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第三十九話

 ホームセンターへ行って実物の値段を見てみたが、だいたいベニヤ板と角材の値段は似たようなものだった。ホームセンターの方が少し高いくらいだが、誤差の範囲だ。コンパネは90cm×180cmのものが一枚二千円しないくらいだ。ベッドを一つ作るなら一枚、椅子を作る時は座面の部分だけコンパネを使うので一枚も使わない。もし階段を作るなら、もう一枚必要だろうか。僕が作った舞台案では階段は作らない予定だけど。 とりあえず舞台案はできた。近い内に佐々木さんに見てもらおう。なにか見落としがあるかもしれない。アルバイトに行くまでまだ少し時間がある。台本を読もう。 セリフを覚えるのも大切だけど、自分の役がどんな人間なのか考えたほうがいいな。石山先生は、病院の院長だから五十歳くらいだろうか。結婚はしてるだろうな。子どももいる?いるとしたら、三上ショウくらいの年齢かな。石山総合病院はいつからあったんだろう。石山先生が作ったのか、親から引き継がれたのか。なんとなく親も医者っぽいな。 医者だから医学部に行ったのか。てことは、子どもの頃からずっと勉強してたのか。親が医者なら医者になることを望まれてたかもしれない。実際に医者になったんだから、勉強は頑張ったんだろう。総合病院なら各科の医者が揃っているだろう。その中で親から引き継いで院長になるというのはプレッシャーがあったかもしれない。実力がなければ周りからも認められないのではないか。 結婚したのはいつで、子どもが生まれたのはいつだろう?病院の院長になったのは何歳だ?台本を読む限り、性格は穏やかそうだ。プレッシャーの多そうな人生だけど、その中で穏やかでいられたのはなぜだろう?昔と性格が変わったんだろうか。 台本に書かれていないところはある程度自由に考えていい部分だと思う。解釈が違うならダメ出しされるだろう。 バイトの時間になったので役作りを中断し、次の日の日曜日はセリフを覚えるために何度も台本を読み込んだ。そうするうちに台本を外してぶつぶつとセリフを諳んじることができることができるようになった。
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第四十話

「すいません佐々木さん、お時間取らせてしまって」「全然いいよ。俺アドバイザーになってるから、気にせず捕まえてよ」 僕は舞台案を見てもらうために部室で佐々木さんに相談していた。「うんまあ、クラシックっていうか、基本的な舞台案だね」「はい、予算が少ないっぽいというか、確実ではないので抑えたほうがいいかと考えて最低限の機能に絞りました」「なるほどね」「一応、舞台案とその材料費を計算してみたんですけど、角材を全部新しく買って作るとしたら百五本くらい必要なんですけど、あ、足を含めなければですけど。部長と山口さんの話では三十本くらいって聞いて、倉庫にある分で足りますかね」「足りそうな気もするけど、一回倉庫見てみようか。どのくらい使えるのがあるか確認したほうがいいね。材料買う前に」「わかりました。他になにか見落としてる部分とかありますか?」「うーん、制作期間だけどまあ、俺なら一人でも一ヶ月あれば作れると思うけどねぇ。でもそれは舞台案決まってからかな。とりあえず舞台案決めないと作り始められないし、見落としがあるかどうかはそれから探してもいいと思うよ。今の段階で出してみていいと思う」「ありがとうございます。さっそく出してみます」「じゃあ倉庫行こう」 さっそく倉庫を確認して、リサイクルできそうなパネルがけっこう見つかった。角材は不足分を補えそうだが、ベニヤ板は傷んでいるものも多いので、昨日考えた分を買う必要がありそうだ。次の授業中、僕は舞台案の材料費の訂正作業をした。その日の稽古が始まる前、五コマ目が休講だったので部室に行くと、ちょうど中島さんがいた。「中島さん、ちょっといいですか?」 中島さんが振り向くと、なんだか不機嫌そうな顔をしていた。「ナベさー、その敬語やめてくんない?中島さんって呼ばれるのも嫌なんだけど。うちら同じ新人なんだからタメ語つかってよ」「え、あー。ごめん。いや、なんか骨折さんとかとタメ口だからなんかこう、先輩って認識してたからごめん、直す」 僕は幼児にも敬語で話しかけたりするが、たしかによそよそしかったかもしれない。人との距離感の取り方はだいぶ苦手だ。「で、何?」「うん、舞台案考えてきたから意見聞きたくて」 僕は舞台案を書いたルーズリーフを出して中島、じゃない麻美さんに渡す。「舞台案ごとの材料費の予想を書いたんだけど、もし
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第四十一話

