも、僕はずっと見ていたんだからな。僕もあの男もコザクラさんに告白をしなかった。あの男はただ運が良かっただけだ!」 ナベは裕子から告白された。その前から裕子のことは好きだったはずだ。自己評価が低いことを言い訳にして自分から告白するという考えから逃げていた。タクヤはその後プロポーズを自分からするが、付き合い始めた時に告白しなかったのは、ナベ
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第百五十話

百五十 ジンが乗り込んだタイムマシンから出てきたのは、タクヤ・リヒト・マーサの三人だった。タクヤがリヒトとマーサに連れられてタイムマシンで過去へ戻るシーンの続きだ。「大丈夫ですか、タクヤさん」 ふらついて出てきたタクヤにマーサが寄り添っている。「ああ、ありがとう。すこし慣れてきたみたいだ。それで、いまはいつなんだ?」 「ニカイドウが初めて過去に戻ってタクヤさんとシノブさんを妨害した後です。タクヤさんはニカイドウにすこし不信感を持っていて、それほど歴史に改変が加えられてもいない。ベストなタイミングと言っていいでしょう」 タクヤの質問にリヒトが答える。「なるほど。で、これからどうするんだ?直接会うのはまずいんだろう?」 「そうですね。やはりまずは、差出人不明の手紙を出すのがいいでしょうか。タクヤさん、自宅にそんな手紙が届いたら警戒しますか?」 「どうだろうな。大学生時代の俺か……。手紙にはなんて書くんだ?」 「ニカイドウジンがマシマタクヤとコザクラシノブに嫉妬して邪魔しようとしているから気をつけろ、あるいはお前にコザクラシノブは似合わない、近づくな的な内容でしょうか」 「あー……気をつけろって方は、お前は誰だよ怪しいなって思いそうだな。うん、差出人不明のやつからシノブに近づくなの方が邪魔されてるって気づくし、がんばるかもしれん」 「手紙の文面はどうしますか?」 「シンプルでいいだろ。コザクラシノブとは俺が付き合うからお前は静かにしてろ、でいいんじゃないか?リヒト、手紙はあんたが書いてくれよ。自分の筆跡だとさすがにわかる」 「ええ、私たちの仕事ですからね。では、試してみましょうか」 タクヤたち三人が舞台からハケる。それと同時に照明が変わり、シノブが舞台に上がった。「あ、マシマくん」 パーカーを着た昔のタクヤが歩いてくる。「コザクラさん、こっちから呼んどいて遅れてごめん」 「ううん。今日はどうしたの?」 「いやそれが、家に変な手紙が届いてさ。これ」 タクヤはシノブに手紙を渡す。
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第百五十一話

百五十一 明転すると、歴史調停局局長役の理恵が立っている。その向かいにはマーサがやはり直立不動で立っている。マーサは局長に向かって三歩近づき、足を揃えて気をつけの姿勢を取る。機敏に敬礼し、また気をつけの姿勢に戻る。「歴史調停局調停課調停士アキウミマーサは、本日付で歴史調停局調停課勤務を命ぜられました!」 マーサは一息で言うと、また敬礼する。「休め」 局長が静かに命令すると、マーサは敬礼を解いて足を肩幅に開き、休めの姿勢を取る。「我々、歴史調停局はタイムマシンの発明によって増加した歴史改変犯罪の解決のために発足した組織だ。たとえそれが正義に悖ることであったとしても歴史の改変を許すことがあってはならない。例えば、ユダヤ人の虐殺はわかりやすい悪行だが、だからといって過去に戻ってヒトラーを暗殺することは許されない。我々の使命は本来の歴史の保全だ」 局長はマーサとの距離を一歩の間合いまで詰め、ペンのようなものを差し出す。マーサがそれを受け取って上着の胸ポケットに差すと局長は再び話し出す。「これは強制的に個人の時間を止める携帯型時間停止端末だ。我々歴史調停局員にしか使用が許可されていない。局員の判断で使用が可能だが、使用者は代償を支払わなければならない。……それは、使用者の記憶だ。最新の記憶から失うように設計されているので、使用する時は同僚のフォローがもらえる場合に限定しておくように。何か質問はあるか?」「はい!端末を使うのはどういう場合ですか?」「過去を変えることができるのは、迷いのない本心からの行動だ。それによって過去が変えられそうになった時、他に手段がなければ使え」「はい!」「以上だ。下がっていい」「失礼します!」 マーサは反転して歩き、立ち止まって胸ポケットからペンを取り出して見つめる。舞台は一瞬の暗転後、マーサだけサスに照らされ、マーサは頭を押さえてふらふらと地面に手をついた。「マーサ!」 タクヤの声で舞台全体の照明が灯る。タクヤは手をついたマーサに駆け寄って目線を合わせる。「あれ?すい
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第百五十二話

