All Chapters of 縁が逆転~元カレの叔父が夫~: Chapter 511 - Chapter 520

520 Chapters

第511話

楓はもう感情を抑えきれなくなり、手を伸ばして湊を強く抱きしめた。目を真っ赤にしながらも、彼女は意地でも涙をこぼすまいとこらえた。どうして?もう五年も経ったのに。雅也は記憶すら失っているのに。どうしてまだ私を解放してくれないの?どうして私の平穏な生活を壊そうとするの?彼は雲の上の存在である展望技術の社長で、私はただのしがない新薬研究員に過ぎないのに。たとえ新薬研究でそれなりの成果を上げていても、展望技術と比べれば、私の実績なんて取るに足りない。こんなに頑張ってきたのに、どうしてまだ私を追い詰めるの?楓の身体が微かに震えているのを感じ取り、湊は小さな手で彼女の背中を優しくポンポンと叩いた。「お母さん、悲しまないで。僕はあの悪いおじさんなんか、絶対にお父さんだって認めないから!ずっとお母さんのそばにいるよ!」その言葉を聞いて、楓が湊を抱きしめる腕に無意識に力がこもった。彼女はこくりと頷いた。「うん。お母さんも絶対に、湊を誰にも渡さないからね」相馬が料理をテーブルに並べ終え、玄関で抱き合っている二人を見て声をかけた。「望月さん、夕食の準備ができましたよ。着替えて手を洗って、ご飯にしましょう」楓は胸に渦巻く感情を必死に押し殺し、湊から体を離して立ち上がった。「はい」夕食後、楓が湊を連れて散歩に出ようとしたその時、突然結衣から電話がかかってきた。「楓ちゃん、日進グループが大変なことになってるの知ってる?」楓は呆気にとられた。「えっ?どういうことですか?」「私も噂で聞いたんだけど、日進グループが突然、遊園地プロジェクトを巡って展望技術と競合し、そのプロジェクトに参入するために数十億円もの余分な資金を投じたらしいの。今、日進グループの株主たちが会議を開いて、鳴海社長の責任を追及してるって。あくまで噂だから、本当かどうかは分からないけど……」楓は表情を曇らせ、すぐに言った。「結衣先輩、ありがとうございます。私から奏さんに直接聞いてみます」急いで電話を切り、楓は奏に電話をかけようとしたが、今は株主たちとの会議中のはずだと思い、手を止めた。電話をかければ邪魔になるかもしれない。そう考え、状況を尋ねるメッセージを送ることにした。しかし、メッセージを送っても、一向に返信はなかった。楓が一時間以上待
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第512話

楓の心は千々に乱れ、どうすればいいのか分からなかった。奏は彼女のためにこれほど多くのことをし、大きなプレッシャーに耐えていたのに、そのことを彼女の前では一言も口にしなかった。奏の抱えているものに比べれば、自分が今直面している困難など、一体どれほどのものだというのか?結夏が引き受けてくれないなら、首を縦に振ってくれるまで何度でも頼みに行けばいい。そう思い至った瞬間、楓の心の中の霧がスッと晴れたような気がした。「奏さん、ありがとうございます!」「またお礼を言ったね?ありがとうは聞きたくないって言ったはずだけど?」「これで最後!約束します!」それを聞いて奏は小さく笑い、低い声で言った。「分かった、もう一度だけ信じよう。まだ仕事が残ってるから、今日はこれで。お休み」……電話が切れた後、傍らに立っていた秘書が重々しい口調で言った。「社長、株主の皆様はまだお帰りになる気配がありません……」奏は何も言わず、スマホをしまって顔を険しくし、会議室へと歩を進めた。彼が部屋に入るなり、株主たちが次々と不満の声を上げた。「鳴海社長!たかが女一人のために会社をこれほどの窮地に陥れるとは、一体どういうつもりですか!」一人の株主が怒りでテーブルを叩きながら声を荒げた。「今回の損失は決して小さな額ではありません!あなたにはきちんと説明していただきますよ!」別の株主もそれに同調した。奏は拳を固く握りしめ、心の中に渦巻く怒りを必死に抑え込みながら言った。「これは一時的な困難に過ぎません。解決策は必ず見つけ出します」その時、また別の株主が立ち上がり、氷のように冷たい口調で言い放った。「鳴海社長、そんな言葉で我々をごまかせると思わないでください!あなたの私情のせいで会社の利益が損なわれたのです。明確な解決策を示せないのなら、我々は経営陣の交代を要求します!」奏は深く息を吸い込み、決意に満ちた眼差しで一同を見渡した。「株主の皆様、ご懸念もお怒りも痛いほど理解しております。ですが、どうか僕を信じてください。現在、全力で解決策を模索しており、すでに複数の提携先との交渉も進んでいます。近いうちに必ず損失を取り戻してみせます」「ふん、口で言うのは簡単ですな!」最初に声を荒らげた株主が鼻で笑った。「今回の危機を
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第513話