「全体の予算から考えるとこの金額でできるならどの案でもぜんぜんいいかな。ハケ口の数か……。多いほうが使いやすそうではあるなー。……予算内だしこっちでいいか。んー。裕子ちゃんともちょっと相談するけど、とりあえず上下ハケ口二箇所ずつの案が有力かな。色が灰色なのはなんで?」「建物のシーンが多かったからお客さんがイメージしやすいかなって思ったからだよ」「そこは別にいいかな。話の印象で考えてみて、もっといろんな色のパターン見てみたい」「わかった、作っとくよ」「うん、お願い」 色なら紙をコピーして塗ればすぐできるな。何色がいいかな。色鉛筆は自宅か。話の印象ね。記憶喪失。恋愛が主題なのかな?恋愛のことはよくわからないな。ハッピーエンドにはなるけど、ずっとどうなるかわからない。不安定な感じがいいのかな。使う色も一色でなければならないということもないか。 赤は興奮する色。青や緑は落ち着く。紫はどうだろう?赤寄りの紫とか。多めの水に溶かせば薄くなるかな。黄色……オレンジ。注意を促す色。原色だと目が疲れるな。灰色と赤紫?「おっはよ〜」『おはよう』 部室に来た裕子ちゃんに僕と麻美さんが挨拶を返す。「裕子ちゃん、ナベが舞台案持ってきたんだけど、ちょっと見てくれる?」「え、もう?見る見る」 裕子ちゃんは麻美さんから舞台案を受け取る。「すごーい。予算も書いてある。ナベ、設計図書くのうまいね。わたしどうやって書いたらいいのかわかんない」「ありがとう。技術家庭科とか、どっちかといえば得意だったかも」 久しぶりに技術家庭科なんて言葉を口にしたな。「なるほどねー。なんかさー、もうちょっとおもしろくならない?」 おもしろい?たとえばどんな感じなんだろう。「いや裕子ちゃん、私は舞台におもしろさは求めてないっていうか、役者を見てほしいから舞台はあまり目立たないでほしい。お客さんになんとなくイメージを与えるくらいがいい」「そっかー。麻美さんがいいならいいや」 裕子ちゃんは少しだけ残念そうだ。「この舞台案が使いやすそうだからこれにしたいんだけど、裕子ちゃんどう?」「うん、いいと思うよ」「じゃあナベ、あと色だけ何パターンか考えてきて」「わかった、ありがとう」
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第四十二話

 二日後に舞台の色の案を何パターンか持って行った。けっきょく、ピンク色にも見えるような薄い赤紫と城に近い灰色の二色で塗ることになった。それと椅子を四脚、ベッドにも使える階段を一つ作る。コンパネは二枚あれば足りそうだが、椅子の分が倉庫でまかなえれば一枚でもいいかもしれない。 大道具製作ではまず、倉庫にある昔のパネルを再利用することから始めた。パネルは上下の手前と奥に四枚ずつ二箇所、上下をつなぐ最奥に八枚作ることにした。パネル同士が客席から重なって見えにくいパネルはそこまできれいに作る必要がない。だから倉庫の中にあるパネルの中で、端が欠けていたり表面に穴や傷の少ないものを選んでペンキだけ塗り直すことにした。見えにくいパネルは八枚なので、きれいなものを八枚選ぶ。幸い、使えそうなパネルが八枚以上見つかったのでそれを使うことにした。 パネルの大きさは全て90cm×210cmにした。再利用したパネルは高さが210cmのものもあるが240cmのものもある。なので、240cmのものについては30cmのこぎりで切り、高さを210cmにする。パネルの上の部分は客席から見えやすいので、その部分は新しいベニヤ板を使うことにした。ベニヤ板の大きさは90cm×180cmだ。だから残りの90cm×30cm分のベニヤ板が必要になる。 僕の出番はそこまで多くないので、自分のシーンではないときは多目的ホールを出て部室前の廊下で大道具を作った。佐々木さんがいるときもあればいないときもあった。僕のシーンの稽古が始まりそうになると手の空いている部員が下まで僕を呼びに来て、また稽古場へ戻る。「え、ホームセンターで買ってるわけじゃないんですか?」 佐々木さんに材料の購入と運搬を相談したら意外な答えが返ってきた。「うん、工務店に直接頼んだほうが安いんだよ。運んできてくれるし」 大工をしている佐々木さんの父親から紹介された工務店をいつも使っているとのことだった。実際に注文してみると、数日後にベニヤ板と角材とコンパネを積んだ軽トラックがサークル棟までやってきた。工務店でこんなサービスをしているとは知らなかった。個人で大量の木材を買うことはないだろうけど。 材料が届いたので新たにパネルをどんどん作っていく。役者の稽古と並行して作るのは大変だったが、順調に作業は進んでいった。 一週間置きくらいに数ペー
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第四十三話