百五十二 リヒトが一人で舞台に戻ってくる。「お待たせしました。コザクラさんとニカイドウは安全に解凍しました」 「ニカイドウはどうでもいいけど、シノブは大丈夫なんだな」 「ええ。マーサは大丈夫ですか?」 「はい、わたしは平気です」 「そうですか。あまり無理はしないでくださいよ。……さて、次はどんな手でいきましょうかね」 「それなんだが、俺に考えがあるんだ……俺だってバレなければ、過去の人間と直接コミュニケーションをとってもいいんだったよな?」 「……もしもバレたら、私たちはあなたを捕まえて罪を償わせてからもとの時間へ戻ってもらうことになりますよ」 「それでかまわないよ」 舞台は暗転し、パーカーを着たタクヤが薄暗い照明の光に浮かび上がる。タクヤは靴を脱ぎ、ふーっと大きく息をついてパーカーを脱ぎ、舞台袖に放り投げて座る。『おい、マシマタクヤ』 音響から録音されたタクヤの声が流れる。「うわ!誰だ、泥棒か?」 驚いたタクヤが飛び上がって辺りを見回す。『まあ、落ち着け。俺はお前に助言しに来ただけだ。それが終わったらすぐに帰るよ』 「怪しすぎるだろ!いったいなにが……」 『シノブのことだ』 「呼び捨てなんてコザクラさんとどういう関係だ!」 『我ながら……ゲフンゲフン、めんどくさいやつだな。いいから黙って聞け。……おまえ、このままだとコザクラシノブが他のやつと付き合い始めるのを見てるだけで終わるぞ』 タクヤは顔をしかめて押し黙る。「……」 『あのな。おまえ、コザクラシノブは付き合いたくないやつと付き合うような人間に見えるか?』 「……コザクラさんはそんな人じゃない」 『なら、当たってみろ。嫌ならちゃんと断ってくれるよ』 「断られる前提かよ」 『そう言われたほうがお前、安心するだろ』 「ほんと誰なんだよお前」 『気にするな。まあ、お前なんかコザクラシノブと釣り合う人間じゃないのは本当だろ。でもな、釣り合うまで待ってたら爺さんになっちまうぞ』
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第百五十三話

百五十三 照明が切り替わり、タクヤ・リヒト・マーサの三人がハケる。同時にシノブが舞台に現れ、辺りをきょろきょろと見回して時計を見る。そこへパーカーを着たタクヤが走って駆け寄る。「コザクラさん、ごめん。待った?」「待ったわよ、もう。そっちから呼んどいて」 舞台袖から帽子を被ってメガネをかけたマーサが二人とその周囲を監視している。「ごめんごめん、ちょっとその……心を落ち着けてて」「え?」「ああ、いやごめん。なんでもない」「で、どうしたの?」「その、どうしても伝えておきたいことがあって……」 そこへ、メガネをかけた歴史改変者のジンが現れ、二人を観察する。マーサがそれに気づき、電話を取り出す。「リヒトさん、やつが現れました!タクヤさんとすぐに来てください!」 マーサはジンから目を離さずにひそひそと伝える。「伝えたいこと?」 ジンはタクヤの行動を警戒し、迷いなく二人の方へ近づいていく。それを見てマーサは慌ててジンに体当りする。「うわっ、なんだ!?」 ジンは驚いて立ち止まる。「あなたこそ何よ!?あなたさては、ヤバい人ね!あなたが『ヤバい人』ね?」 マーサは叫びながら大学生のタクヤに下手くそなウィンクをする。「おまえのほうがおかしいだろ!」 二人に近づこうとジンはマーサを引き剥がそうとするが、しつこくしがみつかれている。タクヤはハッとした顔をする。「あ!あれがヤバイやつか……コザクラさん、ここは危険だからあっちに行こう!」 おかしな様子のジンとマーサを見て、シノブはタクヤに連れられてその場からハケる。そこへリヒトが現れ、遅れてパーカーを脱いだタクヤも現れる。「そこまでだ、ニカイドウ!」 タクヤが叫ぶ。その姿を見たジンの目は釣り上がる。「マシマタクヤぁあ!告白もしていないお前が幸せを掴めると思うな!」 ジ
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第百五十四話