翌朝、楓は湊を幼稚園に送る道中、ずっと心ここにあらずだった。湊はその様子に気づき、小さな手を無意識にぎゅっと握りしめた。幼稚園の門の前に車を停め、楓は無理に笑みを作って湊に優しい声をかけた。「湊、夕方お迎えに来るからね」湊は頷いた。「うん」楓の車が走り去るのを見届けると、湊はスマートウォッチを操作し、以前恭平から教えてもらった番号に電話をかけた。すぐに、向こうから氷のように冷たい声が聞こえてきた。「なんだ?」湊は深呼吸をし、小さな顔をきゅっと引き締めて言った。「おじさんに会いたい」一時間後、幼稚園の園長室。湊は雅也の向かいに座り、幼い顔に怒りを浮かべて言った。「どうしたら、僕とお母さんの邪魔をするのをやめてくれるの!?」まだ四歳だというのに、雅也を見つめる目に少しも恐れはなく、その表情にはすでに雅也を思わせる気の強さがあった。雅也は自分によく似た子供を見つめ、目に複雑な感情を浮かべた。これほど幼い子供なら、本来は無邪気に過ごしている年頃のはずだ。だが望月楓のせいで、無理に大人びた態度を取り、自分と交渉しようとしている。「湊、俺はお前の本当の父親だ。お前が桜井家に来るなら、二度と望月楓には手を出さない」湊は顔を強張らせ、雅也を強く睨みつけた。「おじさんなんか大嫌い!僕は絶対にお父さんだって認めないもん!一緒に暮らすのも絶対に嫌だ!」湊は嫌悪を隠そうともせず、言葉どおり心の底から雅也を嫌っていることが伝わってきた。雅也は特に怒ることもなく、ただ眉を上げた。「他人から譲歩を引き出したいなら、当然自分も代償を払わなければならない。何も出さずに要求だけを通そうとするなら、それは強盗と変わらないぞ?」「僕、お母さんと二人で楽しく暮らしてたのに、おじさんが突然来て僕たちの生活を壊したんじゃないか!どうして僕がそんなことしなきゃいけないの!」雅也は、この子がたった四歳にしてここまで口が達者だとは思わなかった。だが、もしこの子が幼い頃から自分のそばで育っていたなら、今頃はもっと多くのことができるようになっていたはずだ。自分がこの子に与えられる環境は、望月楓が一生かけて努力しても、到底手の届かないものだ。「今のお前には、俺と条件交渉をするためのカードが何一つない。方法はすでに教え
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第514話