「じゃあ、合宿しようか」 ケンさんの発案で稽古合宿することになった。麻美さんが芝居の完成度を上げるために何をしたらいいかと相談した結果だ。大学の中には合宿所があり、申請すると使えるらしい。「わー懐かしい、去年一回使ったよね」「使ったねー」 久美子さんとコロさんが懐かしがっている。「ちょうどすぐ連休あるから、そこでやればいいよ」 十一月も後半に入り、土日の次の月曜日は勤労感謝の日だった。本番は三週間後くらいだ。合宿は十一月二十一日土曜日の午前十時から十一月二十三日月曜日の午前十時まですることになった。参加するのは新人全員と山口さん、ケンさん、コロさん、久美子さん、骨折さんだ。アルバイトがあるので途中で抜ける人もいる。僕も土曜の夜はアルバイトなのでいったん抜けてまた合宿所に戻って来る予定だ。 当日の朝は集まれる人だけ一時間ほど早く集まり、食材を買うことにしていた。合宿所には調理場があるので大量のカレーライスを作る予定だ。二十一日の朝、僕はとくに用事もなかったので九時前に大学近くの地下鉄駅についた。そこが集合場所だった。集まれる人は、ということだったが今日の午前中にアルバイトをしている骨折さんと山口さんと由美さんと久美子さん以外は全員来るらしい。みんなひまだったみたいだ。「ガジン来ねぇな。まあたぶん寝坊だろうから、買い出し行っとくか。人数は十分だし。メールだけ送っとくわ」 この頃はまだ爆発的に普及しているチャットアプリはなく、メールやSMSが主流だった。ケンさんに続いて僕たちは近くのスーパーに向かい、カレーライスの食材を買いに行った。「三十人前くらいあれば足りるから、ルーが四つで……野菜はどんくらいだ?ちょっと箱の裏見るから待ってて」 今日の昼と明日の朝は作ったカレーを食べて、あとは弁当を買って食べる予定だった。「だいたい玉ねぎとにんじん八個、じゃがいも二十個、肉はでかいパック四個でいいか」「なんか隠し味入れよう。トマト?」「りんごとはちみつ」「……大惨事になりそうだからやめたほうがいいよ。三十人前だよ」「あ、米は?」「二キロあればだいたい三十人前くらいだよ」 わちゃわちゃしながら買い物を終え、僕とケンさんが貴重な男手だったので荷物を多めに持って合宿所へ向かった。
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第四十四話

 合宿所は少し古い公民館みたいな二階建ての建物だった。合宿所のドアを抜けると靴入れと小上がりがあり、小上がりにビニール袋を置いて靴を脱いだ。廊下を進むとすぐに小さな家庭科室のような調理室があり、部屋の中央に大きな調理台が二つ置かれていた。 米をとぐ係、野菜を切る係、肉を切る係など全員で手分けして料理を作り始める。僕は野菜を切る係になった。自炊はしたことがないし、母が作る料理の手伝いもあまりしたことがない。包丁を使うのはなにか果物を食べるときくらいだ。それもほとんど自分でしたことはない。 麻美さんがピーラーで皮を向いたにんじんを角切りにしていく。おぼつかない手つきでゆっくり包丁を動かす。三本くらい切ったら少し慣れてきたので早く切れるようになってきた。と思ったら指が切れた。「痛て」 幸い切れたのはほんの少しだ。出血量も大したことはない。「ナベ、大丈夫?」 「どしたの?」 「ちょっと指切っちゃいました」 みんなに心配されながら麻美さんに腕をつかまれて指を水道で洗い流され、絆創膏を貼ってもらった。手際が良い。麻美さんは自分のかばんに絆創膏を常備しているらしい。「ありがとう」 「ナベ、血が入るとよくないから休んでて」 「めんぼくない」 「人数は足りてるから大丈夫」 情けない。もう少し母の料理を手伝っておけばよかった。「おはようございまーす」 そこへガジンがやってきた。「おせぇよ、ガジン」 「すいませーん」 ケンさんに注意されガジンはあまり心のこもらない謝罪を返す。「ガジン、俺負傷したから俺の代わりしといて」 「え、大丈夫?」 「全然平気」 「よっしゃ、まかしといて」 僕は働くみんなを見ながら、なにか手伝えることはないかと考えて隣にある食堂室のテーブルを拭いたり、食器を用意したりした。幸い怪我をしたのは左手の人差し指で、浅い傷なので痛みも小さかった。利き手が使えたのでそんなに不自由ではなかった。
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第四十五話

