Tous les chapitres de : Chapitre 61 - Chapitre 70

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第61話

忠嗣の書斎から自室へ戻ったあと、香織はスマートフォンにメッセージが届いていることに気が付いた。『香織、記事見たわ。大変だったわね。一度会って話さない?』「……」突然の美佐子からの連絡に、香織はスマホを窓の外に向かって放り投げたくなった。前の連絡をスルーしたっきり、母親からのメッセージは来ていなかった。だが、つい先日週刊誌に掲載された記事により香織の名誉は地に落ち始めている。美佐子は何も香織を心配してそのような内容の文を送ってきたわけではないということを、香織はよく知っていた。娘である香織を利用し、九条家に戻る機会をうかがっているのだろう。彼女は母親のそのような計画に付き合うのは御免だった。(でも、お母さんがこのまま私たちを諦めないのは面倒ね……)香織は美佐子のアドレス宛てに素早くメッセージを送信した。『お母さん、あなたは私を捨てました。あなたは既に九条家とは何の関係もない人間です。これ以上は私に関わらないでください』それだけ書いて送信ボタンを押すと、彼女はスマホをベッドサイドに置いて布団に入った。疲れが溜まっていたせいか、今日は早く眠れそうだった。(九条家へ戻ってきてからは、前世の夢をほとんど見ることはなくなったし……)父親とのわだかまりも解け、継母である有真ともうまくやれている。自分の居場所は羽川家ではなく、ここだったのだと、香織は改めて実感した。このまま何事もなく、スムーズに離婚できたらいいな。彼女はそう思いながら目を閉じた。***その日、彼女はとても懐かしい夢を見た。雲一つない、澄みきった青空。辺り一面に花が咲き誇る場所で、幼い少年と少女が向かい合っている。少年はどこか暗い顔をしていて、対照的に少女は明るい笑みを浮かべている。『あなた、名前は何て言うの?私は九条香織よ!』『……お前なんかに言うわけないだろ』『どうしてそんな意地悪をするのよ!』年の割には可愛げがなく、ツンケンした少年だった。でも、何故か嫌いになれそうにない。どうして彼を見ていると、こんなにも懐かしい気持ちになるのだろう。香織は不思議だった。「ところで、どうしてこんなところに一人でいるの?お父さんやお母さんは?」少女が両親について尋ねると、少年は俯いた。『母親はいない。父親も……俺が可愛くないみたいだ』『……』少女はそんな彼を何も言わずにじっと見つめ
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第62話

朝になり、香織は眠たい目をこすりながらリビングへと姿を現した。時刻は朝の七時。既に有真と忠嗣は起きていたようで、香織が一番最後だった。「おはよう、有真さん」キッチンで朝食の支度をしていた有真が、香織に笑いかけた。「おはようございます、香織さん。昨夜はよく眠れたみたいですね」「昨夜……」香織は有真に言われて初めて気が付いた。そういえば、何だか前よりも疲れが取れたような気がする。(何だかとても気持ちのいい夢を見たような気がするんだけど……)彼女の記憶の中から、夢の内容は既に消えていた。覚えていないのが残念だったが、あまり気にしなかった。「香織」「……お父さん」忠嗣は先に朝食を終え、リビングのソファでくつろいでいた。恰好を見るに、もうすぐ家を出るようだ。彼は飲み終えたコーヒーを机に置くと、立ち上がった。香織はそんな父に、小声で声をかけた。「……いってらっしゃい」「……!」忠嗣は僅かに口元に笑みを浮かべると、そっと返事をした。「……いってくる」「……」そんな二人を離れたところから見ていた有真は、フフッと気付かれないように笑った。親子の仲が深まっているのは喜ばしいことだ。香織は何だか照れ臭くなって、一度部屋へ戻った。(……私もそろそろ準備しないと)香織はメイクポーチからメイク道具を取り出して化粧を始めた。彼女は元々あまり化粧が濃いほうではなく、毎日のメイク時間は十五分ほどだ。「よし、できた!」最後にお気に入りの赤いリップを塗り、終了。元々美しい香織は薄いメイクでも十分に綺麗だった。部屋を出た彼女は、着替えを済ませてカバンを持った。「有真さん、いってきます」「あ、ちょっと待ってください、香織さん」家を出ようとする香織を、有真が引き留めた。彼女は可愛らしいピンク色のランチバッグを香織に手渡した。「香織さんのために作ったんです、是非持って行ってください」「ま、まさかお弁当ですか……!?」有真はかなり料理が上手く、今日は香織のために朝からお弁当を作っていた。もちろん、その心遣いは嬉しかった。しかし――(二十代半ばにもなって母親のお弁当をお昼に食べるのは……)ちょっと恥ずかしくもある。その歳なら自分で作って持っていくのが普通だろう。だが、せっかく心を込めて作ってくれたものを受け取らないなんてことはできない。香織は有真からラン
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第63話