そう叫ぶと、湊は踵を返して走り去った。その小さな後ろ姿には、絶望と無力感がにじんでいた。雅也は彼の後ろ姿を冷ややかに見つめ、その瞳には微塵の温度もなかった。そばにいた園長はびくりと身を震わせ、慌てて歩み寄った。「桜井社長……湊くんはまだほんの子供です。あんな小さな子供には、優しく宥めてやる必要があります。あのように強硬な態度に出られれば、かえって子供から嫌われてしまうだけですよ」雅也の冷たい視線を浴びると、園長は顔を青ざめさせて慌ててうつむき、余計なことを言った自分を心の中で責めた。「お前の言う『宥める』とは……どうやればいい?」園長は目を見開き、信じられない思いで顔を上げた。今、何と?空耳じゃないよな?あの桜井社長が、子供の宥め方を聞いてきた!?雅也の視線に微かな苛立ちが混じり始めたのを感じ取り、園長は慌てて口を開いた。「子供をなだめることなら私にお任せください。湊くんはまだ四歳ですが、その年頃の子供にはすでに自我が芽生えているのです。何より大切なのは、子供の考えを尊重し、理解することです。無理のない範囲で自分で選ばせ、十分に時間をかけて話を聞く。根気強く向き合えば、子供ともきっとうまくやっていけますよ」園長の話を聞き終えると、雅也の表情はますます険しくなった。湊の考えを尊重するだと?それなら、あいつが望月楓の傍に居続けることを許せというのか?そう考えた雅也は、まだ話し続けている園長を冷たく遮った。「もういい。これ以上は話すな」園長はビクッとして言葉を切り、反射的に雅也の方を見たが、すでに雅也は大股で部屋を出て行くところだった。彼は後頭部を掻いた。桜井社長は果たして自分のアドバイスを聞き入れてくれたのだろうか?雅也の姿が見えなくなりそうになって、園長はようやく「幼稚園への追加投資をお願いできないか」と尋ねるつもりだったことを思い出し、慌てて後を追った。懸命に追いかけ、雅也が車に乗る直前にようやく呼び止めた。自分の要望を伝え終えると、雅也が無表情でこちらを見つめていることに気づき、園長はたじろいだ。園長は恐る恐る一歩後ずさりし、愛想笑いを浮かべて言った。「さ、桜井社長、もし資金繰りが厳しいようでしたら、追加投資はしていただかなくても構いませんので……」「その件については検
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第515話

季衡の顔が引き攣り、慌てて弁解した。「桜井社長、この件は完全に鳴海社長の独断なのです。私が知った時にはすでに手遅れでして……もし事前に知っていれば、必ず止めておりました。それに、日進グループも今回の件で相当な痛手を負いました。多くの株主が、裏で鳴海奏を社長の座から引き摺り下ろそうと画策しております」雅也は無表情のまま、全く興味を示さなかった。「それが俺と何の関係がある?」季衡は恐る恐る雅也の表情を窺い、何かを読み取ろうとしたが、何も分からなかった。世間で噂されるとおり、桜井雅也は何を考えているのか分からない男だ。やはり、相手をするには慎重にならなければならない。そう思い至り、季衡は腹を括り、歯を食いしばって言った。「桜井社長と鳴海社長の間に少なからず確執があることは存じております。私なら、鳴海社長を追い詰めるお手伝いができます」雅也は軽く鼻で笑った。その瞳には微塵の温度もなかった。「俺を手伝うだと?」季衡は顔をこわばらせたが、自分の目的を果たすため、思い切って話を続けた。「これは双方にとって利益のある話です。私は、日進グループの社長の座が欲しい」雅也は眉を上げた。「唐澤理事の野心がそこまで大きいとは驚いたな。だが、お前の手を借りなくても、日進グループを追い詰めることはできる。お前と手を組む必要も理由もない。お引き取り願おう」まさかここまであっさり断られるとは思っておらず、唐澤理事の顔色は青ざめた。「桜井社長、展望技術が首都へ進出したばかりの頃、鳴海社長から何度も妨害されたはずです。彼に報復したくはないのですか?」「どうするかは俺が決める。俺を利用して目的を果たそうとする前に、まずは自分にそれだけの力があるか考えることだな」雅也の冷たい視線を受け、季衡は目論見をすべて見透かされたように感じ、急に後ろめたくなって目をそらした。「さ、桜井社長、何をおっしゃるんですか。私が桜井社長を利用するなど、滅相もありません」雅也はこれ以上彼に構う気もなく、「今日の唐澤理事の訪問はなかったことにしておこう。恭平、唐澤理事を見送れ」と言い捨てた。傍に控えていた恭平が歩み寄り、低い声で促した。「唐澤理事、どうぞこちらへ」季衡はギリッと歯を食いしばった。「桜井社長!日進グループの株式を5%お譲
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第516話