「この大量の食材煮るのに鍋足ります?」「大丈夫だよ、ほら」 三つの網ボウルに入った野菜と二つのボウルに入った豚肉を見ながら瞳ちゃんが質問すると、ケンさんが調理台の下から大砲みたいな鍋を取り出した。「でか!」「でかいよね〜。最初見たとき、鍋だと思わなかったもん」 驚いている理恵ちゃんに経験者のコロさんが懐かしそうにする。僕が調理室に戻るとそんな会話が繰り広げられていた。「じゃあ、あと炒めて煮るだけだから、稽古してきなよ。私とケンさんと稽古しない人がいれば大丈夫だから」「え、俺戦力になるかな?」 コロさんの提案にケンさんは不安そうだ。「弱火でにんじんに熱通してもらうだけだから簡単だよ」「ほんと?信じていい?」「私も見てるから大丈夫だよ」 いまはまだ十一時くらいだから、稽古をする時間はある。「それじゃあ、発声練習だけ全員でやって、そのあとシーン1やります。山口さんも由美ちゃんも出ないから。すいません、じゃあ料理の方お願いします」 二人ともまだアルバイトをしている。僕たちは二階に移動した。そこは四十畳くらいありそうな大きな広間になっており、本来は大勢で寝るための部屋だ。けれど稽古場としての広さが申し分ないので今回の合宿中は稽古場として使うことにしていた。畳なのであまり激しく動かないほうがよさそうだ。 発声練習を終え、稽古が始まった。僕と理恵ちゃんとみずともはシーン1に出ないので、コロさんとケンさんを手伝うために下へ降りた。豚肉とたまねぎの食欲をそそる匂いが漂っている。「手伝いに来ましたー」 理恵ちゃんが声をかける。「あれ、三人も来てくれたの?じゃがいもの火加減みてもらうくらいしか、もうやることないけど」「じゃあ、それナベにやってもらって、私とみずともで台所の片付けしちゃおう」「うん、いいよ」 理恵ちゃんとみずともは使い終わった包丁やボウルなどを洗い始めた。僕は大砲みたいな鍋で茹でられているじゃがいもを眺める。吹きこぼれそうな水量でもなかった。というか底にあるじゃがいもがぎりぎり隠れるくらいの水量しかない。鍋の近くにまだ茹でられていないじゃがいもがけっこうある。「あれ、こっちのじゃがいもは茹でないんですか?」「うん、今茹でてるのはルーに溶かしちゃう方だよ」 なるほど。なんだかおいしいカレーになりそうな気がしてきた。
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第四十六話

 飴色になった玉ねぎと火の通った豚肉、それとにんじんがフライパンから鍋に移される。「あとはアクをすくいながら煮てルーを溶かしたら完成だよ。あ、ケンさんルー割っといてくれる?」「ひまだからもうやっといたよ」「ありがとう。じゃあもうみんな稽古場戻って大丈夫だよ。理恵ちゃんもみずともも洗い物ありがとう」 そんなわけで稽古場へ戻る。ふすまを開けると目の前にガジンが立っていた。「あ、戻ってきた。呼びに行くとこだったよ。っていうか、なんかみんなうまそうな匂いしてる」「え、そう?」 服の袖を嗅いでみるが、よくわからない。鼻が慣れてしまっているのだろう。「もうできたの?」「いや、これから煮込んでルーを入れるところだよ。あ、手伝いはもういらないみたい」「最後に使ったフライパンとか洗うもの残ってるよ」 コロさんに戻るよう言われたので手伝いは残ってないと思っていたのだが、理恵ちゃんが指摘したようにまだ仕事はあった。ならまだ戻らずに手伝っていればよかったのではないだろうか。それともそろそろ交代時間になりそうだったので交代メンバーに任せることにしたということだろうか。「次はシーン4やるから余る人いないよ。私と裕子ちゃんは演出だし」 シーン4はメインで主人公の瞳ちゃんと三上の母のみずともが出る。それと通行人のモブ役として僕とガジンと理恵ちゃんも出る。主人公と三上の母が三上を探しに行くシーンだった。「なら先輩に任せて申し訳ないけど、やろっか」 理恵ちゃんは納得したようだ。「食後の後片付けはうちらでやろう」「そうだね」 稽古を続けているとケンさんとコロさんが上に上がってきた。完成したのだろう。
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第四十七話