その日のお昼。香織は有真から受け取ったランチバッグをオフィスの机の上に置いていた。(お腹空いたぁ~)受け取ったときはちょっと恥ずかしかったが、やっぱり人から何かをもらうというのは嬉しい。料理上手な有真からのお弁当ならなおさらだ。香織はワクワクした気持ちでバッグを開けた。可愛いピンク色のバッグから出てきたのは、赤色の二段の細長い弁当箱だった。弁当箱を机の上に広げた香織に、同僚が話しかけた。「あれ、九条さんは今日はお弁当ですか?」「はい」「そう、なら今日はランチには行けないですね」「今日は皆さんで行ってきてください」残念そうな同僚をよそに、香織は弁当箱の蓋を開けた。下の段はご飯、上の段には玉子焼きや唐揚げ、きんぴらごぼうなど、彼女の好きなメニューで埋め尽くされていた。(有真さんったら、私の好きなものを知っていたのね……)有真の気遣いに、自然と口元に笑みが浮かんだ。彩の良い弁当に、同僚がわぁと感嘆の声を漏らした。「九条さんが作ったんですか?とっても美味しそうですね!」「あ、いえ作ったのは私ではなく……」母親です、と香織は包み隠さず答えた。ちょっと照れ臭いけれど、嘘をつくのも気が引けた。有真のことを母親だと言うのは、もしかすると初めてかもしれない。しかし香織のその言葉を聞いた先輩社員の一人が、嘲笑うように口を開いた。「あらぁ、九条さんったらその歳になってまだお母さんのお弁当食べていらっしゃるんですか?」「……」わざと大きな声で言ったせいで、オフィスにいた全員にそのことが伝わった。「九条さんは今日母親からの弁当を食べるみたいだ。あの歳でママのご飯なんて……プッ」「そりゃあ、大企業のお嬢様が自分でご飯なんか作るわけないさ」「社長の奥さんは再婚相手よね?二十代にもなった血の繋がらない娘の弁当を作らされているなんて可哀そう」結果、香織は一瞬で人々の嘲笑の的になってしまった。(あーもうホンットムカつくわね、コイツら)父親に言ってしまおうかとも思ったが、何とか堪えて笑顔を作った。「お義母さんとは良い関係を築いているんです。私が作ってほしいと頼んだわけではありませんが、今日はサプライズでお弁当を作ってくれていたみたいで……」「まぁ、そうだったんですね。香織さんのお義母さんはとっても優しいんですね」「ええ、歳もそこまで離れているわけでは
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第64話