楓の姿を見つけると、彼女はコーヒーカップを置き、笑顔で手を振った。「望月さん、こっちよ」楓は彼女の向かいに座り、礼儀正しく頭を下げた。「金沢社長、申し訳ありません。道が少し混んでいまして」金沢静江(かねさわ しずえ)は、まるで身内の若い者を見るような優しい眼差しで楓を見つめた。「構わないわよ。今日は私もたまたま時間が空いていたから。でも、どうして急にコーヒーに誘ってくれたの?」楓が少しためらっているのを見て、静江は興味を覚えたように尋ねた。「どうしたの?あなたがそんな顔をするのは珍しいわね」楓は深呼吸をし、静江を真っ直ぐに見つめて言った。「金沢社長、今日お誘いしたのは、実はお願いしたいことがあるからなんです」静江は意外そうな表情を浮かべた。「お願い?」楓が自ら頼み事をしてくる以上、決して些細なことではないはずだ。静江と楓は、以前ある新薬開発のシンポジウムで知り合った。その時、静江が低血糖で倒れたのを助けたのが楓だったのだ。その後、交流を深めるうちに、静江はますます楓を気に入るようになった。二人は趣味が合うだけでなく、これまでの人生にも似たところがあったからだ。静江もまた、若い頃に一人で息子を育てながら懸命に働き、今の金沢グループを築き上げた女性だった。静江は楓の中に、かつての自分と同じように失敗を恐れずに挑む強さを見出していた。それが、楓を高く評価している理由だった。楓は最近身の回りで起きた出来事をかいつまんで説明し、最後に静江を見据えて言った。「金沢社長、金沢グループが現在進めているリゾート開発プロジェクトは、提携先がまだ決まっていないと伺いました。どうか、日進グループにチャンスをいただけないでしょうか」「望月さん、前に言ったでしょう。私の命を救ってくれたお礼に、私にできることならどんな頼みでも一つだけ聞いてあげるって」静江は一呼吸置き、静かに言葉を継いだ。「日進グループと提携することはできるわ。でも、本当に私の命を救ってくれた恩を、こんな小さな頼みに使ってしまっていいの?」楓は強く頷いた。「はい。今回のことは私が原因です。私のせいで、これ以上彼に迷惑をかけたくないんです」「分かったわ。後で秘書に日進グループへ連絡させるわ」「金沢社長、本当にありがとうございます!」
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第517話

そう思い至り、恵理が金沢社長を見つめる視線はますます熱を帯びていった。「金沢社長、この辺りでお買い物ですか?」静江は笑顔を浮かべていたが、眼差しは明らかに冷ややかだった。「いいえ、友人に会っていたの。春川さん、他に用がないなら、私はこの後会議があるから失礼するわ。また今度ね」彼女が立ち去ろうとするのを見て、恵理は慌てて口を開いた。「静江、金沢グループが現在進めているリゾート開発プロジェクトは、まだ提携先がお決まりでないと伺いまして……」静江は微笑みながら彼女の言葉を遮った。「春川さん、そのプロジェクトの提携先は、先ほど決定したばかりなの。申し訳ないけれど、また次の機会があれば、ぜひ春川家と提携したいと思っているわ」恵理はその場に立ち尽くし、しばらくしてようやく状況を飲み込んだ。「金沢社長、差し支えなければ、どちらの企業に決まったのか教えていただけませんか?」静江はわずかに不快そうな表情を浮かべ、低い声で言った。「それについては、まだ公表を控えているの。春川さん、それでは」静江の後ろ姿が視界から消えるまで、恵理は呆然としていた。どの会社に先を越されたのかは分からないが、とにかくこの情報は一刻も早く雅也に伝えなければ。恵理はスマホを取り出して雅也に電話をかけようとしたが、ふと指を止めた。少し考えてスマホをしまい、そのまま車で展望技術へ向かった。恵理の姿を見て、雅也は意外そうな表情を浮かべた。「どうしてここへ?」恵理は、来る途中の店でテイクアウトしたスープをデスクに置き、微笑んだ。「しばらく会っていなかったでしょう?それに、私、決心したの。雅也、あなたのお子さんを受け入れるわ。過去がどうであれ、大切なのは私たちの未来だもの」書類にサインをしていた雅也の手が止まった。顔を上げて恵理を見つめ、眉をひそめた。「恵理、もう一度よく考えた方がいい」湊が自分の実の息子だと知って以来、雅也は結婚について考えることはなくなっていた。湊はまだ幼く、自分との間には親子としての情も育っていない。絆を築くには、時間をかける必要がある。もし恵理との関係をこのまま続ければ、湊は二人の見知らぬ大人に慣れなければならず、それは湊にとっても恵理にとっても不公平だ。恵理の瞳には強い決意が宿っていた。「雅也、よく考
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第518話