 シーン4の稽古を終え、昼食をとることになった。全員並んで皿を持ってカレーをよそっていく。鍋もでかいが、炊飯器もでかかった。十六合炊けるらしい。十三合炊きあがっていて、それで合宿メンバー全員が二回ずつ以上食べられる。「うお、すげえ。これほんとに食べ切れんの?」 鍋の中のカレーを見てガジンが呆気にとられている。何人かカレーをよそっているが、たしかに鍋の中のカレーは減ったように見えない。「はい、じゃあ全員そろったね。作ったのは俺らなので、今の時間はおかわり自由ってことで。いただきます!」『いただきます!』 ケンさんの号令で昼食が始まった。カレーのルーはしゃばしゃばしたスープに近いものではなく、どろどろとしっかりとした重量感のあるものだった。僕はこっちのほうがうれしい。家で食べるカレーとは微妙に味が違ってこのカレーもおいしい。福神漬と酢漬けのらっきょも皿に盛られていた。食べられないことはないけど僕は酢の味はあまり得意ではなかった。「おいしいですよ、コロさん!」「ほんとう?ありがとう裕子ちゃん」「うん、まじでうまいわ。おかわりするね」「え、ちょ……ケンさん、早すぎっすよ」 食事が始まってからまだ五分も経っていない。ガジンが驚くのも無理がない。「うん、俺本気出したらカレー飲めるんだよね」「どこで本気出してんすか」 食堂室のドアが開く。「はよっす〜」「あー、めっちゃ腹減った。すげーカレーうまそう」 骨折さんと山口さんが入ってきた。バイトが終わったのだろう。「え、何お前ら。バイト先一緒だったっけ?」「違う違う。地下鉄で一緒になっただけ。ケンさん、食器は?」「お前の目の前にあんだろ」「あ、ほんとだ。山口、行こーぜ」「俺、手ぇ洗ってくる」「たしかにそれ先だな」 かばんを置いて骨折さんと山口さんは部屋を出ていった。「骨折はそうでもないけど、山口けっこう食うからな。本気出しとかないと」「骨折さんて、カレーは食べるんですね」「カレー嫌いな日本人いないでしょ」 裕子ちゃんの感想にケンさんがつっこむ。「いや、骨折さんならあり得るかなって」「あいつ偏食だからね」「ハンバーガーいつもピクルス抜いてるよね」「え?ピクルス抜きのお客さんはけっこういますよ」「あれ?瞳ちゃんどこで働いてるの?」「わたしSJです」 SJはスミス&ジョンソ
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第四十八話

 昼食を終えると裕子ちゃんとガジン、理恵ちゃんがアルバイトに出かけていった。夕食前には帰って来るらしい。その頃には由美ちゃんと久美子さんもバイトを終えて合流していた。由美ちゃんと久美子さんが食事を終えて洗い物をしてから稽古が再開された。「シーン2やります。準備してください」 僕の出番だ。シーン2のセリフは覚えたので台本を持たずに稽古をすることができる。他の二人もすでにセリフを覚えていた。「用意……」 ぱん、という中島さんの合図で役に入り込む。「お、おい!あんた、大丈夫か」 僕は麻美さんに背を向ける方向でぐったりと仰向けで倒れている三上ショウ役の山口さんに駆け寄る。最初に背を向けるようダメ出しを受けてからそう動いている。「おい!……おい!」 立ち上がって周囲を見渡し、三上ショウの胸ポケットに手を入れるともう一度周囲を見回す。素早く財布を自分のポケットに入れ、携帯電話を操作するフリをした。「もしもし、道の上で人が倒れています。すぐに来てください。場所は栗原公民館の……田んぼの農道で……はい、そうです。ええ、近くにあります。……いえ、すいません、急いでいるので……本当に時間がなくて……はい、失礼します。すいません」 ぱん、と手が鳴る。急いで舞台の外においた台本とペンを取る。「ナベさぁ、セリフ変わってるところはなにか意図したもの?」「いえ。言い間違いです」「わかった。じゃあそれはもっかい覚えてください。それとこれ何度か言ってるけど、電話の相手が何かしゃべってるように見えないから、もっと間を開けてください」「はい」「動きについては、最初駆け寄る前もっと驚いてください。動きが足りないです。財布取るとこは速すぎるので盗み慣れてない人に見えるので気をつけてください」「はい」「じゃあ続きから行きまーす」 急いでダメ出しをメモし、舞台外へ置く。中島さんが手を叩く。
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