オフィスを出た香織は、手洗いを済ませて来た道を戻っていた。ハンカチで手を拭きながら、ゆっくりと社内を歩く。その足取りは軽いとは言えなかった。 (ああいう人たちの相手をこれから毎日するのは大変ね……)今日は何とかうまくやれたが、これからもずっとあのようなことが続くのは御免だ。いっそ、本当に父親に言ってしまおうか。彼らは職を失うことになるかもしれないが、仕方が無い。「――九条さん!」「…………土山さん?」考え込んでいた香織に声をかけたのは、さっきまでオフィスにいた希美だった。希美は小走りで香織に駆け寄った。ハァハァと息を切らしているところを見るに、急いでここまで来たようだ。(どうして彼女が……?)香織は希美と特別仲が良いというわけではなかった。オフィス内で嫌われている香織と、明るくて愛想が良い、人気者の希美では住む世界が違った。時折世間話をするくらいで、お互いのこともあまりよく知らない。そんな彼女が、一体自分に何の用があるというのか。希美は顔を上げて香織を見つめると、両手を組んで目を輝かせた。「――九条さん、さっきのすっごくカッコよかったです!」「え……?」香織は呆然とした。何故、彼女は今推しを見るかのような目で自分をじっと見つめているのだろうか。目の前にいる希美は、香織に忠誠を誓った美由紀を彷彿とさせた。「どんな中傷にも負けず、凛とした態度でハッキリと物を言うあの姿!私が愛読する漫画「悪役令嬢リリアナの逆襲」に出てくる主人公リリアナ・ローゼットにそっくりです!」「あ、悪役令嬢……?」私が悪役令嬢だというのか。香織は何だか失礼なことを言われているような気がしたが、あえて口には出さなかった。きっと希美には悪意なんてないに違いない。彼女の香織を見る目は純粋そのものだったからだ。希美はどこからか取り出した「悪役令嬢リリアナの逆襲」を香織の前で開いた。最初のページには、金髪縦ロールのキツい顔立ちの令嬢が描かれていた。まさか、この子が私だというのか。香織は軽くショックを受けた。自分はこのような悪役顔だったのか。「リリアナがすっごくカッコイイんですよ!まさに香織さんのように高貴な身分のお方なんですけど、婚約者の王子を始めとした方々から悪役令嬢だと罵られるんです」「……」「でもリリアナはそれを全く相手にしないんです!彼女にとっては王子も公爵令
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第65話

希美の推しの語りが終わったあと、ようやく香織たちはオフィスに戻った。十分以上も語っていたとは思えないほど、希美は元気だった。(むしろ私のほうが疲れたわ!)終始ニッコニコな希美とは対照的に、香織は疲れ切った顔をしていた。「九条さん、今日は一緒にご飯食べましょう」「そ、そうですね……」一度オフィスに戻った二人は場所を移し、共に昼食を摂り始めた。「実は、私も節約のためにいつもお弁当を作って持ってきているんです。香織さんのようにレベルは高くありませんが……」照れ臭そうに希美は弁当箱の蓋を開けた。中は可愛らしいオムライス弁当だった。ご飯を包んだ玉子の上にケチャップがかかっており、真っ赤なミニトマトが添えられている。(毎日自分で作ってるんだ……)希美は香織よりも三つ年下だ。まだ社会人になってから日も浅いというのに、彼女よりもずっと立派だった。「お弁当、とっても美味しそうですね」「美味しいですよ!一口食べてみます!?」「そ、それはさすがに……」希美は明るいうえに人懐っこい性格だった。香織は関わって初めて、彼女が社内の人気者となった理由がわかったような気がした。(……シングルマザーの母親を楽させたくて頑張って勉強したって言ってたっけ)希美は元々貧乏な家庭の生まれだった。女手一つで育ててくれた母親に親孝行をするため、彼女は猛勉強の末に有名大学へ進学し、九条グループに就職した。持ち前の明るさと愛嬌で、オフィス内の人気者にまでなった。自分とはあまりにも正反対で、何だか申し訳ない気持ちになる。「……私とこんな風に親しくしていいんですか?あなたまで嫌われてしまうかもしれないですよ」そう言うと、希美は悲しそうに視線を伏せた。「……みんな、九条さんのことを誤解しているんですよ」「誤解……?」香織は首をかしげて希美を見つめた。「九条さんがここへ来る前、九条さんに関する悪意のある噂が流れたんです」「悪意のある噂……」何故、来たときから部署の全員が自分を嫌っていたのか。香織は今になってようやく知った。「父親に我儘を言ってコネで入社させててもらったにもかかわらず、社員たちを見下している。本当は営業部に行きたかったが仕方なくここへ来た。いつも癇癪を起こしては周囲の人々に迷惑をかけている……などです」「い、一体誰がそんなことを……!」香織は思わず立ち上
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第66話