百五十四 明転すると、パーカーを着たタクヤとシノブが向かい合って立っている。「コザクラさん」 「はい」 「コザクラさんと一緒に過ごしているうちに、俺はコザクラさんのいろんな面を知って、でももっといろんなところを知りたいと思った。コザクラさんが変なやつに狙われてるって聞いて、俺が守りたいって思った。俺はコザクラさんの近くにいてこれからもいろんなことを知って俺のことも知ってほしい。……付き合ってください!」 「……はい」 照れながら歩いてハケていく二人をマーサが見守っている。「……あんなまっすぐな気持ち、応援するしかないじゃないですか」 照明が切り替わり、パーカーを脱いだタクヤが現れる。「マーサ」 「はい、これで最後ですね。この薬を飲んだらタイムトラベルした記憶はなくなりますけど、やり残したことはないですか?」 「そうだな。やり残したことはない」 「それじゃあ……」 「けど、伝えてないことならある」 タクヤの一言にマーサの目が大きくなる。これはナベが裕子に伝えたかったことでもある。「俺が真剣だったからマーサも必死になって記憶まで代償にしてくれたって言ってくれたこと、本当に感謝してる。俺のことをきちんと見てくれてありがとう。この気持ちは忘れたくない」 この気持ちをナベは一生忘れないでおこうと自分の心に誓った。「わたしが覚えてますよ」 「ああ、ありがとう」 「それじゃ、タクヤさんの時代に連れてくので、薬のんでください」 「……ありがとう、さようなら」 タクヤは薬を飲んで、タイムマシンに乗り込む。「……そういうところですよ、タクヤさん」 マーサがタイムマシンに乗り込むとタイムトラベルが始まり、暗転する。明転すると役者全員が整列しており、客席に向かって一礼する。客席からは盛大な拍手が鳴り響いた。鳴り止まない拍手の中、ナベが顔を上げるとようやく観客たちの顔を意識することができた。笑顔の多さが嬉しい。ナベは公演中、深くタクヤと同化していたため、あまり観客のことを考えていなか
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第百五十五話

百五十五 本番の二日目と三日目も些細なミスはあったが集中して演じることができた。次の公演が十月になるのかもっと遅いのかわからないが、そのころには就職活動も本格化してくるので演劇に全力を尽くせるのはこの公演が最後になるのだろうとナベは考えていた。だからラストステージのカーテンコールで見た客席の眺めはしっかり目に焼き付けておいた。「打ち上げの時間あるんで、とっととバラすよー!」 舞監の山口が張り切って指示を出す。打ち上げの幹事も山口だった。ナベは大道具のパネルを分解しながらまゆに話しかける。「いやー、今回俺ほとんど大道具に関わってなかった気がするけど、ちゃんといいものができてすごいよ」「いえいえ、ナベさんにいろいろ助言もらえたので、助かりました。それに暇そうな人つかまえていろいろ手伝ってもらったので」「あー、それはまゆのいいところだね」「ナベさん、人に頼るの下手ですもんね」「全くおっしゃるとおりで」 ナベが苦笑しているとデカも会話に加わる。「ナベさん、俺もがんばりましたよ」「うん、そうだね。役者やりながらスタッフやるって大変だよね」「主役のナベさんに比べたらそんな大変ではないですけど」「俺そんなに手伝えてないからどっちもがんばったって胸を張って言えないなあ。けど大道具は成功してるわけだから、やっぱりデカもよくやったんだよ」「ありがとうございます」 作業を続けていたナベの耳に届いたデカの声は喜んでいるように聞こえた。 バラシを終え、いつものように居酒屋の俺ん家゛(おれんじ)で打ち上げが行われていた。打ち上げには全員が参加していた。「まあでも、俺が大学で初めて友だちになったのがガジンで良かったよ」「何だよナベ、そんなこと言っても何も出ないぞ」 ガジンはそう言いつつ、ナベのコップにビールを注いで取り皿に唐揚げを取り分けた。「いろいろ出てきたな。……いやでもまあ、そうなんだよ。人生の転機っていうか。俺はガジンに会うまで絶対人前で演技するようなことはしないって思ってた
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第百五十六話

