咲夜は、風一が自分に譲渡契約書を渡してくるなど想像もしなかった。風一は真剣な眼差しで咲夜を見つめる。「咲夜ちゃん、よく聞きなさい。当時、お前のおじいさんがいなければ、森崎グループに今日などなかった。これは、わしら森崎家が花江家に負っている恩なんだ。あの時、英樹に金を出させたのも、その恩を返すためだった。だが、お前のおじいさんが森崎家のためにしてくれたことと比べれば、あんな金額など足元にも及ばん。それなのに、あの馬鹿はわしに隠れて、その金を盾に花江家の株を5%も奪った挙げ句、あれほどの仕打ちまでしたんだ」最後のほうになると、風一の声はわずかに震えていた。本来、風一が英樹に命じたのは、無条件で花江家を支援することだった。なぜなら、かつて花江家が森崎家にしてくれたのも、まさにそういう助けだったからだ。当時、咲夜の祖父は手持ちの資金をすべて注ぎ込み、売れる骨董品は売り払い、さらには自らの名義で森崎グループの保証人にまでなった。そうして初めて、森崎グループは倒産の危機を乗り越えられたのだ。言い換えれば、咲夜の祖父がいなければ、森崎グループは風一が経営を引き継いだ翌年には他社に吸収され、景浦市の財界から姿を消していたはずだった。その恩を、風一は一日たりとも忘れたことがない。だからこそ、英樹にも晴南にも、決して忘れてはならないと言い聞かせてきた。それなのに、英樹がまさか自分の目を盗み、そんな恩を仇で返すような真似をしていたとは。風一は夢にも思わなかった。今日差し出したこの株式譲渡契約書は、その償いの一部に過ぎない。実際にはすでに、咲夜名義の基金設立にも着手していた。その基金はすべて咲夜のためだけに運営される予定だった。だが咲夜は何度も首を振る。「風一おじいさん、本当に無理です。こんなもの受け取れません。それに、祖父も生前言っていました。森崎グループが今の地位を築けたのは、風一おじいさんご自身にその力があったからだと。祖父はただ少し手を貸しただけだって。それに、その恩なら、この何年もの間に十分返していただいています」実のところ、咲夜は当時の事情を詳しく知っているわけではない。彼女が八歳か九歳の頃、祖父は病気でこの世を去った。その最期に雅紀に残した言葉はただ一つ。「昔のことを恩に着
Read more