昼食後、香織はオフィスに戻って仕事の続きをしていた。「……」タイピングをしている手が止まる。こんなにも集中できないのは初めてだ。先ほどの希美との会話が永遠に頭から離れなかった。『皆さん、九条さんのことを誤解していらっしゃるんです。私、さっきみんなに話してきました。九条さんはそんな人じゃないって。話せばきっとわかってくださいますよ』たしかに香織はここへ来てからというもの、柚果以外の社員たちとはまともに話をしてこなかった。どうせ嫌われていると決めつけて、向き合ってこなかったのだ。(やっぱり、このままじゃいけないわよね……)彼女は席を立ちあがった。そのまま向かったのは、昼食のときに香織の陰口をしていた男性社員だ。彼は香織と目が合うとビクリと肩を上げた。おそらく希美から彼女の話を聞いているのだろう。気まずそうに、目の前まで来た香織から視線を逸らした。香織はそんな彼を見下ろしてニッコリ笑った。「そういえば、まだ個人的に挨拶をしていませんでしたね」「……」男性社員はチラリと香織に視線を向けた。彼を見つめるその瞳は力強く、一瞬たじろいだ。何を言われるのか、もしかすると罵声を浴びせられるかもしれない。彼は恐ろしさで震え上がった。そんなことを言われたところで仕方が無かった、自分はそれだけのことをしてきたのだから。何を言われても受け入れよう。彼は覚悟を決めていた。しかし、香織が口にしたのは予想外のことだった。「――私、これからコネって言われないように精一杯努力するので、よろしくお願いしますね」「え、あ、あぁ……」彼は驚いて香織を見上げた。彼女は言葉を続けた。「ですから、私のありのままの姿を見て評価してほしいと思っています。他の皆さんもです」「……」香織たちはオフィス内の注目を集めていた。彼女はそのことを逆に利用したのだ。(私たちはこの先ずっと関わっていくことになるのだから……)社員たちは顔を見合わせて黙り込んでいた。そんな中、一人の女性社員が重い口を開いた。「そうよね……たしかに噂だけで人を判断するなんて間違っているわ……」その言葉を皮切りに、社員から次々と賛成の声が上がった。「そうだ、俺たちが間違っていた」「そういえばこれまでまともに九条さんのことを見てこなかったな……」「私たちとっても最低なことをしたわ。九条さん、今までごめんな
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第67話

――羽川財閥の本社。社内の最上階に位置する社長室では、亮太と秘書の芹沢が何やら言い争っていた。「社長ぉ~日菜乃様と早く仲直りしてくださいよぉ~」「……あっちが来るまで俺は会わないからな」日菜乃との冷戦は未だに続いていた。(俺がせっかくチケットを用意してやったというのに、あの態度はないだろう)亮太は昔から頑固な性格だった。一度決めたことは絶対に曲げない。そのため、日菜乃が自らの足で自分の元へ来るまでは一切口を利かないと決めていた。一刻も早くこの争いをやめさせたいと思った芹沢は、日菜乃のフォローをした。「社長、日菜乃さんだって悪気があったわけではないと思いますよ」「そうか?俺にはそのようには見えなかったが」「日菜乃さんは普段とても穏やかで心優しい方です!それは社長もよくご存知ではありませんか!」「……」その言葉に、彼は初めて出会った頃の日菜乃を思い浮かべた。彼ら二人の出会いは、職場だった。羽川財閥のトップである亮太と、ただの平社員であった日菜乃では、そもそも関わる機会すらほとんどない。そんな二人がどのようにして出会ったのか。ちょうどその頃、望まぬ政略結婚で香織を娶った亮太は、彼女との結婚生活に辟易し、憔悴していた。この世で最も嫌いだと言っても過言ではない香織が家にいるのだと思うと気が滅入り、彼は家でも職場でも心休まる場所がなかった。そんな彼は次第に家に帰らなくなり、日ごろのストレスを発散するかのごとく女遊びに走るようになった。最初は夜の街にいる派手な女から始まった。『社長ったら、奥さんの元へ帰らなくていいんですかぁ?』『いいんだ、あんなやつに触れると手が汚れる』そう言いながら亮太は、自身に体をすり寄せるキャバ嬢の腰を抱いた。彼は夜職をしている女を見下していたが、それでも香織よりかはずっとマシだと思っていた。亮太の中で香織は自分の人生をめちゃくちゃにした疫病神。それ以上でもそれ以下でもない存在だったのだ。『アイツと一緒に暮らすなんて耐えられない……考えるだけでもおぞましい』『社長、ひどぉい。奥さんが可哀相ですよぉ』彼は自身の腰に腕を回すキャバ嬢の頬にキスをした。何も愛していたわけではない、ただの遊びだった。『えーじゃあ奥さんと離婚して私と結婚してください』『……』その言葉に、彼は眉をピクリと動かした。(馬鹿が……この俺
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第68話