雅也がわずかに目を細め、何か言おうとしたが、恵理が慌てて言葉を被せた。「それじゃあ、失礼するわ。デスクのスープ、冷めないうちに飲んでね。あまり無理しないで」そう言い残すと、恵理は足早に部屋を出た。足取りはどこか乱れ、まるで何かから逃げるようだった。恵理の後ろ姿を見つめながら、雅也の眼差しはいっそう冷たくなった。恵理が同意しようとしまいと、この婚約は絶対に破棄する。恭平が書類を届けに入ってくると、雅也は冷たい声で言った。「金沢グループのリゾート開発プロジェクトの企画書は、もう準備しなくていい」それを聞いて、恭平は驚いた。「社長、あの企画書は半月以上もかけて準備を進めており、すでに完成間近です。それに……」「金沢グループはすでに提携先を決定したそうだ」恭平は喉まで出かかった言葉を飲み込み、頷いた。「承知いたしました」オフィスを出た恭平は、別の秘書に「金沢グループの企画書はもう不要だ」と伝えた直後、スマホが鳴った。理一からの着信を見て、恭平は無意識にスマホを強く握りしめ、眉をひそめた。理一がなぜ突然連絡を?階段の踊り場へ移動して通話に出ると、理一の冷たい声が聞こえてきた。「恭平、お前、雅也の前で何か余計なことを言ったのか!?」「理一様、一体何のお話でしょうか?」恭平は全く状況が飲み込めなかった。自分が桜井社長に何を言ったというのだ?理一は鼻を鳴らした。「お前が雅也の前で余計なことを言っていないなら、なぜ雅也が突然、記憶を失っていた期間の出来事を調べ始めたのだ!」恭平は一瞬呆気にとられたが、すぐに雅也が最近、湊が自分の実の息子であることを確認した件を思い出した。楓に関するすべての記憶を失っている雅也にとって、彼女は全く見ず知らずの他人に過ぎないはずだ。それでも、雅也ほど勘の鋭い男なら、自分の記憶喪失が何者かに仕組まれたのではないかと疑うはずだ。それに、これまでの自分の言動が雅也の疑念を深めたのだろう。雅也が自分を信用せず、その数か月間のことを別の者に調べさせても不思議ではない。そう思い至り、恭平は目を伏せて言った。「理一様、私は桜井社長に何も申し上げておりません。社長は最近頻繁に頭痛を訴えておられました。おそらく、断片的な記憶が蘇り、疑念を抱かれたため、裏で調査を指示されたの
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第519話

