その名前は、陽菜にとって聞き覚えのないものだった。 一条が口を閉ざしてから、車内にはどこか言いようのない奇妙な沈黙が落ちた。 鷹宮もそれ以上は何も言わず、再び静かに目を閉じてしまう。 車がマンションのエントランスに着いた頃には、彼はもう完全に眠っていた。 酔った鷹宮は騒ぐこともなく、ただ静かに眠っているだけだった。その点だけは、むしろ手がかからず助かる。 一条は慣れた様子で鷹宮を背負い、そのまま部屋まで運び入れた。 寝室のベッドへ半ば投げるように寝かせると、適当に掛け布団をかけ、ようやく役目を終えたように長く息を吐く。 寝室のドアの外に立つ陽菜に気づき、一条は反射的に笑みを浮かべた。 何か言おうとしたものの、言葉が見つからない。何を口にしても、今はどこか含みを持って聞こえてしまいそうで。 しばらく考え込んだ末、結局何も言えず、気まずそうに鼻先へ指を触れる。 そして、先にここを離れることにしたように、ゆっくりと口を開いた。「藤野……俺は先に帰るよ。また連絡する」「あ、はい……今日はありがとうございました、一条くん」 玄関へ向かう足取りは、なぜか妙に遅かった。何度も振り返り、陽菜の様子を確かめるように視線を向ける。 扉を開ける直前になっても、なお念を押すように言った。「何かあったら、すぐ連絡して。……何もなくても、していいから」「は、はい……」 陽菜が頷くと、一条はようやく少しだけ安心したように目を細め、そのまま部屋を後にした。 一条を見送ったあと、陽菜も自分の身支度を整え始めた。 身に纏っているのは、まだあの華やかなドレスのままだ。 慎重に脱いでハンガーに掛けると、一条へ返さなければと思い、念入りに全体を確認する。 ほつれや汚れはないだろうか。 細かく目を走らせ、問題がないことを確かめて、ようやく胸を撫で下ろした。 クリーニングに出したほうがいいのだろうか――けれどオーダーメイドのドレスなら、普通の方法では駄目かもしれない。 そんなことを考えていた時、部屋の外から、甲高い割れる音が不意に響いた。「……っ」 陽菜はびくりと肩を震わせ、慌ててリビングへ飛び出した。 そこには、乱れたスーツ姿のまま、キッチンのアイランドカウンターの前で立ち尽くす鷹宮の姿があった。 足元には、粉々に割れたマグカップ。「えっ……鷹宮さ
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