日菜乃は亮太のシャツにしがみついたまま、彼を見上げた。大きな潤んだ瞳はまるで小動物のようで、亮太は思わず見惚れてしまった。(ウチの社員か……?初めて見る顔だな……)名前は何て言うのだろうか。何故かとても彼女のことが気になった。「ごめんなさぁい……前を見ていませんでした」「いや……気にするな」亮太はぶつかられたことに対する苛立ちも忘れ、無意識にそんなことを口にしていた。「お前、名前は何て言うんだ?」「山川日菜乃です、”社長”」「日菜乃……日菜乃か」彼は繰り返し呟いた。自分はきっとその名前を一生忘れないだろう。何故か、彼はそう確信していた。「俺は羽川亮太だ」「羽川……?ってことは、社長さんだったんですね!知りませんでしたぁ」「知らなかった……?」ついさっき社長って言っていたような気がするが……気のせいだろうか。亮太はそのことが引っかかったが、今はそんなことどうだってよかった。「ところで、お前は何故ここにいるんだ?」「あー……道に迷っちゃって……気が付いたらここまで来ていました」「そうか、なら俺が案内してやろう」その日を機に、亮太と日菜乃の関係は始まった。***日菜乃は彼がこれまでに出会ったことのないタイプの女性だった。穏やかで優しい女ではあるが、社長である彼にもハッキリと物を言う。彼が落ち込んだときには寄り添い、いつだって彼を責めることはなく、彼の全てを肯定する。亮太は彼女のそんなところを気に入った。日菜乃と一緒にいると、心が楽だった。彼女の存在は、まさに彼にとって春の女神のようだった。日菜乃は他の女のように香織を押しのけて亮太の本妻になろうとしているわけでもなく、ただ黙って彼の傍を守り続けた。亮太は彼女の傍にいると、自分の居場所はここだったのだと実感した。結婚してから女遊びを繰り返していた亮太は、次第に日菜乃以外の女とは関係を切るようになっていった。そうして、亮太は日菜乃にのめり込んでいった。日菜乃に心酔していて、彼女以外何も見えなかった。例えるなら、一種の洗脳に近いものだった。「日菜乃、愛している」「私も愛しています、社長」それから、二人は社内で人目を憚らずに堂々と密会をするようになった。亮太が既婚者であることは、会社の誰もが知っていた。「社長、山川さんとキスしてるわ……」「たしか社長ってちょっと前に結婚した
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第69話