奏は目を曇らせ、冷たい声で言った。「分かった。すぐに行く」株主たちの顔色が一斉に険しくなった。考えるまでもない。こんな時に提携先が来る以上、契約解除の話に決まっている。「鳴海社長!彼らを翻意させられないなら、今日中に辞任するか、それとも私が先代に直接連絡して、社長の座をより相応しい者に譲るべきだと進言します!」奏の目がすっと冷たくなり、発言した株主を鋭く見据えた。その冷たい視線にひるみ、株主は顔を青ざめさせたが、すぐに我に返って怒鳴った。「鳴海社長、私をそんな目で睨んでも無駄ですよ!私も会社のことを思って言っているのですから!」「はぁ、これだから二代目のボンボンに経営なんて任せられないんだ。会社をオモチャにしているようなものだ!」「もうよしましょう。私たちは彼ほど株を持っていない以上、どうしようもない」「このままじゃ、自分の持ち株を全部売っ払って、他の会社に投資した方がマシだな」……周囲の嘲りを耳にしながら、奏は険しい表情で会議室を出た。司は奏の後に続き、低い声で言った。「社長、提携先の方々は皆、険しい表情をしていました。今日はかなり難航すると思われます。いっそ、桜井社長に頼んで……」彼が言い終わる前に、奏が冷たい視線を向けたため、司は慌てて口を閉ざした。彼は心の中でため息をついた。一人の女性のために、会社でこれほど苦しい立場に身を置く必要があるのだろうか。それに、この五年間、奏がどれほど楓に尽くしてきたかを間近で見てきた彼には、楓がいつも冷淡で、奏の思いに応えているようには見えなかった。時折、彼は奏が不憫でならなかった。「お茶を淹れてこい」冷たくそう言い残し、奏は応接室のドアを開けて中に入った。数時間後、提携先の代表たちは皆、酷く険しい顔をして応接室から出てきた。最後に出てきた男が冷たい声で言った。「鳴海社長、我々が今日ここへ来た以上、日進グループとの提携を続ける意思はありません。どうしても契約解除に応じないというのなら構いませんが、今後の業務を円滑に進められるかは保証できませんよ!」奏は笑みを浮かべていたが、目は冷たかった。「皆様、契約違反をしているのはそちらです。それに、日進グループにも長期戦に付き合う余力はありますよ」彼らがこのタイミングで一斉に契約解除を
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第520話

周囲の株主たちが自分を持ち上げ、奏を貶すのを聞き、季衡はこれ以上ないほど上機嫌だった。ここ数年、奏は会社で着実な実績を上げており、彼を社長の座から引き摺り下ろす隙など全く見当たらなかった。しかし今、ついに絶好の失態を犯してくれた。この機に乗じて、必ず日進グループの社長の座を手に入れてやる。いや……日進グループそのものを手中に収めてやる!「確かに、私が動けば会社をこの難局から救うことはできるでしょう。しかし、また鳴海社長が一時の感情に任せて会社の利益を損なうようなことをすれば、その時はもう誰も尻拭いなどできませんよ。過去に鳴海社長が会社を大きく成長させたのは事実です。しかし、たった一人の女のために会社の存続を危うくするような人間は、経営トップには不適格だと思いませんか、皆様?」ここにいる者は皆、海千山千だ。季衡が奏に取って代わろうとしていることなど、すぐに察した。実際のところ、季衡の持ち株比率を考えれば、奏を除いて彼ほど社長の座に相応しい人間は他にいない。何しろ彼は、日進グループの株式を30%保有する第二位の大株主だからだ。かつて季衡の父親は、奏の父親と共に日進グループを創設し、多大な貢献をした。心臓発作で亡くなる直前まで会社の書類に目を通すほど、会社に尽くした人物だった。ただ……季衡自身はこの数年間、会社で全く存在感がなく、その実力は未知数だった。今回の奏の行動が愚かだったのは間違いないが、それでも株主たちは、まだ奏を支持する気持ちの方が強かった。株主たちの考えを察した季衡は、腹を立てることもなく、笑顔で言った。「皆様がまだ私を信用しきれないのは承知しております。しかし、私には日進グループを率いるだけの能力があるということを、必ずや自らの力で証明してみせましょう」「よかろう!」突然、会議室の入り口から力強い声が響いた。全員が振り返ると、そこに立っていたのは奏の父親、鳴海弦一郎(なるみ げんいちろう)だった。弦一郎に連絡した隅の席の株主を除き、皆が一瞬呆気にとられた。弦一郎が会議室に入ってくると、株主たちは次々と挨拶をした。彼は上座に腰を下ろし、称賛するような目で唐澤理事を見たが、どこか彼を通して別の誰かを見ているようでもあった。弦一郎を見ると、季衡はテーブルの上で無意識に拳を握りしめ、目に一瞬、憎し
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