百五十六 打ち上げの一次会が終わり、二次会へ行く者と帰宅する者に分かれた。そのまえにナベは裕子を引き止めていた。「裕子ちゃん、そんなに時間はかからないんだけど、少しだけ時間をもらっていい?」「うん、いいよ」「ありがとう」 以前、裕子から告白された公園にナベは裕子をいざなった。「あー……最初に言っておくと、よりを戻してほしいとかそういう話をしに来たわけじゃないんだ。この公園に来るとそんな思惑がありそうな感じはするけど」「うん。懐かしいね」 裕子は憂いを帯びた表情で公園を眺める。「僕はずっと自分の中に閉じこもってて、演劇を始めてから表に出てきたって話を少し前に打ち明けたけど。そうだな。やっぱりすこし浮かれてたみたいだ。人を好きになったら付き合うものだってなんとなく思ってた。この年齢になって人を好きになったら、『普通は』付き合うんだろうなって。僕は自分がイレギュラーだってことを都合よく忘れてた」 裕子はナベのことを見ている。ナベも裕子を見つめた。「裕子ちゃんのことは演劇研究会に入って接するうちに、いつも元気だな、とか自分の意見をはっきり持ってるな、とか、自分自身に責任を持ってるな、とかそういう面が見えてきて、そういうところをすごく尊敬してた。表情がよく変わるところもなんか、嘘がなくて魅力的だと思った。……ああいや、過去形じゃないな。いまもそういうところが好きだ」 裕子は怪訝そうな表情に変わる。よりを戻したいという話に聞こえそうだとナベは苦笑する。そういう話じゃないと言っておいて正解だったな、とナベは思う。「僕は裕子ちゃんのことが好きだ。けどそれは、付き合いたいってことじゃなかったみたいだ。そもそも僕は人と付き合いたいって思うような人間じゃなかった。演劇研究会のみんなと接するようになって、人と一緒にいるのも悪くないと思うようにはなったけど、どうしたって僕は、一人の時間が大切だ。一人で居続けることが苦にならない。本さえあれば満足できる。……人を好きになったからって、ずっと一緒にいたいわけじゃなか
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第百五十七話

百五十七 ナベが主役を務めた公演は幕を閉じ、日常が始まった。その年の十二月、演劇研究会ではまた公演が行われた。今度はガジンが主役を務め、ナベは脇役と大道具を担当した。大道具の主任はまゆがつとめ、ナベは主役ではなかったのでわりとしっかりめに大道具として働いた。 就職活動をしなければならない時期にはなっていたが、ナベの中の演劇から離れがたい気持ちが勝っていた。部員が少ないのでやってほしいと言われて心が傾いたのが決め手になった。 三月になり卒業式を迎えた。たくさんいた四年生はみんな卒業してしまった。在校生たちで骨折を胴上げして雪の上に投げ飛ばした。骨折は着地を失敗し、骨折の危機を迎えたが運よくそれは回避できた。ブラザーはまた留年し、四度目の四年生になった。来年はもう卒業か中退かどちらかしかない。 ナベは大学四年生になった。演劇研究会の新部長はまゆに決まっていた。新一年生は男子二人、女子二人が入部した。いまの二・三年生は三人ずつだ。四年生たちは就職活動が始まるので戦力としてあまり期待できない。公演を行うにはギリギリの人数なので、もう少し部員が増えた方がいいのだが、入部しなかったものは仕方がない。卒論と就職活動を控えたナベは下級生たちに任せるしかなかった。 ナベの卒論はアンケートに回答してもらい、それを集計して分析し、論文を書くことにした。実験をしてもよかったが、被験者を集めるのが大変で母数が少なくなりがちで統計として分析するのが難しそうだった。アンケートは大学の授業後に講師から時間をもらい、学生に配って回答してもらう。マイクを使って大勢の前で依頼をするのだが、ナベは全く緊張しなかった。演劇を続けていたおかげだろう。 就職活動も始まった。大学の内外で開催されている合同説明会に参加し、就職サイトで手当たり次第、さまざまな企業にエントリーシートを提出する。時代は就職氷河期真っ只中だった。何十社も応募するが内定はもらえていない。 大学四年時点でのナベの授業は卒論とゼミだけだったので、授業のために大学へ行く必要があるのは週二回だった。それ以外は卒論の執筆と就職活動で必要があれば行く程度だ。それも定期のほうが交通費が高くつくのでできるだけ授業の日に合わせて行くようにしている
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