亮太と日菜乃が交際してから一ヵ月経った頃のこと。日菜乃が突然彼に泣きついた。「――社長!助けてください!私もうどうすればいいか……」彼女はハラハラと涙を流しながら、彼の胸にしがみついた。「日菜乃!?どうしたんだ!?」ただならぬ日菜乃の様子に、彼は困惑した。いつも明るく笑っていた彼女の泣く姿は初めて見たからだ。一体何があったのか。もしかして、誰かに何か酷いことを言われたのか。(日菜乃が泣くとは一体どういうことだ……!?)亮太は彼女を両腕で強く抱きしめた。その体は小刻みに震えていて、彼は怒りでどうにかなりそうだった。「日菜乃、ゆっくりでいいから話すんだ」落ち着きを取り戻した彼女から聞いたのは、衝撃的な話だった。「元カレが……しつこく私につきまとうんです……」「……何だと?」日菜乃の話によると、彼女は一年ほど前まで交際していた男がいたのだという。別れた理由は、交際相手の壮絶なDV。日菜乃は毎日のように殴る蹴るの暴力を受けていた。ずっと我慢していたが、暴力に耐えられなくなった彼女はついに別れを切り出した。「関係は一年前に終わらせたはずなんです……ですが、最近になって急に連絡をしてきて……」「……」亮太は日菜乃にそのような過去があったということに絶句した。いつだって明るく、彼の心に寄り添っていた彼女の衝撃的な過去。――俺の最愛の春の女神に、何てことをしているんだ。「これまでずっと復縁要請をされていて、何度も断っているんですけど……最近は職場にまで来るようになったんです……何かされるんじゃないかと思うと、私怖くって……」声を上げて泣き始めた日菜乃に、亮太はもう我慢することができなかった。彼は彼女を安心させるように再度腕の中に閉じ込めた。「日菜乃、心配するな」「社長……?」亮太は先ほどとは打って変わって、穏やかな顔で彼女を見下ろした。「前に言っただろ、お前のためなら俺は何だってすると」「本当ですか……?」「当たり前だ」亮太は誰もが知る羽川財閥のトップだ。そんな彼に叶えられない望みなんてほとんどない。愛する彼女の願いなら、彼は何だってするだろう。――日菜乃は、言われなくてもそのことをよく知っていた。彼女はしばらく黙り込んだあと、口を開いた。「なら、一つだけお願いがあるんです……社長……」「何だ?」日菜乃は、亮太の耳元にそ
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第70話

日菜乃の言葉は予想外で、彼は一瞬戸惑った。彼女はそんな亮太の首に腕を巻き付けた。いつもの甘い香りが彼の鼻をくすぐった。その香りをかぐと、彼は理性を失ってしまうことがあった。『あの男を懲らしめてくれませんか?』彼女が放った一言は、彼の頭の中に繰り返し流れていた。”懲らしめる”それが何を意味するのか、わからないわけではなかった。心に迷いがないと言えば嘘になる。しかし、日菜乃の頼みを彼は断ることができなかった。そうだ、日菜乃は被害者だ。彼女はその男に散々な目に遭わされてきたんだ。ただ俺たちは仕返しをするだけ。何も悪いことではない。愛する日菜乃を守るためだ。亮太は自分たちの行いを正当化する理由をいくつも並べ立てた。彼はハハッと声を上げて笑った。一度覚悟を決めてしまえば、全てがどうだってよくなるものだ。俺は一体何を迷っていたんだ、バカバカしい。心の霧が晴れたかのように、清々しい気持ちにさえなった。亮太は日菜乃に顔を近付け、彼女の頬に手を添えた。「――お前がそれを望むなら」その一言に、日菜乃は嬉しそうに顔を歪ませた。***それから三日後の深夜。市内でも人通りの少ない地帯にある、廃ビルの裏。一人の男が荒々しく足音を立ててそこへ現れた。来るなり、男は怒鳴り声を上げた。「日菜乃!急に連絡を断つなんて、一体どういうことだ!俺が今までどれだけお前に金を……」そこまで言いかけて、彼はハッとなった。彼の目の前にいたのは、彼がずっと探し求めていた日菜乃ではなかった。暗闇の中に、鋭く光る二つの眼光。「――お前が日菜乃につきまとってた元カレか?」「え……?」目の前に現れたのは、知らない男だった。「な、何だお前は……」彼は困惑した。つきまとっていたとは一体どういう意味なのか。急に連絡を断たれて、むしろ被害者はこっちのほうだ。あの女に金を返してもらわないといけないのに、一体何故このようなことに。「日菜乃……日菜乃はどこにいる……?」「……汚い口で俺の女神の名を呼ぶな」「グッ……!」彼は腹を殴られ、うめき声を上げて倒れ込んだ。彼は何故自分が恨まれているのか、全く理解できなかった。倒れた彼を、男は容赦なく靴で踏みつけた。流れ出た血が、コンクリートの床を赤く染めた。「う……た、助けて……」男は懇願する声など気にも留めなかった。それから数十分、男による
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